コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて


 ひやりとした感触を伴った夜風がセレスティの銀糸を梳いていく。
 どこからか聞こえてくるのは、からりころりと響く下駄の音。そしてそれに合わせるように唄う都都逸の韻律。
 仰ぎ見る天は月の光も星の瞬きも無く、安穏とした漆黒の一色で塗り敷き詰められている。
 セレスティは深海の色を湛えた双眸をゆらりと緩め、感嘆の息を一つ吐いた。
「――なるほど。この様な場所をご存知でいらしたとは」
 そう述べて振り向く。振り向いた其処には黒衣の壮年が立っていて、セレスティの言葉にやんわりとした笑みを浮かべた。
「もう少し行った先に、馴染みの茶屋があるんだが。行ってみるか?」
「茶屋、ですか」
 男の言に頷きを返しつつ周囲を見遣る。
 
 セレスティと黒衣の男――田辺聖人が立っているのは、旧い都を思わせるような大路の上である。目算した限りでは道幅20メートル程といった処であろうか。舗装等といった手は加えられてはおらず、突起した石やらが其処彼処に見受けられる。
 明らかに東京とは逸した世界であると思わせるのは、何もそういった大路だけの所為では無い。
 先刻から聴こえる愉しげな唄声は、それに合わせてゆらゆらと揺れる行灯の明かりと共に、薄闇の中からひょうと現れては消えて往く、魑魅共が口ずさんでいるものなのだ。
 まさに文字通りの百鬼夜行と云った処であろうか。
 擦れ違い、又は追い越して往く夜行は、見れば薄闇の中にふらりと現れ、そしてふらりと消えていくのだ。
 魑魅共は、その何れもが人懐こい笑みを残していく。悪意等といったものは一つも感じられない。中には挨拶がてら言葉を掛けていく者も居る。
 ――――否。
 彼等は薄闇の中から現れ、消えて往くのではない。
 セレスティは田辺の言葉に、細めた眼で大路の先を確かめた。
 時代劇やらを彷彿とさせる大路の脇の所々に点在している小さな家屋。茅葺やら瓦やらといった屋根を持つその棟は、その何れもが鄙びたものではあるのだが、セレスティが今見遣っているその棟は、中でも特に鄙びた感のあるものだった。
 夜行が持つ行灯は、然し確かに、その棟の中から現れ、そしてその中に消えて往くのだ。

「あの家屋がそうでしょうか?」
 訊ね、首を傾げると、田辺はゆったりと頷いて、吸い終えた煙草の火を携帯灰皿の中へと押しやった。
「茶屋とは云っても、団子しか出てこないという訳でもないんだ。酒や、飯も出している。……まあ、便宜上『茶屋』って云ってるだけでな」
「訪れる客人は、先程から擦れ違う妖怪なのですか」
 ふわりと微笑み、田辺を見遣る。田辺はセレスティの視線を受けて静かに首を動かした。
「行ってみりゃ分かるさ」

 大路を真っ直ぐに進み、やがて先程目にした家屋を前にする。大路は総てで四つあり、家屋はその四つの大路が交わる場所――四つ辻の傍らに建っていた。
 間近に見ればそれはやはり鄙びた――最早半壊気味とも云えるであろう見目をしている。木造で、所々が朽ち落ちているのだ。
 セレスティはその微笑を僅かに緩め、肩越しに振り向いて田辺に問いた。
「こちらでよろしいのですよね」
 言葉こそ返されなかったが、田辺は深々と頭をさげた。
 再び家屋を確かめる。よくよく見れば確かに、中から漏れ出る灯りが一筋見えている。更に、耳を傾ける。と、途切れ途切れにではあるが、愉しげな笑い声や唄声、噺声まで聞こえた。
「なるほど」
 頷き、引き戸に手を伸ばす。――が、戸板はがたがたと音をたてるばかりで、一向に開く様子を見せない。
「コツがあるんだよ」
 様子を眺めていた田辺がセレスティの代わりに引き戸を開けた。どうやら、一度上に持ち上げる等すると、存外容易に開くらしい。
 感心を示し目を細ませるセレスティの全身は、開かれた引き戸の向こうから溢れた淡い灯りによって包み込まれた。
 眩しげに目を細ませ、灯りで充たされた茶屋の中を確かめる、せいぜい六畳が二つ程と云った程度だろうか。さほどには広くない――酒場としての役割も果たす場所である事も考慮すれば、むしろ手狭な印象が強く浮かぶ場所だ。
 置かれたテーブルは四つ程。椅子は雑多に置かれ、その椅子はほぼ埋められていた。
 入りこんできた新規の客人、セレスティに一斉に視線が寄せられた。セレスティはやんわりとした笑みでそれに応じると、田辺の案内を受け、店の奥へと歩みを進める。
「水の眷属やねえ」
「こりゃまた別嬪さんが来よったでえ。あいや、しかしこりゃおなごじゃないわいのう」
「まあまあ、適当に座って、茶ぁでも飲みんさいな」
 椅子を埋める面々は、そのどれもが人ならぬものばかり。合間を縫って歩くセレスティには、魑魅共の関心までもが一斉に寄せられる。
 田辺はそれらに対してぞんざいな対応をしてみせているが、セレスティはその一つ一つに対し、丁寧な返事を返す。
 魑魅共は、やはりそのどれにも悪意等といったものは微塵も感じられない。あるのは只純粋に、新しく足を寄せた見知らぬ客人に対する好奇心ばかり。
「さ、さ。どうぞ、その椅子へ」
 茶屋の奥まで足を進めたセレスティを、待ち構えていたかのように男の声が呼び寄せた。
 勧められた椅子に座り、自分を呼んだ声の主を確かめる。
 セレスティの目に入ったのは、和装に身を包んだ壮年の男の顔だった。
 男はセレスティと視線を合わせると、縁のない眼鏡の奥の双眼を緩め、笑みを浮かべた。
「田辺クンのお知り合いだそうですね。どうですか、この場所は」
 ゆったりとした声音でそう述べて、湯呑に煎茶を注ぎ入れる。それに合わせて差し出されたのは小皿にのった芋羊羹だった。
「ええ。田辺さんとは時折席をご一緒させていただいています。……この場所への感想ですか。……そうですね」
 首を傾げて微笑みを返し、出された煎茶を一口口にする。
「こちらにいらっしゃる方々は、人間とは異なる存在ながら……そう、温かく、優しい心の持ち主ばかりなのですね。空気も清廉としていて、素晴らしく居心地の良い場所です」
 男はセレスティの返事に満面の笑みを湛え、頷く。
「ハ、ハハ。ええ、仰る通りで。ここいらに集まる連中は、どれも皆気の善いのばかりですよ」
 朗らかな笑みで頷いた男に、セレスティもまた笑みを返した。

 茶屋に集まっている妖怪達はセレスティと男の遣り取りを耳にしている者もあれば、ほろ酔いで唄に興じている者もある。巧みな話術で小噺をしている者もある。
 茶屋の中に漂う空気はどこか温かく、そして何よりも心の何処かが一息吐くような安堵感を得る事が出来る。

「こちらへは、田辺さんが連れて来てくださったのですが……」
 ゆったりとそう述べ、横に座っている田辺に視線を向ける。
 田辺はセレスティの視線を受けて小さな笑みを浮かべると、残った煎茶を一口に飲み干して席を立った。
「いつも世話になってるしな。面白い場所を知ってるから一緒にどうだと声を掛けたんだ」
「なるほど。まあ、ろくに立ち寄る見所もないような場所ですが、いらした時にはゆっくりとしていってくださいね」
 田辺の言を受け、和装の男はそう述べた。
 セレスティが頷きを返すと、田辺は再び足を進め、茶屋の出入り口へと向かう。
「すまないが、今日はあまり時間を取れないんだ。俺も何かと用事があってな」
「この時期、パティシエは多忙を極めますでしょうからね。……それでは、名残惜しいですが、今日はここで」
 田辺に続いて席を立ち、和装の男に頭をさげる。
 和装の男は軽く頭を掻きながら口を開けた。
「では、俺もそこまで送っていきましょう。なに、行灯持ちでもしますよ」

 茶屋に居る妖怪達に挨拶を残し、セレスティは再び薄闇の中へと踏み入った。
 夜風はしっとりとした空気を運び、音もなくセレスティの頬を撫でていく。
 前を行く和装の男が持つ行灯の明かりがゆらゆらと闇を照らす。
 何処からか、愉しげに唄う声が風に乗り聴こえ来る。
 
「そういえば、お名前をまだ伺っていませんでしたね」
 前を行く和装の男に声をかける。
「ああ、すいません、失礼をしちまいましたね。この辺の連中からは詫助なんて呼ばれてますが、まあお好きなように呼んでやってください」
「詫助さんですね。セレスティ・カーニンガムと申します」
「確かリンスター財閥の総帥さんでしたよねえ」
「――――おや、ご存知で」
「たまあに、現世へ足を運んでいるもんですからね」
 詫助はそう述べて笑い、首を傾げた。
 その言葉に、セレスティもまた首を傾げる。
「ふむ。という事は、この場所に居る方は現世への干渉が可能だという事なのですか?」
「うん? ああ、いや、そういう事ではなくてですね。いや、まあ、昔ならいざしらず、今の現世に妖怪なんかが出張っていくわけにもいかんでしょうしね」
 詫助は、そう返しつつ僅か困ったように笑った。
「そうじゃなくてな。俺らがここに来る時に渡った橋があっただろう。あれが現世とこの四つ辻とを繋ぐ、まさに架け橋なわけなんだがな」
 詫助の言葉を継いで田辺が口を挟む。
「あれを渡って現世に来るのは、今じゃこの詫助ぐらいなもんでな。干渉だとか、そんな大層なもんじゃねえんだよ」
 田辺の言葉に詫助も頷いた。
「たまあに、現世からこっちに迷いこんでくる方もいますがね。それぐらいでして」
「……なるほど」
 二人から受けた説明に納得の意を示し、セレスティは大路の果てに目を遣った。
 薄闇の向こう、確かに、ぼうやりと、橋が姿を見せている。
「一つは現世へと架かるもの。ならば残りの三つはどこに繋がっているのですか」
 訊ねたセレスティのその言葉に、前を行く詫助がその足を留めた。
 ――――現世へと架かる橋が、もう目の前にあったのだ。
「残る三つは、彼岸へと……あちら側へと繋がる橋なんですよ。つまりこの四つ辻は、現世と彼岸とを結ぶ、まあ、ちょっとした挟間みたいな所になりますかねえ」
 呑気な口調でそう述べて、手にしている行灯でセレスティの足元を照らす。
「ま、また次いらした時にでも、また何なりとお答えしんしょう」
 そう続け、漆黒色の天を仰ぎ見る。
 セレスティもまた、その視線を追って天を見た。

 光の、ただ一筋さえもない暗黒。
 流れる風はひやりとした感触を伴って吹き過ぎていく。

 セレスティは、留めていた足を再びゆっくりと動かして、橋の欄干に手を伸べた。
「それでは、またいずれ」
「ええ、またいつでも」
 セレスティの挨拶にそう返し、詫助は深々と頭をさげる。
 詫助に向けて笑みを残し、セレスティは橋の上をゆっくりとした歩調で歩き始めた。
 不思議と居心地の良かった四つ辻へと背を向けて。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

NPC:詫助、田辺聖人

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話さまです。このたびはご発注まことにありがとうございました。
四つ辻での散策、いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけていればと思います。

このゲームノベルのシナリオは、基本的には1話完結という形式をとっておりますが、2度、3度と足をお運びいただけるごとに、新たな展開を広げていくことが可能です。
もしもよろしければ、また遊びにいらしてくださいませ。

このノベルが少しでもお気に召していただけますことを祈りつつ。