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『青い海辺のクリスマス』
○オープニング
南半球にある小さな島で、今年もクリスマスが始まった。
島の住民で、毎年クリスマスを楽しみにしている少女・マリは、この時期になるとやってくる観光客達を楽しみに待っていた。何故なら、マリの両親は浜辺のレストランを経営しており、毎年クリスマスには、このレストランで食事をする観光客と楽しく交流する事が出来るからであった。
「そういえば」
海を見つめながら、マリはふと去年の事を思い出した。
「北の方から来たお客さんが、北では冬にクリスマスをやるって言ってたな。雪の中でやるクリスマスだったっけ。サンタさんはトナカイの引くソリに乗って、子供達の家に来るって言ってたわ。本当に、そんな国があるのかしら」
マリは生まれた時からこの島に住んでおり、外に出た事がないから、北国の雪の中のクリスマスは見たことがなかったのだ。
「どんな感じなんだろう。真冬のクリスマス。お客さんが来たら、聞いてみようっと!」
そう言うとマリは、水着に着替えてクリスマスの海へと飛び出した。
真夏のクリスマスには、何が待っているだろう?雪の降らない、暑いクリスマス。きっと、素敵な出会いが待っているはず・・・。
商店街中に、騒がしいほどの鐘の音が鳴り響いた。
「本当に特賞なのか?」
門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)は、ピンクのハッピを着てハンドベルを鳴らしたオヤジに、目を見開いたまま問いかけた。
「もちろんよー、お兄さん。あんた大した運の持ち主だね?兄さんの前に福引やった婦人なんて、10回もやったのに全部残念賞のポケットティッシュだったし」
ハッピのオヤジが、興奮した様子で語り始めた。
「ドッキリじゃないな?」
「何でドッキリなんだい!兄さん、目を覚ましな?」
笑顔を浮かべて、オヤジは景品の置かれたテーブルに視線を落とした。そこには、積まれたポケットティッシュや菓子、洗剤などの他に、青い海と白い砂浜の写ったボードが置かれている。入道雲に青い海が写っており、それは見るからに真夏の風景であった。
「兄さんがこの福引で当てたのは、南半球にある、有名な観光地になっている島でのリゾートだ。ま、確かにこんなビッグなものあたっちまったら、しばらく信じられないかもしれねえけどよ」
オヤジの笑みを浮かべた顔は、嘘などは言っていない。将太郎は本当に福引で旅行を当てたのだ。しかも、クリスマスという時期の。
「今の時期なら、真夏のメリークリスマスが見られるってわけさな。楽しんできてくれよ?」
こうして、将太郎は真冬の日本を離れて、飛行機で一気に南半球へと渡った。
オーストラリアのそばにあるというその島は、ガイドブックを見る限り、かなりの観光客が訪れる島のようであった。
ただ、オーストラリアと同じく、島の生態系が独自のものである為に、日本では見る事の出来ない珍しい植物や動物も沢山いるのだという。黄色や赤い花が載っているガイドブックを見て、飛行機の中で将太郎は、どんな島なのだろうかと想像を巡らせるのであった。
「旅行とポケットティッシュじゃ、かなりの差だよな。あん時は意識なんてしなかったが、いざ当たってみると、自分が相当、運が良かったと思い知らさせる」
将太郎は飛行機の窓から外を眺めていた。日本の空港を出た時は、空が曇っていて今にも雨が降りそうで、しかもかなり寒かった。飛行機の中も寒く、また乾燥しているので将太郎は機内で配られた毛布を体に巻き、座席のテーブルには常にコーヒーを置いていた。
「クリスマスだけあって、旅行者は結構いるもんだな」
確かに、平日に出発したにも関わらず、機内はそこそこに混雑しており、空席はあまりない。この旅行は商店街の福引の賞品であるから、優雅な旅行、というわけにもいかないようで、座席はエコノミークラスであった。
将太郎は、やたらに体格のいい外人男性に両側を挟まれつつ、目的地の島に着くまでに、一眠りすることにした。
「お客様、空港に到着いたしました」
乗務員に体を軽く叩かれ、将太郎が目を開けた時にはすでに飛行機が止まっており、窓からは飛行場の景色が見えていた。
「ああ、もうついたのか」
将太郎は座席から立ち上がり、荷物をまとめると、その飛行機の最後の客として外へと降り立った。
「あっちぃ〜。くそ寒い日本とは豪い違いだな」
将太郎は、一番に真夏の太陽に襲われた。
日本にいた時のまま、真冬の格好をしていたから、少し歩いただけですぐに汗をかいてしまい、ホテルへつく間に上着を脱いで袖をまくってしまった。
「これが南半球か。日本と季節がまったく逆ってわけだ。今頃、日本にいる俺の学校の連中や、甥なんかは、厚着してクリスマスの準備なんかをしているんだろうな。そう思うと、不思議な感じがする」
将太郎の宿泊先であるホテルは、海辺のそばのホテルで、これも超一流の豪華なホテルというわけではないのだが、白い壁の上品なホテルで、雰囲気はなかなか悪くない。
チェックインを済ませ、将太郎はしばらく寝泊りをする部屋へと案内される。海辺に面したシングルルームは、窓を開ければ海の音と海鳥の鳴き声が聞こえる、何とも観光地らしい場所であった。
「なかなかいいじゃないか。あの商店街も、やるもんだな」
荷物を置き、将太郎はすぐにクーラーを入れた。旅行鞄を開き、荷物を出すと、薄紺色に白地縦縞の、自分の着慣れた着流しを着込み、青のビーチサンダルを取り出した。
「まったく、一気に夏へ逆戻りだ」
最低限の持ち物だけを持った将太郎は、すぐに浜辺へと出ることにした。せっかく夏の海に来たのだから、浜辺に行かなければ勿体無いと思ったのであった。
浜辺に出るまでに、海岸にある町の中を通り抜けて行くのだが、今はクリスマスの時期だから、あちこちにクリスマスの装飾がされていた。日本のものとそんなに変わらないが、ここではもみの木の代わりに、クリスマス・ブッシュと呼ばれている、小さな花をあちこちに飾っていた。
聞けば、オーストラリア原産の花で、夏のクリスマスを告げる花であるらしい。サンタクロースや星などの飾りは、見慣れたものであるけれども、それが、海辺にも飾られていて、しかも皆水着を着ているのである。夏だから当然であるけれども、日本の真冬のクリスマスに馴染んで来た将太郎としては、少し異様な光景にも見えた。
「こんなに暑いが、クリスマスなんだよな」
ふと海の方を見ると、サンタクロースがサーフィンをしていて、それを浜辺に集まった人達がじっと見つめていた。浜辺に、何かの店らしき看板が飾られているから、よくあるパフォーマンスなのだろう。
赤い帽子に赤い服。けれども、半ズボンでサーフィンをしているサンタは、日本にはいないだろう。少し立ち寄った、浜辺にある土産店らしき店の前でも、サンタクロースが宣伝をしており、こちらはきちんとサンタクロースの赤い衣装を着ているが、良く見れば汗を沢山かいていて、少し大変そうであった。
「クリスマスってのは、色んな国に定着した習慣だが、国それぞれのやり方があるもんだな。それにしても、暑いが空気はうまい。日本と違って、ここは空気も澄んでいるし、ごみごみしてねえからな。観光地ってのは、こうじゃないとな!」
砂浜をサクサクを踏みながら歩いているうちに、将太郎は腹がすいてきた。そろそろ、食事にしてもいい時間だなと思いつつ前を見ると、『ブルーマリン』と英語で書かれた看板があり、店のメニューのいくつかがボードに書かれていた。
「おっ、丁度いいところにレストランが。腹も減ってきたし、入ってみよっ♪」
「イラッシャイマセ!」
将太郎が店に入ると、すぐに小さな女の子が駆け足で走ってきた。
「お一人様ですね!どうぞ、お席までご案内します!」
年の頃は7歳ぐらいだろうか。水玉のワンピースを着て、茶色の髪を後でひとつに縛り、真っ赤な花の飾りがついたリボンをつけている。
席に案内された将太郎は、その小さな女の子のてきぱきとした動きに、感心をしていた。
「そんな小さいのに、随分てきぱきしているな」
「有難うございます!小さい頃からずっと、パパとママのお手伝いをしてので!」
張りのある、良く通る声で少女は答えた。今だって充分に小さいのにな、と思っていると、少女はメニューをテーブルに置いた。
「クリスマスの、スペシャルメニューがオススメです!」
「日本語がうまいじゃないか。ずっとここでお手伝いをしているのか?」
将太郎が問い掛けると、少女がにこりとして答えた。
「はい。この店は日本の人がいっぱい来ますから、自分で憶えたんです」
なかなか利発な子だな、と将太郎は思いつつ、メニューを開きどの料理を注文しようかと考えた。
「ん?どうした、お嬢ちゃん」
少女が将太郎の服のあたりで、視線を漂わせているのに気付いた。
「俺の格好が珍しいのか?」
少女は少し照れたように、頬を赤く染めて、静かに頷いた。
「着流しって言うんだが、知らなくて当然だろうな。ココにはこういう服はないのかな?」
「ないわけではないですが、あまり見た事がありません」
「そうか」
将太郎は少女に笑顔を返した。
「あの、日本の、クリスマスって楽しいですか?」
「ああ、そうとも。ここと同じぐらいにな」
そう返事をしたところで、少女が母親らしき人物に呼ばれた。また別の客がこのレストランに入って来たのだ。
「俺は観光でここに来たんだ。時間は沢山ある。もし、俺の話に興味があるなら、暇な時間に来るといい。こことは違う、クリスマスの事を話してやろう」
将太郎がそう答えると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう!もうすぐ休憩時間になるの!ちょっと待ってて!」
その笑顔は、どこにでもある幼い少女の顔であった。
「私、マリって言うの。この島にずっと住んでいるの」
「俺は将太郎。門屋・将太郎ってんだ。日本から観光でこの島へ来た。ま、気楽にしてくれよ、楽しく話そうな?」
将太郎とマリは、レストランのテーブルで、フルーツを絞った飲み物と、この国の名物であるという紅茶のクッキーを口にしつつ、のんびりと話をしていた。
「日本ってどんな国?」
クッキーを一枚頬張り、マリが尋ねて来た。
「とても良い国だ。歴史のある古い街もあれば、近代的な都心もある。勿論、この島みたいな島だってあるぞ」
「この島と、違うところはある?」
将太郎がジュースをお代わりしたところで、マリが首をかしげた。
「そうだな、季節が逆って事じゃないか。それにほら、地図だって違うだろ?」
将太郎が持っていたガイドブックに載っている世界地図を見せると、マリは目を見開いて驚いた。
「この地図、逆さまだよ!」
南半球と北半球では、世界地図が逆になるのである。
マリの店に貼ってあった世界地図では、カナダやアイスランド、ロシアと言った北の国々が下方に書かれ、南米やオーストラリア、南アフリカが一番上に描かれている。
「面白い!ねえ、この地図みにくくない?」
「見にくいも何も、俺達はこの地図で慣れてきたしな!」
将太郎の話に、マリは興奮気味であった。
「季節が逆って事は、今日本は冬なの?」
マリの問いかけに、将太郎は優しく頷いた。
「そう。北半球は今、冬で外はすっげぇ寒い。雪っていう真っ白な雨みたいなもんが降って、地面や建物なんかを真っ白にする」
「雪は知っているわ!この島にも雪が降るわよ、本当にちょこっとだけど」
「おう、何だ、雪も降るんだな」
今度は、マリがジュースのお代わりをした。
「ここは、真夏にクリスマスをやるだろ。12月にクリスマスをやるのは、北半球の国でも同じだが、俺達の国じゃ、真冬にクリスマスをやるんだ」
「え、じゃあ、お兄さんの国のクリスマスって、凄く寒いの!?」
マリが身を乗り出して将太郎に尋ねて来た。
「そうとも!で、クリスマスに雪が降ったりする。そういう日の事は、俺達の国じゃ『ホワイトクリスマス』って言うんだけどな。雪が白いだろ?景色が真っ白になるから、白いクリスマスって意味だな」
「クリスマスに雪が降るなんて嘘みたい!この国では、クリスマスには皆で海水浴に行くのに!」
「日本のクリスマスで海に入ったら、寒さで我慢出来ないな!」
将太郎のその言葉を聞き、マリが楽しそうに笑った。
「どこでもそうかもしれないが、皆でワイワイするのはここと変わらん。寒いのを除けばな」
将太郎の言葉に、マリが何かを思い出したように顔を上げた。
「それで、サンタクロースがソリに乗って来るのね?」
「ん?あ、ああ…そういうことになるのかな。サンタは空を飛んでいるみたいだが。まあ、最近じゃ日本でもクリスマスに雪が降る事も少なくなったが、サンタが雪の日にやってくるのは定番になっているしな」
「いいなあ。ホワイトクリスマス。夏に雪なんて降らないしね」
マリの母親が、焼きたてのチョコレートクッキーを持ってきてくれた。ありがとうございます、とマリの母親が将太郎に会釈をする。
「この国ではクリスマス・ブッシュに雪を飾るけど、本当の雪は降らないもの」
「ま、そんなつまらなそうな顔をするなって。俺は、この真夏のクリスマスも楽しいと思うし、それぞれの国の良さってものがあるだろ?」
がっかりしているマリを慰めるように、将太郎は優しく答えた。
「一度、日本へ来て見るといいさ、クリスマスにな。それで色々な事を感じるといい。さすがに、クリスマスに雪を降らせる事なんて、出来ない事だからな」
「でも」
下を向いているマリを頭を、将太郎がゆっくりと撫でた。
「何、まだまだこれからだろ?もっと大きくなれば、世界の色々な場所へ遊びにいけるようになるさ」
「本当?」
将太郎の力強い言葉に、マリが顔を上げた。
「いつか、近いうちに、クリスマスを見に日本へも来いよ。その時は、俺が日本を案内してやるさ。クリスマスのプレゼントも、用意しておく」
「ありがとう、お兄さん!」
その時が一番、マリは嬉しそうな顔をしたので、将太郎も笑顔で答えるのであった。
数日間の観光を終えた将太郎は、最後にマリの店によって別れを告げると、飛行場へと向かった。
将太郎と別れるのが悲しそうなマリであったが、最後に、今度は日本で会おうという約束をした事は、未来での再会の架け橋になるだろう。(終)
◇登場人物◆
【1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士】
◇ライター通信◆
お久しぶりです。WRの朝霧です。クリスマスノベルへ発注頂き、ありがとうございました。
今回の話は、南半球でのクリスマスです(注:南国とありましたが、真夏のクリスマスがテーマでしたので、若干内容を手直しさせて頂きました(汗))南半球のクリスマスは、実際に目にした事はありませんが、サイトなどで資料を集めて、暑いクリスマスを演出してみました。
また、将太郎さんがマリと会話をするときには優しく、また子供に教える先生のような雰囲気で描いてみました。
商店街での福引で、ということでしたので、こんな感じかな?と想像しながら、特賞を引き当てた1シーンも加えてみました。
それでは、どうもありがとうございました!
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