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〜クリスマスイブ・聖なる夜の物語〜
●Op〜日常〜
飼い葉桶で赤子が眠っていたとされる、アジアの西の果てで起きた奇跡の生誕を祝福する日。
でも、実際にその奇跡を見た者は既に無く。
伝説上の、おとぎ話のような逸話を、現在も信じて聖なる日として生活している国、日本。
もっとも、それは国民の中でも正式に知る者も少なく、一般的に言ってこの日はありとあらゆる意味で戦場である。
そんな戦場の中で……
●食彩館で〜花露〜
長々とお待たせしてしまっている手前、丁度端境で、手が空いたあたしが空き席を待っていたお客さんを案内することになった。
「……居ないのか?」
名前を書いて並んでいた『和紗』と言う男性は、携帯を片手に入り口の近くで待ち人を気にしてる雰囲気だった。
「お客様?」
其れでも、既に何分もお待たせしているのだろうと気になって声を掛けると、ほんの少しだけ硬い表情を崩した笑顔で携帯電話を片付けながら――
「済まない、連れに連絡を入れていたものでね」
携帯について断りを入れてくる。
食事の場所での携帯マナーの悪さをよく見かけていただけに、潔い真摯な態度は好感が持てた。
あと少し若かったら格好いいだろうにと、内心でほんの少し無体なことを言ってみる花露。
「いえ。ちょうど今、席が空きましたから。奥の壁際なんですけど……」
心の言葉を表に出さず、見せるのは営業スマイル。
「構わないよ。二人だが、占有してしまっていいのかな?」
案内されるべき場所は既に片付けられているのを見たのか、男性は4人席を見て少し遠慮がちな表情を見せる。
其れもそのはず、この時期には何処の店に行っても人でごった返しているのは解っている。
ましてや、此処は値段も手頃でいて頼めば本格的な中華も味わえる格好の店の1つだ。
4人掛けのテーブルを2人で占有するというのは流石に気が引けるという表情の男性だからこそ、花露は今までお待たせしたお礼ですからとそつなく加えて……。
「ええ。それじゃ案内……」
「済まない」
致しますと言おうとした矢先に、軽く頭を下げられて言葉が詰まった。
笑顔で誤魔化すように奥を指して歩き出すと、男性の胸ポケットから低く唸る音……携帯のバイブレーターの振動音が響き、苦い笑いを浮かべた男性が着信相手をみて一瞬表情を変えたのが解った。
その、今まで見せていた人当たりの良い笑顔とは異なった硬い表情に見入った為に、気を取られた花露は入れ違いに店の中から若い男が走り出してくるのに気がつかなかった。
「いえいえ……!?」
「……俺だ」
顔だけを花露から外して、携帯に出る男性、和紗。
「! っつ」
丁度其処に、中から飛び出して来た男と肩がぶつかるようになる。
「? 大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫だから」
出口でどうして走るのと、マナーの悪い客を窘めるために一歩踏み出した花露に――
「悪い!」
片手をあげて、そのまま男は走り去る。
だが、そんな男の顔を見た和紗は通話を切ることなく、手で押さえただけで花露に向けて、
「同僚なんだ。どうやら、急ぐ仕事があったらしい」
「お客さんがそう言われるのなら……」
と、怒りの矛先を納めながらも、内心では又会ったら必ず仕返しと、鬼の角が生えているのは抜群に秘密だ。
「駅前の中華色彩『KAKU』……もしもし?」
どうも、会話が続かないところをみると、混線しているのかなという風情で、寒空の中でお待たせすることもと、花露は男性を奥に促した。
「あの、お席の方にどうぞ」
「ああ、ありがとう」
流石にばつが悪いのか、頭を掻いて礼を言う『和紗様』を席に案内して、食前の飲み物と簡単に今夜のおすすめを話すと花露は自分の戦場にとって返した。
「……もしもし」
また、誰かから掛かってきたのか、待ち人ではなさそうな、ほんの僅かに眉根を寄せる表情で『和紗様』が携帯電話に出るのを視界の端にして、厨房の中で青く燃えるガスの前に立つと、外の寒さが嘘のように、灼熱の地獄。
「さて、一丁やりますか」
とりあえず、体を動かしている限りには変な思考も出てこないしねと、ほんの少し待ち人の居ない自分をヨイショしながら鍋と格闘するのだった。
●息抜き〜夢を見ても良い頃〜
「……ふぅ」
溜息も大きくなる時刻。
何時もだったら、店終いにはまだ早くて、まだ頑張れると言うには疲れが貯まっている頃。
昼過ぎに気になった男性と、奥さんらしい二人が出て行ってからと言うもの、時期だからと割り切っていたカップルに視線が釣られるようになっていた。
「あ〜〜バの付く方か……」
――カップルに『一文字』付いただけで、非常に見るに堪えない物になるのは何故だろう?
と、皆まで言わないだけマシなのかも知れないのだが、花露の頭の中では仲睦まじい二人を見た後だけに、残りの『恋人でござい』と言う風情だけで生きている、儒教とキリスト教とイスラム教徒ユダヤ教と、ついでに仏教の全てを年がら年中マスメディアによって体に馴染まされている出来合いカップルとしか見られない連中に辟易としていた。
その反面、何故か頭で分かっていても目が追っていることは、彼女自身が良く分かっていた。
「……いい人ねぇ……いつか、あたいにも……」
お恵みとまではいかないけれど、今日という日なら、ほんの少しのお裾分けがあっても良いじゃない。
そんな気がする。
でも、現実にか彼女の手が握っているのは大きな掌ではなく、よく焼き締められた鉄鍋だったりするし、頬が朱に染まるのはシャンパンの香りにではなく、火力の強いレンジの炎の照り返しだ。
世の中、そう上手く事は運びやしないし、だからと言って悲観する訳でもない。
とりあえず、今は……
いつもなら閉店前の筈の店には『閉店』の看板が掛けられて、朗らかな笑い声とときに上がる歓声で店内は照明を少し落とした後だというのに、暖かい空気に包まれている。
「ほい、お待ち〜」
「待ってました!」
厨房から最後の料理を運び出して、姿を見せた花露を迎える面々の笑顔。
「それは、あたいかな? それともこれ?」
「勿論!」
と、軽い言葉のジャブが交わされる、顔なじみの者達との一時。
家で一人で食べる食事とは違う、一緒に誰かとおしゃべりしながら食事を取ることの出来る……食事そのものより、交わされる会話が美味しい時間。
だが、それも終わりの時は来る。
一人、又一人と店を去る面々を見送って、片付けた厨房を後に店を出る時だった。
「……あれ、忘れ物?」
店の玄関口を締めようとした、丁度その時。
内々だけのパーティで使ったはずのテーブルで、見慣れない小さな箱がテーブルクロスの上に影を落としていた。
「なに、かな……」
あの連中はと、この店に置き忘れた人物を思い描きながら持ち上げた箱は、ラッピングが施された花露の両手に丁度収まる大きさの物だった。
「カードか……誰のか、分かるかな?」
今分かれたばかりで終電を待っている者もいるはず。
追いかければ間に合うかと、取り上げたカードの中身を見て花露は目を丸くする。
「……ふ、ふぅん?」
そそくさと、カードを折りたたんで箱と一緒にリュックサックに入れようとして……少し、思い直したのかカードをコートの下の上着、その内ポケットに忍ばせる。
「まーその、あれよね……うん。あばたもえくぼって言うし、鬼も攪乱するし。うん」
言いながらも、胸元に納めたカードを持っていたい風にも、持っていて落としたら嫌だなと思う気持ちもあった。
だから……
「うん、このまま家までダッシュ決定!」
ほんの少しだけ前を開けたコート。
背負って、厚手のコートの下まで届くはずのないリュックサックの中身が揺れて擦れるのを感じながら、花露は歩き出す。
クリスマスイブに舞い散る白い雪が、コンロの照り返しではない火照りで朱に染まった花露の頬を冷やしてくれていた。
そんな、夜の街。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2935 / 郭・花露 / 女 / 19歳 / 焔法師の料理人】
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