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<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


青い海辺のクリスマス』



○オープニング

 南半球にある小さな島で、今年もクリスマスが始まった。
 島の住民で、毎年クリスマスを楽しみにしている少女・マリは、この時期になるとやってくる観光客達を楽しみに待っていた。何故なら、マリの両親は浜辺のレストランを経営しており、毎年クリスマスには、このレストランで食事をする観光客と楽しく交流する事が出来るからであった。
「そういえば」
 海を見つめながら、マリはふと去年の事を思い出した。
「北の方から来たお客さんが、北では冬にクリスマスをやるって言ってたな。雪の中でやるクリスマスだったっけ。サンタさんはトナカイの引くソリに乗って、子供達の家に来るって言ってたわ。本当に、そんな国があるのかしら」
 マリは生まれた時からこの島に住んでおり、外に出た事がないから、北国の雪の中のクリスマスは見たことがなかったのだ。
「どんな感じなんだろう。真冬のクリスマス。お客さんが来たら、聞いてみようっと!」
 そう言うとマリは、水着に着替えてクリスマスの海へと飛び出した。

 真夏のクリスマスには、何が待っているだろう?雪の降らない、暑いクリスマス。きっと、素敵な出会いが待っているはず・・・。



 空港についたとたん、恋人達を迎えたのは、真夏の太陽の輝きと、南半球にあるこの島独特の風であった。
「弓弦ちゃん大丈夫?荷物、持とうか?」
 恋人のジェイド・グリーン(じぇいど・ぐりーん)に、大きなスーツケースを持った高遠・弓弦(たかとう・ゆづる)にそっと尋ねられた。
「大丈夫ですよ、有難うございます」
 弓弦の笑顔を見て、ジェイドもまた笑顔を浮かべた。
「じゃ、早速ホテルへ行こうか。疲れたらいつでも言ってね?遠慮なんていらないからね?」
 旅行会社から受け取った地図を頼りに、ジェイドと弓弦は並んで歩き始めた。
 せっかくクリスマスだからと、ジェイドと弓弦は思い切ってこの島への旅行を計画したのであった。クリスマスと言えば、雪が静かに降る中、イルミーネーションの輝く町で、クリスマスツリーを飾り、家族や友人、恋人達が暖かな家で過ごすのが定番だが、ここのはどうも、それとは違うようである。
「日本を出た時はかなり寒かったから、うっかり厚着してきたんだけどね、真夏に逆戻りだよ」
「そうですね。ここは、日本とは季節が逆なんですものね」
 ジェイドはすでに、汗をかき始めていた。ガイドブックなどを見て、この島が今は夏であり、暑いことはわかっていたが、日本を出る時には、そんな実感はわかなかったのだ。赤道を超え、たったの数時間で、ここまで季節が違うとは思っても見なかったことだ。
「南半球のクリスマスなんて私、初めてです。けど、本当に寒くないんですね、驚きました」
 宿泊施設のホテルまでは、空港から歩いてものの5分。その道で、弓弦も汗をハンカチで拭いつつ、言葉を口にした。
「ああ、俺も今、そう思っていたところだよ。日本と全然違うんだね」
 そう言うと、ジェイドは上着を脱いでシャツ一枚になった。それを見て、弓弦も一緒に半袖姿になる。
「じめじめとした夏であるのは、日本とそっくりです」
「そうだね。旅行だからってはしゃぎまわると、熱中症になるかも。ホテルについたら、水を買っておこう」
 しばらく歩き続けると、前方にホテルが見えてきた。
 ジェイドが弓弦を思ってくれて、少々奮発してこのホテルを選んだから、今、弓弦達に見えているホテルは、なかなか立派なホテルであった。入り口は噴水もあり、ロビーには立派なシャンデリアが飾られている。そこにいるだけで、少しだけ優雅な気分になれるような気がした。
 チェックインを済ませると、弓弦達は宿泊する部屋へと向かった。
「このホテルはとても変わっているんだ。ホテル側で、色々なタイプの部屋を用意しているんだって」
 弓弦とジェイドは、一度ホテルから出て、案内のシャトルバスに乗り込み、コテージが集まる区域へと向かった。
「見てください、ペンションみたいな建物もありますよ。それに、あっちのは、日本の旅館風。本当に、バラエティに富んでいるホテルなんですね!」
 シャトルバスの窓際の席で、弓弦は外の景色に次々と顔を向けていた。
 この島は日本人を始めとする、海外の旅行者も多いので、ホテルでは用途に応じた宿泊施設を用意していると、パンフレットに書かれていた。中には、ツリーハウスのようなものまでもあり、ハンモックで寝ている人を見て、あれもなかなか楽しそうだと弓弦は思った。
 流れる景色を見ながら、笑顔を見せている弓弦に、ジェイドがそっと囁いた。
「とても、楽しそうな顔をしているよ」
「え、楽しそう、ですか?勿論楽しいです、楽しくない筈がありません、貴方と一緒なのに」
 弓弦はそう答えて、可愛らしい笑みを浮かべる。
「俺もだよ」
 そう言ってジェイドが、他の客が外の景色に目をやっている隙に、弓弦の頬に軽くキスをしたのであった。
「弓弦ちゃんがコテージがいいって言ったから、このホテルにしたんだ」
 海辺にあるコテージは、木造で、まだ建設されたばかりなのだろう、中に入ると木の独特の香りが鼻に入ってきた。
「ええ。普通のホテルで過ごすにも悪くないですが、こういう自然っぽいのもいいかと思いまして」
 そう言って、奥にある寝室の扉を開けた途端、弓弦があっと驚きの声を上げた。
「ここ、コテージなのにダブルベットなんですが」
 顔を赤めて、弓弦はダブルを見つめていた。
「このコテージは小さめだけど、その分、本当ひとつひとつが孤立しているから、誰も来ないしね」
 ジェイドがそう答えて、弓弦に笑いかける。
「二人きりになる時間は長いんだし。せっかくここまで来たんだ、荷物を置いたら、海辺の方へ行ってみようよ!クリスマスを、見にね!」
 手荷物をそれぞれで置いた後、弓弦達は完全な夏の格好へと着替えた。団扇や日焼け止めなど、日本ではとっくに物入れの奥に片付けたものを引っ張りだして、鞄につめてきたのである。
 それらを準備すると、弓弦とジェイドは、暑いクリスマスの街へと歩き出した。



 浜辺に出るまでに、海岸にある町の中を通り抜けて行くのだが、今はクリスマスの時期だから、あちこちにクリスマスの装飾がされていた。日本のものとそんなに変わらないが、ここではもみの木の代わりに、クリスマス・ブッシュと呼ばれている、小さな花をあちこちに飾っていた。
 この花はオーストラリア原産の花で、このあたりでは、夏のクリスマスの到来を告げる花とされているようであった。サンタクロースや星などの飾りは、見慣れたものであるけれども、それが、海辺にも飾られていて、しかも皆水着を着ているのである。夏だから当然であるけれども、日本の真冬のクリスマスに馴染んで来た弓弦としては、少し異様な光景にも見えた。
「海が賑やかですね」
 弓弦はそう呟いて、すでに見えている砂浜を指差した。
 海の方を見ると、サンタクロースがサーフィンをしていて、それを浜辺に集まった人達がじっと見つめていた。浜辺に、何かの店らしき看板が飾られているから、よくあるパフォーマンスなのだろう。
 赤い帽子に赤い服。けれども、半ズボンでサーフィンをしているサンタは、日本にはいないだろう。少し立ち寄った、浜辺にある土産店らしき店の前でも、サンタクロースが宣伝をしており、こちらはきちんとサンタクロースの赤い衣装を着ているが、良く見れば汗を沢山かいていて、少し大変そうであった。
「さすがは夏のクリスマスですね。サンタさん、ちょっと暑くて大変そうですが。でも、夏って事以外は、北半球の冬のクリスマスと、そんなに違わないですね」
 弓弦達はしばらく、海辺の町での買い物を楽しんだ。プレゼント交換をあとでやろうと、弓弦はジェイドと約束をしたので、とても楽しみであった。
 クリスマスなのだから、クリスマスケーキを食べようと菓子の店へ寄ったが、クリスマスにケーキを食べる習慣があるのは日本だけのようで、残念ながらクリスマスケーキを買う事は出来なかった。代わりに、クリスマスケーキではないが、普通の大きなフルーツケーキをひとつ注文し、あとで取りに来ると店の人に告げたところで、弓弦はそろそろ腹がすいてきたと感じて来たのであった。
「ジェイドさん、お昼にしませんか?」
 弓弦は、そうジェイドに言った。
「そうだね、俺もそろそろ食事にしようと思っていたところだよ。何を食べようか?」
 ジェイドが答えたので、弓弦は少し首を傾げて見せた。
「どんな店があるかわかりませんし、少し歩いてみませんか?」
 弓弦の提案により、二人は海辺の町を歩き、良いレストランを探す事にした。ちょうど昼時で、どこも混雑していたのだが、砂浜をサクサクを踏みながら歩いているうちに、『ブルーマリン』と英語で書かれた看板を見つけたのであった。
「あれはどうかな?」
 ジェイドが弓弦に尋ねた。
「とても素敵な店ですね。私も、あの店がいいです」
「じゃあ、決まりだね」

「イラッシャイマセ!お二人様ですね!」
 店に入った二人を迎えたのは、幼い女の子であった。年の頃は7歳ぐらいだろうか。水玉のワンピースを着て、茶色の髪を後でひとつに縛り、真っ赤な花の飾りがついたリボンをつけている。
 年齢には見合わず、かなりてきぱきとした動きで、弓弦達を席まで案内してくれていた。
「どうぞ、ごゆっくり!」
「ずいぶん、利発そうな子ですね。あの子も、ここの店員さんなんでしょうか」
 弓弦は、少女の背中を見詰めていた。
「きっと、そうなんだろうね。家の手伝いをしているのかも」
 少女に案内されて、2人は海側の席へと座った。すると、すぐに少女が走ってきて今度はオーダーを取り始めた。
「家のお手伝いをしているの?偉いね、君、いくつ?名前何て言うの?」
 ジェイドが少女に尋ねている。弓弦も、この少女の事が少し気になっていた。
「7歳です。マリって言います。パパとママがレストランやっているから、お手伝いをしているんです」
「マリさんですか。まだ小さいのに、お手伝いなんて凄いですね。それに、日本語がとても上手」
 二人に褒められると、マリは照れたのか少し頬を赤らめていた。
「ここは日本からの観光客が多いから、お仕事を手伝っているうちに憶えたんです。お兄さん達は、日本の方ですか?」
「そうだよ」
「そうですよ」
 弓弦とジェイドは同時に答えた。
「俺は日本人じゃないけど、日本で暮らしているんだ」
 ジェイドが言葉に付け足しをすると、マリは弓弦とジェイドの顔を交互に見つめた。
「日本は、今冬なんですよね?冬のクリスマスってどんなですか?」
 マリがそう尋ねたところで、別の客が入って来た。
 マリがすぐにその客の方へ行こうとするので、彼女の背中へジェイドが叫んだ。
「暇になったら、俺達のテーブルへおいでよ!冬のクリスマスの話、してあげるからさ!」
 その言葉を聞いて振り向いたマリの表情は、とても嬉しそうであった。
「弓弦ちゃん」
 マリが去った後で、ジェイドは少し塞ぎがちの顔で呟いた。
「どうかしました?」
 そんな顔を見せるから、弓弦は心配になってきた。
「俺、実はクリスマスってやった事ないんだよね。子供の頃から施設にいたってのもあるんだけど」
 ジェイドはそのまま、黙ってしまった。
「だからね、弓弦ちゃんと、こうしてクリスマスが出来るの、ホント嬉しいんだ」
 昔の事を思い出し、ジェイドは急に悲しい気分になったのだろう。
「ジェイドさん、そんな顔しないで下さい。私まで、悲しくなってしまいますもの。それに、悲しい気持ちになる必要なんてありませんよ。私、一番大切なジェイドさんとこうしていられるのが何よりも楽しいのです。一緒に楽しんで、笑って、愛し合って…」
 弓弦がジェイドの手に自分の手を添えて、そっと微笑んだ。すると、すぐにジェイドも笑顔を取り戻す。弓弦は。悲しい顔をしたジェイドを、今は見たくなかったのだ。



 しばらく2人は食事をしながら雑談をしていたが、マリがテーブルに走ってきたのを見て、ジェイドが彼女の為に椅子をテーブルから引いて、マリの座席を作ってあげた。
「お疲れ様、マリさん」
 マリへと、町で買って来たクッキーを弓弦が差し出した。
「冬のクリスマスの話、マリさんと、それからジェイドさんにもお話してあげますね」
 弓弦は少し間を置いてから、ゆっくりと話を始めた。
「何よりもこことは違うのは、寒くて、雪が降る中のクリスマスである事」
「え、クリスマスに雪が降るの!?」
 マリが驚きの表情を見せた。
「そうです。降らない事もありますけど、サンタクロースは、雪の中を、トナカイの引くソリに乗ってやってくるんです。そういう日の事を、ホワイトクリスマスって言うのですよ。ここでは、サーフィンをしながらやってくるみたいですけどね」
「じゃあ、クリスマスなのに海で泳げないって事?」
 マリが、海辺でバーベキューをしている人々へと顔を向けながら言う。
「寒いですものね。それで、家族や友達や恋人と、ご馳走を食べるんです。それは、ここも同じかしらね。それで、クリスマスツリーっていう、もみの木に飾り付けをして。寒いから、暖炉のそばで、色々なお話をしながら、サンタさんが来るのを待つのですよ」
「変なの!」
 マリが笑いながら答えた。
「クリスマスが寒いなんて、変なの!」
「そうですね、こことは逆ですものね。真冬には真冬の、けれど、また違うクリスマスもあるものですよね。私はこちらのクリスマスも素敵だと思います」
 弓弦の話を、ジェイドはマリと一緒に驚いたり、笑ったりしながら懸命に聞いていた。
「賑やかな窓辺も、みんなの笑顔も、キラキラしてて楽しいよね。それは、きっと、世界のどこでも一緒だよ!」
「私も、冬の、日本のクリスマスを見てみたいな!」
 マリはすっかり弓弦達と打ち解けていた。弓弦やジェイドの話を興味津々に聞き、嬉しそうに返事をしていた。その度に弓弦まで楽しい気分になっていた。
「いつか日本へおいでよ。ここと同じぐらい、いい国だからさ!あ、そうだ。サンタさんには手紙も送れるんだって聞いたよ。一緒に出してみようか。また来年、会う約束に。弓弦ちゃんもね」
 ジェイドの提案で、3人はサンタクロースへの手紙を書いた。サンタクロースの絵の描かれた切手を貼り、それを真っ赤なポストへと投函しに、マリを連れて町へと出た。
「マリちゃん、肩車してあげよっか!」
 ジェイドはマリを自分の肩へと乗せて上げた。そのまま町を勢いよく走ると、マリは少々怖がりながらも、明るい笑い声を上げるのであった。
「ジェイドさん、走り過ぎですよ!」
 そう言いながら追いかける弓弦も、笑顔を浮かべていたのであった。
「ねえ、弓弦ちゃん。何となく、こうしていると俺達、親子みたいじゃない?」
「え?そ、そうですね」
 いきなりそう言われて、少し照れながら、弓弦が返事を返す。
「だから、弓弦ちゃんは、マリちゃんのお母さんで、俺の奥さん。ね、奥さん?」
 自分で言ってみて、ジェイドは恥かしくなったのか、マリを肩に乗せたままさらに走って、先へといってしまった。
 ポストへ着き、手紙を投函した後、マリを家まで送り、別れを惜しんだ後に、またここへ遊びにくると約束した。
 マリと別れた後、2人は弓弦の希望により近くのショッピングモールへ行き、手をつなぎながら、土産に真夏のクリスマスグッズを買ったり、町を見て回って楽しんだ。
 最後に立ち寄ったカフェでプレゼント交換をし、2人は楽しい真夏のクリスマスに感謝しつつ、来年も来れます様にと、 お互いに約束をするのであった。(終)




 ◇登場人物◆

【0322/高遠・弓弦/女性/17歳/カトリック系の女子高校生。】
【5324/ジェイド・グリーン/男性/21歳/フリーター…っぽい(笑)】

 ◇ライター通信◆

 初めまして。クリスマスシナリオへの参加、ありがとうございます。WRの朝霧・青海と申します。
 カップルでの参加ということで、ほのぼのとラブラブ路線で、楽しく書かせて頂きました。優しく、ジェイドさんに寄り添ってクリスマスを楽しむ弓弦の姿を描いてみました。クリスマスの話をする弓弦さんは、とても楽しそうだと、執筆をしながら思っておりました。普段とは違う、夏のクリスマスでの思い出を、楽しんでいただければと思います。ノベル商品名と違って、あんまり「聖なる夜」っぽくないかもしれないですけどね(笑)
 それでは、どうもありがとうございました!