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<東京怪談・PCゲームノベル>


秋深し、寿天苑

 空が高い。つけっぱなしのテレビからは、紅葉だの秋の行楽だのと楽しげな言葉が聞えてくる。中庭に面した縁側に寝転んだ少女は、ふう、と溜息を吐いた。
「秋…なんじゃろうなあ、やっぱり」
 池に居た白い川鵜がこちらを向いて首を傾げたのは、多分、少女の声がやけにつまらなそうだったからだろう。天鈴(あまね・すず)は、実際かなり退屈していた。理由はいくつかある。最近これと言った事件がおきない事。この寿天苑の管理人としての仕事である、『散逸した収蔵品回収』がちっとも進んでいない事。だが。一番彼女を退屈させているのは…。
「いつも春じゃと言うのも、これまた風情の無き事よ」
 ふうむ、と考えていた彼女だったが、ひょこりととび起きると、軽い足取りで蔵に向って行った。
「ふっふっふ。便利な品も、使わねば単なるお荷物ゆえ」
 戻った鈴が手にしていたのは、大きな『すごろく』一式だった。その名も、『四季の旅すごろく』。身代わりコケシを使って遊ぶ、不思議の『すごろく』なのだ。春、夏、秋、冬の四つの盤が収められた箱から、鈴は迷わず秋の盤を取り出した。と、その時。結界が、揺らいだ。
「はて、誰であろ」
 ぴょこりと起き上がり、桃の枝の向うを見た。さらりとした黒髪、そして翠の瞳をした女性には見覚えがあった。

「うわ〜、話には聞いてたけど…」
 藤井葛(ふじい・かずら)は、辺りを見回して溜息を吐いた。
「外は木枯らし吹いてるってのに」
「春爛漫、であろ?」
 何時の間にか目の前に立っていた少女を見て、葛はにっこり笑った。
「久しぶり。言われた通り、来て見たよ」
「らしいのう」
 少女も嬉しそうに笑う。彼女、天鈴と出会ったのは、少し前の事だ。まだ、夏の盛りだった。今は、秋。それも、終りに近い。
「はい、お土産。栗大福だよ」
 と包みを渡すと、鈴がおお!と声を上げた。振り向いて、屋敷の中に声をかける。
「玲一郎!お客人じゃ!」
 そして、二人は桃の枝を潜って、庭に入った。

「ここはのう、古今東西の不可思議な品々を集めた、まあ蔵のような場所だったのじゃ。これは、その蔵に収められていたうちの一つ」
 縁側から上がってすぐの座敷に広げられた、一枚の盤を前に、鈴が言った。
「すごろく?」
 と聞くと、鈴が頷く。何でも、秋を堪能するすごろくなのだそうだ。
「ふうん、何だか面白そう」
 やってみるか?と鈴が聞き、葛は頷く。溜息を吐いたのは、茶を淹れて来てくれた玲一郎(れいいちろう)だった。どうやら既に何度も、付きあわされているらしい。外見年齢は、葛より少し上くらいに見えたが、力関係は間違いなく姉と弟のようだ。

「それでは、わしと葛殿、玲一郎と深織の組に分かれるのでよろしいかな?」
「いいです」
 と返事したのは、丁度良く苑を訪れた、佐生深織(さしょう・みおり)だ。葛とは初対面だったが、よく訪れる客の一人だと言う。おっとりとした感じの女性だ。
「では、これに」
 鈴が差し出した身代わりコケシに、皆それぞれ、息を吹きかけて最初の目に置いた。始めにサイコロを振ったのは、深織だった。出目は、6、6のゾロ目で、12。
「12進ム」
 とどこからか声が聞こえて、玲一郎と彼女のコケシがすすすと進む。
「コマ動かさなくて良いんだ」
 感心する葛に、鈴がサイコロを渡してくれた。
「こちらの番じゃ」
「よーし!」
 腕まくりをして、サイコロを振る。せめて同じ数だけ、と思ったが、1つ負けた。出目は5、6の11だ。声が聞こえて、コケシが進む。鈴が悔しがるかと思ったが、意外にもほう、と面白そうな顔をして、
「早速お楽しみじゃ」
 とにやりと笑った。何の事かと聞き返そうとしたその瞬間、葛は青い空の上に居た。
「…あれ…?」
 どこまでも青い空。爽やかな風。そして足元には…
「うわっ」
 葛が思わず足を上げたのも無理は無い。足元にはある筈の地面も床も見当たらず、深い森の緑が広がっていたからだ。
「透明になっておるだけじゃ。案ずる事は無い、葛殿。ここは、紅葉乃塔じゃ」
 鈴に言われて、辺りを見回す。だが、ゆったりと広がる森はどこも深い緑で、紅葉など見当たらない。葛の内心を察したのだろう、鈴が大きく頷く。
「そうじゃ。今はまだ。が、すぐに始まる。…それ、あの地平を」
 彼女がつと指差した先を見て、葛は翠の瞳を細めた。光の加減だろうか。地平近くの緑が、ふと薄くなったように見えたからだ。だが、それが紅葉の始まりであった事に気づくのに、そう時間はかからなかった。薄らいだと思った緑はほんのりとした黄や赤に色を変え、瞬く間に葛の足元に至り、遠く反対の地平に通り抜けて行ったからだ。息をも吐かせぬ速さに、葛が感嘆の息をもらすのを、鈴が楽しげに見ている。一旦色を変えた森は、やがてじんわりと色を濃くしていく。残った緑はきっと、常緑樹だろう。赤にも様々、黄にも様々あり、同じ色は一つとてない色彩は、鮮やかであっても柔らかで、思わず飛び降りてみたくなるくらいだ。
「何だかさ、不思議だよね」
 地平近くまで織り成された紅葉の絨毯を眺めながら、葛はぽつりと呟いた。
「だってこれから寒くなるって言うのに、森はこんなに暖かそうな色になるなんてさ」
 振り向いた鈴がくすっと笑ったその途端、葛は再び元の座敷に戻っていた。
「どうでしたか?紅葉の塔は」
 と言ったのは、玲一郎だ。その隣では深織がいいなあ、と不満そうな顔をしている。
「私も行って見たかったなあ、紅葉乃塔。通り越しちゃうなんて、勿体無い!しかも、その次のも通り越しちゃったのよ?信じられない〜〜〜〜」
「次のって?」
「文字が書いてある目が、所謂イベント目なんですよ、このすごろく。ほら、葛さん達がとまったのが、紅葉乃塔」
 と説明してくれた玲一郎たちのコケシは、現在最初から数えて17個目にある。その1つ後ろ、1つ先は両方ともイベント目になっていたから、よりにもよって何も無い目に止まってしまったという事になるだろう。1を出すのはシステム上無理だから、止まれるイベント目はゴール直前の1つしかない。
「なるほど」
 頷く葛に、鈴がサイコロを渡してくれた。
「わしらの番じゃ。深織には悪いが、面白い所を頼むぞ?葛殿」
 意地悪く言う鈴に苦笑しつつ、振る。出目は、5と2で、7。素早く目を数えた深織が、いいなあ!と羨ましそうに声を上げた。
「7進ム」
 と言う声と共に、コケシが動き、そして止まった。そこは…。
「えーと、秋乃あ…」
 までしか、多分玲一郎たちには聞えなかっただろう。気がつくと、葛は激しい嵐の中に放り出されていた。
「…秋乃…嵐…」
 まあ、書いてあった通りだ。激しく吹きつける雨、風。鳴り響く雷。その稲光でようやく鈴を見つけた葛は、大声で
「ねえ!ここは何が起きるの?!」
 と聞いた。髪も服もびしょびしょだ。まさかと思うが、これで次の番が回ってくるのを待つなんて事は、と不安に思いかけたその時。がらがらびしゃん!と言う絵に描いたような雷鳴と閃光と共に、何かがどーん!と目の前に落ちてきた。いや、多分、降りてきたのだろう。影は、二つあった。どちらも見上げるばかりの背丈をした、大男だ。筋骨隆々、大きさもそうだが、肌色も人のそれではない。かと言って、鬼、と言う訳でもなさそうだ。
「あなた達は…もしかして」
 ぽかんと見上げた葛に、大きな袋を担いだ方がまず、叫ぶ。
「我は風神!」
 続いて、大きな連太鼓を背負ったのが、叫んだ。
「我は雷神!」
「…俺は、藤井葛だけど」
 つられて名乗ると、鈴がぷっと吹き出した。だがそれに葛が文句を言うより早く、風神が叫んだ。
「いざ、勝負!丁か半か、当てれば運ぶぞ!」
「負ければ、戻すぞ!」
 何の事かと思っていると、鈴が説明してくれた。
「賽の目勝負じゃ、葛殿。ここではな、風神雷神と賽の目勝負をするのじゃ。丁か半か、選ばれよ、葛殿」
「なるほど。…それじゃあ…」
葛は二人の神様を見上げ、通る声で叫んだ。
「半!!」
「承知いたした!…いざ、勝負!!!」
 と壷を振ったのは、風神の方だ。緊張の一瞬が過ぎ、そっと壷をどける。出たのは、3と4。半だ。やった!!と葛がガッツポーズをし、鈴が嬉しそうに飛び跳ねる。反対に悔しがったのは、雷神だ。
「くうううっ!!またしても!!」
 と彼が地を叩くと、ぽん、と雲が沸き起こった。鈴がまずぴょんとそれに乗り、葛も慌てて続く。二人が乗ったのを見届けると、風神が袋の口をそっと開いた。突風が巻き起こり、雲をふわりと舞い上げる。渦巻く風は一つの流れとなり、
「行け!」
 と言う風神の声を背に、凄まじい勢いで、飛んだ。周囲は夜のように暗く、時折、木の葉が舞った。気持ちの良い風が葛の黒髪と鈴の白い髪をさらう。
「ジェットコースターみたい!」
 葛が叫ぶと、鈴も笑った。そうして二人は闇の中を飛び続けた。行く手にぽっかりと開いた青空を見つけるまで、どれくらいかかっただろうか。ぽん、と青空の中に放り出された、と思った瞬間、葛はその青空の中に着地していた。床の見えない、あの塔だ。
「最初に戻った…訳じゃないよね」
 きょろきょろと辺りを見回す葛に、鈴が無論、と頷いた。
「ここは上がりの目じゃ」
「上がりの目、って事は、こっちの勝ちって事?」
「そうじゃ。ここはな、季節の変わり目。秋の終りで冬の始まりの目なのじゃ。ほれ、既に山々は染まって居るであろ?」
 鈴の言う通り、山々は赤や黄に色を変えており、どこまでも緩やかに続く錦が眩しい。それにしても、季節の変わり目、とは。何だか駄洒落みたいなネーミングだ、と思ったその時。鈴の背後の地平が、ざわっと揺らいだ。紅葉乃塔でも似た雰囲気を味わったが、それとは少し違う。
「あれは…」
 風だ、と気づいたのは、微かに地平が煙るのが見えたからだ。ふと気づくと、鮮やかだった山々の色は何時の間にか乾いた茶に変ろうとしており、耳を澄ますと乾いた音が聞えるようだ。風はそれらを激しく揺さぶり、舞い散らせて駆けて来る。
「木枯らし…?」
 鈴は何も言わず、その間に風は葛の足元に押し寄せ、去った。残ったのは、全ての装いを取り払った木々の枝と、降りてきた闇だ。それは静かで冷たく、澄んでいた。
「冬が、来たのか…」
 呟くと、鈴も頷いた。
「苑の外にも、じきこのような闇が降りてくる」
「冬って、別に夜ばっかりじゃないよ」
「だが、昼と夜の長さは逆転する。夏は陽の中に影がさし、冬は闇の中に光がさす」
「…なるほど」
 ふむ、と頷く葛を見て、鈴が満足げに微笑む。
「外が冬になれば、この双六もそろそろ終いじゃ」
「そっか。じゃあ、俺が最後の客かな」
 多分、と鈴が言う。だんだんと白く霞んでゆく景色を名残惜しげに見送る彼女の隣に、葛も腰を下ろした。この景色が消えれば、また元の座敷に戻るのだろう。
「戻ったら、栗大福食べようよ」
 思い出して言うと、鈴も嬉しそうに頷いた。

<終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1312 / 藤井 葛(ふじい・かずら) / 女性 / 22歳 / 大学院生】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)
佐生 深織(さしょう・みおり)

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■         ライター通信          ■
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藤井 葛様
このたびはご参加ありがとうございました。ライターのむささびです。夏のゲーノベに続いて二度目となりましたが、秋のすごろく、お楽しみいただけたでしょうか…?
場合によっては玲一郎組でも、とおっしゃって下さったのですが、葛嬢が最後のすごろく参加者となりましたので、NPC三人と遊んでいただきました。すごろくの後は、ゆっくりお茶を飲んで行っていただいたようです。その際、風に飛ばされた桃の花びらが一ひら、葛嬢の服の襟元に入ってしまったようです。大した役には立ちませんが、そのまま、お持ち帰りいただければ幸いです。それでは、再びお会い出来る事を願いつつ。

むささび。