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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


rainy day

(……雨だなぁ……)
 夜半から振り出した雨は、午前中になり少しおとなしくなった。
 けれど天気予報では、今日は一日雨という。
(……)
 自室の窓辺から、灰色の空を見上げ、綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)は深いため息をついた。
 蔵書の一つに手をかけてみたが、あまり読み進まないうちに閉じてしまった。
 細いフレームの眼鏡に手をやり、かけ直す。小さな文字から視線を移し、彼女は再び窓を見上げ、壁にかかっているワンピースへと止まった。
 とても質のいい品だけど、窮屈さこのうえない。
 勿論体型がどうの……というわけではなくて、ね。
 あのワンピースはお見合いを仲介してくれたおばの為に、義理で着ていたものだ。
 我が身に起きた【見合い】という重大イベント。漸くその騒ぎも落ち着いたのだが、まだ心に積もる何かが残っている。そんな気分。
(……やっぱり、出かけよう……このままじゃ腐りそう)
 汐耶は大きなため息をつくと、立ち上がり、うーんと伸びをした。

 1時間後、汐耶は玄関を出ていた。
 レインコートというのもたまにはいい。
 傘も久しぶりの出番を喜んでいるようだ。
「行ってきます」
 家人に声をかけ、彼女は颯爽と街へと繰り出したのだった。



「きゃあ!」
 後ろからバケツで水をかけられたような冷たさが、彼女を襲っていた。
 排気音を響かせ、抜けていく自動車。
「……」
 凡河内・絢音(おおしこうち・あやね)は、恐る恐るワンピースのスカートを翻す。
(……うわぁ)
 そこには目も当てられないくらいに泥が跳ね上がっていた。
 すれ違った車が、水たまりの泥水を跳ね上げたのである。
 思わず道の先を睨んだが、その車の姿はもう消えていた。
「……うー」
 怒りの矛先が無いと、空しさと悲しさが湧き上がってくる。
(お気に入りのワンピースだったのに……)
 さすがにこの姿ではお出かけできない。
 家に立ち戻るべきか、絢音は深いため息をつき、とぼとぼと歩き出した。

 歩き始めて暫く。
 大通りに出るべき道で、絢音は立ち止まり、またもや息をつく。。
 この泥だらけのワンピースでは人目にあまりつきたくない。けれど、通らなきゃ戻れない。そして意を決して彼女が歩き出したその時、後ろから一台のタクシーが近づき、彼女の横で止まった。
「!」
「絢音さんじゃない?」
 窓が開き、顔を覗かせたショートヘアの眼鏡美人。絢音は驚いた表情になる。
「綾和泉さん!」
「やっぱり! お久しぶりね」
 以前、草間興信所の依頼で一緒になったことがあったのだ。
「お久しぶりです」
 絢音が丁寧に頭を下げると、汐耶はにっこり微笑んでから、絢音を招くように顔を近づけさせる。そして耳元に囁いた。
「後ろ、酷いことになってるわよ?」
「うっ……!」
 見られたこともショックだったが、絢音は先ほどの車の話を汐耶に話した。
 話してるうちに段々怒りも思い出し、少し早口になりつつも、でも正当な怒りだから仕方ないと自分で納得したりもする。
「あはは。それは災難だったわね。いいわ、一緒に乗って行かない?」
「えっ?」
「これから行き着けのショップに出向こうと思ってたとこなの。洋服を買いにね」
「そうなんですか……でも」
「いいから、いいから。ほら」
 タクシーの運転手に頼み、ドアを開いてもらうと、半ば強引に汐耶は絢音を車に引き込んだ。
「素敵なお店なのよ」
「でも私……」
「可愛い絢音さんにプレゼントして差し上げるわ。私、今、とてもお金が使いたい気分なの」
「えっ」
「……内緒よ?」
 扉が閉まり、走り出す車。
 緊張して固まっている絢音の耳元に汐耶はそっと、『先週、お見合いだったのよ』とウインクしながら苦笑してみせた。



 汐耶が案内してくれた店は、とてもお洒落なカジュアルをそろえたブティックだった。
「わぁ……」
 絢音は店内を見回し、目を輝かせる。
 こういうショップに来ることは、女子高生で一般家庭に育つ絢音にはそうそうあることではない。
 人懐こい笑顔と共に話しかけてきた店員に、汐耶は絢音の肩をトンと叩いて、
「可愛くしてあげてね」
 と笑いかける。
「まあ可愛らしいお嬢さんですね。任せてください」
 店員は、笑顔を絢音に向け、力強く頷いた。
「それじゃ……私は、勝手に選ぶかな。絢音さんもその人にわがまま言っていいからね」「えっ、はい。でも……」
「さー、こちらにどうぞ」
 店員が店の奥の棚へと招く。かちんこちんになりつつも絢音は言うままに動くのだった。



「これでいいかな……」
 ぴったりとボディにフィットするパンツスタイルに満足しつつ、汐耶は鏡の中でくるりと身を翻す。
 細くスタイリッシュなボディには何を着ても似合う。
 お嬢様風ワンピースだって悪くないが、こっちのほうが自分にはあってる気がした。
 なんといっても開放感たっぷりだ。
「わっ! 綾和泉さんかっこいい……」
 着替えて出てきた絢音の声で、汐耶は振り返る。
 彼女は上品なワンピースにレース地のカーディガンを纏っている。
「絢音さんも可愛らしいわよ。やっぱりあなたのほうがこういう服は似合うわよね〜」
 上機嫌な絢音である。
「そ、そうでしょうか……」
「このまま着て帰りましょうか。あのワンピースはクリーニングに出しておいてもらえる?」
 店の人にそう頼み、汐耶は、「それじゃ行きましょうか?」と絢音にウインクした。
「あ、ありがとうございます。でも……」
「恐縮しないで。そうねぇ……じゃあ、その代わり、お茶に付き合ってもらえるかしら?」
「お茶ですか?」
「うん。少し歩くけど、落ち着くお店を知っているの。珈琲が美味しくて、それからそこ、とってもケーキの種類が沢山あってどれも美味しいの」
「ケーキ……!」
「そうそう。行きましょう? 今日は誰かに付き合ってほしかったの、私」
「はい、私でよいのならお供します」
 絢音は微笑みを返す。
「うんうん、こんな可愛い子が付き合ってくれるんだから、大盤振る舞いしちゃうわ」
「本当に……綾和泉さん……」
 店の外に出ると、もう雨は上がっていた。
 雨上がり独特の湿ったすがすがしい空気と、明るい空。
 大きく深呼吸しながら、汐耶は絢音を振り返る。
「本当に?って」
「……大変だったんですね、お見合い」
「あはは!」
 なんだかおかしくて汐耶は笑った。
 気持ちのよい笑いだった。

 それから珈琲とケーキの美味しいカフェで二人は楽しく歓談して過ごしたのだった。
 窓の外に大きく光る虹を眺めながら。


 了