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<東京怪談ノベル(シングル)>


『あちこちどーちゅーき 九十九神の家』


 全国津々浦々、自由気ままに当ての無い旅路。
 そこで出会うのは美しい風景と、そこに暮らす人々の生活。笑顔。
 そして異形の者。
 怖いと想う事もあり。
 それを悲しく想う事もあり。
 嬉しく想う事もあり。
 旅をすれば、時折見知ったような懐かしい風景にも出会う。
 土地柄の穏やかな空気が抱かせる郷愁の念。
 そこに暮らす人々の温かな感情。
 それに触れるのが嬉しい。
 心が温かになるから。
 旅は道ずれ。世は情け。
 旅をすれば人の温かさや、繋がり、それが感じられて、助けられる事もあれば、逆に助ける事もある。
 それで繋がる人の情。連なる幸せの連鎖。俺の旅はそういう意味もあるのかもしれない。
 風が植物の種を運ぶように、与えられた幸せを運ぶように。
 これもまた、そういうお話………



 ――――――『あちこちどーちゅーき 九十九神の家』



 岐阜県の山奥。
 そこに足を運んだのはただの偶然。
 道端で拾った風船があったんだ。その風船はガスが抜けて路上の片隅に落ちていた。
 そしてその風船には手紙が結わいつけられていて、その手紙には保育園の住所と電話番号、メールアドレス、それから花の種が同封されていた。
 手の平の上に落ちたのは10粒のひまわりの種だった。
 今年の夏に見たあの黄色い花を俺は思い出す。
 俺の身長よりも高く、青い夏の空にある灼熱の円盤に向かって誇らしく凛と咲き誇る地上の太陽。
 耳朶に残る煩いほどの蝉の鳴く声が思い出される。
 ひまわりの種はどうしようか? この花の種を手紙に同封した子どもたちはきっとこの種が見知らぬ土地でそこと同じように健やかに咲き誇る事を望んでいるはず。
 だから俺は近くにあった教会のシスター様に頼んで、その教会の片隅にある庭にその花の種を、そこにいる孤児院の子どもたちと一緒に植えた。
 それをぱしゃりと携帯カメラで撮って、俺の携帯電話のメールアドレスと簡単な文章を書いた手紙、近くの写真館でプリントアウトしてもらった植えたひまわりのある庭、その教会のシスターと子どもたちの写真を同封して、その保育園に手紙を送った。
 そうしたのは、子どもたちが喜ぶと想ったから。
 手紙を郵便局のポストに入れたその二日後の夜には俺の携帯電話にメールが来た。
 園長からのメール。お礼の文章と、喜んでいる園児たちの写メ。
 それから次の日曜日にそこの保育園がある街で行われる秋祭りの事。
 もしもよろしかったら来て下さい、とのお誘いの言葉。
 行く当ての無い旅。
 行く方向は自由気まま。その時の気分。
 だから当ての無い旅をする俺は次の瞬間には決断していた。
 その街へ行ってみようと。



 移動は電車とバス。
 結構な時間をかけて移動したそこは、山間の中にある小さな街で、ほとんどの街の人が親戚だったりするような同じ苗字の人ばかりの街。
 だからとても気さくで穏やかなそんな空気が流れていた。
 緩やかなそこの雰囲気は性にあっていた。
 街の社の方へと行くと、はっぴを着た子どもたちが駆け抜けて行き、軽やかなお囃子の音色も流れてくる。
 屋台は数件だけど、でもどれも祭りにはなくてはならない屋台で、俺も子どものようにその屋台に並んでしまう。
 まるで童心に返ったようだ。
 横笛の音色、太鼓の音、それがとても懐かしくって、そしてどこかいつの間にか大人となった自分の心は、それに懐かしみを感じる、という事に寂しさも感じる。
 自然に思い浮かんだのは亡き祖父と手を繋いで行った地元の祭り。
 俺は肩を竦め、それから神社の境内を歩いて回る。
 神社の境内では甘酒が巫女さんたちに振舞われていたり、またちょっとした市が開かれていた。
 ふと足を止めたのは、狐のお面をかぶった着物姿の男の子が俺の前に現れたから。
 別に見える事には驚かない。
「ん?」俺が微笑みながら小首を傾げると、
 その子は俺の上着の裾を掴んで引っ張って、お爺さんが広げている骨董の中のひとつの壷を指差した。
「ああ、なるほど。君は九十九神なんだね?」
 九十九神。長年大事にされて使われた物が変化した妖怪。
 彼はこくこくと頷いた。
「おいらを連れて行っておくれ」
 連れて行っておくれ、と、言われても。
 俺は苦笑を浮かべる。
 人間の世界にはいくつかのルールがあって、そのルールに従わなければ、あの壷は彼の言うようにはできない。
 俺は肩を竦める。
 それからかがみこんで、彼の狐の面から覗く目と視線を合わせた。
「どこへ連れて行くんだい?」
「おいらが帰りたい場所。元居た場所」
「帰りたい場所? 元居た場所?」
「うん。婆様の家」
「お婆さん? それが君を大切にしてくれていた人かい?」
「んだ。その人の所へ帰りたい」
 それは切なる願い。
 聞いてあげたい願い。
 心は震えた。だからそれを聞かない理由は無かった。
 でもそれは………
「この子からは悪い感じは受けないけど、でも………」
 売られるには売られる理由がある訳で………
 俺はそのお爺さんの方へと行く。
「こんにちは」
「こんにちは」
「あの、この壷」
「ん? おお、この壷ねー」
「この壷は、お爺さんの家にあった奴ですか?」
「ん? ああ、そうだよ。俺のおかんが大事にしてた壷」
 おじいさんはどこか寂しそうに欠けた前歯を見せて笑った。
 普通なら嫌そうな顔をされてもしょうがないのに、そのお爺さんは壷の事を話してくれた。
 この壷は彼の母親が大事にしていた壷で、その壷を彼も大事にしていたがしかし、長年住み慣れたこの街を離れて娘夫婦の所へ行く事になったから、だからこの壷もこの街の誰かに譲ろうと想った事。
 この広げた品は売り物ではなく、タダで持っていってもらおうと想って広げている事。何故かこの壷だけが他に引き取り手が居ない事。
 そして何故か俺になら、俺はこの街の人間ではないけど、でもこの壷を譲ってもいいと想った事を、話してくれた。
「もらってくれるかい? 何故か兄ちゃんの顔を見たら、この壷が兄ちゃんを呼んだ様に想えたんだ」
 そう笑う彼に俺は頷いた。



 +++


 両手で壷を抱え持って俺は歩いている。
 狐の面をかぶった子に先導されて。
 どこへ向かっているのだろうか?
 果たしてそこは一軒の古い家だった。
 もう随分と誰も住んではいない家。
 彼はその家の戸を指差した。
 俺はまた苦笑する。
「住居不法侵入」
 でもそれは言ってもしょうがない事なのかもしれない。
 肩を竦めて、俺は壷を足元に置いて扉に手をかける。
 鍵はかかってはいなかった。
 家の中に入ると、そこは真っ暗で、埃と湿気の臭いで満ちていた。
 少し動くだけで降り積もった埃が舞う。
 しかし狐の面の子はそんな事はお構い無しで走り回る。
「帰ってきたぞ。帰ってきたぞ。帰ってきたぞ、婆様。皆。帰ってきたぞ」
 声が響いて、天井から雪のように白い埃が舞い落ちて、それからくすくすと子どもたちが笑う声。
「帰ってきたぞ。帰ってきたぞ。婆様、皆。帰ってきたぞ」
「おお、帰ってきた。帰ってきた。帰ってきたぞ」
「帰ってきた。帰ってきた」
 たくさんの子どもらが部屋のあちこちの隙間からにゅぅっと出てきて、そして集まってくる。
 それから一斉にこちらを見て、頭を下げた。
 ひとりのおかっぱ頭のかわいらしい女の子が、俺の足元で三つ指付いて上品に頭を下げる。
「この子をお連れ下さり、真にありがとうございます。私はこの家に取り憑いています座敷童でございます」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
 俺は座敷童の丁寧な仕草に恐縮してしまう。
「俺は桐苑敦己です」
 座敷童の前に俺も正座する。
「ところで桐苑さま」
「はい?」
「あの、この子は、どのようにお連れに………」
 座敷童は言いにくそうにしている。
 俺はそれを察して苦笑してしまう。
「大丈夫。ちゃんと快く譲ってもらってきたから」
 それを聞いた座敷童は安心したような表情を浮かべた。
「ああ、そうですか。それは良かった。この子は婆様にとても愛されていて、彼もそれを知っていたので、この子だけを連れて行ったのでございます。ですからそのこの子があなた様に連れてこられたので、少々いらぬ心配をしてしまいました」
 座敷童は口を片手で隠してくすくすと笑った。
 それから俺の目をとても澄んだ綺麗な瞳で見つめる。
「人の命とはかくも儚く哀れな物。あの男も歳を取り、この土地を離れる事になったのだとか」
「ええ、そう言っていました」
「故に明日、あの男の実家であったこの家も、あの男の家も取り壊されます」
「そうしたら君は? それにこの子たちも」
 座敷童は寂しげに微笑んだ。
「この家と共に。本当は婆様が亡くなった時に私は時を止めたかったのですが、私はこの家を守ると誓ったものですから。ですからこの家が無くなる間では、と。そうやって30年を過ごしました」
 ようやく婆様に会える、と座敷童は笑った。
「それでひとつお願いがあるのですが、桐苑様」
「はい?」
「私たちの見届け人となっていただけませんでしょうか?」
「え?」
「私たちは明日、この家と共に滅びます。ですから私たちがこの家に居たのだと、婆様を想っていたのだと、あなた様にそれを見届けていただきたいのでございます。いかがでしょうか?」
「はい。俺でよかったら」
 そう答えるのに迷いは無かった。
 座敷童は嬉しそうに微笑んだ。
 その表情が俺には本当に見るに忍びなかった。
 ひょっとしたら他に言うべき事、示す道があるのかもしれない。
 でもそれは、俺の価値観。
 俺の想い。
 それは人の数だけ違う事をちゃんと俺は知っている。
 だからそれは口にはしなかった。
 でもただ、その他にも出来る事、それを想い、俺は立ち上がる。
「あの、桐苑様?」
「掃除。この家の掃除をしましょう。あの、一応住居不法侵入なんで、派手に掃除はできないけど」
 俺がそう苦笑すると、座敷童はくすくすと笑いながら頷き、大丈夫です、そう俺に告げた。
 それは彼女の魔法。
 この家の次元を、元あった場所の次元とずらしたのだそうだ。
 俺は、皆でこの家の掃除をした。
 隅から隅まで掃除して、障子を張り替えて、硝子の割れた所も板で応急処置をする。
 釜戸を掃除して、鍋を磨き、座敷童がどこからか調達してきた米をといで、ご飯を炊き、それから鍋を作った。
 皆でお酒を飲みながらそれを食し、歌い騒ぐ。
「楽しい。楽しい。これは楽しい」
「桐苑様に感謝の踊りを」
「では、私は歌いましょう」
 まるで昔話の世界の様。
 九十九神たちはとても美しい踊りを、
 楽しい歌を披露してくれる。
 そして最後は座敷童がそれはとても美しい演舞を披露してくれた。
 目にも鮮やかな、とても美しい舞い。
 俺はそれをとても美味しい芳醇なお酒を飲みながら、温かな料理を食しながら楽しんで、本当に皆で笑い騒いで、楽しんだ。
 最後の宴。
 この家での。
 土地は人の歴史を語り継ぐ。
 これまで多くの土地を旅してきて、俺はそれを肌で学んだ。
 だけど決してそれは人だけでは無いのだ。
 人だけでは。
 土地が語り継ぐ想いは、決して人だけの物ではない。
 きっとこの土地は忘れないだろう。
 ここに居たたくさんの九十九神たちの事。座敷童の事。



 秋の空の下。
 儀式を行って、その家は壊された。
 呆気ないほどに、それはもう本当に簡単に。
 そこにあった想いになどは微塵も遠慮する事無く。
 それは座敷童たちとの約束だったから、だから俺はずっと見ていたんだ。それを。
 家は簡単に壊されて、その上がった土煙の中で、座敷童たちがとても嬉しそうに皆で手を繋いで俺に頭を下げて、そうして空へと昇っていく様を。
 最後にとてもたおやかな笑みを浮かべた老婆が俺に頭を下げて、
 そうして完全にその家は壊された。
 それがこの岐阜県の深い山間の街での想い出。
 それを胸にまた俺は自由気ままな旅に出発する。
「次は何処に行きますか」


【了】



 ++ライターより++


 こんばんは、桐苑敦己さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼ありがとうございました。
 いかがでしたでしょうか?
 今回は少々しっとりとしたお話にしてみたのですが?
 お気に召していただけますと幸いです。^^
 やはり旅となると、郷愁の念を抱くようなお話が好きでして。
 昔話のようなそういうお話の雰囲気も大好きですし。^^
 あ、でも今回は桐苑さまの雰囲気と自分の好きな感じでこのようなお話を紡がせていただきましたが、もしも次がもらえましたら、今度は何かしらのトラブルに巻き込まれて、妖怪退治をするお話をしたいなー、と想います。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼本当にありがとうございました。
 失礼します。