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<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


■花泉皇−聖の郷−■

「最近、夢を見るんです」
 浮かない顔で草間武彦に相談を持ちかけたのは、彼が目に入れても痛くないほどに可愛がっている零だった。
「夢? どんな?」
 12月に入ってしばらく経つ、冬の夜である。零は既に寝る支度をしてはいたのだが、寝るのがコワい、というふうに、書類に目を通していた兄に声をかけてきたのである。
 もっとも、零は眠らなくても身体を維持できるので、気にしなくてもいいとは思うのだが───逆に考えてみると、そんな零が「気になる夢を見た」というところに、不思議なものが隠されているとも思う。
 だから武彦は、そう聞いた。
「どこかに小さな村があるんです。冬でも、見たこともないお花がたくさんあって、花の精霊さん達も朗らかに村の人達と話し合ったりしていて。
 でも、クリスマスの夜に、その村は花ごと、灰色の石になってしまうんです」
「花か───」
 花がらみの事件も、過去にいくつか武彦は解決したことがある。
 もう少し詳しく話を聞いてみると、その村には大きな泉の跡地があり、干上がってしまっている。その底から灰色の液体が湧き出てきて村を浸し、見る間に石に変えてしまう。
 その泉に灰色の液体が湧き出る前に、美しい衣を着て雅やかな花の冠を頭にいただいた美しい青年が、哀しげに、
『我を元の姿に戻しておくれ。我の聖の郷へ、我は元の姿のままで、帰りたいのだ』
 と、つぶやくのだという。
 名を聞くと、「花泉皇(かせんこう)」と地面に一度だけ、指で書いたらしい。
 その夢を見た朝は零の胸はいつも哀しく苦しくて、たまらなくなるのだと聞き、武彦は早速調査を始めたのだが───不思議なことだが、零と外見年齢が同じ年頃の少女にだけ、それも零とよく似た髪の長さ、目鼻立ち、背格好の少女にだけ零と同じ夢があらわれている、ということが分かった。
「ここから先は、協力者頼みだな」
 煙草を吸いつつ、武彦は携帯電話を取り出した。



■聖の郷と呼ばれるは■

 草間興信所はいつになく、せわしない雰囲気だった。
 4人の協力者を得た今回の事件であったが、手がかりを掴むのに一向難しく、気がつけばクリスマスも間近となっていた。
 自然、それぞれに分担していた調査も気が急くというものだ。
 羽角悠宇(はすみ ゆう)が、まず、「あまり人に知られていないけれど美しい泉のある場所、環境問題が取りざたされたり、急激な開発で住民の反対運動が起こっているような場所。そんな条件で調べてみたら割り出せるんじゃないだろうか」とめぼしをつけ、調べ始めたのにもちゃんとわけがある。灰色の液体、灰色というと自然でないもの、人工物の象徴のようだし、開発につきもののコンクリートの色でもある。あくまで推測だがその村とは、不要な自然の開発が行われている場所じゃあないか? と。
 共にやってきた初瀬日和(はつせ ひより)と一緒にネットで検索したりと寝る間も惜しんで頑張っている。
 また、本来アンティークショップ・レンの店員である鹿沼デルフェス(かぬま・−)だったが、店が手透きになると草間興信所のほうにも協力を惜しまないため、今回もメンバーに加わっていた。彼女は毎日のように、「たくさんの花を育てていた、零によく似た背格好の女性はいないか、また、その女性がいたとしたら病に臥せってはいないか」と、病院をあたっていた。
 それらの少しずつ集まる調査結果を書きとめ、全員の推測と共に自分の推測も書き加える、もっとも面倒な作業をしているのは、シュライン・エマだった。
「青年の正体は泉そのものか、夢の湖底から出てきた液体を封じる役目の者か、冬に咲く花に宿る精霊……か。これは実際会ってみないと分からないが、零と似た背格好の少女達の推測ってのが、これは俺は予想してなかった」
 シュラインの書類作業を手伝いながら、寝不足のあくびをかみ殺しながら、武彦は書いてある項目を見つめる。

 零達一定の条件を満たす少女にだけ夢が現れるのは、全て石化してしまう事態を防ぐのに彼女らの力が必要で───分かりやすく言うなら、巫女として選ばれたのではないか。

 その一文が、目に留まったのだ。それは、日和の考えだった。
「零様を始め、同じ夢を見た少女達も影響を受けて石化してしまうかもしれませんから、解決しなければなりませんわ」
 といつになく神妙な面持ちだったデルフェスの推測とも、日和と悠宇とで出した「巫女」という考えは結びついているような気もした。
「夢を見ている少女達の背格好以外に共通点として、分布がかたまっているか真っ先に調べたけれど、ばらばらだったわ」
 書く手を一休みさせ、シュライン。
 ただね、と続ける。
「泉や水に関したところの花だとか、加工された花を入手したか、それを目撃した人をあたってみたら、やっぱりいたのよ」
 それは、シュラインが、この時期から連想するものや変化ということから想像に至った、ブリザーブドフラワー。
 零にも聞いてみると、ある女性から、夢を見始める前に一輪の青い薔薇のブリザーブドフラワーをもらった、という。
 当然のように、他の少女達も「女性」から、様々なブリザーブドフラワーをもらっていたことが分かった。
「もしかしたらその女性というのが、今、デルフェスさんがあたっている、『花をたくさん育てていて病に臥せているかもしれない』人かもしれませんね。本当にいたら、ですけれど」
 日和が、なにやら、ふかいため息をついた。どうやらこちらも、ようやく悠宇と共に調べていたことのあたりがついたようだ。
 カタカタと、悠宇の手でプリントアウトされた、「美しい泉のある場所、環境問題が取りざたされたり、急激な開発で住民の反対運動が起こっているような村」が現実に地図として見つかった。神奈川、山のほうのかなりの奥地である。
 地図と共に、少しではあるがその村に関する記事もプリントされた。
 読み上げようとした折に、ちょうどよくデルフェスが戻ってきた。
「神奈川の奥地のほうまで行って、やっとつかめましたわ。元から身体の弱い女性が、いつかふらりと夜に『誰かが呼んでる』と消えるように外に出て、翌朝には健康そのものになって戻ってきたそうなのですが、その日から庭にたくさんの花が咲き乱れて、およそ枯れることがないのだそうです。ですがそのお話を聞いた後に、そのお家に行ってまいりましたが、半分は枯れておりました。恐らく、その女性が病に臥せっているからかと存じます」
 報告してくれたデルフェスの言葉を、シュラインは急いで書き留める。
 隣で、武彦がたずねた。
「名前は? 病院はわかってるのか?」
「お名前は、雪白愛実(ゆきしろ めぐみ)様と仰います。ちょうど零様が夢を見始めたという辺りから、神奈川の個人病院、苑川病院というところに入院されたそうです。残念ながら、お話は聞くことはできませんでした」
 ───危篤状態、でしたので。
「「「「!」」」」
 武彦たちは、息を呑んだ。
 これは───本当に、急がなければならない。
 準備ももどかしく、武彦たちはその泉があると思われる村───冬の数日しか現れぬという、不思議な村───聖の郷、と呼ばれ神聖視されている、「冬楽村(とうらく むら)」へと向かった。




■半死の女子はかの精霊の……■

「冬の数日しか現れないって、どういうこと?」
 シュラインがたずねる。車酔いとは無縁そうな悠宇が、プリントして持ってきてあったそれを読む。
「んー、よく分からないらしいんだ。昔から、冬にまるで幻みたいに急に現れては花を満開にして数日経つと消える村、らしいから。でもこの村を見た人間には幸せが訪れると言われてて、村に実際入った人間の周囲には物の怪の類も寄り付けなくなることから『聖の郷』って呼ばれてるみたいだ」
「一種の浄化作用の何かがあるのか……それこそその泉がそうなのでしょうか」
 後部座席、一番左に乗っていたデルフェスがつぶやく。
「間違ってはいないかもしれないな。でも、そんなのどうやって見つけるんだ? 張り込みか?」
 運転席の武彦が、とりあえず地図と照らし合わせて、目を細くして道を見極めながら運転してゆく。悠宇とデルフェスに挟まれた感じで、それでも細身だったのが幸いしてちっとも窮屈そうではない日和が、身を乗り出すように助手席のシュラインが持っているものを目ざとく見つけた。
「シュラインさん、それ、なんですか?」
「ああ、これ?」
 彼女が持っていたのは、準備の寸前に興信所まで知り合いに届けてもらっていた、袋である。中からちゃぷちゃぷと音がするので、気になっていたのだ。
「聖水でお清めでもできるかも、って。お守りみたいなものね」
 ちゃぷん、と、どこかの教会の名前なのだろう、英文字が縫いつけてあるその袋を、シュラインは持ち上げてみせた。大きさからして、ウィスキーの量くらいはあるだろう。
 ついでに、そのままデルフェスを振り向く。
「そうだ、デルフェスさん。雪の結晶については、何か分かった?」
「ええ、お庭に落ちていた一輪のお花を拝借してきましたけれど、実際にご覧になられたほうがいいかと思いまして持って参りました」
 彼女達の言っている雪の結晶、とは。
 そういえば雪の結晶も花のようだ、と思ったシュラインは、自分の分担であった調査対象の少女達がもらった花にはなかったので「推測があたっているのなら、大元のその『女性』が見つかれば彼女の傍にはあるかもしれない」とデルフェスに、雪の結晶に関する事柄も調べてくれるよう、頼んでおいたのである。
「なんて綺麗……」
 日和が、思わず息をつく。
 デルフェスが取り出した、落ちていたとはいえまだ瑞々しさを保っていた一輪の白い花は、見ているとときどき呼吸でもしているかのように、その花全体からかぐわしい香りと共に、小さな小さな雪の結晶を周囲の空気に静かに乱舞させていた。
「手をかざすと、なんだかすごく指先から身体の中に綺麗なモノが入ってくる気がする」
 面白そうに手をのばして、悠宇。
 実際、手を引っ込めてもしばらくは、悠宇の指先に小さな雪の結晶たちが、遊ぶようにまとわりついていた。
「そうなると、悠宇くんと日和さんが調べてくれた、この資料にはしっかり、『花をモチーフにした製菓会社の拡大、その支店作りのために、工事が既にかの地で始まっている。最近、例年通り現れだした「聖の郷」の村民達はこれを知り、反対運動として署名はしたものの取り合ってもらえず、「ちから」もないため工事に甘んじている』と書いてあるし、あとはうまく村が見つかって村人達にお話を聞いて……どうにかできればいいのだけれど」
 その「どうにか」が難しそうだ。
 シュラインは、道と地図とを交互ににらめっこしている武彦をちらりと見やる。くわえ煙草の武彦が、煙草を落とさないよう器用に口を開いた。
「分かってるって。一応、その製菓会社には色々話を聞いてきたしな。まあ、でもなまじっかのことじゃあ工事をやめてはくれない感じだな」
「なんだか謎半分、解決半分て感じもまだするんだけど」
 どこか納得のいかない、悠宇である。その隣で、ふと日和が思いついた。
「その、雪白さんのことをお話してみたらどうでしょう? 何か反応があるかもしれませんよ」
「わたくしもそう思います」
 デルフェスが、うなずく。
「日にちを照らし合わせてみれば、工事が始まったのは零様達が夢を見始めた時期、そして雪白様がお倒れになられた時期とまったく同じ。これはかかわりがあると思わないほうがおかしいと思いますわ」
「そうね。……うまいこといけば、尻尾をつかめるかも」
 悠宇と同じく、まだ何かありそうだと踏んでいる、シュラインである。
 やがて工事現場と共に、
 運が良かったのだろうか───清浄な白い霧で包まれた、
 自然でいっぱいの村が、車の前方に見えたのだった。



 ───しらぎりの
 ───まぼろにみえしは わがみこの
 ───いとしのあかしの はなごろも…………

 車を停め、村の中に入る瞬間に、そんな唄声が聞こえてきた。
 村全体に、美しい鈴の音色のような声で、澄んだ空気をよりいっそう強めているようだった。
「誰が唄っているのかしら。みこ……皇子のことかしら、それとも巫女さんのことかしら?」
 ひとりごちてから、小首を傾げつつ、それでも辺りに気を配らせているシュライン。
「でもどこか、哀しそうですね……」
 唄声にそんな雰囲気を感じ取った日和が、一体誰が、というふうにあたりを見渡す。
「いずれ石化、か……こんなに綺麗な村なのに、絶対止めてやりたいよ」
 そこここに、季節を無視して咲き乱れている様々な花達を見下ろしながら、悔しそうに、悠宇。
「わたくしは換石の術を使いますが、人が石化すれば温もりを失い、死も同然ですから、零様のお気持ちは少しは分かりますわ。それに……ここのお花の精霊達も、さぞや大切にされていて、そして、だからこそ、この村の方たちのことが大好きなのでしょう」
 デルフェスはそこで、つと立ち止まったシュラインを不思議に思った。
 武彦が、気がつく。
「シュライン。何か聞こえたのか?」
 異常に耳の良い彼女だと分かっているからこそ、そう聞いた。その武彦の言葉に、彼と同じくシュラインの能力を熟知している三人も押し黙る。

 ───ごぅん………ごぅん………

(これは)
「解体、工事の音よ」
 神妙な面持ちのシュラインに、武彦たちは息を呑む。これだけ美しい風景を、どのような神経を持っていれば壊そうと思うことが出来るのか。
 その時である。
 まったく、音もなく。
 気配も殺気すら、なく。
 あっという間に─── 一行は、何者かによって意識を手放していた。



(客人じゃ)
(ほんに。まこと久方ぶりの客人)
(これは申し訳のないことをした。魂を早く戻してやらなければ)

 そんなひそひそ声がどこからか聞こえたかと思うと、ぱっと全員の意識が戻る。
 もっともデルフェスだけはその体質ゆえ、ずっと意識はあったのだが───どうやら悪い者たちではなさそうだし、と様子を見るために意識を手放したふりをしていたのだ。
 そこは、広い平屋の部屋の中だった。
 ずっと向こうまで畳が続き、左右に村人達が老若男女、ひしめくように座っている。どの顔にも、疲れと哀しみが見えていた。
 一番向こうに鎮座していた、まだ若い男が、口を開く。
「最近、工事のために我らを脅す輩しか入ってこなくなっていたので、つい無礼を働いてしまいました。お許しください」
 言って、座ったまま深く礼をする。その間に座りなおしていた武彦にシュライン、悠宇と日和、デルフェスだったが、やはりここにも唄と花の香りが満ちていることに気がついた。
「いえ、こちらこそ、何の前触れもなしに村に入ってしまったし。気配もなかったのには驚きましたが」
 武彦が頭をかくと、若い男は少し微笑んだ。
「私はここの長、香士(かし)と申します。我々の中には生まれついて、精霊と極めて近い身体能力を持つ者も多く、それで殺気も気配も完全に隠す術も身につけているのです。失礼ながら、あなた方の記憶も拝見させて頂きました」
「それでお客と思ってくれたのでしたなら、光栄ですわ」
 たおやかに返しながら、デルフェス。彼女だけが実はずっと意識があったことは、既に知れているだろう。香士は苦く笑った。
「あなた方の記憶を見たからには、我々のことをお教えする義務があります。義務以外に、こちらがお願いするべき立場です。本当に───『あの二人』を幸せにできるのでしたら、我々がかわりに消えても構いません」
「あきらめないで下さい。私たちも、出来る限りのことをする覚悟できたのですから」
 強い視線と微笑みで、シュラインは応ずる。いくぶんほっとしたように、香士は、この村のことを話し出した。



 この村には「村の核」ともいえる、文字通り「村の命を握る」といわれる美しい泉があり、それと冬の花とを司る精霊、花泉皇という青年の姿の精霊もいた。
 当時の花泉皇はまだ冬の花しか咲かせられないのは「未熟」とほかの精霊達にもからかわれていたが、ほかの花を咲かせられるのは自分が本当の愛を知ったときだと分かっていたため、興味もなかったのでほうっておいた。
 花泉皇は村を出ることはなかったが、「外部」から人間がやってくることは、たまにある。
 この日も、誰か村を発見することのできた幸運の持ち主が、女子の赤ん坊を抱いてやってきた。
「ここは、幸せを得られるのでございましょう。どうか、この子に健康な身体をくださいませ」
 精霊達や村人に会うたびに、泣きながらそう頼み込む女性の姿に花泉皇も胸を打たれ、ついと近づいた。
 その時に───まだ一歳にも満たぬ赤ん坊に、感じたのだ。

 彼女は我の伴侶

 生まれたばかりの今はまだ、精霊の恩恵を受けることはできない。
 あと、15〜6年もすれば……。
 心が動いたそのとたん、花泉皇の身体から赤ん坊に向けて、何か光が吸い込まれていった。それを自分の望むものを与えてくれたのだと勘違いし、母親は何度も礼を言い、村を去っていった。
 村の月日は、経つのが早い。
 やがて花泉皇の愛を受けられる歳に達した赤ん坊───雪白愛実は、花泉皇の声ならぬ声によばれ、この村にたどり着き───磁石に吸いつけられるように、彼女もまた、花泉皇を愛した。
 雪白愛実は「精霊の伴侶となる魂」を持っていたがため、清浄すぎて俗界である人間の世界では、健康になれなかった。けれど、花泉皇と伴侶となったそのときから、
 彼女は健康な身体と本来から持っていた美しい唄声、そして。
 もう一度季節を一巡りしたそのときに、
 正式に、花泉皇と、この村で伴侶の儀式をすることになっていたのだ。

 けれど。
 そこへやってきた強引な工事。
 村へいつものように遊びにきていた、彼女の身体に、不幸にも───工事で崩された土砂が覆いかぶさってしまったのだ。
 工事の人間は、「ゆうべ降った雨のせいで地盤がゆるんでいた」とうそをつき、病院へ運び───そのまま知らぬふりをして工事を続けている。
 花泉皇はショックを受け、しかし自分はこの場を動くことも出来ず。
 もとより、伴侶と決めた相手と儀式の準備に入っている精霊は、ちからも一時的にうしなってしまう。
 あまりの精神的なダメージに、花泉皇は自己防衛ともいえる、「自分の伴侶」であり「花の巫女」である喪いがたい彼女のことを、忘れてしまったのだ───ただ背格好と髪の長さしか。
 覚えて、いなかった。



「ひどい話ですね」
 それでも日和が声を落としたのは、自分よりもその花泉皇が怒るべき、哀しむべきだと思ったからだ。
「いつでも村にって、花泉皇さんの伴侶となる雪白さんには、この村を自由に行き来できる能力というのかしら。そういうものも備わるの?」
 確かこの村は、一定期間にしか出現しないはず。それをさしてのシュラインの質問に、香士はうなずいた。
「その通りです。そして愛実殿の魂は以来、この村にとどまり、こうして唄を唄い続けているのです……けれどあの工事のせいで、花泉皇の耳に届くことはないのです」
「どうして?」
 半ば憤りを感じている、悠宇である。
 彼に視線を移し、香士は言った。
「あの工事をしている人間の邪心が、邪魔をして地を這い空気をめぐり、精霊達を弱らせています。本来ならば、人間の姿も埋め尽くすほどに、花が咲き乱れる時期だというのに……」
「邪気……厄介なものですわね……」
 デルフェスは考え、持ってきていた一輪の、愛実の咲かせていた花を見下ろす。香士も同じものを見て、ふかく息をついた。
「祝いの儀式が行われれば、愛実殿のちからも増大し、雪の結晶すら花としてしまいます。寒さも彩りに変えてしまう、いわば修行のようなものを俗界でなされていたというのに───」
 ふと、日和が隣に座っている悠宇を見た。同じく、悠宇もほぼ同時に日和を見る。
 シュラインも同じことを考えていたのだろう、デルフェスの持っている花と、自分が持ってきた聖水とを見比べる。
 デルフェスもその視線で、ああ、と思った。
 悩みつつも「それ」を言葉にしたのは、武彦である。
「うーん、ぶっちゃけその工事の人間の持ち物、ブルドーザーとか含めて全部に会社にまで及ぶ範囲で、花が咲きみだれりゃ機械として機能しなくなるし、会社も殆ど機械に頼ってるから機能しなくなってスッキリするんだけどな」
「それには、村の精霊達を元気にさせなければ無理です」
 香士のこたえに、「そうなんだよなあ」と武彦は悩み顔だが。
 にこりと、シュラインは微笑んだ。
「精霊さん達が、聖なるものを得ることによって元気になることはあるのでしょうか?」
 微笑みながらたずねてくる彼女に、不思議な顔をしつつも、「ええ、もちろん。聖の郷、と伊達に呼ばれてはいませんから」と、香士。
「それでしたら、『修行』をなさっていた雪白様のお庭から、まだ咲いているお花をすべて、こちらにうつしてはいかがでしょうか? 聖なるお花の気に、精霊様方も少なからず、元気付けられると思いますわ」
 デルフェスは、ちらりと一輪の花を降り、小さいながらもわずかに雪の結晶を生み出し続けている、健気な姿を香士に見せる。
 ざわりと、希望のささやきが部屋のあちこちに生まれ始める。
「シュラインさんが聖水を持ってきましたし、それで村のあちこちを清めればよりいっそう、ですよね? 私は、零さんをはじめとした、花泉皇さんが無意識にでも伴侶である雪白さんを求めて夢を見せていた少女さん達にも、祈るようにお願いしてみます。私も微弱ながら、お祈りさせていただきます」
 早速、シュラインが書き留めていた、すべての少女の連絡先が書いてある手帳を受け取る、日和。
「聖水も、この村に近いところで作られている聖水が一番効くかもしれないから、そっちからももらってこようぜ。あと、もう一個不思議なんだけどさ、なんで雪白さんは零さん達みたく、『自分に似たような少女』にばかり、自分の育てた花をあげてたんだろうな?」
「ああ、それでしたら」
 香士が、ふわりと微笑む。希望が見えてきた今、何をするべきか方針が決まった今、その微笑みには余裕が感じられた。
「姿かたちだけでなく、心も美しい少女に花を渡せば、その村のよさも伝わることになるのです。こんなことがなければ、きっとその方たちが見る夢は、それはそれは美しい、花の咲き乱れたこの村の姿だったでしょう」
 それも「修行」のうちなのです、とつけくわえる。
「よし、それじゃ」
 武彦が、立ち上がる。4人の仲間も次々に立ち上がるのを見て、号をかけた。
「おのおの行動開始、だ。
 むやみと自然破壊するやつらに、目にモノ見せてやれ」
 もちろん、と、武彦のにやりとした笑みを受けて、シュライン、日和、悠宇、デルフェスもうなずき、やる気に満ちた顔で微笑んだ。



■そして聖の日には花の饗宴■

 日和はすばやく、携帯から少女達全員に連絡をとり、事情を話して彼女達すべてからOKの返事をもらった。さすが、心も美しいと雪白愛実に花をもらっただけのことはある。
 悠宇とデルフェスは、「次に入るときにはお三方にしか分からない灯火をつけておきますので」と香士に言われてシュラインと共に村を出て、ここから近いという愛実の家へ向かい、咲いている花をすべて丁寧に掘り起こし、おちている花もすべて拾って村へ舞い戻った。
 一方、二人と途中で別れたシュラインは、近くの教会を教えてもらい、「以前から聖の郷には幸せな気分をいただいている、あの村があらわれるといつも流れてくる川からつくった聖水がある」と感激した口ぶりで話す神父から、それはもう大量の聖水を壷にもらい、えっちらおっちらと運んで村へと戻った。どうやら、工事をしている製菓会社を悪く思っているのは村人達だけではないらしい。

 そして、準備は整えられた。

 集められた愛実の花たちは、花泉皇が司っている「村の命の泉」のそばに積み重ねられ、元から植わっていたものは一時的にそのふちに埋められ。
 村人達も無論手伝って、大量の聖水をそこここにふりまき。
 時間を決めていた日和が、祈りだすと───はたして、奇跡は起きたのだ。

 精霊達が活力を得て、その姿を次々に現し始める。
 全力で、ちからを解放する。
 花は、見事に咲き乱れた。
 文字通り、
 工事の機械にも、車にも。会社の人間達の着ている服のポケットの中からも、次から次へとあふれ出す。
「! 武彦さん」
 彼も用意してくるとは聞いていたが、シュラインは、一足遅れて戻ってきた武彦が抱えている人物を見て、息を呑んだ。シュラインだけではない、その声に振り向いた日和と悠宇、デルフェスもだ。
 息苦しそうに青ざめていた顔で抱えられていたのは、ひとりの少女。
 調べていたときに顔を知っていたデルフェスが、
「雪白様」
 とつぶやいたことで、予想があたっていたことが分かる三人である。
 しかし武彦は落ち着き払ったように、
「本当に大丈夫なんだな?」
 と、今は干からびて灰色の液体が今にもじわじわと範囲を広げ始めていた泉のふちに雪白愛実をおろしながら、香士にたずねる。香士はうなずいた。
「ええ。これだけ聖なる空気に触れれば、愛実殿のちからも目覚めます。祝いの儀式も出来ます。そうしたら、」
 ───怪我も、怪我から併発した病も、すぐさま治ってしまうでしょうから。
 香士は、顔のきく武彦を選んで、愛実を連れ出す役を頼んだのだ。
 そして、泉には。
 うつろな瞳をした美しい青年が、いつのまにか。
 たたずんでいて。
 けれど、それはすぐに、愛しい少女へと注がれて。
 瞳は、光を得た。
<愛実───我が伴侶>
 記憶が、もどる。
 祝いの儀式の舞いを、精霊達が舞い踊る。いつのまにかやんでいた愛実の哀しい唄のかわりに、祝いの、慶びの唄を唄う。花が舞う。
 そして、

 ───我と。
 ───わたしと。
 ───この者を、共に。
         命、
           果つるまで。

 花泉皇と愛実の唇が触れ合ったかと思うと、
 ぱあっと光の粒がまいあがり、
 それが消えたときには。
 愛実は、花の精霊に、着物ごと、変化していた。
<天地を司る黎永大王(れいえいだいおう)様の声がきこえる、愛実。そなた、たった今から花精霊としていただいた名を名乗るのだよ>
 花泉皇にしっかりと抱きしめられ、黎永大王につい今しがた「花精霊」としての名を新たにいただいた愛実は。
 抱きしめ返し、しっかりと、その名を名乗った。
「わたしの名前は、……愛衣時雨(めいしぐれ)。今より花泉皇様、あなたの伴侶として共に生き続けます」
 そして、右手を翻した。

 ばさ……───………

 軽い羽音のように聞こえたそれは、
 唄っていた唄のように村中に響き渡り、
 降り始めた雪を花に変え、そこここに雪の結晶と共に舞い躍らせた。
<黎永大王の祝福の、花の雪。ああ、こんな日を我は待っていた>
「離れません」
 もう、
 二度と。

 誓う二人の姿は雪と花にうずもれんばかりに祝福され続け。
 すっかり工事の人間も逃げてしまったあとに、
 武彦とシュライン、日和と悠宇、そしてデルフェスは。
 改めて、祝いの宴によばれ、土産として「粉雪花」という、不思議な、雪の結晶のかたちの一輪の花をそれぞれにもらった。それは望めばどのような形にもなり、けれど決して崩れることはない、というものだった。



「よかったですね、女の子達もみんな、いい夢ばかり見られるようになったって、続々と報告がきているみたいですし」
 後日、「粉雪花」を胸にブローチのようにつけて、悠宇と日和が興信所にやってきた。
「いやー驚きだよ。この『粉雪花』身につけてると、そこここの植物達から話しかけられるんだ」
「わたくしは、近くのお花に問いかけて、一輪いただいてきましたわ」
 花を手折るとき、その花にお伺いを立てることができる、というのもまた色々な意味で心地がよい。指輪のように「粉雪花」を指につけているデルフェスの手には、手折られて更に輝きを増したように感じる、一輪の山茶花がある。
「みんな、そろった? じゃ、私から皆へ、それぞれにプレゼント」
 シュラインが、用意していたクリスマスプレゼントを、ひとりひとりに手渡しはじめた。武彦には既に、渡してある。
 そう、今日はクリスマスイヴなのだ。
「よかったです、石化なんてことにならなくって」
 毎年恒例となっている、シュラインからの贈り物を幸せそうに見つつ、零が言う。
 その頃には、全員がプレゼントを渡しあい、持ち寄ったお菓子やケーキなどで既にパーティーのようになっていた。
「お、ホワイトクリスマス」
 やっと席に着いた武彦が、窓の外に気づく。
 思わず全員が振り向いた、そこには。
 ちらほらと、やわらかくあたたかな雪が、
 この聖夜に、
 ───ゆっくりと……降り始めて、いた。



《完》
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、今年は東京怪談でこれが初のクリスマスノベルとなりました。今年は東圭、何かとイベントネタに乗り遅れ気味です(爆)。実際、現実のクリスマスよりもかなり早い納品となりましたが、もうひとつのほうは納期をあわせようかな、とも思っております。それか、もうひとつくらいまた作ってしまうかもしれません。
内容的にはイヴネタというより、花シリーズの内容という感じでしたが、何気なくクリスマステイストが感じられればいいな、と思いつつ書きあげました。「粉雪花」はアイテムとして差し上げようかと思ったのですが、今の時期、プレゼント等でアイテムだらけになってはかえってご迷惑になるかと思い、描写だけにとどめました。
今回は、全PC様、統一ノベルとさせて頂きました。書き手としてはとても満足のいく物語(ストーリー)となったのですが、皆様は如何でしたでしょうか。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 聖水、液体を封じる役、そしてブリザーブドフラワー、という着目でしたので、すらすらと書き進めることができたのですが、実際雪の結晶に気づいてくださる方はいるかな、と思っていたところにちらりと書いてきてくださいましたので、いつものことながら驚いておりました。クリスマス描写などあまりありませんでしたが、如何でしたでしょうか。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 巫女、と見事に突っ込まれたのには舌を巻いておりました。祈りについては結果、全員の少女達に連絡を取っていただくことになりましたが、「日和さん携帯代は香士さんからちゃんといただけたのだろうか……」と関係ないところを心配していた東圭です(爆)。いえ、日和さんてそういうものもらわない性格なようなので……。多分、香士さんが悠宇さんに渡したのかな、とも思います(笑)。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 灰色からくる連想にはどなたか気づく方はいるかな、調査から書き進めることになるだろうか、と考えていたところ、こちらも見事に「開発途上にある〜」と突っ込んできてくださいましたので、灰色という部分に着目して頂けて本当に嬉しかったです。その後、日和さんと共に「粉雪花」でいろいろと遊んだり、皆とクリスマスパーティーを楽しんだことと思いますが、今年のクリスマスは如何でしたでしょうか。
■鹿沼・デルフェス様:お久しぶりのご参加、有り難うございますv 石という共通点(?)があったので、それに関するシチュエーションも考えていたのですが、流れ的に書くことができませんでした; 個人的にとても残念です。今回結構デルフェスさんには歩いて頂きましたが、普通の女性なら体力的に大変疲労していたと思いますので、力仕事もありましたし(花運びなど)、とても感謝しております。また、「冬に咲く花に宿る精霊」というあたりのくだりでは、おかげさまでスムーズにノベルを書き進めることができまして、二重に感謝です。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。皆様で持ち寄った推測の結果が、村の精霊達を呼び起こすアイテムや方法を導き出すこととなりましたので、個人的にとても嬉しかったりしますv 花シリーズはまた、ネタが降ってきたときにサンプルUPすると思いますので、またご縁がありましたら幸いです。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/11/30 Makito Touko