コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<白銀の姫・PCクエストノベル>


呪いに因らぬ不在〜神聖都学園高等部PCルーム

■オープニング

 神聖都学園高等部。
 …現在『白銀の姫』事件の渦中にある大学部とは目と鼻の先――とも言えそうだが、神聖都学園自体がそれなりに広い敷地にある以上、大学部と高等部の差があればその時点であまりそうとも言い切れないかもしれない。ただ、同じ学園である以上色々話が通じ易い場所に居る事だけは間違いない。…それは特に機密の高い理工学系の研究畑相手では簡単には行かないだろうが、少なくともまぁ、何か折り入っての話があるのなら完全な外部より優先的に聞くだけは聞いてもいいよと言う程度の仲ではある筈だ。
 そんな、同じ学園敷地内高等部に幾つかあるPCルームの内、一つ。
 学習用にずらりと設置されている内、隅の筐体に一人、モニタ画面に向かった状態で難しい顔をしている教師が着いていた。水原新一。隣の席の椅子にはノートパソコンが無造作に置かれている。…ちなみにそれは碧摩蓮から成り行きで預っている、件のアリアが出て来たノートパソコンであったりするのだが…アリアが出てきてこの方――普通に起動する事は勿論、記憶媒体の方も全滅で結局、手の出しようがなかったらしい。…少なくとも、普通の人間の範疇で出来る真っ当な方法では。
「無理、か」
 逆探知。ゲーム『白銀の姫』の源になるマシンに正規の方法――即ち、巷で『呪いのゲーム』と言われる由来こと『取り込まれる』――以外で侵入する事が出来るかどうか。水原はそれをハッカー仲間と声掛け合って色々やってみているのだが、どうも幾らやっても無理らしい。
 ゲーム――と言うより異界と言うべきか――が許した正規の方法でなら簡単に『白銀の姫』内世界のアスガルドまで辿り着けるのだが、どの回線をどんな経路で辿ってどのマシンに通じているのか――そこはまったく辿れない。…辿れれば、何処かで経路を遮断しておく手段も考えられるのだが。
 水原は一応、蓮経由でアリアが大学部に乗り込んだ結果を聞いている。…大学部電子工学科研究棟の倉庫に放置されていた『Tir-na-nog Simulator』なるマシンの存在。既に電源も入っておらず何処にも繋がっていない状態の筈なのに稼動中であると言うそれこそが『白銀の姫』のゲームプログラムが置いてあるマシンで異界を発生させている元凶、と超常・怪奇現象と見れば何処にでも湧いて出るIO2の皆さん&『Tir-na-nog Simulator』の管理運営責任者だったと言う本宮秀隆なる助教授から、アリア他同行した有志数名に知らされた…と言う話。随分前のプロジェクト中止以降まったくアクセス不能だったと言うそのマシンが、アリアがその場に居る事でアクセスの許可を受け入れ始めたのではと言う話まで出ているらしい。
 …ともあれ、事態を動かす諸々の切っ掛けになったと言う事で、アリアは暫く大学部から戻らない事になっているらしい。またそれ以上に、彼女自身が『鍵』と思われた節もある。
 助教授でマシンの責任者、と言う男が少し気になった。
 ゲームのメインプログラマーである『創造主』こと浅葱孝太郎が事故死していると言う話は、水原の方でも手に入れていた――と言うより、奇しくもアリアたちが本宮から聞いたのと前後して調べが付いていた。本宮とやらがそれを知っているのも立場上当然と言えるだろう。が――それで、ゲーム内の女神アリアンロッドと現実世界で現れたアリアがそっくりだったからと言って…一般人がすんなり受け入れられるものだろうか。
 水原の考え過ぎと言われればそうだろうが、何故か水原は本宮秀隆と言う男について気になって来ている。何処かで面識があるのか。そうとさえ考えてみる。…が、取り敢えず思い付く当てはない。まぁ、直に姿を見ても話もしていない以上、具体的なところは何とも言いようはないが。
 が、だからと言って――水原は今、『Tir-na-nog Simulator』とやらが置いてある大学部電子工学科研究棟の倉庫とやらに向かい当の本宮に会ってみる気はまったくない。話をすれば聞いてくれるだろう位置には居るが、何と言うか――自分が動いている事を知られない方が良いのではないだろうか、そんな気がしている。
 これもまた根拠の無い変な確信なのだが、水原はその『Tir-na-nog Simulator』とやらの元へ、直接出向かない方がいいとさえ思っている。…本当ならアリアにもすぐ戻れと忠告したいくらい。だが根拠が無い以上――いやもしあったとしても――折角得た重大な手掛かり、アリアは放り出しはしないだろう。それもわかっているから特に言いはしなかった。
 だからと言ってここまで首を突っ込んだ状態では水原の方でも当然今更放り出せないと言う事で、わざわざ同学園内高等部にあるPCルームの一つにこもっている事になる。何処にも繋がっていないとは言え『Tir-na-nog Simulator』が神聖都学園内にある以上一番近くにあるのはどう考えても神聖都学園のイントラネット。大学部の専門研究棟に高等部一般のPCルームとなればそれは上位空間下位空間の差はあるだろうが――同じ系列のイントラネット内になる事は確か。ならばその中から動く方が、何かあった時でも外部からより数段遣り易いと思われる。水原は臨時ではあるが一応この学園の高等科教員でもある訳で、場所も借り易いしその場に居座っても特に不自然は無い。その上、神聖都学園の設備ともなれば私立の巨大複合学園だけあってかなり充実している。置いてあるマシンも、一般用のような最低ラインのものからしてそれなりにスペックが高めだ。…ハッカーの視点からしても、下手なマシンより使い易い。
 …それに、万が一大学部の方で何か起きたなら、外部から向かうより高等部に居た方が直接でも向かい易い。
 どれも気休め程度の理由だが、異界が――超常・怪奇現象が絡むとなれば、ある意味、気休め程度の配慮でも莫迦に出来ないとも言える。
 思いつつ、水原は滅多に他には見せぬ鋭い目で画面に向かっていた。正規の方法以外での『白銀の姫』への侵入を試みる事と平行して、先程から続けている神聖都学園内イントラネットの分析と把握。…『Tir-na-nog Simulator』の置かれているだろう位置関係からすれば外部との接触に使っている可能性が一番高いと思われる回線。直接ケーブルやセンサーで繋がっていなくとも、近場に大容量の高速回線があればまずそこに目を付け何らかの形で利用していそうなものだ。超常の世界ともなればどんな手段を使って何をしているかわからない。即ち、直接接続されてなかろうと介入している可能性はある。だからこそ――ひとまず神聖都のイントラネット内でそんな痕跡は無いか、探すだけ探している。現時点では痕跡はまったく見えない。本当に『Tir-na-nog Simulator』がここの回線を使っているかもわからない。が、僅かでも痕跡が見付かり、そして何か事が起きたら全部――出来なくとも要所の大部分を極力安全に落として緊急避難させられるところまで持って行くくらいの心積もりで当たっている。
 水原はマシンに向かったら最後、画面以外は目に入っていない。
 キーボードの上を縦横無尽に指が走っている。

 …その、後ろ。
 何処から現れたのか、黒衣の幼い姿の少年が――いきなり、何も無い中空から降り立った。
 水原の背後、殆ど音も無く小学校中学年程度の人物一人分の質量が増えている。
 瞬間的に、場の空気が冷えていた。

 どうも貴方の元には、『白銀の姫』の情報がより多く集まっているようですね――?

 直後――囁くように、すぐ横から聞こえた。
 反射的に瞠目した水原が振り返ったそこには、幼い年の頃に似合わぬ冷たい美貌。
 現れた少年は、酷く優しい微笑みを見せていて。

 …その少年、ダリアを直に知る者ならばわかっていただろう――彼が優しく微笑む時は、最大級の危険信号と。



 暫し後。
 神聖都学園高等部に幾つかあるPCルームの内、一つ。
 …当然『白銀の姫』についての用件でそこに顔を出してはみたのだが、今この時間この場所に居座っている筈の人物――水原新一の姿が何故か見えない。ただ、学習用にずらりと設置されている筐体の隅、そこの二つだけつい今し方まで誰かが使っていたように電源がつけっぱなしな事に気が付いた。なのにそこには誰も居ない。…水原の姿は何処にも無かった。
 この時間、水原には受け持ちの授業も無かった筈。そして彼の場合『白銀の姫』に取り込まれて失踪したと言う事も無い。水原はアリアに聞いて既に異界アスガルドへと何度か出入りしている。…とは言え、彼の場合不意に取り込まれない為の予防策&経路を辿る為事実上ゲートを出入りしているだけでアスガルドの中でプレイヤーらしい行動を取ってはいないのだが。
 その上に、電源の入っているモニタ画面に映し出されているのは「頁が見付かりません」の警告頁では無く使用前状況な当の『白銀の姫』のログイン画面。それが表示されているのが一台、それから真黒の背景に何かのプログラムソースらしきものがずらりと羅列されている画面状態の物が一台。
 更には――水原が便所や軽食、喫煙等の為中座している訳では無いと思える決定的な理由も残されていた。

 ――…水原の物であるベージュのコートが床に落とされたまま放置されている。幾ら元からよれよれのコートである上、清掃も行き届いているPCルームであってもさすがにコートを床に放ったらかしにしてはおかない。普段の水原の場合、近場にある空いた椅子もしくは机の上に置くか、自分の使用している椅子の背に引っ掛けておくのが常だ。…少なくとも落としたなら拾っておくに決まっている。どれ程他の事に没頭していようと、自主的に中座するようなら中座しようとしたその時点でその程度すぐに気付く筈。
 更には――碧摩蓮から、延いてはアリアからの預り物になる壊れたノートパソコンまで、消えていた。
 …そもそも、使用者不在ならばPCルームの鍵は掛かっていて当然のもので。

 何か、起きた。…それも、直前に水原がしていたと思しき事、無くなっている物から考えても――『白銀の姫』に絡む事で。
 そう判断して間違いない状況だった。


■現実世界での調査

 司書としての仕事はそれなりにいつもの通り。現在、申し訳程度にカウンター等の通常業務に限ってはある程度免除されている――と言うか融通を利かさせてもらっているが、それだけでは到底済まないくらいの余計な仕事まで押し付けられているのが正直なところ。…近頃起きている御近所のモンスター騒ぎをなんとかせいと言う話――それは延いては呪われたゲーム『白銀の姫』に関してどうにかせい、と言う事にも必然的に繋がってしまう上からのお達しの話。…私はいつから都立図書館御用達のIO2やら怪奇探偵、怪奇系始末屋もどきになったのだろうか。時々思うが…まぁ、好き好んで草間興信所の調査員やらになっている事もある以上、やっている事に大差は無いか。…その上、知ってしまった以上、平然と放って置けない話でもある。
 とは言え、幾ら通常業務はある程度融通を利かせてもらっているにしろ――自分しか手を出せない要申請特別閲覧図書関係の仕事に限っては、普段通りに忙しい。
 …まぁ、取り敢えずアスガルドから帰還して今回済ます予定だった溜まっていた仕事の方は、済んだのだが。
 そんな訳で、勤務先から帰還の途中。
 道すがら自分――綾和泉汐耶を襲って来る、群れからはぐれたらしいモンスターが一体。対象の自我の有無を見極めてからすぱっと手許の文庫本に封印しつつ、彼女はふぅと溜息を吐いた。…IO2やリンスターの方々が動いてらっしゃるからか、モンスターが群れで大規模に大騒ぎと言うのにはそれ程遭遇しない。しないが――はぐれて単体で暴れているようなモンスターは結構増えている傾向にある。ちらほら見掛ける。…アスガルド内と現実世界の両方を知る身では時々ここがどちらの世界だったのか混乱する時まである。そんな時は取り敢えず自分の風体や持ち物で判断。当然のように文庫本を持ってたりパンツルックのスーツ姿であるなら現実世界だ。…どうも通勤の道すがら、モンスターが出た際の対処方法にも何だか手馴れてしまった。
 ただ、封印の媒体として使い易い文庫本を鞄に仕舞っておけず、手に直に持って歩いて行かざるを得ない状況はあまり楽しいとは言えそうにない。やはりこの状況、放っておく訳には行かないなと自分の為にもしみじみ思う。…本を取り出しておくのは出来れば読む時だけにしたい。
 勤務先から帰還。そうは言っても汐耶は直帰で自宅マンションに戻るつもりもない。ここからが彼女が『白銀の姫』の件について動く時間になる。…現実世界での『白銀の姫』に関する情報。色々動きはした筈なのだが、結局のところ殆ど知らないに近い。アスガルドでの状況を考え、ここまで来たら現実世界では製作サイドを当たってみる必要があるだろうとは思った。思ったが――その前に改めて色々と調べておいた方が良いかも、と思い直す。
 …噂が流れ出した時期。
 …行方不明者が出始めた時期。
 …『白銀の姫』由来のモンスターが現実世界に出始めた時期。それに関しては出現場所も細かくチェックしておくべきだろう。それから、以前聞いたアスガルドと重なっている部分の割り出しもして置いた方が良いか。通勤途中で自分の遭遇している状況も考えて、恐らくは――以前より増えている事だろうし。真咲誠名と言うか更科麻姫の元――怪奇系始末屋に舞い込んだものだと言うあの依頼はしみじみ焼け石に水と言ったところだったらしいから。ひょっとするとまた依頼が増えてあの更科さんは右往左往しているかも知れない。
 場所の件、情報の件。…『白銀の姫』に関して調査しているとなれば――草間興信所。取り敢えずそこの資料を当たってみよう。そして『噂』と来ればゴーストネットOFF――雫ちゃんのところかしら?
 ま、とにかく――まずはその二ヶ所、当たるだけ当たってみましょうか。


■外堀から埋めてみる。

 …そんな訳でまずは草間興信所。
 来訪するなり――場所の主ヅラしてデスクに着いているダークスーツの殺し屋っぽい中年もどきと、デスクに直接腰掛けている、時代錯誤な赤いドレスを纏った顔色の悪い妙齢の貴婦人、一人だけ礼儀正しく来客用ソファにちょこんと座り込んでいる文学少女がそのまま大きくなったようなお姉さんの姿があった。続いて――部屋の奥から人数分の珈琲持って一応本職バーテンダーの姿も現れる。
 一瞬、デジャヴが起きた気がしたが――まぁその辺りはどうでも良い事で。結局この場にいる方々に普通に見覚えはあるのだから。皆、ここには良く来る常連の面子。ダークスーツのそうは見えない仙人が鬼・凋叶棕、常態で顔色が悪い吸血鬼がエル・レイ、一人で礼儀正しいのが先日から上司の後始末+モンスター出没多発の為依頼追加で忙殺気味の更科麻姫、珈琲持ってきたバーテンが真咲御言。
 曰く、草間さんちの皆さんが不在の際の御留守番兼、『白銀の姫』対策支部としてこの場所も一応動いているらしい。更科麻姫もそこに居る事からして、怪奇系始末屋の方の仕事もこちらに回って来ている――と言う事になっている模様。…確かに、『そちら』の仕事で人手が多く必要になれば草間興信所に頼る――と言う方針だとは前々から彼女の上司こと真咲誠名に聞いてもいるが。実際、現在そちらを受けて動いている調査員の方々も結構居るとの事。
 …とは言え、それ程忙殺されているのならこの場に敢えて四人も残っている必要はあるのか。麻姫以外は実働部隊上等な方々にも思えるのだが。その旨聞いたら――単純に休憩中だったり新たに手に入れた情報を持って来たところだったり、と偶然四人集まったところなだけだったらしい。あまりにも平然とずっとそこに居ました――と言う顔で和んでいるのでそうは見えなかったが、良く考えれば三人が三人とも、荒事に臨んだ直後だったとしてもそんな様子は微塵も見せない基本的に人外めいて平然としている方々だったか。…内二人は元々人外だが。
 ともかく、そんな訳で今現在テーブルやらデスクの前に広げられているのも『白銀の姫』関連の資料になる。来訪した汐耶も今の自分の状況を説明し――とは言え、御言と麻姫は汐耶の動いている理由は元々承知、今回の件に関しては初めて顔を合わせる凋叶棕とエルも察しの良い方々なので、汐耶の状況はすぐに通じた。
 噂が流れ出した時期やら行方不明者が出た時期、モンスターが現実世界に出始めた時期や出没場所――断片的な情報を独自に整理してみようと思い立った事まで話し、資料を見せてもらいたい旨告げる。すると凋叶棕とエルがえーとどれだっけ、と資料を漁り始めた。確か結構前だよな? そう聞いたけど? と互いに確認しながら、数あるファイルの内一冊を引っ張り出し、中にあった一番古い資料の日付を見た。…そこからすると少なくとも草間興信所で首を突っ込み始めたのが昨年秋、冬の足音近い頃――と言う事でほぼ一年前、その時の瀬名雫の口振りからするとその時には既にこのゲームの事はゴーストネット他その筋のコアな方々の間では伝説化していたらしいから…噂が流れ出したのはそれより更に前になる。…そうなるとやっぱりゴーストネットに行くべきか。
 取り敢えずそこはそれで置き、汐耶はそのファイルを見せてもらいながらも今度は更科麻姫の方へ話を振る。以前遭遇した時の依頼の話からして――行方不明者の出始めた時期。彼女の上司・真咲誠名に失踪者捜索の話が持ち込まれ始めたと思しき時期はいつ頃からか――つまりは誠名の行方不明はいつ頃からだったのか訊いてみる。二月…いえ三月頃からです、とあっさり。それでつい先日戻って来た訳なのだから――それは誠名の方も居なくなってからずっと『あの場』で身動き取れなかった訳ではなかろうが、それだけの期間放って置いてからそれもピンチヒッターの自分で仕事が処理し切れなくなったと判断して初めて動くとは――この更科麻姫、少し何かあればすぐ大慌てしそうに見えながら案外肝の座ったキャラクターでもあるらしい。
 モンスターの出現場所やアスガルドと重複している地点の割り出しはどうなっているかも同様に訊いてみる。と、それはこちらになりますと出されたのは既にかなりの部分が真っ黒になりかかっている白地図二枚。様々情報を書き連ねるとそろそろ普通の地図一枚に書き切れない量になっている。アスガルドに於いてジャンゴに当たる神聖都学園大学部や堕星の遺跡に位置する廃工場等基準になる場所をはじめ、以前見せてもらったモンスター出現位置や目撃位置、今回見せてもらっている増えた分を追加したそれぞれの位置を改めて照らし合わせてみる――いちいち、重なる。さすがにそろそろ一目瞭然だ。…現実世界でアスガルドの世界地図同然のものが見れるとは。
 内、幾つかの場所にはIO2やリンスターの方の動きで抑えられたと印が付けられている箇所もある。アスガルドで大規模なイベントがあるとされている場所は殆ど。…だから個人単位でのモンスターの群れとの遭遇は減っている訳か。
 そんな中、今回の件の情報を一番詳しく簡潔に纏めてらっしゃるのは――あまり表立っては言えませんが、水原さんになりますよ、と新たに珈琲を淹れてきて汐耶に出しつつ御言がそっと教える。…少し、驚いた。それは水原は元々臨時とは言え神聖都学園在籍の教師の上にゴーストネットの常連、アリアを店に置いている碧摩蓮とも因縁浅からぬ同士であるのだから首を突っ込んでいて確かにおかしくない。更には電脳世界の話となればそれなりに身軽に動けるだけのスキルを持ってはいるだろうが――それでもあの人は能力的には殆ど一般人である。
 単なる噂レベルの呪いのゲームを追うと言う話ならともかく、本気でここまで大規模に『向こう側』の世界が絡んでいるこの『白銀の姫』の場合でこの人の情報が一番詳しいと言われるとは。それも元IO2の要職だったこの御言の口から言われては重さが違ってくる。…それはつまりIO2やらその筋の面子を差し置いて、水原新一一個人が調べた情報の方が有用だ、と言っているも同然になるから。
 それと…書き置きからしてシュラインの姐さんがアリアんとこ様子見に行ってるぞ、と凋叶棕。何か水原の兄さんは向こうの助教授の事やけに警戒してやがるんだがな、それを聞いて逆に飛んでった。…そりゃ確かに真正面から行った方がIO2の連中も居る事だし何か厄ネタがあってもむしろ手は出し難いと思うがな…。そんなぼやきを聞き、助教授ですか? と汐耶。そうそう、ゲームプログラムが載っているコンピュータの責任者だった人間が居るんだって、と付け加えるエル。そこまで聞いて、そうなんですか…と汐耶は少し考え込む。水原がやけに警戒していると言う相手。そうは言っても根拠も何もないんだけど、と言う話でもあるらしい。
 が。
 …本当に何もなくそこまで警戒する事があるのだろうか?
 …警戒するだけの情報が既に水原さん自身の中にあるのに気付いていないだけなのではなかろうか?
 思いながらも、汐耶は取り敢えずそこで草間興信所を辞する事にする。ゴーストネットの件は外からネットを介して行くより瀬名雫とその一味御用達のネットカフェに直接行ってみた方がいい。
 女神ネヴァンの勇者をやっている雫本人が居るかどうかは不明だが、少なくともその一味の方は――ここ同様、そこを本拠に『白銀の姫』対策支部を打ち立てているだろうから。



 …そんな訳で瀬名雫とその一味御用達のネットカフェ。
 予想通り一角に見知った方々が集まっていた。ゴーストネットOFFの数多居る副管理人の一人である双葉時生に、幼い姿のらしくない事この上なしなネットカフェ常連仙人鬼・丁香紫、当該ネットカフェの実質No.2なバイト長香坂瑪瑙に、仕事放棄か年齢不詳名前も不明のネットカフェの主な店長までそこに居た。…で、お店としては肝心要である筈のカウンターには他のバイトさんが入っている。
 何やら集まってそれぞれPCに向かっている皆さん総じて、俄かに殺気立っているのは気のせいか。
「…大丈夫?」
 恐る恐る内一人――香坂瑪瑙に声を掛けてみる。と、彼女はくるりと椅子ごと汐耶の側を向いて、疲れたように苦笑した。画面から目を離しキーからもマウスからも手を離して一時的に休憩。
「はいまあ何とか。綾和泉さんも――『白銀の姫』の件で何かゴーストネットで調べたい事でも?」
「そうはそうなんだけど――皆さん、どうしたんですか」
 同じ『白銀の姫』対策支部な草間興信所ではここまでの切羽詰まった雰囲気はなかった気がする。
「…えー、皆でゴーストネットOFFの副管理人をやっているところです」
 つまりは――瀬名雫のホームページの荒らし対策その他色々。現在進行形で『白銀の姫』事件は継続・拡大中な訳で、ネットサーファーの中にも困ったちゃんが大量発生中な模様。それも――このホームページに来るだけあって、わざわざ危険に首を突っ込もうと言う無謀な方々も結構いる。と言うか端的に言って結構どころか相当多い。何の計算もなくIO2の皆さんの邪魔になるような事をして得意がっているような本気で問題ある方々まで居たりする。
 調査報告・調査依頼メールも只事でなく多い。妙な中傷、広告云々きりがない。『白銀の姫』に便乗しホームページ自体のヒット数は上がっているようだが、それに比例して余計な物も大量に飛び込んでくる。
 …巨大掲示版は恐ろしい。
「噂の出始めの時期とか調べたいと思ってたんだけど…」
 …皆さんに頼むのは気の毒な状況の気がしますね。呟き、汐耶は彼らの側で空いている別の筐体――双葉時生の隣に当たるPCの前に着く。そしておもむろにゴーストネットOFF掲示版書き込み記事のログを調べ出した。
 と、当の双葉が汐耶の側の画面をちらと覗いてくる。
「…噂の出始め頃のログですか――何かここんとこ『白銀の姫』の影響で凄い勢いでカキコ増えまくってるんで、調べるのには途方もない根気が要りそうですが」
 もう結構前の事になりますし。確か昨年夏頃だった記憶はありますが…。
 と、双葉が言ったところで――店長が、あ! と声を上げた。
「それなら憶えてるよ。『白銀の姫』関連の初めの書き込みは昨年の夏で…日付は2004年の7月22日、時間は草木も眠る丑三つ時だったかな? 当時はそんな大事になるなんて全然思わなかったんだけどねー、良くある話だったからさ」
「…なんでそんな前のもんそこまで細かく都合よく憶えてるんですか」
「て言うかさっきログ整理してた時に久々に見たんだよ。その時に当時の事思い出してただけ」
 ゴーストネットは管理人さんの方針でそう簡単にログを消さない事になってるから。本気で調査するには前に流れてた噂も必要になったりする事があるからねー。その辺、瀬名さんは確りしてるから。…綾和泉さんがお探しの記事は2004年7月後半分ログの頭の方に入ってるよ☆
「…何げに店長ってゴーストネットフリークですよね」
「僕は人間観察が趣味だって言ってるじゃん。管理人さんが折角うちの店御贔屓にしてくれてるんだから――そのホームページの方にも興味は持つって。それもその筋じゃ有名どころと聞けば余計にね」
「…昨年の7月後半ログですね。有難う御座います」
 双葉と店長の漫才気味に息の合った応酬にくすりと笑いつつ、汐耶は店長に教えられた通りログを探す。そこにあったのは――わかりやすいくらい怪談調に演出してある『未完成の呪われたネットゲーム・白銀の姫』に関するカキコ。確かにこれではよくある話で終わりになりそうだ。投稿者は――『Cernunnos』。『ケルヌンノス』と言えばケルト神話――『陸のケルト』に於ける神の名前である。『白銀の姫』内の何かの名称として使われていたかどうかは寡聞にして知らないが、同じケルト系の名前である事は確か。…投稿内容に合わせてのハンドルネームのつもりだろうか。
 それ以外の記事を見てみる。行方不明者が出始めた時期、現実世界にモンスターが現れ始めた時期、同じくアスガルド施設の現出が目立ち始めた時期――他愛もないものからぎっしり書き込んであるようなものまで含めて記事をざっと見たところ、少なくとも『白銀の姫』絡みであるだろうと判断され目立ち始めたのは今年の三月頃かららしい。…細かくはそれより前からになりそうなのだが、今時の社会、行方不明者はやたらと多いのが最早普通なので――ただの行方不明か『白銀の姫』絡みでの失踪かの区別はゴーストネットの記事では正直なところ付け難かった。
 ただ、確かにネットカフェの店長の言う通り『呪われたゲームとして』の『白銀の姫』の名とその存在が初めて出されたのは『Cernunnos』のこの記事からのようで。
 そこまで見て考え込んでいると、その一番最初の『Cernunnos』の正体なら牙黄に洗ってもらってるんだけどね、と丁香紫。初めにカキコした人物の正体は――それは知りたいもの。そしてゴーストネットの方針としては出来るならば突撃インタビュー、直接詳しく話を聞きたい――と言う事で一応探しているらしい。
 更にはそれ以降同名の投稿がまったくないらしく、コンタクトを取ろうにも反応無しらしいので、そうなってくるとこの『Cernunnos』もまた『白銀の姫』に囚われているのか、無事なのかどうか――そこからして確認しておきたいと言う意味合いもある。
「…でもそこで牙黄さんが出て来るんですか?」
 少し意外だ。
 何故なら――この牙黄は丁香紫と双子も同然だと言う存在で、百年に一度蓬莱館でしか会う気が無いとか普段は干渉し合う気が無いとか――とにかく普段は接点を持つ気が無いような事を耳にしている気がするのだが。
「初めは水原に頼んだんだけど何か投稿者のハンドル見るなりいきなりやる気無くされちゃって。だからって美都ちゃんは…三下にくっ付いてって『白銀の姫』の中だから頼みようないし。…で、うちの牙黄、『Ivory』の名で今は情報屋だか電脳探偵やってるって聞いたから――ネット経由でビジネスのつもりで頼んどいてあるのね」
「…? …水原さんがやる気無くした、ってどうしてでしょう? 何かあるんでしょうか?」
「さー? 何か投稿者のハンドルと同じ名前に嫌な思い出だかトラウマでもあるんじゃないの? って言ってもあいつ別に神話フリークじゃなかったと思うんだけどな。『こっちの世界の話』でも興味の傾向は幽霊雑霊怨霊の類だし。それは知らない訳じゃないと思うけど、そんなに気にする程特にケルト神話に興味があるとか無かった気がするし。…ボクはそんなに引っ掛かるような名前かなあって疑問に思うんだけどね。だって見るからにわざとな名前じゃん。場所がゴーストネットならこう言う趣味は普通にありでしょ。『冥界神』なんて臭いくらいに似合いそうな名前だし」
 カキコ内容が『白銀の姫』ならそれに便乗しただけって言うかさ。ハンドルって言うより単なる匿名って感じにしか見えないけど。だからIPアドレスとか辿ればすぐかなって思えるんだけどね…ボクたちの場合、案外その程度のスキルも無い。…正式にプロバイダとかその筋に教えてって頼むには説得力のある理由も無い訳だしね。だからってIO2に流して丸投げってのも少し気が引けるしー。あ、IO2と言えば草間興信所に詰めてる真咲辺りならひょっとするとやらせれば出来たかも。元統括クラスとなりゃ一般社会の基本スキルなら大抵の事エキスパートレベルの筈だからね。…でも今になっちゃもうその辺りはどっちでも良いか、既に牙黄に頼んである訳だし。
「ま、とにかくだからこそ水原にまず頼んでみたんだけどね。そんな反応されるなんて思ってないからさ…ああ、この『Cernunnos』以外の件に関してなら『白銀の姫』に関して一番詳しいの水原だから、『白銀の姫』について色々気になるならそっち行って見れば?」
 と、色々考えながらも丁香紫は先程草間興信所で勧められたような事をまた勧めて来る。余程水原さんのところの情報が信用されてるみたいですね、と汐耶。と――本業抜きで彼の携帯番号が知らせてあるような面子とその身内にしか教えちゃ駄目な事になってるんだけどね、とこっそり丁香紫。曰く、それが水原側の基準であるらしい。更に言うなら現在の彼の居場所は『白銀の姫』の載ったコンピュータがあると言う当の神聖都学園の大学部――では無く高等部、つまり己が本業の仕事場と言う少々逸れた位置に敢えて居座っているとか何とか。…製作サイドの責任者らしき助教授の居る大学部とは目と鼻の先。水原は警戒していながらその位置か。
 さて。
 …草間興信所とネットカフェ、両方から勧められてしまったとなれば――ここはそちらに行ってみるべきか。


■不在の補填――Cynical Hermit

 …玖渚士狼と朔夜・ラインフォードが水原新一捜索の為出て行った後。
 PCルームに残されたセレスティ・カーニンガムとイオ・ヴリコラカスはひとまずやろうとしていた事を開始してみる――と言うかセレスティがひとまずイオに話を振ってみた。水原と共に動いていると言うのならある程度情報は持っているだろう、そうは思ったのだが――ダリアについてはごく稀に確認される位置、それとイオが直接絡んだ件として暴走し掛けた月神詠子の事等、元々水原と電話で話していた事程度でそれ以上の情報はあまりない。…だからこそ、水原もセレスティに電話でそこまでは話したのか。
 で、イオがPCルームに持って来ていた手提げの紙袋の中身はひたすら紙束。それと申し訳程度にMO数枚。曰く『白銀の姫』ソースコードであり、取り敢えずゲームシステムの基本プログラムでコピー及びプリントアウト出来た分だと言う。そうは言っても今ここに水原が居ない以上、残された面子ではそれらを見てもはっきり言って意味が無い。今となっては別に秘密でも何でもないもの――アリアが大学部を訪れそちらの状況が動き出して以来、このソースコードは分析の為に他の幾つかのコンピュータにコピーされていたり――それどころか、あろう事かいつの間にやらネット上でソースコードが何者かの手により公開されてしまっていたり、と完全にオープン状態になっているのだから。
 誰が漏らしたのか――IO2としては異界化の具体的な原因が掴めていない現状、当然その事実に神経を尖らせたのだが――責任者の本宮の方がもう仕方無いとその事実を黙認した。覆水盆に返らず、一度流れてしまったものをどうこう出来る訳がない、と。…確かに、一番最初に見付けたところは速攻で削除はしたが――その時には既に遅く、また別の誰かがその貴重なソースコードを見付けて拾ってしまっていたらしい。それは当然分量からして完全なものではないらしいが、別の場所から同じソースコードの断片が幾つも幾つも続けて公開されてしまっている。…さすがにそろそろ、ネット内での『白銀の姫』のネームバリューは只事では無かったらしく、ネットの中の連中は行動が早かった。
 ただ、そうであっても水原は――『Aqua』は、それらコピーのコピーになるだろうソースコードすら直接拾う事を避けていた。それで、わざわざイオに頼んで集めてもらっていたと言う事になる。
 セレスティは元々ここには水原に話を聞きに来たところ。特に――少し前に遭遇したダリアの現在の様子が気になった為、彼についての詳しい話を聞こうと来訪したのだったが――いざ来てみれば当のダリアが水原のところに来ており、水原の身柄を連行しているらしいなどと――そんな事態になっていようとは。
 取り敢えずセレスティとイオは水原が居ない事、ダリアが関係しているのでは――ダリアに連れて行かれたのではと言う話、捜す為に朔夜と士狼が動き出している旨――碧摩蓮やら今まで水原と直接伝手を付けていたと思しき相手に連絡を取り始める。一通りそれが済んでから、セレスティは自分でも水原とダリアを捜す為――イオにここのところの水原の行動を直接聞いて確かめつつ、また別の電源が入っていなかった筐体を立ち上げ手持ちのモバイルも繋いで使用し始めた。リンスターの力も利用してダリアのみならず水原の方の最近の行動も探ってみる。…今の状況を見るなら、水原を探れば何処でダリアに興味を持たれたかが掴めるかもしれない。そこから逆算してダリアの今の行動を予想出来る可能性もあるか、と。
 ただ。
 探った結果、水原の取っている行動は――自宅アパートから神聖都学園へと普通に通勤し帰宅しているだけだった。校内では授業以外は殆ど高等部PCルームの一つ――つまりここ。但し、さすがにずっと学校に居っ切りにはなれないからかちゃんとアパートの方にも帰っている。学校の行き来以外の外出はコンビニ、スーパー、電気屋、銭湯程度。…思いっきり平然と普通な生活だ。むしろ不審な点が無さ過ぎる。情報的に付け入る隙もない。…強いて不審点を挙げれば、近頃は瀬名雫とその一味御用達のネットカフェにはまったく顔を出していないようだ――と言う事くらいか。だが、そんな事が今までまったく無かった訳でもない。今わざわざあげつらう程珍しい話ではないのだ。そして――PC面、ネット面から水原を探ろうとしても、ここのところ自宅ではメール確認程度しかしている様子がない。
 …よく考えればダリアに水原、どちらの行動もやけに追い難い種類の相手だった。それは前者は主に実際の動きが、後者は主にデータ上で、と差はあるが――いざ本当に追跡するとなると難しい存在同士でもある。
 接点、見付かりませんねぇ…と、小さく息を吐きがてらセレスティ。
 と。
 そこに――こんこん、と既に開け放たれているドアをノックして、中性的な顔立ちのパンツルックの女性が姿を見せた。綾和泉汐耶。イオもセレスティもノックの音でそちらに気付く。それを確認して軽く会釈してから、汐耶は静かに口を開いた。
「こちらに居ると伺ったんですが…水原さん、いらっしゃらないようですね――」



 …暫し後。
 汐耶に続き、シュライン・エマも新たにPCルームに合流していた。曰く、碧摩蓮から水原の不在を聞いた為、自分の居た場所が近い事もありひとまず顔を出してみようと思ったからだと言う。居た場所が近い――それは彼女は大学部に居た為で。汐耶側の情報でもシュラインが大学部アリアの様子を伺いに行っているのは草間興信所で確認済みだったので、どうだったのか様子を訊いてもみていた。アリアはひとまず変わりなかったよう。助教授の本宮については――水原さんが警戒していた理由が薄々わかる気がする、とシュライン。でもだからこそ、直接会ってもいない水原が何故この相手を警戒出来たのか――その事こそが、引っ掛かるとも言える。
 …水原の不在に話が戻る。
 知識や応用能力から考えて状況的に誘拐?犯必要そうでは、とシュライン。少なくとも命の点だけは無事な可能性が高いのではと。それは私も思います、とセレスティ。それから、この場所があまり乱れていなかった事――そして士狼君が嗅覚で後を追えているようでもありますので、水原さんは少なくとも自分で歩いているとも思えるんですよ、とも続ける。
 そこまで確認し合って、シュラインはこれから『白銀の姫』側の各イベントや主要NPCの居場所等と対応する現実世界の各地点にこれから行ってみる旨言い出す。水原を連れて行った相手――ダリアは『白銀の姫』に関して何か考えがあって水原を連れ回している可能性があるのではと思うから。それと――ネット上に何かしら水原からのメッセージが無いかも確認する事を提案。
 と。
 ポーン、と軽快な音がしてPCがメールの到着を告げた。『白銀の姫』のログイン画面が表示されていた方の筐体。四人は四人ともはっとする。この状態でメールが来たとなれば――水原か。思い、音と同時にアクティブ状態に表示されたメールボックスを見るが――そこにあった送り主の名は『Ivory』。
 それを見て、牙黄さんですね、と汐耶がぽつり。はい、とイオも頷く。が、そうなんですか? そうなの? とこちらはちょっとびっくりしたようにセレスティとシュライン。汐耶は頷き、丁香紫さんから『Cernunnos』――これはゴーストネットで『呪いのゲームとして』の『白銀の姫』の記事を一番初めに書き込んだ人なんですが――の調査を牙黄さんにお願いしたと伺いましたので、と続ける。…とは言え、汐耶も汐耶でこの牙黄が水原とまで連絡を取っているとは知らなかったのだが。
 イオは承知だったらしいけれど。
 届いたメールのタイトルは――≪"Cernunnos"に関し、緊急≫
 その場に居る皆は顔を見合わせた。
 水原は不在。
 緊急。
 相手は牙黄。
 汐耶もイオも『Cernunnos』に関し牙黄が何を頼まれているか事情を知っている。
 …そして、メールボックスに鍵が掛かっていない。誰でも中を見る事は可能。それは文面が暗号化されていたら無理だろうが…開けるだけ開けてみる価値はある。
 誰からともなく、小さく頷き合う。
 メールを開いた。
 と、飛び込んできたのは暗号では無く素直な日本語文面。書かれていたのは――『Cernunnos』の名を持つ相手について。その相手についての警告。ゴーストネットの記事のこの名前から辿ったところでは単に何処にでもあるネットカフェチェーン店の一つからで特に問題はなかったように思えたが――『Ivory』こと牙黄の方で『Cernunnos』と言うこの名に微かな心当たりがあった為、そちらの側面からも念の為に探ってみたと言う。すると出て来たのが――凄まじく性質の悪いハッカー。そのハッカーが使う名は『Cernunnos』一つではなく『Puppeteer』やら『Cynical Hermit』やらと数があり、その正体は完全に不明。このハッカーは今挙げた以上に様々な名前を使いこなす。何処にでも入り込む。そしてまったくと言って良い程痕跡を残さない。様々な側面からアプローチを掛け、様々に他者を操り愉しんでいる。
 そのハッカーの存在が確認出来たのはもう二十年以上も前から。故に、個人であるのなら今となっては相当の年齢に達している事が想像出来ると言う。それでも変わらない。落ち着く気配もない。まるで善悪もわからない子供が好き勝手思う存分遊んでいるような傍迷惑な愉快犯ぶりはそのまま。だからこそ余計に、このハッカーは正体不明になっているとも言える。…やっている仕業からして、技術は神技的に極上、但し性格的には幼過ぎるくらいの子供にしか思えない――それが二十年以上も続くとなれば、個人では無く組織か何かの仕業なのかもしれない。ネット内の一部ではそんな風に囁かれてさえいる。
 ただ、五年前たった一度だけ、『Cynical Hermit』の名でこのハッカーの正体が割れそうになった時がある。あるが…その時も、不覚を取ったのは何かのっぴきならない事情でもあった為だけであるのか、少しふらふらと誤魔化し時間稼ぎしていたかと思ったら――結局、その名の如く追跡を嘲笑い、何でもなかったように恐るべき神業で忽然と消えてしまったと言う。
 調べる中でそこまで至り、牙黄は改めてゴーストネットに書き込みがあった『Cernunnos』を見直して――そちらの、あまりに無難過ぎる何でもない調査結果に、逆に寒気がするような意図を感じたと言う。『白銀の姫』を取り巻く現状を考えれば、これはわざわざ他愛も無い怪談の形に託し『白銀の姫』の存在を、呪いのゲームとしてのその名を知らしめる為書き込んだ――そうとしか思えなかったと。
 経験上、この手の勘は当たる。
 …ゴーストネットに書き込んだ『Cernunnos』とハッカーの『Cernunnos』、両方は同一人物だと牙黄は断定していた。そして――鍵かもしれない、だが、だからと言って無策でこちらを追いかけるのは危険だとも。
 貴方は初めからこれを知っていたのか、だから避けたのか、これを知っていたならば何故皆に何も言わなかった、いやそもそも貴方こそがこの『Cernunnos』ではないでしょうね――メールの中ではそんな詰問が並べられている。
 そこまで確認した、直後。
 見計らったようにまた別のメールが届いた。…今度の送り主は『Ice』。
 メールのタイトルは。
 ――≪Fw: Remember "Cynical Hermit"!≫
「…『Ice』って遠山さんの筈なんですけど。今は水原さんに言われて外で動いてる筈なんですが――」
 そちらのメールから今牙黄さんのメールで見た名前が出ますか?
 訝しげにイオが呟く。
 この『Ice』は水原新一の弟子に当たる高校生、遠山重史のハンドルネーム。そう知っていたイオがメールを開いたのだが――書かれていたのはそのタイトルだけで、メール本文の内容は転送元の送り主やら日時やらの転送時に付け加えられるデータが残っているだけでそれ以上は真っ白。空メール。
 ちなみにそのデータ部分、『From: Deus, To: Ice』とは書いてあったのだが。つまりこのメールの大元の送り主は『Deus』と言うハンドルネームの何者かだと。
「敢えて転送、なのに中身は空…?」
 汐耶もまた訝しげに呟く。
 シュラインもセレスティも、頭に浮かんだ疑問は同様。

 ――≪"Cynical Hermit"を思い出せ≫
 このタイトルだけのメールに、何の意味がある?


■接点

「…その『Cynical Hermit』が、つまり『Cernunnos』と同一人物で――『白銀の姫』の件をゴーストネットで一番初めに書いたのもその『Cernunnos』、そして水原さんがその『Cernunnos』である可能性――があるって事ですか?」
 ですがあの方二十代後半だったと思いますから…二十年以上前からそこまでやれるような現役ハッカーだったなんて無茶な気がするんですが。
 違うと思いながらも一応口に出してみる汐耶。と、どうでしょう、とセレスティが考える風の顔をしている。
「痕跡を残さない、神業のように消える…その辺りはちょうど水原さんの十八番になりますが」
 何処にでも入り込む、と言う辺りは――よくわかりませんけれど。
 水原さん、あんまり愉快犯な性格の方にも見えませんしね。
「この事、水原さんが居なくなった事と――関係あるのかしら」
 困惑気味に、シュライン。
 もしそうなら――水原もまた、注意しなければならない相手になってしまう気がするから。不在である事自体に意図がある可能性も考えておいていいだろう。誘拐?犯――と言うかセレスティ及び玖渚士狼&朔夜・ラインフォード曰くダリアらしい――とは共犯関係、そこまでは行かないにしても利害関係がある程度一致する関係である可能性もある。
 …ただそうは思っても、彼が絡んだ過去の事件を考えれば――他ならない水原がこの『白銀の姫』によって現在起きているような性質の事件に手を貸している可能性は無さそうな気はする。…そもそも『Ice』こと遠山重史から転送メールが届いている時点で――水原がこう言った事件を起こす側に立つ事を徹底的に厭う遠山重史が彼に手を貸している時点で、水原は事件の原因側には居ないだろう。少なくともこの空メールのタイトルが原因でそれが疑われる位置にも居ない筈だ。
 そうは思うが――ならばこの妙な情報の絡まり方は何だ。
 と、そこで汐耶が口を開く。
「ここに来る前ネットカフェで――これも丁香紫さんに伺った話なんですが、ゴーストネットで記事の投稿者名に『Cernunnos』の名を見た途端、水原さんやる気無くした――正体辿る気無くしたって」
 それで、この『Cernunnos』の調査を牙黄さんに頼む事にしたと言うお話だったんですよ。
「そうなんですか」
「…ええ」
「…水原さん、このメールボックスには敢えて鍵を掛けずに開けっ放しのままにしておいたように思えるのですが。文面を暗号にする事をメール相手に頼んですらいません。『白銀の姫』に絡むこんな場合で、彼のする事ですから――暗号化くらいさせておきそうなものだと思えるのに」
 まるで、私たち――ここに居るだろう者に見られる事が前提のように思えるのですが、どうでしょう?
 そうなれば、届いたメールから、今までの情報から――何か導き出せと言う事になる?
 自分に確認するように呟きながら、セレスティ。
 …水原新一宛て。『Cynical Hermit』。その名を思い出せとのタイトルだけ書かれた空メール。『Cernunnos』。牙黄からのメール。『Cernunnos』が水原当人ではないだろうなと厳しく詰問する文面まで。ゴーストネットの初めの書き込み。『Cernunnos』の名を見た途端水原はやる気を無くした――それは反射的に避けたと言う事か――無意識の内に忌避した――警戒していた訳、か?
 …水原が、根拠が無いながらも何故か確信を持って気にしていた――警戒していた相手。
 ふと浮かんだ名前を、シュラインは思わず、呟いた。
「…本宮氏…?」
 本宮氏が『Cynical Hermit』…?

 と。

「…なんで部外者がここまで多いのかな? ここって高等部だったよね?」
 唐突に、軽い声が降ってきた。記憶に無い声――それは、シュライン以外にとって、だが。PCルーム内に居た四人は一気にその声の主を注目する。不精髭に眼鏡の男。その見た目からそれなりに年を食っているようには見えるが、重くないその動きからして、悪戯そうに光る怜悧なその瞳からして、隠された元々の顔立ちからして――よくよく見れば、まだ大学生とも思える程に、若い。
「強いて言うならそっちの子は初等部の学章付けてるみたいだけど…それ以外の人たちは学生って感じでも先生って感じでもないよね。そうなると――やっぱりここで当たりか」
 納得したように頷き、その不精髭に眼鏡の男は――当然のように眼鏡を外した。
 まるで変装でも解くように。
 それだけで印象ががらりと変わった、気がした。
 唯一その相手と面識のできていたシュラインが、漸くその相手の名を呼ぶ。
「…本宮助教授」
 …大学部電子工学科研究棟の倉庫に居た筈の貴方が、何故そこに居る。
 その事自体が、すぐに呼べなかった――驚いた理由。シュラインが呼んだその名に、セレスティや汐耶にイオ――他の面子も少し驚いた。何故なら、彼当人が現れる直前にもその名はシュラインの口から漏れている。…『Cynical Hermit』の正体ではと思い付いた相手。言われ、皆もまた可能性は無くもないと思ったところ。そこまで導き出されたその時に――そこに現れるか。
 呼ばれ、本宮はもう一度頷く。
「シュラインさんでしたね。そうなると、この場所だ、って事により確信が増す――貴方は『アリア君の事をよく知っている人』になるから」
 つまりは、貴方がここに居ると言う事は――貴方と同じく『白銀の姫』について調べている者がここに居る――もしくは居た事にもなりそうだから。
「…実はここのところ、折を見て学園内を探していたんですよ。なるべく『Tir-na-nog Simulator』の近くになる場所で…PCの置いてある場所を。…どうも、『僕から全然見えない人が居る』んでね。この『白銀の姫』に関する外部の動き方…何処かで誰かが大局的な位置で音頭を取ってるんじゃないかって思えるんだけど…その誰かの顔が僕には全然見えてこない。でも不自然じゃないんだよ。ごくごく自然に居ない。でも誰か黒幕みたいな人が居ると考えた方が――色々と腑に落ちるんだ。だけど、いざ探ってみても誰も何も出てこない」
 で、そこまで隠れられるとね、余計に――気になって。
 ひょっとして、以前からの知り合いじゃないかって気までしてくるから。
 五年前に知り合った――僕にとてもよく似ていたあの子なんじゃないか、ってね。
「…五年前?」
「そう。その時にね、僕の使っていた名前の一つを譲ったんだ。とっても相応しい名前をね。で、その時の子くらいしか――ここまで隠れられるような子は僕には思い付かない」
 結構色んな奴を知ってるけどね。ここまで地味に繊細なのはなかなか居ない。経路をクラッシュさせてどさくさで逃げたり、すぐバレるような擬装しか出来ない奴ばっかり。
「…」
 五年前。
 それは――牙黄からのメールの中にあった、『Cynical Hermit』の正体が割れ掛けたと言うその時期と合致する。
 本宮はそこまで話すと、PCルームの中に入って来た。皆の居る場所――水原の使用していた筐体の見える位置にまで回ってくる。…制止は出来ない――制止する為の、説得力のある理由が俄かに見付からない。
 制止した方が良いと思うのに。
「――本宮助教授と仰いましたよね」
 皆が思ったその時、セレスティが声を上げる。…咄嗟に制止の意味も込めたのだが、効いたかどうか。
「君がその――『見えない方』を探すのはどのような理由からなのでしょう?」
「気になるからですよ。知り合いかもしれないんですからね」
「気になるから、ですか。…ですが君は『白銀の姫』のプログラム修復の為――お忙しい身なのでしょう。そんな本当に居るかどうかもわからない相手を探しているような余裕があるのですか」
「これもまた『白銀の姫』と関係ありますよ。…外部から見て――つまりは僕の方とは違った角度から一番詳しく『白銀の姫』を見ているブレインがこの子だと思いますからね…と。それは建前で」
 言いながら本宮はひょいと筐体――メールが表示されていた画面を覗き込む――覗き込もうとする。その刹那セレスティがメールボックス自体を閉じようと操作を試みた。けれど殆ど同時、すかさず本宮の手ががっちりとセレスティの手を押さえて止めている。…遠慮のまったく無い行動。メールボックスは――結局、閉じられていない。
 そしてそのまま――転送されたタイトルだけの空メールを確認し、本宮は嬉しそうににっこり微笑む。
「当たりみたいだ。ここに『Cynical Hermit』が居たんだね」
「いったい、何を仰っているのです」
「…て事は、貴方じゃない、か。それともわかっていてしらばっくれてるんでしょうかね――まぁどちらでも良いですが。こんなところに『Deus』の名前が――『Deus』からこんなに親切な形で警告が来るくらいの間柄なら、あの子は『機械仕掛けの神様』の子飼いって事になるんだろうし。だったらすぐに候補は絞れるからね。…たまには自分の足も使ってみるもんだ」
「…親切?」
 訝しげに、汐耶。
 と、本宮はそれを聞き皮肉げに口の端を上げて見せた。
「それは親切でしょう? わざわざ直通じゃなく無関係の別人を経由させて、誰より大嫌いな相手が絡んでる事を教えてあげてるんですから。それも最低限の言葉だけを使って余計な事は書かずにね。『Cynical Hermit』、この名前だけ出せば全部わかる。その上に思い出せと命令形。ならば気付かぬ訳がない」
 ――『この名前だけはあの子にとって、僕と自分と両方を指す』。
 あっさりと言ってのける本宮のその科白に、シュラインは目を細めた。
「じゃ、やっぱり貴方が――」
「その通り。僕があの子の前に『Cynical Hermit』を名乗っていた者ですよ」



「…その反応って事は、やっぱり大方察してるみたいだよね?」
 再びあっさりとそう告げ、本宮はセレスティが筐体の前から退かしていた椅子に近付き、悠然と腰掛け足を組む。…当然のような仕草で、その場に居座る。
「残念ながら僕の力で作り出せた訳じゃないけど――今の『白銀の姫』の事、知ってた事も利用してた事も認めるよ。あれだけの奇蹟を知ってしまったら放置できる訳がないからね」
 そのままで、本宮はその場に居る四人に向け、続ける。
「アリアンロッド、ネヴァン、マッハ、モリガン、ルチルア――ゼルバーン、クロウ・クルーハ。…知った時には震えたよ。基本的な性格は浅葱君が設定したものだったけど、それだけでは到底有り得ないだけの知能を情緒を身に付けていた。本来の『Tir-na-nog Simulator』程度の演算能力ではこなせる訳が無い程の精密さと繊細さを持ってね。そう、もう人間と見紛う程の」
 指折りNPCの名前を――それも特に個性ある自我を持ったNPCの名前を挙げ、嬉しそうに続ける本宮。その姿を見、シュラインが口を開く。ややきつい口調になってしまったのは――仕方無いだろう。
「だったら、アリアちゃんが来るまでアクセス不能だったと言うのも――」
「半分嘘で半分本当。…IO2が来るまでは――僕だけは普通にシステムにさわれていたよ。『Tir-na-nog Simulator』は僕が一人で居る時は抵抗しなかった。誰か他の人が一緒に居ると、アクセスを拒絶した。あれだけの人数が同席している中でアクセスを許したのは、アリア君が来てからが初めて」
 そう、そのアリア君にも驚いたな。姿を見ただけでも驚いたのに――事情を聞いたらもうね。アリアンロッドがそこまでする――そこまで出来るとは思わなかったから。それに、こちらの世界に来たあのアリア君をよく観察させてもらえばね、既に彼女はアリアンロッドとも違うんだ。環境の違いなのかな? 存在する場所に対するアドバンテージがあるか…主導権を持っているかいないかの違いもあるかもしれない――とにかく、明らかに違う形に成長してる。…アリア君に会いに来る人たちの――多分、貴方たちのおかげなんだろうね、きっと。
 そこまで独白し、有難う――と、何の衒いも無く、本当に嬉しそうにあっさりと礼を言ってくる本宮。
 さすがに、面食らった。
 無策で追いかけるのは危険だ――正体を辿ればそこまで言われる程の『性質の悪いハッカー』とやらが、ここまであっさり事件への関与を認めた上で――そう来るか。
「じゃあ、あれは…」
 アリアちゃんの心に刺さるような言葉をわざと聞かせていたその理由は。
 思わず上げられたシュラインの声。…先程大学部に行った時。『白銀の姫』のプログラムをどうしているか、まだ仮面を剥がす前の本宮助教授に聞いた時――その後。浅葱君が居ればなと、アリアにわざと聞かせるような言い方でこれ見よがしにぼやいて見せていた。…アリアも浅葱の名にびくりと怯えたような反応を見せていた。
 本宮は苦笑する。
「優しい優しい貴方たちじゃ、どうせ彼女に負の感情を教えてあげるつもりはないでしょ?」
 だからわざと意地悪してた訳。
 世の中聖人君子ばっかりじゃないからね。このくらいならちくちくやっても許容範囲かなって程度だけ敢えて僕がやってみてただけだよ。浅葱君の死は彼女にとって相当重い試練になる。でもそれにも耐えられそうなんだから――あの子は凄いよ。
 育て甲斐がある。
「…」
「それが、理由ですか」
 ぽつりと汐耶。
 …アリアのような、NPCの自我とその成長を見たい。それが、『白銀の姫』の事を知っていながら止めようとはしなかった、それどころか利用した理由か。
「それ以外の何があると思うのかな? …ああ、IO2みたいにもっとそれっぽい御大層な大義名分掲げないと駄目かな? もしくは虚無の境界みたいに世界の破壊の為にとでも言った方が説得力あるように聞こえる?」
 何でもないように本宮はそこまであっさり言う。
 …それらの存在まで、承知か。
「僕は可愛い可愛いあの子たちを本当の意味で『生きられるようにして』あげたい、それだけしか考えてないんだけどね?」
 ま、とにかくそんな訳で、僕の出来る程度――開発者権限でのログインと確率の操作だけ、暗躍…とも言えない程度の簡単な介入だけ、やらせてもらってたんだけどね。
「…ならば、今わざわざ我々にそれらの事を明かしているのはどう言う理由でなのでしょう?」
 君がこの事件を起こした元凶――少なくとも元凶になる一つの要因だと言うのなら――我々が君を放置できるとお思いですか。
 NPCに生まれた自我を育てる、そこまではまぁ良いでしょう。ですがその経過で――人間をゲームの中に取り込んでしまう事を許し、現実世界へゲーム内の世界を浸食させる事すら許してしまった――そこを看過出来る程我々はお人好しではありませんが。世界が壊れては日常生活に支障が出ますし、我々の身内も――直接迷惑を被ってしまっているんですよ。
 セレスティの厳しいその言葉に、本宮は静かに頷く。
「でしょうね。…見逃してもらおうなんてそこまで甘い考えはないですよ――ただ、ここで貴方たちに言うのなら少しの猶予は頂けると思いましてね。…力関係からしてラスボスとまでは言えませんが、一応僕が悪役だったって教えた方が皆さんにも都合はいいでしょうから交換条件みたいなもんです。って言ってもIO2の連中にいきなりそれバラしたら殆ど状況わかってない癖に先走って僕の身柄押さえに来るでしょうからそれは困る訳で」
 そうなったら今後の対策の立てようがなくなりますから。
「…だからこそ『Cynical Hermit』を密かに探してた訳なんですけどね。…この子が首突っ込んでるとなれば――他の連中に話すより余程気心知れてる相手ですから、こちらも打ち明け話はし易い。それにあの子は僕をとことん嫌ってる――つまりとことん嫌えるくらい僕の事を知ってるから、その事が逆に皆さんに対する信用にも繋がると思いましたしね。あの子の性格からして――あの子の周りに居る人たちなら、ある程度融通が利いてくれそうだと思っただけですよ」
「…では、君は今は――この騒ぎを止める側に回るつもりだと?」
 セレスティの声に猜疑が混じる。…それは当然。
 が、本宮はそれも気にせずまた当然のように頷いた。
「ま、そんなもんですね――このままだとじきにクロウ・クルーハが取り返しの付かない事をするだろうから、まずはそれを止めなきゃならないと思ってますよ」
 いや、クロウ・クルーハと言うより――黒崎潤って言った方が通りが良いかもしれませんね? 前回の不正終了前過去世界の最期の瞬間クロウに憑かれた最後の勇者の名前なんですが。
 今は…クロウに憑かれたと言うよりもう融合して同化してしまってるんですけどね。
「――!?」
「――な」
 …『クロウ・クルーハ=黒崎潤の可能性』。
 実際、イオ以外のこの場に来訪した三人は少し前にアスガルドでそんな話もしてはいたのだが――今、それだけでは済まない聞き捨てならない事まで本宮は言わなかったか。
「――…前回の不正終了前、クロウに…憑かれた?」
 茫然と呟くシュライン。
 にも拘らず、本宮は相変わらず平然と肯定している。
「うん。当時、実際の演算処理過程直接見てたんだけど、クロウが自発的に行動して黒崎君のデータに融合掛けててね。何を思ってかは想像に頼るしかないが――『自分自身のままではどうにもならない』と判断した事があったんだろうね。それで最後の瞬間、自分の前に最後まで立ちはだかっていた勇者と融合した。プログラムの通りに攻撃し殺そうとする代わりにね。そして次の世界――今のアスガルドでは融合したそのままで存在する事が叶ってる」
「じゃあ――」
 黒崎くんの様子が、ずっと何処かおかしかったのは。
 その身に――その意識に、クロウ・クルーハが融合していたからなのか。
「…どうも、貴方たちにも心当たりはあるみたいだね。だったら僕が言いたい事も察してくれそうだけど」
 僕が今ここに来て貴方たちに打ち明けた本当の理由は、そこだ。
「何を思ってかは想像に頼るしかないが――今のアスガルドでの黒崎君の――クロウの行動を逐一見ていれば、その想像は容易に出来るんだよ」
 …つまりは自我が生まれて結果、信じられないくらいイイ子ちゃんになってるって事だ。
 自分の存在が悪として造られた事自体に、怒ってる。でも、怒っているのに――目の前の、今にも自分に止めを刺そうとしていた勇者すら殺さなかった。
 そして――創造主を、自分の親を――浅葱君を憎む事を選んだ。
 見付けたら多分殺しに行くだろうね。クロウなら目的の為に力の行使は厭わない。
 …ただ、元々の性格設定からの行動予測が――女神や他のNPCと違ってクロウの場合は特に難しい。黒崎君と融合した事が関係してるのかもしれない。…行動予測がし切れないんだ。
「どう出てくるかわからないからその為に一応、確率操作して安全弁も作っといたんだけど、それで効くかどうかは出たとこ勝負にするしかないからね」
 本来の邪竜の巫女がその役目を放棄している――って言うかクロウ自身に騙されて誤魔化されてしまっている以上、その巫女としての役目は別の誰かに託すしかないから。さすがに完全に同一の存在を別に作れはしないけど、ただの冒険者のデータでも…性質を邪竜の巫女にかなり近付ける事は可能でね。やるだけやってみてはある。
 ゲームシステムに則る限り、邪竜の信用を得られ、その上で邪竜に物申せるのは邪竜の巫女だけだから。
「…そんな事まで」
「真咲誠名――真咲さん、って言う人ね。商人風の男装してて、ショットガン持ってるボーイッシュな女の子。取り込まれてる冒険者の中で一番やり易かったから確率いじってそう設定させてもらった。好都合な事に行動からしてただ遊びに来てるって風でも無かったし、それで冒険者の立場ならクロウの行動を黙って見過ごしはしないでしょ。中々、こう言ったまともじゃない事柄に詳しそうな子でもあるみたいだしね。…出来そうだったらこちらの意図を教えた上で合流して動いてやってもらいたいんだけど」
 黒崎君の名に反応するって事は、貴方たちは今のアスガルドにも行ってるんだよね?
「…本当に、本気なんですね」
「僕はいつでも本気だよ。IO2が来る事を許したのだって――『Tir-na-nog Simulator』が壊されたら元も子も無くなるのはわかってるから、守ってもらおうと思っただけだし。…僕個人ではこう言った場面で役に立ちそうな拠点防衛能力は全然無いし、当然戦闘能力も無い。大学の助教授なんて立場では荒事向けな人海戦術なんか使えないからね」
 それに、ゲームプログラム自体の不正終了の方――穴は取り敢えず現在進行形で皆で塞いでるけど、これもそろそろ本人叩き起こしてやらせた方がずっと効率良いとも思えて来たし。だから『Tir-na-nog Simulator』の方から――アリア君のところから離れてみたってのもあるんだけど。
「…え?」
「いや、向こうには――『Tir-na-nog Simulator』の方にはアリア君とか協力してくれてる子たちがちゃんと残ってるし、アスガルド側との繋ぎならここからでも貴方たちでも付けられる。アヴァロンの王墓内にセーブポイント設定してある『記録の碑石』も渡しておけるし、入ったらすぐ飛んで欲しいんだ」
 ――んで、浅葱君を叩き起こしてくれれば、今以上に動きようはある。
「…ってあのそれ」
「うん。浅葱君は実はアスガルドの中に居る。今のところアリア君に教える気は無いけどね」
「…アヴァロンの王墓――浅葱君」
 セレスティの確認するような呟きに、本宮は頷いた。
「多分…IO2の連中が言ってた核霊ってのになるんじゃないかって思いますよ。…アスガルドの中に居るのに、浅葱君だけは殆どプログラム中のデータの形では存在してませんでしたから。魂だけって奴なのかもしれない」
 だから、余計危ないと思いまして。
 ――核霊が殺されたら、消されたら、その異界は壊れるんでしょう?
 だから僕も、今更ぶっちゃけてお恐れながらと貴方がたの前に出て来た訳で。
 異界の核霊とやらになる『創造主様』をクロウに殺させてしまったら全部が全部台無しになる事は簡単に予測が付くから。ここまで育った可愛いあの子たちの自我も何もかも。
 そして同時に、今異界が壊れたら取り込まれた人間は不正終了を待つまでも無く取り込まれたまま消滅する。現実世界への浸食だってどうなるかわからない。それは浸食が止まって丸く収まる可能性もあるでしょうが――その逆、取り返しが付かなくなる可能性だってある。
 …『こちらの世界』ではわからないのが『向こうの世界』の理なんですから。
 なら、僕と貴方がたの利害は当面、一致するでしょう?

「ブリテンならぬアスガルドの危機に折角甦ってくれてる『アーサー王』を殺させる訳には行かない――皆さん、そうは思われませんかね?」

【呪いに因らぬ不在〜神聖都学園高等部PCルーム 了】


×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■4146/玖渚・士狼(くなぎさ・しろう)
 男/18歳/大学生/バーテンダー

 ■2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、公式外の登場NPC

■於、オープニングから
 ■水原・新一(Aqua/...Cynical Hermit)
 ■ダリア

■於、神聖都学園
 ■イオ・ヴリコラカス
 ■本宮・秀隆(Cernunnos/Puppeteer/...Cynical Hermit)

■於、草間興信所(=綾和泉汐耶様個別部分に登場)
 ■鬼・凋叶棕
 ■エル・レイ
 ■更科・麻姫
 ■真咲・御言

■於、ネットカフェ(=綾和泉汐耶様個別部分に登場)
 ■香坂・瑪瑙
 ■双葉・時生
 ■店長
 ■鬼・丁香紫

■於、ネット経由&名前だけ
 ■遠山・重史(Ice)
 ■牙黄(Ivory)
 ■Deus/未登録。水原新一の職業説明欄に記載の『元教え子の社長』当人。=『機械仕掛けの神様』。
 ■真咲・誠名/邪竜の巫女のコピー的能力設定がされてしまった冒険者。本宮秀隆の干渉が原因と判明。
 ■幻・美都/三下忠雄にくっ付いてって女神モリガンの勇者中。名前が引き合いに出されただけ。

 …場面毎記載。無駄に多くなりました…。

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 皆様、発注有難う御座いました。
 今回は…時期を考えた結果、少々先に想定していた事まで詰め込んでしまいましたので…文字数がまた(汗)只事では無くなっている気がします。…なのでライター通信は極力省略の方向で…。
 取り敢えず、某様にプレイングで本宮側本格的に突付いて頂けた事もあり(実は今回のOPではダリア側だけしか突付いて頂けないかと思っていたので嬉しい誤算でした)、次回募集相当分で手前で広げた風呂敷分だけは何とか畳めそうなところまで持って来れました。
 上手くやれば期間内にまともに決着出来るかもしれません(おい)
 て言うかその辺り考えたら思いっ切り『続く』になってしまいました。何だか当方の発言の信用出来なさ振りがどうしようもないくらいに露呈しております(汗)

 今回は玖渚士狼様と朔夜・ラインフォード様が全面共通、他の方が共通と個別のある形になっております。…宜しければそれら個別部分含め皆様の分を見て頂けますと、今回の筋はまた違った形に見る事ができるかと思われます。

 少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば幸い。
 お気が向かれましたら、次回も宜しくお願い致します(礼)

 …ちなみに、次回(上手く行けば当方の決着編)の舞台は現実世界とアスガルドの両面になると。
 そちらのOPその他用意はできるだけ早くする予定です。

 深海残月 拝