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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


影で笑いて歓声を上げる


 相変わらず続けられている喜劇を、俺はじっと見ていた。口元に自然と笑みが浮かんでくるのを、止める事も無く。
 喜劇のテーマは、俺の肉体となる門屋・将太郎(かどや しょうたろう)について。ずっと、俺に凭れかかって眠り続けている奴についてだ。
 そう、眠っているのだ。全て聞こえていているくせに、動く事をしようともしない門屋。俺はそんな門屋に話し掛けつつ、外の声にも耳を傾けていた。
「……僕は、門屋君とは長い付き合いでした」
 空木崎・辰一(うつざき しんいち)じゃないか。ほら、門屋。お前の幼馴染だぜ。お前の大事な大事な幼馴染だろう。ガキの頃からの、長い長い付き合いだっただろう?
 いや、忘れちまっただろうな。空木崎の事なんて、お前は忘れちまったんだろうな。長い付き合いだったというのに、な。
 おっと、今のお前にはこんな事を言っても無駄だったな。悪い悪い。
「長い付き合いでしたが……」
 空木崎が話し始めた。話す声に力が無い。当然といえば当然かもしれないが、それが滑稽さを更に助長させている。
(さあ、聞こうぜ)
 俺はこれから始まるであろう空木崎の言葉に、背筋がぞくぞくするのを感じた。何を言い出すのだろうかという期待と、恐らくは愉快な事を言うのだろうという緊張感。それが上手い具合に混ざり合い、俺の中をぐるぐると駆け巡っている。
 ぐるぐる、ぐるぐると。
「長い付き合いでしたが、他人の記憶を持つ能力者だったのは知りませんでした」
 空木崎はそう言い、溜息をこぼす。
 はは、知らなかったってさ……!知る訳が無いというのに、知らなかった事を悔やんでいる様子だ。
 お前の長年の幼馴染が、悔やんでいるぜ?大事な、長い付き合いをしていた幼馴染じゃないのか?
 そいつが今、悔やんでも仕方の無い事を悔やんでやがるぜ!
 俺は滑稽さにくつくつと笑いながら、空木崎の次の言葉を待った。
「僕にはそのような力、微塵も感じさせなかったので」
 ははは、聞いたか?微塵も感じさせなかったんだとよ!
 まだ、あいつは門屋がそういう力を持っているのだと思っているんだぜ。俺という存在の事など、気付いてもいない。
 感じなくて当然だと、空木崎は気付いていない。そればかりか、気付かなかった自分をもどかしく思っている。後悔を募らせ、責めている。
 どれだけ後悔を繰り返し、自らを責めたとしても。
 それが全て虚構の元に成り立っており、どうでも良い事なのだと気付かなければいけないというのに。
 ここまでの喜劇を成り立たせられるという事は、ある意味才能にもなるんじゃないか?なぁ、門屋。
 俺はこの喜劇の一員として担っている空木崎という存在に対し、愉快な気持ちをずっと感じていた。門屋の事を心配しているのは確かだが、同時に門屋が持っていたらしい能力(俺の、だが)が心に引っ掛かっているようだ。
 俺は眠り続けている門屋を、ちらりと見る。
 お前には、空木崎のそんな心模様も気付かないんだろう?空木崎自体を分かっているかどうかも怪しいくらいだもんな。
 臨床心理士、とか言っていたのにな?お前。
 今では人の心がわかるどころか、その人自身が分からない状態になっているんだろう。つまりは、お前は今やお前という存在自体があやふやなものになっているんだぜ。
 お前に関わっている、人や物。それらはお前自身がお前であると位置付けていたというのに、それをお前は忘れるという事をして位置付けをなくしているんだ。
 逆に言えば、俺は覚えているし分かってもいる。門屋、お前とは違ってな。お前に足りぬ位置付けは、そっくりそのまま俺の方に移行してきても問題が無いと言う事だ。
 いや、もう移行してきているのかもしれないな。そうであっても、全く問題など無いのだから。
 門屋が眠っている事を知らない空木崎は、更に言葉を続ける。
「僕が、門屋君から聞いていたのは……彼が心読能力者という事です。それは、彼から聞いていたのですが」
 随分力が抜けた感じで、空木崎は話していた。顔も、心も、虚ろのようだ。
「……おい、大丈夫か?」
 ふらり、と倒れそうになった空木崎の体を、草間が支える。空木崎の奴、相当なショックだったんだろうな。
 俺にとっては、ただ可笑しいだけだが。
「ありがとう、ございます」
 空木崎は支えてくれた草間に礼を言い、自分を落ち着けようと努力しているようだった。だが、倒れそうになるくらいのショックを、努力で簡単に落ち着けられる事は難しいだろうな。
 お前にも分かるだろう?それくらい。それとも、そんな事すらも分からなくなっちまったのか?門屋。
 お前の大事な幼馴染である空木崎が、お前の事でショックを受けているんだぜ。ははは、何て愉快な喜劇なんだろうな。
 俺は眠り続ける門屋を見る。相変わらず、目を覚まそうともしない。好都合、この上ない。
(おい、門屋)
 話し掛けるが、門屋は答えない。だが、俺は知っている。俺の声が、外の声が、門屋には聞こえているという事を。
 理解しているか、分かっているか、そういう事は関係ない。ただ、声が聞こえているという事は紛れも無い事実なのだから。
(分かるか?この部屋には、まだ人間がいるんだぜ?)
 最初に説明をした、草間。次に説明したお前の幼馴染である、空木崎。それともう一人、話をずっと俯いて聞いている奴がいる。
(そいつについては、覚えているか?)
 門屋からの返答は無い。ある筈は無い事を、俺は知っている。知っているが、あえて口には出さない。
 何しろ、覚えていない事の方が可能性としては高いのだ。
(全て忘れちまってるんだろうな)
 くつくつと俺は笑い、眠り続けている門屋を見た。
 俺に凭れかかり、眠る門屋は俺に優越感を与える。門屋ではなく俺に主導権が渡った事を、名の通り見を呈して教えてくれているんだからな。
「本当に、大丈夫か?」
 草間が心配している。
 ほら、門屋。草間のことは覚えているか?忘れたか?お前を心配している探偵だぜ。
「……僕の事に関してならば、大丈夫です」
 空木崎だ。自分の事ならば大丈夫なんだとよ、お前の幼馴染は。つまりは、お前の事に関しては大丈夫ではないのだと言っているんだ。
 もう一人、俯いて沈黙を守っている奴がいる。そいつについても、どうせ忘れているんだろう?まあ、いいさ。放っておこう。
 お前についての話は、まだまだ続くようだ。どうするんだ、門屋。聞くか?俺としては、聞いてもいいと思うぜ。何しろ、こんなに愉快な話は中々聞けるもんじゃないからな。
 愉快すぎて、大声で笑い出したくなるぜ……!
 そんな中、突如空木崎は大きな溜息をつき、病室のドアに手をかける。
「どうしたんだ?」
 突然の空木崎の行動に、草間は声をかけた。
「気分が優れないので……失礼します」
 空木崎はそう言うと、草間の方を見る事も無く病室を去って行った。
 余程、ショックだったんだろうなぁ。顔も、真っ青だったぜ。
 俺はくつくつと笑う。空木崎にとってはショックな出来事も、俺にとっては単なる滑稽な喜劇の一部でしかないのだ。
 空木崎が病室から出ていったことにより、草間ともう一人だけが病室に残った。暫くの沈黙が流れ、ゆっくりと草間は口を開いた。
「信じられないようだが……これが、真実なんだ」
 草間はそう言うと、今度は門屋の方を見た。哀しそうな、苦しそうな、悩みを抱えているような……暗い目だ。
 そう、暗い。
 門屋に対する暗い感情。
「真実、なんだ」
 再び草間はそう告げた。
(そうだ……それが、真実なんだ)
 俺は、放っておいても口元が緩んでくるのを止められなかった。否、止められる筈も無い。このような事態に遭遇し、笑わない奴がいる訳が無い。
 頑なに拒否をしても、真実である事に変わりは無いのだ。
 拒否をする事で事態が変わるのならば、とっくの昔に誰もがやっているだろう。だが、残念だったな。どれだけ足掻いたとしても、事実は変わらないんだよ。
 変わりようも無いんだよ……!
 拒否をする事をやめてしまえばいいと、俺は何度思った事か。だが、ここまで来たら別に良いんだぜ?
 拒否をしたいのならば、すればいいじゃねぇか。
 それでも、事実は全く以って変わらない。拒否をしたとしても変わらない真実が揺ぎ無く存在しているというのに、そこで俺が拒否をするななんて野暮な事は言わないさ。
 したいならしろよ。
 できるものなら、してみるがいいさ。
 俺はまたくつくつと笑った。それだけ言ったとしても、拒否などする筈も無い事を俺は知っているからだ。
 全てを忘れているだろう門屋に、事実を拒否する事など出来ない。拒否すべきことすらも忘れているかもしれないのだから。
(それが、真実だ)
 俺は繰り返す。眠っているにも関わらず、声だけは聞こえているだろう門屋に向かって。
(どれだけ頑なに拒否をしても、な)
 病室にいる奴らは、眉間に皺を寄せたまま辛気臭い顔を続けている。
(それが真実に、変わりは無い)
 病室から出ていった空木崎も、今頃胸に広がった毒のような感情に、押しつぶされそうになっているだろう。
(なぁ、門屋。そうだろう……?)
 門屋から、返事は無い。
 俺は繰り広げられた滑稽な喜劇に、小さく歓声を送った。
 ブラヴォ、と。

<笑い声と歓声が闇に溶け・了>