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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


十三両目の車両

【オープニング】

「ナゾの終電……ですかぁ?」
 碇編集長の口から出た言葉に、三下忠雄[みのした・ただお]は心の底から怯えた声を出した。
「ま、また怖いネタですか……?」
「そぉね。だって私たちが載せるネタですもの」
 碇麗香[いかり・れいか]はすました顔でお茶を飲みながら、片手には他の記者の原稿を持ちつつ話を続ける。ちなみに三下のほうを見ることさえない。
「その終電はね。本来十二両編成らしいわ」
「じゅ、じゅうにりょう……!?」
「なのに不思議なことに、実際に乗って先頭車両から最後尾まで数えてみると、十三両になっているとか」
「はあ……っ!?」
 三下の情けなさすぎる声は、もはや人の目など気にしていない。元からだが。
 十三。よりによって十三。そんな不吉すぎる数字、聞きたくもない……!
 ……というか、そもそも誰が最初に、車両数なんか数えたのだろう。
「ネタとしてはまあ、見逃せないところよね。というわけでっ」
 美しき編集長は、そこでようやく三下を見た。
 にっこりと、華のような微笑で。
「本当に十三両あるのか、そしてそこで何が起こるのか、確かめていらっしゃい、さんしたくん?」
 三下は、絶望的な気分で、「はい……」とかぼそい返事をした。

     ■□■□■

(お、お神酒でももらってこよう……)
 よりによって夜中に取材に行かなくてはならない。三下はぶるぶる震えながら、近場の神社へと足を向けた。
 お神酒だけで大丈夫だろうか。お祓いもやっておいてもらおうか。そんなことを考えながら、とにかく夜になる前に準備を済ませてしまおうと、彼は歩く速度を速めていく。
「あれ、三下さん?」
 神社に入るなり、声をかけられた。
 飛び上がるほど驚いてから、三下はおそるおそる振り向いた。
 そこにいたのは女性――に見まごうほどに綺麗な顔立ちをした、青年。
 この神社の若き神主、空木崎辰一[うつぎざき・しんいち]である。
 彼の足元と、肩にそれぞれ一匹ずつじゃれついているのは猫だ。――本当は猫型の式神なのだが。
「あ、ああ……びっくりした……」
「そんなに驚かないでくださいよ。……どうなさったんですか? また怖い取材にでも?」
 三下は――すでにがくがく震えながら――事の次第を辰一に説明した。
 辰一はうんうんと真面目にうなずいた。
「十三両編成の最終電車ですか。それは奇怪なものですね」
「行きたくないんだけど……」
 ぼそりと三下がこぼす本音に、辰一はにこりと笑った。
「僕でよければ、その噂の調査のお手伝いをします」
「え……」
「行きましょう、三下さん。危ない目に遭いそうになったら、僕たちで守ってあげますから。ね?」
 にこにこにこ。
 迫る笑顔が、すでに脅しに近かった。合わせて二匹の猫が笑顔――の代わりに「シャーッ」となぜか威嚇の姿勢を取る。
 ひいい、と三下はうめいて、こくこくうなずいた。
 こうして、三下の恐怖取材に、辰一と二匹の猫が同行することになったのだった。

     ■□■□■

 真夜中、駅のプラットホーム。そこはそれ自体が異様な雰囲気をかもしだしている世界……
「もういやだ……」
 まだ終電が来てもいないのに、雰囲気にのまれてすでに三下は泣きかけていた。
「大丈夫ですよ。僕たちがついてます」
 辰一は情けない記者をなだめながら、ホームを見渡す。
 次が終電とは言え、ホームにはほとんど人がいない。終電だからこそ多少の人数がいてもいいような気がするのだが……
 見かける人影は酔っ払いがほとんで、たまにちらほらいる酔っ払っていない人間は――三下ほどではないが、どこか怯えた様子だった。中には平気な顔で新聞を広げている人間もたしかにいるが――
「噂が広まっているのでしょうか」
 辰一がつぶやく。過剰反応して三下がまたびくりと震える。
 辰一は服の中に収めてあったあった呪符をたしかめた。結界呪符と、四神召喚符。これがあれば、たいていの危険には充分対応できる。
 アナウンスがかかった。――最後の電車の到着が近い。
 今にも逃げ出しそうな三下のズボンの裾を、辰一の愛猫がしっかりくわえて放さなかった。
 電車の灯りが見え、線路を渡ってくる独特の振動と音で、ホームがにわかにうるさくなる。
 辰一は目をこらした。
(まず先頭車両……二、三、四、五……)
 車両数を数えていく。
 電車がゆっくりと停車する。
「……十二両ですね、たしかに」
 つぶやくと、「やっぱり十二両ですかあ……?」と三下が情けない声をあげた。
 プシュウ、と音を立てて扉が開く。
「さあ、乗りましょうか三下さん」
 辰一は有無を言わせず、三下の腕をつかんで強引に記者とともに電車に乗り込んだ。
「次は乗ってみてからの車両の数ですね」
 ほとんど独り言のように、どこか楽しげに言った辰一に、同意するように式神猫二匹がすりよった。

     ■□■□■

「さて、と……」
 三下とともに最後尾の車両に乗った辰一は、まず車掌室を見てから、振り返り前の車両の方角を見る。
 ――ろくに乗客がいない。
 やがて扉が閉まり、電車が動き出す。
 終着駅までまだ当分あるはずだが……
「さ、数えながら先頭まで行ってみましょう」
 三下を半ば引きずりながら、辰一は猫たちとともにすたすたと歩き出した。
 最後尾が一両目。二両目。
 わずかな乗客たちがヘンなものでも見るような目で、おかしな二人連れ(プラス猫)をちらちら見る。
 三両目。四両目。
 乗っている乗客の中にも、体を縮めて震えている者がいた。
 五両目。六両目。七両――
「………?」
 ふと辰一は立ちどまる。
 七両目。誰も人はいなかった。なのに――妙な、違和感。
 しかしそれ以上は何も感じることができず、首をかしげながら再び歩き出す。
 七両目。八両目。九両目。十両目。
 十両目には、ひとりだけ客がいた。ずいぶん妙な客だ。
 体型が「ひょろ長」と形容するにふさわしい。背は高いが痩せすぎで、手足が異様に長い。さらに肌の色は異常に青白い。年齢も、若くはないがいまいちよく分からない。
 その男性はかったるそうな姿勢でだらしなく席に座り、映画雑誌をめくっていた。
(……何だか、あの男性のほうが気になりますね)
 辰一は思ったが、その男に害意をまったく感じなかったため、とりあえず車両の問題に戻ることにした。
「ええと……何両目でしたっけ?」
 妙な乗客に気をとられてうっかり忘れてしまった。
 すると、傍らで猫がにゃーにゃーと泣き出した。……計十回。
「ああ、十両目だった?」
 教えてくれたのは、二匹の猫のうち白黒ブチ猫の甚五郎だった。隣で茶虎子猫の定吉が「みゃ〜」と同意するように鳴いた。
「ありがとう、ふたりとも」
 辰一は頼りになる式神猫に笑いかけ、そして再び数え出した。
 先頭車両は近い――

     ■□■□■

「……十三両……でした、ね……」
 辰一はつぶやいた。
 二匹の猫が同意するように鳴く。三下は、顔面蒼白で泡を吹いて失神しそうな状態だ。
 今、彼らがいるのは先頭車両――
 運転士の後姿が見える。
 まさか本当とは思いませんでした、と辰一は首をかしげながらどこか楽しそうに言った。
「不思議ですね。どうなっているんでしょうか」
「ううう。知らないよお」
「そりゃあそうですよね。それを調べて記事にするのが三下さんのお仕事でしたっけ」
 辰一はにっこりと三下に笑いかける。三下は反応する気力さえないようだった。
「とりあえず僕は、運転士さんにこの電車の行き先を尋ねたいのですが……」
 つぶやくと、甚五郎がその肉球のある手でぽふぽふと辰一の足を叩き、それから運転士の後姿を示す。
 辰一は甚五郎が何を言いたいのか考えた。運転士の後姿をじっと見て――
 やがて、ぽんと手を打つ。
「ああ、そうでした。運転中に話しかけては危ないですね。間違えました――車掌さんに話を聞きましょう」
 車掌に会うとなると、もう一度最後尾まで戻らなくてはいけない。
「もう一度数えながら行きましょう」
 今度は先頭車両が一両目、二両目……
 三下を引きずりながら、辰一はゆうゆうと歩き続けた。

     ■□■□■

 先頭車両から数えると三両目の位置には、まだひょろ長男がいた。相変わらず映画雑誌をめくりながら。
 ふと、
 甚五郎がタタッと駆けていき――
 そのひょろ長男に飛びついた。
「うわっ!?」
 色白の男は慌てて甚五郎を振り払った。甚五郎は空中でひらりと回転し、見事な着地を見せる。
「なんだあ、この猫は?」
「……甚五郎がこんなに反応するなんて」
 辰一はきっと視線を鋭くして、男を見すえる。「あなたは、何者ですか」
「……なんでえ、お前らそのスジの商売かい」
 男は面倒くさそうに大仰にため息をつく。
 辰一が早々に呪符を取り出して構えた。男は慌てて「待て待て、俺に害意を感じるってのか?」と訴える。
「俺ァ何もたくらんじゃいねえよ。正体もあんまり言いたくねえがな、ただの乗客よ。いきなり祓おうとすんなっての」
「………」
 しばらくにらみつけて慎重に男の様子をはかっていた辰一は――
 やがて、そっと呪符を懐にしまい直した。
「分かりました。今は信用します」
 自分の両側で威嚇している甚五郎と定吉もなだめ、ふと辰一は思いついた。
「そうだ。あなたも常人ではないなら――この電車に、何か感じませんか」
「あァ?」
 辰一は十三両目の車両について説明する。ハン、と男は鼻で笑った。
「この電車が普通じゃないくらい、乗ってすぐに分かんだろうが……詳しいことは知らねえがな」
「ほ、ほ、本物ですかあ?」
 三下がこの期におよんで情けない声をあげる。
 バカにするように記者を見た後、「しょーがねえな」と男は長い体を座席から持ち上げた。
「何の因果かたまたま居合わせちまったしよ。ひとつ付き合ったらあ。噂の真偽を確かめるくらいなら俺でも出来る」
 俺の名前はフランシスだ。男は軽い調子で名乗る。
「僕は空木崎辰一……こちらは三下さんです。こっちの二匹は、僕の式神の甚五郎と定吉」
 式神ねえ、とフランシスはつぶやいた。
「猫とは、相性悪くねえはずなんだがな……」
 と意味の分からないことをつぶやいて、フランシスはぼりぼりと頭をかいた。

     ■□■□■

「てゆうかまずさあ、ワザとなのか偶然なのか普段十二両編成で走ってるってのが気に食わねんだ。使徒かっつの」
 集団の最後尾を猫背な姿勢で歩きながら、フランシスがぶつぶつ言っている。
「十二使徒!」
 三下が敏感に反応し、ますますその顔から血の気が引いた。
「三下もクリスチャンでもねえくせにいちいちビビってんじゃねーよ。逃げたいなら勝手に逃げろ、ハッ」
「だめですよ。これは三下さんのお仕事なんですから」
 辰一がたしなめる。
 フランシスは細い肩をすくめた。そして、言葉を続けた。
「……で、問題はさあ、噂が本当だったとして何で一両増えるかなあってことなんだよな」
「本当に十三両ありましたよ。今、数えましたから」
「そーか? なら何かしら意味があってくっついてると踏むね。多分最後の車両にゃ人間じゃねえものが乗ってたりすんだろ? 誰も乗んねーなら追加する意味ねえし」
「最後の車両、とは限らないですけどね……」
 辰一は七両目で違和感を感じたことを思い出した。
 しかし、あの車両には誰もいなかった。誰も、いなかった……はずだ。
「おい、他にも乗客いんぞ」
 フランシスは五両目にいた三人連れのサラリーマンを示した。
「誰かいたら何か聞いてみるべきじゃねえの。一応取材だかんなあ」
「あ、そうですね。……三下さん?」
「はははははいっ」
 三下はまるで酔っ払ったかのようなおぼつかない足取りでサラリーマンたちの元へ行き、
「あああああの、僕、雑誌記者なんですけども、」
 あれが記者の挨拶か? とフランシスが広い額に手を当てて呆れた。辰一が苦笑する。
 サラリーマンはおびえている。それはそうだろう、今目の前にいる集団があまりにも怪しすぎる。おまけに話しかけてきた人物は挙動不審だ。
 三下は汗びっしょりで続けた。
「こ、こここここ、この電車から……降りる方法ありませんか」
「降りてどうすんだ、バカ」
 べしっと後ろからフランシスが叩いた。「降りるのはフツーに降りるに決まってんだろが。ちゃんと目的のことを聞けや」
「あの、お疲れのところ申し訳ありません」
 仕方なく辰一が横から口を開く。
 極上の笑顔とともに。サラリーマンには効果ばっちりだったようだ。一気に彼らはにこやかになった。
 ――おそらく辰一を女性に間違えたのだろう。
「皆さんは、十三両目の車両がある終電の噂をご存知ですか?」
「それってこれじゃん」
 男のひとりがぶっきらぼうに言う。「幽霊電車だよ。幽霊電車。んなことも知らねーの?」
「ほ、本当に出るらしいよな? なあ?」
 三下なみに臆病な顔をした男のひとりが他の二人をつつく。
「え? 何が出るんですか?」
「赤いワンピース着た女の子」
「目の前に立ってな、うふふ、うふふってずっと笑ってんの」
「噂じゃ、あの子に意識をとられると異次元に連れていかれるってゆーんだよお」
 サラリーマンたちは、「なあ?」とお互いに顔を見合わせながらうなずきあう。
「幽霊……か?」
 辰一が真剣に考えこんだ。
「赤いワンピースの女の子ねえ」
 フランシスが、細いあごをなでた。「そういや、俺も見たっけなあ」
「――えっ!?」
「俺の前に立って薄気味悪く笑ってたぜ、たしかに。でも、俺にゃ関係ねーからほっといたけどな」
 フランシスのあまりにも無頓着な物言いに、辰一は脱力した。
「……そうやって無視したから、異次元とやらに連れていかれなかったんでしょうね……」
「てゆうかそりゃおかしいだろが。異次元に連れてかれるってのが本当なら」
 何で噂になんだよ――とフランシスは顔をしかめた。
「連れてかれた奴が帰ってくんのか? それとも神隠しの噂もあんのか? この電車」
「そう言えば……。三下さん、どうなんですか?……三下さん?」
 三下は立ったまま気絶していた。

 とんとんと首の後ろを軽く叩いてやると、ようやく三下は意識を取り戻した。
「はっ……ええと、な、何でしょう……」
「……ったく。マジで頼りにならねえ記者だな、おい」
「三下さんはいい方ですよ。臆病すぎるだけで」
 辰一がフォローになっていないフォローをして、三下に神隠しについて訊いた。
「神隠しの噂……ですか? ありません。聞いてません。ねえ?」
 となぜか同意を求めた相手はサラリーマンたち。彼らもフランシスの言葉に首をかしげていて、
「そう言えば……ねえな、そんな噂」
「お、おかしいよう」
「おかしいですよねえ……っ」
 三下がサラリーマンたちと同化しようとしている。
 辰一が引っ張り戻した。
「逃げないでちゃんと取材してくださいよ。碇編集長に怒られても知りませんから」
「本当に怪奇現象でも、俺は野放しにするね」
 フランシスが無責任なことを言った。「あ? 何でって、俺そういうの好きだから。頑張れよ、恐怖の終電」
「ここで全部終わりみたいに言わないでください……」
 辰一はため息をつき、
「とにかく、他の乗客さんにもお話聞きましょう。それから車掌さんにも」
 大丈夫ですから、と何度目か分からない言葉を三下に告げた。
「何かあったら僕たちが守ります。大丈夫ですから」

     ■□■□■

 六両目にいた数人の乗客から聞けた話も、五両目のサラリーマンたちの話と大差がない。
「おい。記録つけてんのか、ちゃんと」
「は、はい……」
 みみずが這ったような字で三下がノートにメモしている。気のせいか、話を聞くたびに彼の目から涙が浮かんでいるような気がする。
 七両目……
「――ここ、やっぱり……ヘン……だ」
 誰もいないそこを見渡して、辰一はうめくように言った。
 二匹の猫が主を見上げる。
 フランシスは、ハンとあごをそらし、
「たしかに、他の車両よりゃ異様だな。だがよ、ここには他に何の気配もねえだろーがよ。とりあえず先行ってみろや」
「……そうですね」
 八、九、十、十一、十二、十三……
「はーん……本当に十三両ありやがるんだな」
 フランシスはどうでも良さそうに言った。
 車掌室に車掌の姿がある。辰一は車掌室のガラス戸を叩いて、「すみません」と口を大きく動かした。
 ちゃんと通じたようで、車掌は出てきてくれた。どうやら普通の人間である。
「お尋ねしたいんですが、この電車の行き先はどこですか?」
「はあ……ちゃんと終着駅まで参りますよ」
 気の抜けたような声で車掌は答える。微妙に返答にズレがあるが、疲れているのかもしれない。
「ただ各駅停車するわけではないのでしょう?」
 辰一は慎重に尋ねた。
 しかし、
「いえ、ただの各駅停車ですよ」
「……え?」
「おいおい車掌さんよ。ずいぶんお疲れのようだがな。終電ってのぁそんなに疲れるかい」
 フランシスが口をはさむ。そりゃ疲れますよ、と車掌は言った。
「しかもこの電車ですからね……疲れも二乗三乗、へたしたら十乗」
「車掌さんも、この電車の噂をご存知なんですね!?」
 当たり前といえば当たり前のことを、辰一は勢いこんで訊いた。
「もちろんです。赤いワンピースの少女……十三両目。私は一応この電車の中を往復しますのでね、十三両目を数えてしまうたびに寿命が縮みます。少女とも何度か会ってしまいました……」
「会っても何もなかったんか」
 とフランシス。そう言えば……と車掌は腕を組み、首をかしげた。
「何かあった……ような、なかった……ような。たしかあの子と出会うと異次元に連れて行かれるとか噂がありましたが……」
「………」
 辰一は難しい顔で、二匹の式神猫と顔を見合わせた。
 三下はもう言葉も出ない様子で、フランシスはふわあと欠伸をした。
「――いけねえな。俺は夜行性だっつーのに……退屈だとつい眠りたくなるぜ」
「もう少し付き合ってくださいフランシスさん」
 車掌に礼を言い、彼と別れて一両前まで戻ってきながら、辰一は真剣な顔でフランシスに言った。
「お願いします。今度はその少女をさがしますから、一緒に――」
「さがすまでもねぇよ」
 面倒くさそうにフランシスが指した先――

 うふふ

 赤いワンピースの少女が、立っていた。

     ■□■□■

 うふふ
 うふふ
 うふふふふ

「う……わあああああ」
 三下が腰を抜かした。
 式神猫が威嚇の姿勢を取り、辰一は呪符の入っている懐に手を差し入れて構えた。
 フランシスだけがのんびりと、「手間ぁはぶけて、よかったじゃねえか」と言った。
「誰だ?」
 辰一が鋭く問う。
 とたん、

 うふふ つれてってあげる

 ――急激な流れの渦にのまれるような感覚。
 呼吸を一瞬忘れて、闇の世界を見た。
 そして――次の瞬間には……
 やはり電車の中にいた。

 うふふ

「こ……こは……」
 息苦しさから解放され、辰一はしゃがみこんだまま、咳き込みながら車両内を見渡す。
 この違和感。――七両目だ。
「さっきのおかしな車両かい。……そーいや七両目っつったら、ちょうどど真ん中だな」
 フランシスは真っ先に立ち上がり、肩をすくめた。
 三下はかろうじて意識をたもっていたが、腰がぬけたまま立てないらしい。

 そうよ ここがあたしのせかいなの

 少女の声。笑い声のままのような、不可思議な声だ。
 辰一は立ち上がり、大切な式神の気配が近くにちゃんとあることをたしかめると、
「何のためにここにいる?」
 と訊いた。

 うふふ

 だって ひとりじゃさみしいから

 あそんでくれるひと さがしてるの

「……へんなあんばいになっちまってんじゃねーの」
 フランシスが額をなでる。「こいつぁ、人を小バカにゃしてるが害意がないぜ」
「そう……ですね」
 辰一も認めた。
 少女の笑い声。たしかに不気味ではあるのだが――
 その顔が。幼いその顔に浮かべる表情が。

 心底嬉しそうな、かわいい笑顔だったのだ。

 ねえ あそんで

 少女は言った。
「待ってください。僕たちの問いに答えてくれないですか」
 辰一は少女に向き直り、真剣な顔でそう言った。
 少女は不思議そうに小首をかしげて、

 なあに?

(……答えてくれる気がある。というか……それ以前に、ただの無邪気な……子供?)
「君は……この電車がなんで十三両あるのか知っていますか?」

 それは ここが あたしのつくったばしょ だから

 あたしの とくべつなばしょ だから

 答えになっているような、なっていないような。
「お前さんに会うと連れていかれちまう異次元とやらは、この車両っつーわけだ」
 フランシスが退屈そうに言った。
「たぶんこいつの力が中途半端で、ふつうにも入れちまうんだろうよ」
「……なるほど」
 この少女はどこか不安定感がある。車両にある違和感と同じ。そのせいか。

 うふふ

 少女は再度、嬉しそうに笑った。

 あなたたち はじめて
 あたしをみて こわがらなかった ひと はじめて

 ――うれしい

「………」
 いつの間にか、辰一の中から警戒心がなくなっていた。
 本当はそれが一番危険なことなのかもしれない。けれど信用している二匹の猫たちも、だんだん気がぬけてきたのか顔洗いを始めてしまい、辰一をとがめることもない。
 フランシスは最初から、警戒などかけらもしていない。
「こんな小さなガキに敵対心むき出しってのも、粋じゃねえだろうがよ」
 遊んでやりゃいいじゃねえか。フランシスはそう言った。
 辰一は――少し笑った。


 少女はよくよく感じ取ってみれば、やはり幽霊であるらしい。
 猫たちとじゃれあったり、フランシスが意外にも妙な物まねをしてみせて笑わせたり。とても楽しそうだ。
 辰一は微笑んでそれを見ていた。
 和んだ空気にようやくほっとしたのか、三下がふうと力のぬけたため息をついた。

 やがて、電車が終着駅に近づいてくる。

 もう おわかれ

 と少女は言った。寂しそうな顔で。

 いままでの ひと みんなこわがった
 だから このたいせつなばしょのこと わすれてもらった
 だけど あなたたちは

 ――覚えててくれる?
 別れの予感にゆがむ少女の顔。初めて不安そうに震えた声。
「忘れませんよ」
 辰一は微笑んだ。二匹の猫が揃って鳴いた。
「面倒くせえことほど、忘れることができねーもんなんだよなあ……」
 フランシスが肩をすくめる。
「忘れられません、この電車での出来事は……っ」
 ……ちょっと違う意味で、三下が強く請け負った。

 少女は、ようやく嬉しそうに微笑んだ。
 そして――

 少女の姿が薄らいでゆく。
「―――!?」
 この消え方は、まさか……!
「ま、待って、まさか行ってしまう気――!」

 ――さようなら

 小さな少女の声は、遠く遠く違う世界から響くようだった。
「………」
 電車が終着駅にとまる。
 無言でプラットホームに降りた一行は、何となくしんみりとしていた。
「やれやれ。怪奇現象を野放しにゃできなかったじゃねーか」
 フランシスが背中をうんと伸ばして、「んじゃ、代わりに言うか。――頑張れよ、恐怖雑誌の記者」
「ひいい……」
 三下がこれから待つ報告書作成作業を思ってまた青くなる。
 辰一は、
「三下さん」
 少しだけ寂しい笑顔で言った。
「……本当のことを、書いてあげてくださいね。彼女について、本当のことを……」

【エンディング】

 赤いワンピースの少女は、どうやら電車の事故で亡くなった子供の幽霊だったようだ。
 ――その事故を起こした電車の、七両目の車両の中で。
 三下が起こった出来事を報告書にまとめ、美しき編集長の元に持っていくと、
「――さんした!」
 ドン! と、報告書を見るより前に編集長はデスクを拳で叩いた。
 ごうごうと怒りのオーラを背負っている。
「ぼ、僕まだ何もしてませんよ……っ」
「そういうことじゃないのよっ! 例のあんたに任せた電車、あんたに行かせて以来十三両現象がなくなっちゃったって言うじゃないの!」
 え?
 三下は目をぱちくりさせる。
「もう終わっちゃった怪奇現象じゃ面白味激減なのよ! もう、あんた一体何やらかしてきたの!」
「ふ、普通に取材してきただけですう」
 一生懸命訴えながら、三下は思い出した。少女の消え際の言葉を。

 ――さようなら。

(そっか……)
 あのときは、ただあの時間が終わるだけだと思っていたんだけれど。
 三下は心の中で、「さよなら」とつぶやいた。今度こそ、本当の意味で。
(あの子は……怖く、なかった……な)
「さんした! 報告書!」
 碇火山が目の前で噴火して、どろどろと溶岩を流している。
 ――少なくとも目の前のこの編集長よりは、全然怖くない。しみじみと思いながら、三下は慌てて報告書を差し出した。
 その報告書が「字が汚い!」と放り出されるまで、あと数秒……


【END】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【5515/フランシス・−/男性/85歳/映画館”Carpe Diem”館長】

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■         ライター通信          ■
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空木崎辰一様
初めまして。笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加くださりありがとうございました!
辰一さんには終始まとめ役をやって戴いてしまいました。おかげでストーリーがまとまってくれて大変助かりましたv
書かせて頂けてとても嬉しかったです。
またお会いできる日を願って……