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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


幽霊タクシーを探せ【後編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『幽霊タクシーを探せ』――。
 7月某日、月刊アトラス編集長の碇麗香は、金沢で3ヶ月ほど前から流れている幽霊タクシーの噂についての調査を依頼していた。その中には草間武彦に言われてやってきた草間零の姿もあった。
 列車で金沢へ向かい、さっそく調査を開始する一同。聞き込みやその他の手段にて、少しずつ集まってくる手がかりのかけら。中には、幽霊タクシーの姿を捉えた者も居て。
 そして、一同は知ることになる。去る3月に個人タクシーへの追突事故があり、妻子持ちの運転手が亡くなっていたことを。非常に優秀な運転手であったという。
 幽霊タクシーは何ゆえその姿を見せ、走り続けているのか。
 果たして、そこにある真実とは――。

●喉の乾きを潤すだけでなく【1】
 夜の片町――。
「何事かと思ったが」
 宿泊先のビジネスホテルの部屋を出て外に降りてきた真名神慶悟は、苦笑しながら目の前に居る大和鮎に言った。
「あたし1人じゃ、不都合あるのよ」
 鮎は携帯電話を手にしていた。他の者たちが日中に集めてきた情報を聞いた後、これで慶悟を呼び出したのだ。
「……確かにそこは無理だろう。客としてでないなら容易だとは思うものの」
「そ。ホストクラブならまだしも、キャバクラに女のあたし1人では行けないもんねぇ。かといって、そこらをあるいているスカウトのお兄ちゃんについて行くわけにいかないし」
 2人の会話をちょっと聞いただけでは、これからどこかへ飲みに行く相談をしているようにしか思えない。7月のこの時期、暑気払いに飲むのも最高である。が、そういうことを話しているのではなかった。
「目撃者が夜の世界で働く者なら、さっき言っていたように夜の目撃情報が多いのも頷ける」
「でしょ? それに、タクシーが活躍する時間帯も夜だし」
 鮎が慶悟を呼び出したのは、バーやスナックなど夜の店での聞き込みを手伝ってもらうためであった。本当は成人男性陣全員に手伝ってもらおうと考えたのだが、唯一捕まったのが慶悟だけだったのだ。
「さて、どの店からあたったものかな」
 思案する慶悟に、鮎がさらりと言った。
「とりあえず従業員が多く居て、あまり遅くない時間までやってるお店からがいいんじゃない?」
 従業員が多ければ、それだけ情報を得る可能性が高くなるはず。また、やけに遅くまで店をやっていたなら、もうそれは早朝に近い。目撃情報の時間帯を考えると、そういった店の従業員は幽霊タクシーに遭遇していない可能性が高いはず。そういったことから、今の鮎の発言となった訳だ。
 そして2人は夜の片町に消えていった……。

●援軍【2】
 翌朝、都合によって4人が東京に戻ることになった。もちろんただ戻るのもあれなので、昨日までの状況をまとめて東京到着後にアトラス編集部へ持ってゆくこととなっている。
 そして入れ替わりに1人やってきた。
「皇騎ちゃん!」
 小松空港発スーパー特急バスから降りてきた天薙撫子は、金沢駅前まで迎えに来てくれた従兄の宮小路皇騎の姿を見付けて手を振った。いつものように和服姿であるが、夏らしいさわやかな柄となっていた。
「おはよう、疲れたかい?」
 皇騎は朝一番の飛行機にてやってきた従妹の体調を気遣った。何しろ応援に来てほしいと連絡したのが昨日の夜、慌ただしく呼んでしまったからだ。
「大丈夫です」
 にこっと微笑む撫子。その笑顔には疲れなど感じられない。きちんと睡眠をとってきたのだと思われる。
「それで……」
 撫子はじっと皇騎の目を見つめた。
「わたくしは何をすればよいのでしょうか」
 おおまかな事情は昨日の連絡で聞いてはいた。しかし、具体的にどうするという話は到着後にということであったのだ。
「『想い』を、昇華させる手助けを」
 皇騎はきっぱりと言い切った。
「……未だ悪い存在、危険な存在にならないうちに」
 『想い』が変質する前に成仏を――。
「分かりました」
 撫子は大きくこくりと頷いた。

●今日の予定【3】
 皇騎が撫子を出迎えに行っている頃、シュライン・エマはビジネスホテルの喫茶コーナーにて軽い朝食をとっていた。向かいには鮎の姿、隣には零の姿もあった。
「そういえば真名神くんは?」
 コーヒー片手にシュラインが鮎に尋ねた。
「シャワー浴びてから降りてくるって」
 そう答え、鮎はトーストを食べやすい大きさにちぎった。
「……ずいぶん遅くまで出歩いてたものね」
 苦笑するシュライン。ちょうど今、食べながら鮎から昨夜の話を聞いていた所だったのだ。
「でも、おかげで色々と分かったわ」
「現れる時間のことね」
 シュラインが聞き返すと、鮎が小さく頷いた。
「だいたい深夜の1時を過ぎて……2時3時。その頃に乗った人が、遭遇しているみたい。もちろん、ここ片町から乗って」
 昨夜慶悟と2人で鮎があちこちの店を回ったのは、無駄ではなかったようだ。遭遇時間が見えてきたということは、その時間帯に片町で張り込めば発見出来る可能性が高まったということなのだから。
「どのくらいのお店を回ったんですか?」
 零が鮎に尋ねた。素朴な疑問である。
「……何軒だっけ。これ、経費で落ちるかなぁ」
「んー、どうかしら? 手に入れた情報が役立ったんなら、麗香さん認めてくれそうだし」
 鮎が言っているのは昨夜の飲み代のことである。一応領収書はもらってきていた。まあ、シュラインが言うように役立ったと認められたら何とか通してくれるだろう。……そうでなければ当然自腹だが。
「そうそう、今日はどうするの?」
 鮎がシュラインに今日の予定を尋ねた。
「そうねえ、事故現場周辺を回るか、それとも森田さんのお家へ伺うか……。零ちゃんはどうする?」
「じゃあ、私もシュラインさんに同行します」
「奥さんってどうしてるのかしら」
 シュラインの予定を聞いていた鮎が不意に言った。
「え?」
「ほら、急に旦那さんを亡くしたし。生活とかどうなのか。夜のお店で働いてるってことはない?」
「……そうね、心配だわ。保険金とか、そういうのもあるでしょうけど。子供もこれからどんどん大きくなってゆく訳だし……」
 思案顔になるシュライン。鮎が言葉を続けた。
「亡くなった後も現れるっていうのは、やっぱり心残りがあるからでしょう?」
 もちろんそうだろう。不意に訪れた自らの死、心残りない方が珍しい。
「あ、真名神さんが降りてきたみたいです」
 シャワーを浴びてさっぱりとした様子の慶悟の姿を、零が見付けた。

●死してなお【4】
 朝食後、シュラインと零は国道8号線の辺りへ来ていた。そう、件の事故現場だ。慶悟が森田家へ行くというので、こちらに回ることにしたのだ。
 シュラインは手に花を抱えていた。まず最初に、事故現場に花を置いて手を合わせようと思ったのだ。
 と、事故現場に来てみると、すでに誰かが花を置いて手を合わせていた。
「先客……ですか?」
 つぶやく零。見た所、20台前半のいわゆるお水系の女性のようだ。
 シュラインと零が声をかけようとして近付くと、先に居た女性の方が気配に気付いて振り返った。
「あ……あなた方も、ですか?」
「ええ。森田さんにお花を」
 女性に尋ねられ、シュラインはこくっと頷いた。ぺこりと頭を下げる零。そして2人も花を置き、手を合わせる。女性はまだそこに居た。
「……森田さんにお世話になられた方ですか?」
 今度はシュラインが尋ねる番であった。
「そうです。お店が終わってから、何度か乗せてもらったことがあって……。近くても嫌な顔せず、それでいて気遣ってくれるんです」
「どう気遣ってくれたんですか?」
 続いて零が女性に尋ねた。
「『最近物騒だから気を付けてくださいね』とか、『大変なお仕事でしょうけど、身体壊さないように頑張ってください』とか……あたしの方が年下なのに。だからお店が終わると、なるべく森田さんのタクシー探すようにして……」
(……ああ……)
 女性の話を聞いて、シュラインは強く納得をした。というのも、収集した情報をまとめていると、森田という人物の人柄が何となく見えてきたからだ。真面目で客を大事にして、といった……。それが今の女性の話で裏付けられた訳だ。
「森田さん、優しい方だったんですね」
 零がそう言うと、女性はこくこくと頷いた。目にうっすらと涙が浮かんでいたように見えた。
 女性と別れてから、シュラインと零は近隣の店などで聞き込みをしてみた。加害者のトラック運転手やその家族について調べてみることも考えたが、住所が青森であったのでひとまずそちらは除外することにした。
「青森までそう簡単には行けませんよね」
 とは零の言葉。そりゃそうだ。
「あ、そこの事故現場? 何かよく知らないけど、いい運転手さんだったみたいだね」
 聞き込みをしていると、ある店の店長がそうシュラインに答えた。何故それが分かるのかと突っ込むと、その店長はこう答えてくれた。
「だって、今でも週に1人か2人は花を置いて手を合わせてゆくからさ。事故から間もない頃は、それこそ山のようだったよ。観光客ぽい人も居たっけなあ……」

●悲しいのは【5】
 一方その頃、慶悟は森田家を訪れていた。住所は新聞記事に出ていたから、探すのは非常に容易であった。
 インターホンを鳴らして玄関の扉を開けてもらうと、綺麗な細身の女性が慶悟を出迎えてくれた。恐らく森田の妻なのだろう。
「はい……どちら様でしょうか?」
 森田の妻に尋ねられ、慶悟は事故のことを知り線香を上げさせてほしいと告げた。
「正史さんにお世話になられた方ですか。どうぞ……きっと正史さんも喜んでくれると思います」
 森田の妻はそう言って慶悟を家の中に上げてくれた。口振りと手慣れた対応からすると、こういうことはよくあるようだ。
 慶悟が上がると、小さな女の子がひょこっと顔を出した。この女の子が森田の娘だろう。
「ぱぁぱ?」
 小さく首を傾げ、きょとんとした表情でつぶやく娘。その時、森田の妻が悲しそうな目をしたのを慶悟は見逃さなかった。
「娘さん、ですか」
「ええ、寛子といいます。……申し遅れました、妻の陽子と申します」
 森田の妻、陽子は娘の名を言うとともに自らも名乗った。
 通された部屋にて線香を上げ、手を合わせる慶悟。まだ納骨は済ませていないようで、お骨の箱が目の前にあった。
「粗茶ですが……」
 陽子が冷たい麦茶を持ってきてくれた。それをいただきながら、慶悟は陽子と言葉を交わした。最初は当たり障りのない内容だったが、やがて本題に入っていった。
「……少し聞かせてもらいたいが」
「はい」
「旦那さんが亡くなってから、何か困ったようなこと、妙なことが起きているということは……ないだろうか」
 申し訳なさげに慶悟は尋ねた。陽子を刺激するのではないかと危惧していたのだ。が、陽子は慶悟が心配してくれているのだと解釈したようだった。
「いえ、大丈夫です。貯えや保険金、それに慰謝料というんですか……そういった物がありますし、ご近所の方々も何かと力になってくださっていますから……」
 陽子はそこまで話してから、何かを思い出したようにこう続けた。
「……困ったというのとは少し違うのですけど」
「何か」
「月に1度、ポストの中に封筒に入ったお金が入っていることがあるんです。お札と小銭が混じっているんですが、だいたい10万円ほどでしょうか。どなたが入れてゆかれるのか、分からないのですけれど……」
「それは……いつから」
「夫が亡くなった翌月からです」
 それを聞いた途端、慶悟は天を仰いだ。
(……それが理由か……)
 この瞬間、慶悟は幽霊タクシーが何故走るのか、全てを理解した。彼が死してなお走り続ける理由は、これだったのだ――。
「……ですね」
 陽子がぽつりとつぶやいた。あいにく最初の言葉がよく聞き取れなかった。
「うん?」
「悲しいものですね」
 陽子は森田の遺影を見つめたまま言った。
「……こうして正史さんにお世話になった方が、次から次に来られるのに、それを一番伝えたい人がもう居ないなんて……」
 そして陽子は慶悟の方へ向き直り、言葉を続けた。
「亡くなったことはもちろん悲しいんです。胸が張り裂けるかと思うほど悲しかったです。けれど、人はいつかは亡くなります。こういう仕事でしたから、私も覚悟はしていたんです。でも……」
「でも?」
「……伝えたいことをもう決して伝えることが出来ないんだと思うと……それが何より悲しいんですよね……」
 陽子の瞳から、つぅ……っと涙が頬へ伝わって、落ちた。

●だから、そこに【6】
 午後1時前、1日でもっとも暑くなろうかという時間帯、皇騎と撫子の姿は妙立寺という寺の前にあった。片町から犀川大橋を渡り、少し歩いた所である。
「ここには忍者寺という呼称があるらしいですね」
 観光マップに書かれた説明を読む皇騎。その名が示す通り、隠し階段やら二枚戸などなど色々な仕掛けが施されている寺である。元々加賀藩がいざという時のために建立したという。
 何も2人して観光をしている訳ではない。回る先々が、観光名所であるだけの話だ。そうなる理由はもちろん――。
「……多くの方に対する優しさ、と言うべきなのでしょうか」
 撫子がぽつり漏らした。ここに来たのは目撃情報などを元にその地を回り、霊視を行うためであった。そしてより正確につかむために、龍晶眼の能力によって見極めも試みた。
「やっぱり『想い』の集合体か……」
 皇騎がそう言うと、撫子はどう説明すればいいかとちょっと複雑な表情を見せた。それは正しくもあり、少しだけ違う。皇騎が撫子の顔を覗き込んだ。
「……核になっているのは森田さんの『想い』、それで間違いはありません。そこに、他の『想い』などが手助けをしている……そういうことです」
「など?」
 撫子の言葉に皇騎が少し引っかかった。『など』と言ったということは、『想い』だけではないということだ。撫子の龍晶眼は全てを見通せるのだから、それが何なのか分かっていない訳がない。
「それにどういった言葉を当てはめるべきか、浮かばなかったんです。精霊……とも少し違うような」
 撫子は正直に答えた。だが、それで皇騎は納得をした。
「そういえば、ここは古都・金沢でしたっけ……ね」
 何かしら不可思議な存在が居るのだろう、金沢という街には。その存在が、森田を惜しんだのかもしれない。だから、力をほんの少し貸し与えて――。
「だけど」
「だからこそ」
 皇騎と撫子の言葉が重なった。
「このままにしておく訳には」
「……いけないと思います」
 空を見上げる2人。頭上には夏の青空がどこまでも広がっていた。

●彼にとってよいこととは【7】
 夕方、宿泊先のホテルに戻ってきた6人は、各々の調べた情報を交換した。
「えっと、まとめるとこういうこと?」
 鮎が皆に確認するように言った。
「森田さんは真面目な仕事振り、優しくて気遣いも出来る運転手さんで、好感を持つ人が多かった。でも残念ながら事故で亡くなった後も、走り続けている。それは家族のことが心配だから……?」
「でしょうね」
 シュラインが頷いた。好感を持つ者が多いということは、実際に今朝目の当たりにしてきたのだから間違いない。
「観光地や夜の街を走り客を乗せる。それによって稼いだ金を家族の待つ家に届ける……そこに悪意は存在しない。霊障や祟りも同じく」
 慶悟が静かに口を開く。森田の家を訪れた際に慶悟も調べてみたが、悪影響が出ているとは微塵も感じられなかったのだ。
「でも不思議ね。お金を毎月届けているのに、奥さんはそれに気付かなかったのかしら?」
「ご自分で届けられているとは限らないと思います」
 鮎が口にした疑問に、撫子が答えた。
「どういうことですか?」
 きょとんとして零が撫子に尋ねた。
「森田さんはただ、お客様を乗せて走るだけしか出来なくて、力を貸し与えている存在が代わりに届けているのかもしれませんから」
「だから、奥さんは気付かない……そういうこと?」
 シュラインが聞き返すと、撫子はこくっと頷いた。
「……悪い噂はない。死してなお真面目なんだろう」
 慶悟がつぶやいた。
「実際には成仏だけが道ではないのかもしれない。今回の場合、よりそう思う。だが……やはり全てには往くべき道がある」
 そう言って慶悟は皇騎に視線を向けた。思案顔だった皇騎も、ここで口を開いた。
「……ですね。悪い存在に変化する前に、彼の『想い』を昇華し成仏させてあげるのが……多くの人に好かれていた彼に対する、我々の優しさでしょう」
 そして一同の意見は、成仏させるべきということで一致をみた。
「でも、どうやって成仏させてあげればいいんでしょう。……実際に乗ってみるしかないんでしょうか」
 思案して零がつぶやく。他の皆の視線が零に集まった。
「零さん……乗ってみますか?」
 皇騎がにこっと笑みを浮かべた。

●決着【8】
 そして時間は進み、深夜1時過ぎ――。
 1台の個人タクシーに、3人の乗客が乗り込んだ。男1人女2人のグループだ。
「はい、どちらまででしょう?」
 人のよさそうな運転手が、乗り込んだ客のグループに振り向いて尋ねた。
「とりあえず8号線の方に向かってくれないか。近くまで来たら、また指示する」
 後部座席の真ん中に座った青年、慶悟がそう運転手に告げた。
「了解です。あちらも国道から中入ると、道がややこしいですからねえ」
 と言って運転手はタクシーを発進させた。嫌な顔1つ見せなかった。
「……森田さんですね」
 慶悟の左隣に座っていた少女、零がこそっと耳打ちをした。運転手の名前を確認したのだ。
「お客さん、ご旅行ですか?」
 武蔵ヶ辻を通り六枚町の方へ向かった頃、運転手――森田が話しかけてきた。
「ええ」
 右隣に座っている和服の女性、撫子は窓の外を見つめたまま答えた。
「東京からです」
 零が後に続けた。すると森田はやっぱりといった様子で話し始めた。
「あー……そうですか、東京から。電車だと『はくたか』でだいぶ近くなりましたよね。新幹線が繋がると、もっと近くなるんでしょうかね。どうですか、北陸の夏は?」
「悪くはない」
 言葉少なに答える慶悟。昼間と違って車はすいすいと進んでゆく。言っている間に、北陸本線や建設中の新幹線線路の高架下が見えてきた。
「それはよかった。北陸の夏も雨が多いですからね。今日は晴れでよかったですよ、ほんと。まあ雨の方が稼ぎはいいんですがね、あはは」
 明るく言う森田。これが本当に幽霊であるのだろうか。この様子を見ただけでは、そんなことは普通は思わないだろう。
「どこか回られましたか?」
「いえ、そんなにはまだ」
 森田の質問に零が答えた。
「そうですか。金沢にはいい所たくさんありますから、時間が許せばぜひ見ていってください。昼間だったら、観光案内もしている所なんですがねえ。長町には武家屋敷や大神さんの立派なお屋敷があったりしてですね。ああ、バス使うんでしたら、1日券が便利ですよ。名所の割引もいくつかありますし」
 にこにこと言う森田。ライバルであるバスについてもさらりと触れるあたり、金沢という街が好きであるのだろう。
「あの、いつもこの時間までお仕事なんですか? 大変ですね」
 今度は逆に零が尋ねた。
「いやあ、稼ぎ時ですからねえ。おかげでろくに妻や娘の顔も見れてませんよ。頑張って養ってゆかないといけませんし……」
 苦笑する森田。後部座席の3人は視線を交わした。どうやら、推理は間違っていないようである。
「お客さん。もうすぐ8号線ですが、どうしましょう?」
 国道8号線が近付いてきた頃、改めて森田が尋ねてきた。慶悟が指示を出す……件の事故現場に向かう道筋を告げたのだ。
「実はだ……そこで見てもらいたい物がある」
 続けて慶悟が森田に言った。
「は? はあ……」
 よく分からないといった様子の森田。それでもタクシーは進んでゆく。やがて――事故現場が見えてきた。
「!!」
 驚いた森田はタクシーを減速させた。フロントガラスの向こうに、自分の妻と娘が居たからである。初めてみる顔の3人とともに。そしてその前には供えられた花束……。
「な、何で陽子と寛子がここに……」
「気付いてもらいたかったんだ、あんたに」
 慶悟が諭すように森田に言った。
「私に?」
 減速していたタクシーが止まった。外では陽子と寛子のそばに、シュラインと鮎、それに皇騎が居た。3人は森田の家を訪れて、陽子たちをここへ連れ出してきたのだった。
「……正史さん……」
 陽子はそう言うだけで精一杯であった。信じられないといった様子で、ぼろぼろと涙が溢れていたからである。シュラインがそんな陽子の肩に、ぽむと優しく手を置いた。
「……ぱぁぱ? ぱぁぱっ!!」
 ぱぁっと輝く寛子の表情。タクシーの方へとことこ向かおうとするが、慌てて鮎がそれを制した。国道沿いで交通量も決して少なくない、怪我させる訳にはゆかなかった。
「……気付いたようだな」
 慶悟はハンドルに突っ伏した森田の様子を見て言った。小刻みに、森田の肩が震えていた。
「……思い出しましたよ……私は……ここで……亡くなったんですね……」
 そう答える森田の声は明らかに涙声であった。泣いているのだ、幽霊が。
「運転手ならば、往く道の先には常に目的地があることは分かっているだろう? それがどこかも――」
「ええ……」
 慶悟の言葉に森田は何度も頷いた。その間に、皇騎が陽子たちをタクシーのそばへ行くよう促した。陽子が寛子を抱えてタクシーに近付く。
「森田さん、窓を」
 撫子が静かに言った。少しして森田は顔を上げ、ゆっくりと助手席の窓を開けた。
「陽子……それに寛子……」
「ぱぁぱ!」
「正史さん……」
 見つめ合う森田と陽子。その間で寛子が1人はしゃいでいた。他の6人はそこに余計な言葉を挟むつもりはなかった。ただ、静かに見守るだけである。
「寛子……」
 シートベルトを外して身を乗り出した森田は、寛子の頬に手を伸ばした。暖かい。娘の暖かさが、森田に伝わってきた。それはもう森田が失ってしまった物――。
「……ごめんな。パパ、そろそろ遠い所に行かなくちゃいけないんだ。ごめん……」
「ぱぁぱ……?」
 さすがに寛子も異変を感じ取ったようだ。はしゃぐのをやめ、じっと森田を見つめる。
「でもな、パパはずっと寛子のこと見守ってるからな……忘れないからな……ぜっ……た……い……」
 溢れ出す森田の涙。がしっと寛子が森田の手を両手でつかんだ。
「やだ! ぱぁぱ……やだ!!」
 泣きそうな表情でそう言う寛子。もう会えない――寛子も感じ取ったのだ、そのことを。
「やぁだ! やだやだっ! ぱぁぱっ! ぱぁぱぁっ!!」
 じたばたじたばた、寛子は森田の手を放さない。そんな寛子の手を、陽子がゆっくりと解いてゆく。
「寛子……パパが困ってるでしょう……?」
 そして何とか引き離し、陽子は寛子をシュラインに預けた。再び見つめ合う陽子と森田。
「正史さん……今までありがとうございました。そして……お疲れさまでした……」
「……うん……うん……」
 感謝の言葉を口にする陽子に、森田はただ頷くしか出来なかった。
「……私たちも忘れませんから……絶対……」
「……ありがとう……」
「最後にもう1度正史さんに会えて……嬉しかった……」
「……僕もだよ……」
「さようなら……正史さん」
 陽子がおもむろに車内に顔を突っ込んだ。重なりあう森田と陽子の唇。それは2人にとって、本当に最後の口付け……。
 陽子がゆっくりとタクシーから離れた。それを見届けてから、森田が窓をゆっくりと閉じた。
「お客さん……降りられないんですか」
 森田が後部座席の3人に尋ねた。3人とも降りる様子がまるで見られなかった。その時、撫子が森田に言った。
「わたくしたちに、観光案内をしていただけないでしょうか。……最後の観光案内を」
 撫子がバックミラーを見て微笑んだ。森田を見送るには、これがよいだろうと考えたのだ。森田にもそれが理解出来たのだろう。涙を拭うと、しっかりとした声で答えた。
「分かりました。きっちり最後まで、仕事を務めさせていただきます」
 タクシーは再び動き出す。向かうは金沢中心部。陽子と寛子が、遠ざかり小さくなってゆくタクシーを身動きせず見つめていた。
 そうしてもうすぐ夜が明けようかという頃、幽霊タクシーは自らその存在を消した――。

●一夜明け【9】
「馴れ初めが、仕事帰りに乗せてもらったことなんですって」
 シュラインは零と慶悟に、昨夜陽子から聞かせてもらったことを伝えていた。翌日の午後、場所は金沢城公園でのことである。金沢の中心部にあるながら、かなり静かな場所だ。
「なるほど、夜の店で働いていたのか」
 慶悟が言うと、シュラインがこくっと頷いた。
「偶然何度も乗っているうちに、どちらともなく愛が芽生えたそうよ」
「森田さんのことが気になって、乗る時も自然と森田さんのタクシーを選ぶようになったんだとか。一方彼の方も気になって、ついつい目で追っていたそうですね」
 笑みを浮かべた皇騎が補足する。
「撫子さん遅いですね」
 零がきょろきょろと辺りを見回した。撫子は今、金沢の神社巡りをしている最中だった。何でも祖父からの言伝での挨拶回りも兼ねているのだとか。
「そろそろこっちに来ると先程連絡がありましたが」
 答える皇騎。まあ、待っていればじきにやってくることだろう。
「ああ、そうです。今回の調査の顛末、記事にまとめ上げるのは零さんにお任せしましたから」
 さらりと皇騎が言った。驚いたのは零である。
「えっ、私がですかっ?」
「大丈夫よ、零ちゃん。分からない所があれば、教えてあげるから」
 シュラインがぽむと零の肩を叩いた。皇騎ももちろんフォローするつもりで、そう言ったのである。何事も経験だ。
「記事はいいけど、この写真は使っちゃダメね」
 くすっと笑いながら鮎が言った。手には数枚の写真が。
「それは、後で届けに行くのがいいだろう」
 慶悟が鮎に言った。実は昨夜の事故現場で、森田たち3人の写真を鮎は撮っていたのである。家族3人が一緒に映った最後の写真、最後の想い出を。
「あ、来ました」
 零がこちらへ向かってくる撫子の姿を見付けた。しかし何故か、手には行きには持っていなかった風呂敷包みが。
「すみません、遅くなって」
「どうしたんですか、その荷物?」
 ぺこりと頭を下げる撫子に、零が尋ねた。
「祖父に届けてほしいと頼まれたんです。それとは別に……」
 撫子はそう言って、全員に1枚ずつミルクチョコレートを手渡した。
「これは?」
 鮎がしげしげとミルクチョコレートを眺めながら尋ねた。
「あの……お使いご苦労様と……ご褒美だそうです……10枚以上いただいたので……」
 撫子が照れながら答えた。全員の顔が笑顔になる。多い分は写真を届けるついでに、森田家にお供えしてきてもいいかもしれない。
 一同の頭上には、雲1つない青空が広がっていた――。

●内緒の会話【10】
「無事に調査終了したそうよ。明日戻ってくるみたい」
 麗香は草間に電話をかけて、そのことを伝えた。
「そうか、ありがとう。迷惑かけたな」
「いいのよ。優秀な調査員が1人増えたって考えれば」
 礼を言う草間に、くすっと麗香が笑った。
「……ちょっと聞きたいけど、何かやってたりする?」
 表情を戻し、麗香が草間に尋ねた。それはちょっとした勘のような物だった。
「いや、別に。仕事してただけだ」
「仕事、ねえ……」
 どんな仕事か別に麗香は根掘り葉掘り草間から聞く気はない。が、何だか気になるのは事実。
「ま、迷惑かけられるのだけはごめんだから」
「分かってる。危険なことじゃないさ」
 草間は麗香の言葉に対し、そのように答えた。
 こんな会話が行われたことは、もちろん他の誰も知らない……。

【幽霊タクシーを探せ【後編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 3580 / 大和・鮎(やまと・あゆ)
                    / 女 / 21 / OL 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・本当に大変お待たせいたしました。諸事情で仕切り直しがありましたが、金沢での幽霊タクシーの顛末をここにお届けいたします。ちなみに本文中はまだ7月ですが、現在金沢は大雪となっております……。
・今回のお話についてですが、実は私事になりますが高原は今年6月に母親を亡くしました。それから少し経って感じた想いが、今回のお話を始めた動機となります。それは本文中の陽子の言葉に現れていると思います。亡くなったことはもちろん悲しいですけど、それ以上に『もう居ないんだな』ということを思い知らされた瞬間、その時がより悲しいのです。
・とはいうものの、想い出を覚えている限りはその人の中で生き続けます。本文中の陽子や寛子もそうでしょう。大切な人のことは、決して忘れぬようにしたいものです。今回の前後編、お付き合いいただきありがとうございました。参加していただいた方々に深く感謝いたします。
・シュライン・エマさん、97度目のご参加ありがとうございます。森田家とか事故現場を回ろうと考えたのはよかったと思います。事故現場を回ったことで森田の人柄が分かりましたしね。で、草間は……何をやってるんでしょうねえ?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。