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The Hunter and The Game
〜 遭遇 〜
とある山中の工事現場で起きた、謎の生物による連続作業員襲撃事件。
その犯人(?)の正体が、この工事によって住処を破壊された妖孤であることを突き止めた唯崎紅華は、妖孤を説得し、また保護するべく、一人夜の工事現場に向かっていた。
すでにこういった事件を幾度も解決してきている彼女にとって、それは決して難しい仕事ではないはずだった。
ところが、紅華が妖孤のもとに辿り着いた時、そこにはすでに先客がいた。
怒れる妖孤の炎が、その人物の姿を照らし出す。
外見から判断する限り、年は恐らく二十歳前後。
金髪は炎を受けて妖しく輝き、青き双眸には狂気の光が宿っている。
彼が何者なのか、また、何故妖孤がこれほどまでに怒っているのか。
そこまではわからなかったが、このままでは大変なことになるのは明らかだった。
慌てて止めに入ろうとする紅華の目の前で、炎の壁が一気に狭まり、男を包み込もうとする。
しかし、男はその壁を一瞬で――文字通り、炎が引火する暇さえないほどの速さで――突っ切ると、逆に妖孤の首根っこをつかんで地面に叩きつけた。
どうやら、危機に瀕しているのは男の側ではなく、妖孤の側らしい。
それに気づいた紅華は、男に向かってこう叫んだ。
「何をやってるんですか!?」
その言葉に、男は薄笑いを浮かべながら答える。
「見ての通り、狐狩りですよ。近代イギリスにおける紳士のスポーツです」
人を食ったその答えに、紅華はついムキになって言い返す。
「でも、その子はただの狐なんかじゃありません!」
すると、男は相変わらずの様子でさらりとこう切り返してきた。
「わかっています。私もただの紳士ではありませんから」
腹の立つ相手ではあるが、彼を言い負かすのはなかなか骨が折れそうだ。
そう考えて、紅華は正直に事情を話してみることにした。
「私はその子を説得し、保護するために来たんです。
どうかその子をこちらに引き渡して下さい」
その言葉に、男は少し不愉快そうな顔をする。
「人の獲物に手を出すつもりですか?」
それから、彼は一度小さくため息をつき……やれやれといった様子でこう続けた。
「まあ、構いませんよ。
妖孤と言ってもこの程度の小物、歯ごたえがなくてつまらなかったところですし」
つまらなかったから、もういい。
ということは、この男はただ自らの楽しみのためだけに、こんなことをしていたというのか。
紅華はそのことに強い怒りを覚えたが、今は妖孤の保護が先決だと自分に言い聞かせ、ここは穏便に済ませることに決めた。
けれども、男の方には、また違った考えがあったようだ。
「あまり紳士的ではなくなってしまいますが、あなたを狩った方が楽しめそうだ」
その「あなた」が指すと思われる相手は、この場には紅華しかいない。
「冗談……ですよね?」
「そう思いますか?」
男のこれまでの言動、そして顔に浮かぶ凶悪な笑み。
その全てが指し示す答えは、一つしかなかった。
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〜 狩猟 〜
「さあ、始めましょうか」
男はそれだけ言って、黙って紅華を見つめた。
どうやら「先に仕掛けてこい」ということらしいが、相手の力量もわからない状態でそんなことを言われても困る。
勝ちに行くだけなら「いきなりバズーカで吹っ飛ばす」というのが一番確実ではあるのだが、事後処理のことを考えるとさすがにそれは使えない。
とはいえ、格闘戦を挑むなどというのはどう考えても自殺行為に等しい。
そうなると、やはり、遠距離からの銃撃でどうにかするより他ないだろう。
紅華は9ミリ口径の銃を取り出し、銀弾を装填して引き金を引いた。
相手のスピードを考えれば、当てる場所までえり好みしてはいられない。
胴体の真ん中を狙って撃って、結果的にどこかに当たってくれればいい。そう考えていた。
それとほぼ同時に、男が動く。
左斜め前へと飛び出すことで、銃撃を避けつつ間合いを詰めるつもりらしい。
紅華は力場に干渉して弾道を曲げながら、二発目を撃つ。
と、そこで予期せぬ事が起こった。
一瞬にして、男の姿がかき消えたのである。
紅華が事態を把握するより早く、男が紅華のすぐ目の前に姿を現す。
それが何を意味するのか、理解する暇さえない。
気づいた時には、紅華が手にしていたはずの銃は、男の腕の一振りによって弾き飛ばされていた。
速い。思ったよりも遙かに。
男がその気になれば、銃を弾き飛ばすかわりに、紅華に攻撃することもできたはずだ。
それをしなかったということは、彼にはまだこの戦いを終わらせるつもりはない、ということだろう。
紅華に勝機があるとすれば、まさにそこしかなかった。
確かに、身体能力では彼に遠く及ばないかもしれない。
だが、つけいる隙はある。
彼が丸腰であることと――圧倒的な力故の、彼の油断だ。
一度後ろに跳んで間合いを取り、効かないことを承知で、今度は38口径の銃を連射する。
これほどの相手との戦闘は想定していなかったため、装填してあったのは通常の弾丸だ。
その七発の弾丸を、男は全く避けようとはしなかった。
そのかわりに、彼はその全てを左手で無造作に受け止め、不敵に笑う。
「そんな豆鉄砲で私を仕留められるとでも?」
余裕綽々と言った様子で、彼はそのうちの一発をつまみ上げ……ほとんど手首のスナップだけで、紅華に向かって投げ返してきた。
避ける間もなく、銃弾が紅華の右の腿に突き刺さる。
「……っ!!」
膝をつく紅華の姿に、男はいよいよ楽しげな表情を浮かべた。
「全弾お返ししますよ。まずは両手両足に一発ずつで……残りはどうします?」
予想通り、すぐ殺されることだけはなさそうだが、これ以上攻撃を受けては反撃するチャンスすらなくなってしまう。
そう考えて、紅華は大急ぎで弾丸を再装填した。
チャンスは一度。
先ほどと同じ銃弾だと思って油断しているところに、神鉄弾と、切り札の神炎滅殺弾を撃ち込む。
「このっ!」
あくまで無策を装って、再び銃を連射する。
男は再びそれを受け止めようとして――最初の一発が触れた瞬間、その表情が一変した。
今さら気づいても、もう遅い。
立て続けに五発の神鉄弾と、二発の神炎滅殺弾が男を襲い――。
「やってくれましたね」
憮然とした表情で、男はそう呟いた。
必殺のはずの攻撃は、男の服の左袖を焼き、左腕を軽く焦がしたに止まっていた。
その左腕すら、男が軽く払うと表面がはがれ落ち、あっという間に元に戻ってしまう。
「効かない!?」
愕然とする紅華に、男はなんでもないことのように種明かしを始めた。
「最初の数発を盾にして弾き返させてもらいました。
まさか、あんな仕掛けがしてあるとは思いませんでしたがね」
男が投げ返してきた銃弾が、今度は左の脚を貫く。
紅華は懸命にその痛みに耐え、銃を再装填しようとしたが、それより先に男が銃を蹴り飛ばした。
残された攻撃手段はもはや重火器の類くらいしかないが、空間操作でそれを取りだし、構え、狙って、発射するだけの時間を、彼が与えてくれるとも思えない。
「狩りは終わりですね。
では、仕留めた獲物の料理に移りましょうか」
その言葉で、実質上の「戦い」は終わりを告げた。
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〜 悪夢 〜
男はきわめて残酷で、狡猾だった。
紅華に決して戦闘不能になるほどの傷を負わせず、わざと拳ではなく平手で打ったり、細いナイフのような形に変化した爪で肌や衣服を浅く切り裂くにとどめたりしながら、確実に紅華の攻撃をさばいていく。
紅華が隙をついて銃を取り出そうとすれば、狙いをつける前にその腕をねじり上げ。
逆に、紅華が倒れたままでいようとすれば、頭や髪をつかんで無理矢理に引き起こし。
格闘戦を挑むか、応じるかするしかない状況を作っては、それを利用してじわじわと紅華をいたぶって楽しんでいたのである。
そこまでわかっていても、紅華には立ち向かう以外に手はなかった。
勝ち目は、恐らく、ない。
とはいえ、抵抗をやめれば、その時こそ本当に終わりだ。
ほとんど力の入らぬ両足で、かろうじて立ち上がる紅華。
しかし、男は無情にもそんな紅華の額に人差し指を当てると、軽く――そう、男にしてみれば、十二分に「軽く」だったのだろう――押した。
それだけでも、今の紅華のバランスを崩すには十分過ぎた。
「どうしました? もう終わりですか?」
倒れた紅華の胸元に片足を置いて、男がつまらなさそうに言う。
「私も、そろそろ飽きてきました。
泣き叫んで命乞いをするなら、命だけは助けてあげますよ?」
恐らく、これが最初で最後の降伏勧告。
恥を忍んで命乞いをすれば、彼はこのまま帰ってくれるのだろうか?
紅華は一瞬そんなことを考えたが、その微かな期待も、男の次の言葉で粉々に打ち砕かれた。
「まあ、あくまで『命だけ』で、それ以外のことは何も保証しませんが、ね」
降伏したところで、今すぐこの地獄が終わる、ということはないらしい。
それがわかると、一瞬頭をもたげかけた降伏という考えも、すぐにきれいさっぱり消え失せた。
「……誰が……そんなこと……」
どうにか言葉を絞り出し、男をにらみつける。
ところが、それは男の思うつぼだった。
「そうくると思っていましたよ。そうでなければ面白くない」
そう言うなり、男はいきなり紅華の首を右手で鷲掴みにすると、そのまま紅華の身体を持ち上げ、近くの壁に叩きつけた。
後頭部を思い切り打ちつけられて、一瞬、紅華の意識が飛ぶ。
それでも男はその手の力を緩めず、紅華の首を絞め続ける。
このまま息が止まるか、それとも首の骨が折れるか。
いよいよ紅華が死を覚悟すると、それを見透かしたように、急に締めつけが緩んだ。
「そう簡単には殺しませんよ。私はあなたの心が折れる瞬間が見たいんですから」
どうやら、男はまだまだ紅華をなぶりものにしたいようだ。
「この、外道……」
「外道で結構。そう言ってもらえた方が私もやりやすい」
紅華の怒りの言葉をあっさりと受け流しつつ、男は右手で紅華の首を押さえつけたまま、左手で彼女の右腕に触れた。
そのまま何度か彼女の腕を軽く撫でた後、おもむろに肘の辺りを掴み――。
激痛に、紅華はたまらず絶叫した。
自分の右腕がどうなっているか、とても確認する勇気は持てない。
だが、大体の想像はつく。
右肘を――握りつぶされた。
痛みと驚き、そして恐怖。
紅華が愕然としていると、男はまるで子供でもあやすように紅華の頭を撫でながら、ぽつりと一言こう呟いた。
「ある連続殺人犯は、相手の両腕の関節を砕き、両足のアキレス腱を切って相手の抵抗を封じたそうですが……私もそこまでする必要がありますか?」
無駄な抵抗をやめなければ、同じ目に遭わせる、ということらしい。
男がそれをためらいなく――それどころか、嬉々としてやるであろうことは、すでに明らかだ。
怖い。
どうやら、つぶされたのは右の肘だけではなかったらしい。
その証拠に、どんなに抵抗しようとしても、腕も、脚も、ぴくりとも動いてくれない。
「なかなかいい顔になってきましたね」
男が満足そうな笑みを浮かべる。
いったい、今自分はどんな顔をしているのだろう?
「たっぷり後悔して下さい。助かるチャンスを自分で捨て去ってしまったことを」
男の手が、今度は右の脚に伸びる。
アキレス腱? 膝? それとも――?
と、その時。
突然、男の背中で炎が上がった。
その予期せぬ一撃に、男は驚いたように後ろを振り向き、いまいましそうにこう吐き捨てた。
「ふん……私が目を離している間に、どこへなりと逃げ去ればいいものを」
男に一撃を加えたのは、あの妖孤だった。
恐らく、紅華を助けようとしてくれたのだろう。
けれど、それは、あまりにも無謀すぎる。
「少しここでおとなしくしていてもらいましょう」
そう言って、男が紅華の首から手を離した。
支えを失い、紅華はそのまま壁に身を預けるようにしてへたり込む。
そんな彼女を見下ろしながら、男はぞっとするような笑みを浮かべた。
「あの小うるさい狐の首をねじ切って、その血で化粧をさせてあげますよ」
このままでは、自分も、妖孤も、殺される。
その死への恐怖と、あの邪悪な男に対する怒りとを糧として、もう一人の自分が目覚めようとしているのを、紅華は確かに感じ取っていた。
もう一人の自分。
戦うためだけの自分。
自分の、大嫌いな自分。
それでも、今はその力に全てを賭けるしかない。
戦わなければ――守れないから。
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〜 逆襲 〜
紅華は立ち上がった。
紅の甲冑と、炎を纏って。
痛みは、もうない。
腕にも、足にも――心にも。
あるのは、ただ、目の前の敵を倒そうという意志のみ。
先ほどの妖孤の命がけの一撃が教えてくれた、男のもう一つの弱点。
戦っている時、あるいは相手をなぶっている時、そのことに集中しすぎるせいで、周囲への警戒がおろそかになる。
現に、今も彼の意識は完全に妖孤の側に向いており、紅華が立ち上がったことにすら全く気づいている様子はない。
ならば。
この隙をついて攻撃をかけ、一気に相手を仕留めるしかない。
紅華は男に気取られぬように彼の背後に回り込むと、炎を纏ったまま彼に突撃をかけた。
間近に迫ったところで、男はようやく紅華に気づいたようだったが、今度こそ手遅れだ。
男は紅華の体当たりをまともに受けて、火だるまになりながら岩壁まで吹っ飛んだ。
とはいえ、問題はここからである。
相手に体勢を立て直す隙を与えるわけにはいかない。
紅華は直ちに男を追撃したが、相手もそれをおとなしく待っていてくれるほど甘くはなかった。
「なるほど、それがあなたの本気というわけですか」
全身についた炎をかき消し、男が不気味に笑う。
その表情に、もはや余裕の色はなく、あるのはただ怒りのみ。
「再び立ち上がったことを、すぐに後悔させてあげますよ」
そう言うが早いか、男は逆に紅華の方に向かってきた。
今の男に、油断はない。
しかし、彼にはそれよりも大きな隙が生まれていた。
純粋な運動能力では、まだ相手の方にやや分がある。
だが、男は怒りに我を忘れているらしく、その動きは直線的で、攻撃もかなりの大振りになっていた。
これならば、どうにか対処できるかもしれない。
自分でも驚くほど冷静に、男の攻撃をいなし、隙を見て炎と拳を叩き込む。
こちらの攻撃はあまり効いているようには見えないし、相手の攻撃が少しでもかすればそれだけで致命傷になりかねない、という状況に変わりはないが、多少なりと紅華が押しているという現実は、少なからず男の冷静さを失わせているようだった。
けれども、それは必ずしも紅華が有利であるということを意味しない。
むしろ、戦いが長引けば長引くほど、状況は決め手をもたない紅華にとって不利になっていくだろう。
かくなる上は、いちかばちか、大技で勝負を決めに行くしかない。
男の渾身の右ストレートをかわし、攻撃を仕掛けるかわりに大きく後ろに向かって飛ぶ。
男がそれに気づくまでの僅かな時間と、追いついてくるまでのもう一瞬。
足しても恐らく三秒に満たない時間だが、欲しかったのはその三秒弱だ。
相手が追いついてきたところに、最大火力の一撃――炎竜滅殺波を、至近距離からぶつける。
「これでっ!」
これならば、一撃で仕留めるとまではいかずとも、ある程度のダメージは与えられるに違いない。
少なくとも、この膠着した状況を打開することはできるはずだ。
こちらの動きを察知した男が、一直線に紅華の方に向かってくる。
紅華の想像していたよりもさらに速いが――今さら、作戦を変えることなどできない!
次の瞬間。
紅華の目の前で、巨大な炎が膨れあがった。
その炎が、見る見るうちに遠ざかっていく。
いや、動いているのは炎ではない。
紅華だ。
紅華が炎竜滅殺波を放ったのと、男の拳が紅華の腹部をとらえたのは、ほとんど同時だったのである。
目の前に浮かぶ火球を、紅華はまるで他人事のように見つめ――唐突に、そこで彼女の意識は途絶えた。
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〜 決着 〜
気がつくと、紅華は瓦礫の中にいた。
すっかり気を失っていたらしく、いつの間にか変身は解けている。
全身が、ひどく痛む。
「……っ……」
どうにかして身体を起こそうとしたが、それすらも叶わない。
それどころか、少しでも気を抜いたら、全身がバラバラになりそうだった。
喉の奥から何かがこみ上げ、むせかえる。
とっさに顔を横に向けると、目の前にいくつか深紅の染みができた。
恐らく、先ほどの一撃で内蔵をやられたのだろう。
即死でなかっただけありがたいといえなくもないが、このままなら、恐らく結果は同じだ。
「助け……呼ばなくちゃ……」
残った力を振り絞って空間操作能力を使い、携帯電話を取り出す。
そして、そのボタンを押そうとした時――視界の外れで何かが動いた。
あの男だ。
全身はひどく焼けただれ、足下も少しふらついてはいるが、それでも、彼にはまだ動けるだけの力が残っていた。
「今のはなかなか効きましたよ……腹立たしいことにね」
静かな、しかし、怒りに満ちた声。
「ですが、今のあなたにとどめを刺すくらいの力は残っています」
一歩、また一歩、こちらに向かって近づいてくる。
万事休す、か。
携帯電話が手から抜け落ち、地面に落ちる。
それを拾い直すだけの力も、もう残ってはいない。
「ちっ!」
不意に、男が足を止め、いまいましげな声を上げた。
見ると、あの妖孤が、ボロボロの身体で懸命に男に立ち向かっている。
男も先ほどのダメージが大きいらしく、なかなか妖孤を捕まえられずにいたが、何度目かの挑戦で、ついにその拳が妖孤をとらえた。
弾き飛ばされた妖孤が、紅華の隣の瓦礫に叩きつけられる。
「揃いも揃って、不愉快な……っ!!」
男はそう吐き捨てると、再びこちらに向かって歩みを進め始めた。
今度こそ、全て終わりだ。
ついに観念して、紅華は静かに目を閉じようとした。
が。
「退きますよ、コーン」
突然、彼の隣にまた別の男が現れた。
外見通りであれば、年齢は二十代後半。
微かな笑みを浮かべたその顔からは、何の表情も読み取ることができない。
「ヘリックス? あなたまで邪魔をする気ですか!?」
せっかくの「狩り」を邪魔されて、最初の男――コーンという名前らしい――が、新たに現れた男にくってかかる。
しかしヘリックスと呼ばれた男は全く動じる風もなく、逆に彼を諭すように言葉を続けた。
「騒ぎが大きくなりすぎました。すでにIO2が間近に迫っています」
「な……!?」
IO2の名前を出されて動揺するコーンに、ヘリックスは顔色一つ変えずにダメを押す。
「中にはいつものお嬢さんもいるようですが……その状態で、彼女の相手ができるのですか?」
「ちっ、よりにもよって」
彼の言う「いつものお嬢さん」がどれくらいの力を持っているかはわからないが、もし紅華が無傷であれば、今のコーンくらいはどうにかできたはずだ。
「退くのなら適当な場所へ転送しますが、どうします?」
さしものコーンも、ことここに至っては、退くしかないと悟ったのだろう。
「この一人と一匹を片づけてから、というわけには……いかなさそうですね。
わかりました。お願いします」
彼が苦々しげにそう言うと、ヘリックスは一度小さく頷いて、二、三語ほどの呪文を唱えた。
たちまち、コーンの姿がぼやけ、消えていく。
その様子を、紅華はただ呆然と見送るより他なかった。
コーンの姿が消えるのを見届けて、ヘリックスは紅華の方に向き直った。
正体も、目的もわからず、感情も読み取れない不気味な相手。
わかっていることは二つ。
一つは、彼がコーンの仲間であるらしいということ。
そしてもう一つは、彼の実力は不明だが、少なくとも今の紅華たちの生殺与奪の権を握れる程度の力は間違いなくあるであろうということ。
このままなら、殺されるか、捕らえられるか。
運良く見逃してくれたとしても、ここに放置されれば、受けた傷のせいで命を落とすか、あるいはIO2に見つかることになり――最近のIO2の動きを考えれば、あまり面白いことにはならないだろう。
とはいえ、無理を承知で助けを求めたところで、この状況で相手がそれを聞き入れてくれる可能性は限りなく低い。
いったい、どうしたものか?
その問いに紅華より早く結論を出したのは、妖孤だった。
どうにか瓦礫の中から抜け出した妖孤は、ヘリックスを敵と認識して飛びかかったのである。
だが、その攻撃が成功するより早く、ヘリックスがその動きを察知した。
彼が手をかざすと、妖孤は空中で凍りついたように動きを止め、やがて力なく地面に落ちて動かなくなった。
「……殺した……の?」
尋ねる紅華に、ヘリックスは首を横に振った。
「眠らせただけです。私には彼を殺す理由がない」
その言葉に、わずかな希望が生まれる。
もしかしたら、彼は敵ではないのでは?
その思いを肯定するかのように、ヘリックスはかすかに口元を緩め、そっと紅華の額に手を当てた。
「あなたも今は眠りなさい。疲れたでしょう」
急速に、意識が遠のいていく。
それでも、不思議と恐怖感はなかった。
次に気がついた時、紅華は工事現場にほど近い公園のベンチにいた。
「……私は……?」
まだ少しぼんやりとしたまま、辺りを見回し、軽く目をこする。
そこで初めて、紅華は昨夜の出来事を思い出した。
身体のどこにも痛むところはないし、腕や脚はおろか、ボロボロになったはずの服にさえ、目立った傷は見あたらない。
けれども、あれがただの夢だったとは、どうしても思えなかった。
あの邪悪の化身のような男との戦い、それから――。
「そうだ! あの子は……?」
見ると、妖孤は紅華の隣で安心しきったように丸くなっていた。
おそるおそる抱き上げてみると、目を覚ましたようだが、特に抵抗しようとはしない。
おそらく、昨日の一件で紅華のことを「敵ではない」と認識したのだろう。
「あなたを、保護します」
紅華は優しくそう告げると、妖孤を抱いて帰路についた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5381 / 唯崎・紅華 / 女性 / 16 / 高校生兼民間組織のエージェント
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
えー……とりあえず、読んでの通りでございます。
ちと加減がわかりませんでしたので、私としてはだいぶおとなしめにしたつもりなのですが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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