コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『チェンジング・レーン 殺人フラワー返還大作戦!』


【T】


 とても美味しそうな匂いがしてくる。
 仔犬を散歩させるように殺人フラワーを散歩させている彼、宇奈月慎一郎はふと足を止めて、彼の方がまるで犬のように鼻をぴくぴくとさせる。
 夕暮れ時の木枯らしが吹く通りで慎一郎はじゅるりと涎を流した。
 ポケットの中に手を突っ込んで所持金を確認する。37円。
「あぁ。これではお汁も買えません」
 涙がちょちょぎれる。
 ゆらりと眩暈。立ちくらみ。その場にどさりと崩れこむ。
 そして舞台上の男優がそうするように慎一郎は両手を天に向けた。
「おお、神よ。クトゥルフ神よ。僕におでんを食べさせてくださいぃー」
 献身的なクリスチャンが礼拝堂で神に祈りをささげるように慎一郎もクトゥルフ神におでん屋の真ん前で何やら一生懸命祈りだす。
 夕暮れ時。
 ようやっと一日の業務から開放されて、さあ、今夜は一杯やってくか! とやって来たサラリーマン、
 部活帰りに、なあ、何か腹ヘラねー? おでん屋で何か食ってこーぜ! な学生、
 はたまた今夜は何にしようかしら? あら、良い匂い。そうねー、今夜はおでんにしようかしら? などと頬に手を当てて考え込む主婦が多いこの時間。ここからがお客の掻き入れ時。おでん屋の大将もねじり鉢巻巻きなおして気合を入れて虎視眈々とお客を誘い入れる算段をしているような時に営業妨害も甚だしくお店の前で何やら怪しい呪文(慎一郎が聞いたら嘆くだろうが。彼にしてみればそれは彼のクトゥルフ神への熱い祈り)を唱えられるのだから。しかも変な踊りつき!
 慌てて飛び出したおでん屋の大将。
「兄ちゃん、やめてくれ! 殺生だからやめてくれや」
 何やら泣いて抱きついてきたおでん屋の大将。
 しかし慎一郎はしっかりとトリップ…もとい、クトゥルフ神への祈りに熱中してしまっているのでおでん屋の大将の懇願は届かない場所へ行っている。
 慎一郎は熱く心を込めてクトゥルフ神への祈りを詠い、
 おでん屋の大将は全部全ての神様に節操無く懇願する。
「おおー、クトゥルフ神よ、僕におでんをぉ〜〜〜!」
「神様仏様、どうかこのすっとこどっこいを何とかしてくれぇ〜〜〜。じゃねーと商売上がったりだぁ〜〜〜」
 詠う慎一郎に、泣きじゃくるおでん屋の大将。その周りを踊る殺人フラワー。ちぇきらー♪
 果たしてそれはクトゥルフ神の導きか、はたまた神様仏様のご加護か、かわいらしいソプラノが世界に溶け込むかのように流れた。
「あら、宇奈月さん。いかがなされたのですか?」
 懸命に祈りを捧げていた慎一郎の閉じられた瞳の片方が眼鏡のレンズの奥で開かれる。
「おんや、零クン、こんばんは」
「こんばんは、宇奈月さん」にこりと天使の如く微笑み、その後にきょとん、と小首を傾げる。
「こんな所で何を? おでん屋、さん?」
 買い物袋を両手に提げておでん屋の暖簾を見上げる零。
 すっかりと初心を忘れてぱちん、と手を叩く慎一郎。
「おお、そうです。僕はおでんが食べたかったのです。おでんがぁ〜〜〜。おぉぉぉ、クトゥルフ神よ。僕におでんをぉー」
 また祈り始める慎一郎。
 その彼に抱きついて、泣きながら懇願する大将。
「おでんか! おでんが食べたいのか! おでんを食べたら、去ってくれるのか、こんちくしょー」
 泣きながらがくがくがくと慎一郎を揺さぶる大将。
 店の中からそれをずっと見守っていた女将さんは慌てて店の奥に行って、お持ち帰り用のパックにおでんを入れて、店の前にダッシュして出てきて、泣いて懇願して、慎一郎にそれを差し出した。
「お、おおおおお願いします。こ、これで許してください」
「おぉぉぉぉ。やった。やりましたぁ〜〜〜。クトゥルフ神のご加護がぁ〜〜〜」
 差し出されたおでんは自分の祈りがクトゥルフ神に通じたからに違いない! これはまた気合を入れて、クトゥルフ神に感謝のお祈りをせねばですぅ〜〜〜
 またまた始まった慎一郎のお祈りに完全にその商店街の通りから人通りは消えた。他の店も慌ててシャッターを閉める。
 二人抱きついて泣きじゃくる夫妻の前に立ったのはすっかりと存在を忘れ去られた殺人フラワー。ちぇきらー♪
 顔をくしゃっと微笑ませて、刃を振るう♪
 自己主張。忘れるなや。
「「ふぇ?」」
 呆然とする大将と女将さん。
 殺人フラワーは目をくしゃっと瞑って、慎一郎が大事そうに持つおでんの袋に顎………もとい、花びらをしゃくる。
 果たしてこの変てこな花におでんを渡せば、もはやこの商店街の危機にまで発展したこの事態を解決できるのだろうか?
 大将は慌てて女将さんに命令する。
「おい、お持ち帰り用のおでん、もうひと…一輪分だ。持って来い」
 律儀にもそれを一輪と数えたおでん屋の大将に殺人フラワーはGood jobとしゃこーんと刃を上に向けた。目をくしゃ、っとさせて。
 それにおでん屋の夫婦が慌てた事は間違いなく、程なくしてクトゥルフ神への祈りを一心不乱に捧げる慎一郎と、その横でフラワーダンスを踊る殺人フラワーの前におでん屋の今日の分のおでん全部が並べられた。
 ちぇきらー♪



【U】


「ふっふっふっふ。ようこそ、おでんパーティーへ♪」
 草間興信所の来客用のテーブルの上にはお持ち帰り用のおでんがたくさん並べられた。
 食べきれそうにない分は冷蔵庫の中に詰められる。
「ああ、冷蔵庫の中にもおでんがいっぱいです。おでん天国です。冷蔵庫を開けると、そこはおでん天国になっていました。ふっふっふっふ」
 ぶつぶつと呟く慎一郎の背後でしゃこーんと振られる刃。
 殺人フラワーは目をくしゃっと瞑りながら刃を振っている。殺人フラワーの大のお気に入りである髪の毛のカット、カット、カット、ビューティフ〜ル♪
「あ、こら、殺人フラワーさん、ダメです! 家の中で髪の毛をカットする時は新聞を敷いて切らなければ。その方がお掃除が楽ですし、お裁縫の道具を作るための髪の毛を集めるのも楽です」
 右手の人差し指一本立てて言う零に殺人フラワーは目をくしゃっと瞑って笑ってごまかす。
 慎一郎が代わりにぺこぺこと頭を下げた。
 零は慎一郎と殺人フラワーにめっ、と怒った後にくすりと微笑んだ。
「しょうがありませんね。お夕飯までにはまだ時間もありますし、ここのお掃除をしなければ」
「はわぁ。僕もお手伝いします」
「では掃除機を持ってきてくださいますか?」
「わかりましたです」
 慎一郎は殺人フラワーを引き連れて興信所の隅に置いてあった掃除機を運ぶ。
 コードを伸ばして、プラグにさして、零が掃除機のスイッチON。
 ぶぅおー、と低い唸りをあげて床に散らばった慎一郎の髪を吸いだす掃除機。
 それをしゃがみこんだ慎一郎と殺人フラワーは何だか興味深そうにしげしげと見つめている。
 そうしたら、
「あれ?」
 不思議そうな零の声。
 目をぱちぱちを眼鏡の奥で瞬かせて慎一郎は不思議そうな声を出した零の顔を見上げて、
 零は何やら暴走しだした掃除機に引きずられながら悲鳴のような声を上げる。
「に、逃げてください、宇奈月さん。何やら掃除機が宇奈月さんを吸いたがっています」
「はわぁ?」
 両手を上に上げて身体や顔でその驚きを表現する慎一郎。
 そのまま彼はじたばたと四つんばいの姿勢に体位を入れ替えて、何やら奇妙な生き物のように逃げ始める。
 しかし、零の手から暴走しだした掃除機はダンスを踊るように当たりかまわず吸い込みだして、そしてその吸引力は零をも吸い込んだ。
「きゃぁー」
「はわぁ、零クン!」
 スカートを両手で押さえながら頭から吸い込まれた零に慎一郎は手を伸ばそうとするが、空しくも指は虚空を掴むだけだ。慎一郎の指が虚空でダンスを踊る。
 そしてその体勢では踏ん張りが利かず、まるでホラー映画で被害者が悪霊に連れ去られるかのように彼は足から掃除機に吸い込まれだしたではないか。
「はわぁ。やだ。ダメです。おわぁ。クトゥルフ神様。ゴーンタぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っ」
 そうして慎一郎は掃除機に足から吸い込まれた。



【V】



 ぱちりと目を醒ますと、何やら色々と人間の構造上の都合なんかお構い無しのものすごい飛び起き方を慎一郎はした。
「こ、ここはあの【くまの森】! はわぁ。僕はまたこの世界にやってきたんですねぇぇぇぇ!」
 両手で万歳して喜ぶ慎一郎。その彼の周りを殺人フラワーが踊っている。
 その騒がしさに横で気絶をしていた零も目を醒ました。
「あ、あれ、ここは? どうして私はこんな場所に?」
 きょろきょろと辺りを見回す。
「おお、零クンも目覚められたのですね。喜んでください。ここはあの【くまの森】なんですぅー!」
「へ? 【くまの森】? 【くまの森】って、あの不思議の国ですか?」
「そうです。そうです」
 慎一郎は両手で零の手を握り、それをぶんぶんと揺さぶりながら何度もこくこくと頷いた。
「ああー、でも、えっと、どうして………私たちはここに来てしまったのでしょう?」
「あー、それはですねー、不思議の国の入り口は草間興信所という場所に繋がるのだと想います」
 きりりとした顔で慎一郎は言う。ぴぃっと右手の人差し指一本立ててそう言う彼はいかにも魔術を知る召還師らしかった。
「ですからその扉はその時々で違うのでしょう。今回はそれが掃除機だったのです」
「なるほど。そういう事ですか」
 零は口元に軽く握った拳を当ててふむと頷く。
「でもどうやって帰りましょうか?」
「あ〜、えっと、まあ、何とかなりますよ。それよりもこれ幸い。この機会に殺人フラワーをお返しに行きましょう」
 しゃこん、しゃこん、と自慢の刃でご機嫌に慎一郎のロン毛にシャギーを入れている殺人フラワーを見て、零は小首を傾げる。
「返しちゃうんですか? こんなにも宇奈月さんに懐いていらっしゃるのに」
「ええ。前回は花硝子で誤魔化されてしまいました。でも今回は必ず」
 拳を握って慎一郎は燃え上がる。
 その熱気に殺人フラワーもテンションを高めてフラワーダンスを踊りまくる。チェキラー♪
「はぁー」
 零は頷くけど、何やら………
「では行きましょうか、零クン」
 とは言っても………
 零は辺りを見回す。
 ここは異世界【くまの森】。森は広く、深い。鬱蒼と生い茂る木々。下手に動き回れば迷子になりそうだ。
「大丈夫。クトゥルフ神は僕と共にありますぅ」
 そう力を込めて断言する慎一郎。
 そして彼はどこかから取り出したモバイルを使い、高速召還。
「いでよ、【夜のゴーンタ】!」
 大気は鳴動し、大地は騒ぐ。
 草木の陰からくまのぬいぐるみたちが何だ、何だ、と顔を覗かせる。
 零はきゃぁ、と少女らしく愛らしい森のくまのぬいぐるみたちに胸をときめかせてキラキラとした瞳を向けて、
 森のくまたちはかわいい女の子に色めきだつ。
 そんな中で登場、【夜のゴーンタ】!
「グゥホッホッホッホッー」
 今回はどうやら呼び出したタイミングはナイスジャストタイミングだったようで、【夜のゴーンタ】はやる気満々だ。
「グッホッホッホ」
「やや、今日はご機嫌良いようですね。皆さんも【夜のゴーンタ】の勇姿に一目惚れ。ファンクラブの入会員数うなぎ上り間違いなしですぅ〜」
 右手の親指を立てて【夜のゴーンタ】を称える慎一郎。
 すっかりとご機嫌の【夜のゴーンタ】、周りを見る。
 観衆のくまのぬいぐるみは零に夢中。零もくまのぬいぐるみに夢中。
 殺人フラワー、チェキラー♪
 ………。誰も【夜のゴーンタ】に気づいていないぞ!
「グモォ――――ぉっ」
 会心の八つ当たり! 【夜のゴーンタ】の一撃に慎一郎が吹っ飛んだ。
「あ〜〜〜れぇー」
「グモぉ」
 ふん、と鼻を鳴らして【夜のゴーンタ】は帰っていった。
「あぁ〜、【夜のゴーンタ】」
 帰ってしまった【夜のゴーンタ】に慎一郎はぱたり、とその場に倒れて動かなくなってしまった。
「あぁぁ、宇奈月さん」
 両手で口を覆い隠して零が悲鳴を上げる。
 いつも髪を切ろうとしてもじっとしていない慎一郎に満足に髪を切らせてもらえない殺人フラワーは自慢の葉っぱじゃないよ刃だよ♪ という歌が聞こえてきそうなほどのリズミカルな刃さばきでカリスマ美容師も真っ青なほどの見事なシャギーを入れていく。
「えーっと、えーっと、どうすれば?」
 戸惑いまくる零。
 くまのぬいぐるみたちは何やら輪を作ってひそひそと話し合うと、木の葉っぱを取って、それに慎一郎を乗せる。
 慌てる零に、森のくまのぬいぐるみは右手を左右に振って、それから彼女の腰に手を回すと、軽やかに彼女を持ち上げてふわふわの毛に覆われた肩に乗せる。
 くまのぬいぐるみの肩に腰を下ろした零はとても無邪気な子どものような表情を浮かべた。
 殺人フラワーはチェキラー♪
 そして皆で頷きあって、移動を開始する。
 運べや、運べ。慎一郎を運べ♪
 まるでお祭りの神輿の様にくまたちは慎一郎を運び、零は大きなくまさんの左肩に腰を下ろして一緒に運ばれる。
 殺人フラワーはそれについていく。ご機嫌そうに踊りながら。チェキラー♪
「あぁ〜〜、感激です。何だかこうしていると偉い王様になった気分ですね〜〜〜」
 目を醒ました慎一郎は感激した口ぶりでそう主張する。
「ああ、良かった。目をお醒ましになったのですね、宇奈月さん」
 零はぱちん、と両手を合わせた。
「はい、完全復活です」
 にたりと笑って葉っぱの上で正座する慎一郎。進む先をぴしぃっと指差してみせる。
 だけそれにくまのぬいぐるみたちは顔を見合わせると、ぱぁ、っと葉っぱから手を離した。
 落ちる慎一郎。
 殺人フラワー。チェキラー♪
「うぅぅ。ひどいですぅー」
 地面にほっぺたをくっつけて慎一郎は涙を流す。
 森のくまのぬいぐるみ、零を取り囲んで、葉っぱに乗せて、わっしょい♪ わっしょい♪
「あわわわ、ちょ、ちょっと、くまのぬいぐるみさんたち、ちょっとやめてください。わ、怖い」
「やや、森のくまのぬいぐるみさんたちが零さんの愛らしさに我を忘れています。これはいけません!」
 か弱い美少女を救うのは正義の召還師(最近ちょっと錬金術師)としての役目。僕はやりますよ!
 慎一郎は立ち上がり、モバイルを使って高速召還!
「もう一度来て下さい、【夜のゴーン…】
 チェキラー♪ 慎一郎の召還の言葉に重なった剣舞の舞い。振るわれる刃。それは華麗なる剣捌き。そう、それは葉っぱじゃないよ、刃だよ♪
「百花繚乱?」
 思わず慎一郎がそう呟いてしまったのは殺人フラワーの刃捌きが見事だったからだ。くまのぬいぐるみたちの毛はカリスマ美容師も真っ青な殺人フラワーの刃捌きでカットされて、それは見事なヘアーショー♪ チェキラー♪
 刃をきらりーん、と輝かせて殺人フラワーは目をくしゃっとさせる。
 くまのぬいぐるみたちは自分のヘアーに喜んで、誰が一番かわいいのか、ショーを始める。
「ありがとうございます、殺人フラワーさん」
 零は胸の前で両手を合わせて喜んだ。
 殺人フラワーは刃をきらりーん、と輝かせて、目をくしゃっとさせる。チェキラー♪
「ほぉわぁー。でも見事ですねー。皆さん、お洒落さんです」
 慎一郎が惚れ惚れとした目でラブリーくまのぬいぐるみさんたちを見る。
 そしたら零がとてもかわいらしく微笑んで、自分の髪を触る。
「あら、宇奈月さんのシャギーも綺麗ですよ」
「そうですか? えへへへへ」
 女の子に褒められて悪い気はしない。
 気分が良いのは、旅立ちには最適だ。
「ささ。ではあらためて探しに行きましょう」
 しゅたぁ、と立つ慎一郎。
「ふぅぇ」
 と驚く零。赤い目をぱちぱちと瞬かせる。
「ささ。行きますよ」
 モバイル高速召還で使い魔を呼び出して、それに案内させる。
 楽しそうに歩き出す慎一郎。その背中に手を伸ばす零。
 彼女のスカートがぱたぱたと揺れる。刃をぎらりと輝かせて、殺人フラワーは目をくしゃっとさせる。チェキラー♪
「殺人フラワーさん」
 零はぽつりと名前を呼んだ。



【W】


 湖の傍らで零はぽつりと足を止めてしまった。
 どうにも零の様子がおかしい。
 慎一郎は小首を傾げる。
 何とかして零に元気を出させたい。
 慎一郎は足元の小石を拾って、
「零さん。こんなのを知っていますか?」
 にこりと笑って慎一郎はその小石を湖に横投げで投げた。
 段々跳び。石は湖の水面で5回跳ねて沈む。
 零を振り返って、ん? と、慎一郎は小首を傾げた。
 零は胸の前で両手を合わせて、口を開こうと、そしたらその時、零は目を大きく見開いた。
「宇奈月さん、後ろ」
「ふぇ?」
 後ろを振り返ると、右手に慎一郎の投げた小石、左手に巨大な岩を乗せたくまのぬいぐるみが現れた。ものすごぉ〜〜〜く良い笑みを浮かべて。ぬいぐるみの癖に頭に出来たコブは何であろうか?
「救世主慎一郎さん。あなたが投げた石はどちらですか?」
「えぇぇぇー。はわぁ、二択ですかぁー。えっと、えっと、えっと」
「正しい答え! 正しい答えを言っちゃいけないんです、宇奈月さん」
 零も慌てる。
 慎一郎もその童話は知っていた。正しい答えを口にした老人は黄金の斧を貰い、嘘を言った老人は斧を失うのだ。だからこの場合は悪い老人に倣えばいいのか?
「えっと、えっと、えっと、そっちの大きい方の岩です」
 ぴしぃっと岩を指差して言う。
 くまのぬいぐるみは顔をくしゃっとさせて、岩を投げた。もちろん、慎一郎に向かって。
「では、この岩を救世主慎一郎さんにあげましょう」
「ひょえぇぇぇー」
 ひゃぁー、と慎一郎は逃げ出すが、足がこんがらって前のめりにこけて、顔から突っ込んで、背中に岩が落ちた。ぐぅえ。
「宇奈月さん」
 零が慎一郎の前でぺたんと座り込んで、慎一郎の手を握る。
「ごめんなさい、宇奈月さん。私のせいで」
 慎一郎がしていた事の意味をちゃんと零も知っていたようだ。
 そんな彼女に慎一郎は顔を左右に振って微笑んだ。
「気にしないでください」
「でも」
 ぽろぽろと赤い瞳から涙が零れる。
「それで一体全体どうして先ほどから元気が無かったんですか?」
 背中に巨大な岩(張りぼて)を乗せたまま小首を傾げる慎一郎に零は涙を流しながら言う。
「殺人フラワーさん。殺人フラワーさんを帰してしまう事が忍びなかったんです」
「ふぅえ? そうだったんですか?」
「はい」
 健気な零に慎一郎は頷いた。またこの森に殺人フラワーを返しに来る機会もあるであろう。
「んー。わかりました。では今回は返すのはやめましょう」
「本当ですか?」
 胸の前で両手を合わせて顔を輝かせる零。
 殺人フラワー。チェキラー♪ 慎一郎の背中の上の岩を一刀両断。フラワーダンス。喜びの舞い♪
「まあ、こんなに喜んで」
 嬉しそうな零。
 殺人フラワーの様子は何やらいつもと変わりないようにも見えるがしかし、それでもやはり楽しそうに見えるのかもしれない。案外とこいつも自分に懐いているのかな? そんな事を想い、それから自分の髪に触れる慎一郎。シャギーって何? というのは横に置いておいて、これからも殺人フラワーに髪を切ってもらうのも良いかな? なんて考えたのもつかの間、殺人フラワーが湖に落ちた。チェキラー♪
「はわぁ」
「きゃぁ」
 二人して湖をものすごい勢いで覗いて、そしたらまた湖の真ん中からくまのぬいぐるみが現れ出て、右手にものすごいラブリーな殺人フラワー。うふーん♪ と、左手に殺人フラワー。ちぇきらー♪を持って現れ出る。
「はわわわわわ」
「えっと、えっと、えっと、宇奈月さん。どういう風に言えば!」
 何やらやっぱり童話の湖の女神のような台詞を言い出したくまのぬいぐるみのその説明は聞かないで、二人は殺人フラワーを指差して、そちらが良いと声をそろえて発言して、その後ちょっとくまのぬいぐるみ説得のために時間を要したのであった。
 チェキラー♪



【ラスト】


 昨夜は夢のようなおでんパーティーでした。
 慎一郎は草間興信所の机の上に並んだ温かなおでんの夢を見ながら涎を流していた。
 そしたらその涎を誰かが拭いてくれた気配。しかも何やらおでんの香り。
 くんくんくんくん、と鼻をぴくつかせて慎一郎は起き上がった。そしたらやっぱりそれは夢でも勘違いでもなくって部屋の中にはおでんの香りが充満していて、
「おでん♪」
 と、慎一郎がそのおでんの匂いがする部屋に走っていくと、そこにはどうしてだかたくさんのベビー殺人フラワー。ばぶー♪
 と、料理をするラブリー殺人フラワーが居た。うふーん♪
 その光景に呆然とする慎一郎の一晩で伸びた髪を背後から忍び寄ってカットする殺人フラワー(無印)は大層ご機嫌そう。チェキラー♪
 真相はこうなのである。
 あの殺人フラワー外交官さんに返しに行った湖で、しかし運命の出会いをしてしまった殺人フラワー(無印)とラブリー殺人フラワー。殺人フラワーの華麗な刃捌きに惚れこんでしまったラブリー殺人フラワーはビザを貰って、異世界【くまの森】から宇奈月邸に殺人フラワー(無印)を追いかけて押しかけ女房をしてきたのだ!
 故に2度目の殺人フラワー返却を試みた慎一郎であったが、結果はより濃い殺人フラーたちとの同居のきっかけとなってしまった。しかも殺人フラワー、らぶらぶ、子沢山!
 残念。斬り。切腹。チェキラー♪


【了】


 ++ライターより++


 こんにちは、宇奈月慎一郎さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 ご依頼、ありがとうございました。^^
 お久しぶりです。^^
 ご発注していただき本当にありがとうございました。^^
 宇奈月さんのプレイングはいつも楽しくって、書くのが本当に面白いので、こちらの方から、お願いしたいぐらいなので、本当に本当に問題無しです。^^
 今回もすごく楽しかったです。^^
 本当に書いていて面白かったです。^^
 いかがでしたでしょうか?
 ラストは返しに行ったら、それが運命の出会いの切欠で殺人フラワーの家族が増えてしまいましたとさ、と落とさせていただきました。^^(ドキドキ
 これからほーんとに宇奈月さん、ご馳走様、だなんて笑って流すことが出来ないぐらいに二輪(?)のラブラブぶりを見せ付けられて大変そうですね。(笑い もう子どもまで居るし。(笑い
 本当に本当に書かせていただけて楽しかったです。^^
 またもしも窓開けに遭遇しまして、私でもいいかな、とかって想っていただけましたら、すごく嬉しいです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。