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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■隠された言葉■



 思い出したように噂されるものの一つに『いつまでも記事にならない原稿』というものがある。
 よく言われるのが「ボツ原」「三下のボツ原」「アトラスの眼鏡のボツ原」いやつまり没になったまま使われなかった原稿だろうという話なのだけれど、桂がそれを聞いて話題にした時の話相手――月刊アトラス編集部編集長の碇麗香女史の反応は予想とは異なっていた。
 桂としては噂について「それ以外に何が有るの?」だとか「ウチのネタにするには弱いのよね」だとかそういった事を返されると思っていたのだ。それが実際には出されたコーヒーを一口飲みつつ壁のホワイトボードに視線を走らせて。
「なんでも記事に出来るって訳じゃないのよ」
 ホワイトボードの更に向こう側を見ようとするような表情で言ったのだ。
 でも、と桂は少し首を捻る。
 記事に出来ないというなら「ボツ原」説とたいして変わらないのではなかろうか。
「大違いよ。それに正しくは――」
 眼光鋭い編集長様はアルバイトの思うところなどお見通しらしい。あるいは以前にも同じような会話があって、桂の考えた事をそのまま口にした者が居たのかもしれない。三下、である可能性も多少は……一応。
 手際悪く机の上を片付けている三下を眺めつつそんな風に考えてみる桂に、コツと掴んだペンで机を叩くと麗香は不自然に途切れた言葉の代わりとでも言うように彼女にしては控えめに提案した。

「ちょうど一段落着いた時期だし、噂を確かめてみてもいいんじゃない?」

 ウチで記事にするには弱いけれどね、と付け加える言葉が予想したものである事よりも。
 つまり、碇麗香編集長は噂について知っているのだ。
「駄目よ。私は答えないから、折角だし探しなさい」
 目が口ほどに物を言ったらしい。
 先に制されて桂は困ったなぁと笑うと編集部内を見回した。
 誘えそうな(というか使えそうな)人が居るだろうかと思いつつだったけれど、部内よりもしばしば見かける外来者達の方が余程良いと悟るのはすぐ。
 コーヒーを運んだトレイを抱えたままの少しばかり可愛いポーズで「それじゃあ」と桂はにっこり微笑んだ。

「お昼の後にでも来た人お借りしますね」
「好きになさい」

 無論、訪問者の都合は考慮していない遣り取りである。


** *** *


 ゴーストライターというものはこれでなかなか需要の多い分野だ。
 綿密に打ち合わせ、伏せるべき事、伏せずともよい事、逆に押し出すべき事、当人ではないからこそそれはより具体的かつ深くなる。
 その日もシュライン・エマは何度も繰り返した執筆前の打ち合わせを細かく書き留めて、最後にぱたりとそれを閉じつつ唇を開いた。

「そういえば、こちらで噂が広まっているそうですね」

 記事がどうとか、原稿がどうとか。
 敢えてぼかした言い回しをしてみせると、担当の男性は一瞬心当たりを探ったのか沈黙してから「ああ」と頷く。別段他言無用とする程のものではないのか、とその気安い反応から瞬間考えたが相手は苦笑しながら指を天井へと向けて見せた。
「いつまでも記事にならない、ってやつでしたらウチよりも」
 言葉を切って視線も天井へと動かすのを見るまでもなく、上のフロアだと言うのは解る。
「噂の中心……ですか?」
「いや、上みたいな雑誌関係の部署ですね。そちらの方が詳しいんですよ」
「あら。此方ではあまり無いんですか」
「あまりどころかまず有りません。純粋に『記事』の類のみでして」
 担当の言葉に思案するがその合間にも資料の類はきちんとファイルに収めて仕事用の鞄にしまう。ぱちんと金具の閉じる音が響いたのを契機にシュラインは担当に挨拶して席を立った。
「そうだ、他の部署の編集部さんで何かお忙しいですとか、ご存知ですか」
「いえ、大丈夫でしょう。調べてみるなら御存分に」
 管理が出来ていないだとか、悪く取ろうと思えば幾らでも取れる件であるのに釘を刺される事も無くシュラインは打ち合わせを終えて廊下に出た。彼女がアトラスの編集長である碇麗香と親しい事や、首を突っ込む線引きをきちんと理解している事が注意を受けない理由だろう。
 綺麗に磨かれた廊下を歩きながら擦れ違った清掃係の女性に会釈する、と足を止めてシュラインは振り返るとその女性に声をかけた。
「ごめんなさい。少し伺いたいんですけれど」
 社内、であれば編集部員以外にも情報はあるだろう。
 そう判断しての事だった。



 さて、桂がシュラインの元に来たのは社内の人間を業種・部署問わずとにかく長く勤めて居る者に噂について訪ねて回り、一度アトラスに戻ろうかと足を向けた頃。
「シュラインさん」
 かけられた声に、聞き込み結果を書き留めた手帳から顔を上げた。
「ちょうど良かったわ。それらしい場所を教えて貰ったの」
「そうなんですか?」
「ええ――どれかは解らないのだけれど、資料室、ね」
 しりょうしつ、と繰り返して瞬いた桂にふと気付く。
 怪訝な面持ちの自分が桂の瞳に映るのを見ながらシュラインは「どうかした?」と当然ながら問うて。
「いえ……シュラインさんにお話した後、梧さんと加藤さんにもお話したんですよね。それで加藤さんが今、資料室に居るんです」
「痕跡が何かあったのね」
「何も無かったですよ。ただ加藤さんは気になる様子で、もう少し調べる、と」
「……成程」
 梧北斗も加藤忍も顔を合わせた事がある。
 しばしば草間の元にも訪れる二人だ。
「加藤さんが気にしていたなら、当たりかもしれないわ」
 自分の知る彼の技量の程を思えば、忍が引っ掛かりを感じた以上は何か有る。
 ならば一度その資料室に集まって、途中で北斗にも声をかけて、と。
 口中で確かめるように呟いてからシュラインは桂に微笑みかけた。
「じゃあ北斗君も拾って、それから資料室に行きましょう」
「解りました。多分梧さんはアトラスで三下さんをからかっているかと」
「からかって?調査じゃなくて?」
「調査ですよ。でもからかってます」
 にっこり微笑み返す桂の言葉に、妙に納得するシュラインである。
 そうして並んでアトラス編集部のあるフロアに至ったところで。
「逃がすか!」
「ぐぇえ」
「北斗君?」
「三下先輩?」
 アトラス編集部へ向かうシュラインと桂の目の前で、その編集部から飛び出して来た北斗に思わず声を上げた。
 呼ばれた相手は反射的に足を止める。直後に慌てて廊下の端から繋がる階段へ向かいかけたが、諦めたのかすぐに姿勢を正して振り返った。
「よう」
「こんにちは」
 無論、それは梧北斗と彼に引き摺られる三下忠雄であるのは言うまでもない。
 その襟首を掴んだままの微妙に顔色が悪くなっている三下も示して北斗が話すには、恰幅の良い男性があれこれと編集部員達を覗いたりして動き回っていたという。それだけなら見覚えの無い、という単に記憶力の類の問題にもなるのだがたった今それが薄くなって去って行ったという以上は話が違う。
「編集部の人達は気付いている様子も無くて、麗香さんもちょっと意味深だった、と」
「そう。明らかに妙だろ」
「ええ、いかにもだわ」
「コイツも見たって話だしさ」
 目の前で廊下に飛び出した時から襟首を捕まれっぱなしの三下を少し眺めて、シュラインは静かに桂へとそれを移す。
「確か、あっちの階段は資料室のすぐ傍、よね」
「そうですね。廊下に出ればすぐ脇になる筈です」
「ふぅん」
 とん、と考えるように指先で頤を一つ叩く。
 やはり資料室か。
「何か聞いて来たんだろ?どこだよ」
「そうね――資料室に」
 何度か顔を合わせ、興信所等での依頼にも協力している間柄だ。
 察しのいい北斗に笑うとシュラインは先に立って歩き出した。
 向かう先、資料室には加藤忍も居る。
 自分の聞いた話、北斗の見た男性の向かった先、忍が気に掛ける場所。
(正解だと、いいのだけれど)
 階段を下りる時の靴音が高い。


** *** *


 資料室の一つに揃い、短く挨拶を交わしてから扉を見る。
 形としては見えない。ただ、忍がそろりと腕を伸ばして少し指先を滑らせればそこから扉らしき揺らぎが滲むのだ。
「なるほどなぁ」
「資料室の奥の奥、ね」
 北斗とシュラインが口々に言う。
 静かに頷いて手を離せば扉はまた壁と変わらない硬さとなり、解らなくなる。
「それにしても、よく見つけたわね」
 感嘆の色濃いシュラインの声に忍は目礼すると唇を湿らせた。
 誉められた事でもないのだ。裏付け無く己の感覚を信じて――無論、それは重要であるし見合った実績のある感覚だと自覚もするが――ただ、それだけの理由でこの資料室を疑ってかかったのだから。
「けどやっぱ凄ぇよな。俺、絶対わかんねえ」
 淡々とそれを告げると今度は北斗が声を上げる。
 彼の隣では、ここに来てようやく三下は窒息の危険から解放された様子ながらも、落ち着き無く周囲を見ては桂に宥められていた。
「加藤さんだからこそ、かしらね」
「――有難う御座います」
 扉の辺りを観察しながら尚も言うシュライン達に苦笑して頭を下げる忍。
 技量を、感覚を、己の培ったものを誉められるのはどのような状況であれ誇らしく、面映く。
 和やかな空気の中で改めて扉に手を掛けた。
 あらわになるその輪郭を確かめて端を押す。軋み一つ抵抗一つ無く朧な扉は動き、向こう側から明かりを引き込んでいく。するすると伸びる細い光は扉が動くにつれて太くなる。太くなりこちら側を照らし出し、一同が眩しさにいっとき目を眇める頃には向こう側の様子は同じく並ぶ棚と積まれた資料で溢れていた。
「隠し部屋、じゃねぇよな」
「位置的に、不可能ですよ」
「……配置がまるで変わらないわ」
 あ、とシュラインの言葉に北斗が向こう側と自分の居る資料室とを見比べる。
 思ったよりも恐ろしげではない事で余裕が出来たのだろう三下も同じく頭を右に左に動かして。
「本当だ」
 ぽつりとそれだけを言う。
「積んである物は、そのままではないけれど」
 言いながらコツと靴音を響かせて室内に踏み込むシュラインに忍、北斗と続いた。
 元から在る資料室と同じように並ぶスチールラックの棚。そこに並び積まれているのは同じようなファイル、書籍の類の筈だけれど遥かに整頓されている。埃も無く、足元の床もそういえば綺麗に磨かれているような。
「お話を伺った編集長さんだとか、編集部員さんだとか、そういった方々が話していたのだけれど」
 言いながら足を止めてシュラインが棚から一冊を抜く。
 ファイルの中もまた綺麗に分類され、付箋を細かに付けられていた。ぱらりと無造作な様子でめくってみる。
「熱心な、自分の書いた事について真摯に向き合う方は必ず何処かで噂と対面するのだそうよ」
 両脇から覗き込む桂と三下。
 見易いようにと持ち位置を変えた。
「はっきりとそう言われたのではないのだけれどね」
 開いたファイルの中にはシュラインの記憶にもある殺人事件についての記事。それの原稿。
 読めば記事に出来ないのは当然だった。
 犯人の動機について、被害者の行動について、取材する中で同情する点を多く拾い上げたのか書いた人間がしばしば被害者について厳しい言い回しをしている。別の事件の原稿では逆も見出せて、つまり公正ではない原稿なのだろう。
「編集部以外の方は、どんな風にお話を?」
 丁寧な手付きでファイルを戻すシュラインに、北斗が進むのを見ながら忍が問うた。
 応えるシュラインは、忍の向こうでスクラップらしきファイルを開く北斗に視線を投げながら再び歩き出す。
「北斗君の見た人と繋がるんだと思うわ」
「あのオッサン?」
 ええ、と頷いたシュラインの耳に微かな笑い声が届く。ごく微かな、彼女でなければ聞き取れない程の小さなそれは悪意を感じられなかったので意識を向けるに留めて言葉を続けることにした。
「清掃担当の方だとか、郵便を各編集部に配る方だとか、そういった人達には北斗君の言うような男性が見えたらしいの」
「逆に言うなら、編集部員には見えなかった?」
「見えていても、気にしていない様子だったみたい」
「記事、原稿に関わる人は意識しないという訳ですか」
 それぞれに考える様子を見せる年長者達を見ながら棚のアレコレを眺めていた北斗、ふと気付いた。
「……コイツ、思いっきり気にしてたぞ」
「ぅえ!?」
 示された先の三下を見る。
 視線の集中砲火を浴びて気の毒に、三下は仰天して棚にぶつかり後頭部を打つ。
「……なぜかしら」
「……なぜでしょうね」
 じぃと見ても理由が解る筈もない。
 頭を抱えて唸る三下の前で三人はそれぞれに首を捻った――と、今度はシュライン以外にもはっきりと聞こえる含み笑い。いや、笑いを堪えているような、そんな調子だ。
 改めて気付く、広がる室内の奥。
 通路かと思う程に伸びた棚の向こうから笑い声が漂って来ている。
 それぞれに、それぞれの顔を見る。誰も声に悪意を感じていないらしいと表情から推し量って誰ともなく、歩き出した。一度振り返って桂と三下を呼ぶ。今度は桂が袖を掴んで三下を引っ張っている姿に思わず苦笑する一同だ。
 歩き出すと、棚は気付かぬ内に減り短くなった。
 元居た資料室と同じ程度の距離になり、奥の一角に大き目の机を置いた一人の男を見つけるのはすぐで。

「はい、ようこそ」

 どこかで見たことあるな、と北斗が呟く相手は白い髪と白い髭。恰幅良く紳士然とした穏やかな笑顔で皆を出迎えた。


** *** *


「やっぱ見覚えあった感じだよなぁ……いや、知り合いとかじゃなくて似たような」
「……言われてみれば街角で見かける気もしますが」
「ああ――アレね」
 そんな遣り取りを後日する事になる、そんな外見の男性を仮に『編集長氏』としよう。
 彼が「ここも編集部ですよ」と面白そうに言ったので、まとめているだろう、というか一人きりらしい彼は編集長である。
 見回せば見覚えのある装丁の雑誌がデスクの横に置かれた箱に収められているのが見える。けれど中身は違うのだろう、とはそれぞれに思う事だった。
「つまりね、ここは感情の捌け口です」
 促され、噂について問うた桂に返した最初の言葉はそんな風で。
 ふっくらと肉付きのいい指先が、北斗の手に取られたままだったファイルを示す。
「原稿として書かれて成立しなかったものは、お嬢さんが見たような類の物ですが」
 それ、ともう一度指先が示すので北斗は編集長氏の表情を窺いつつファイルを開けた。
 入室当初のシュラインと三下、桂のような体勢でになる協力者達。
「なんだこれ」
「メモ、ばかりね」
「と、言いますかこれはまるで吐き捨てるような」
 北斗の左右から覗き込んでいたシュラインと忍が思わず視線を交わす。
 記事についての走り書きの中に時折混ざる書いた人間の気持ち。こんなものをファイルしておいて意味があるのだろうか。
「それで気が済まなければ、お嬢さんが見た下書きになりますよ」
「……えぇと、つまり、主観が強く入った記事、という事でしょうか」
 正解だと、教師のように頷く編集長氏。
 大きな身体を屈めて箱から一冊、取り出してみせた。
「そういうのを集めまして、雑誌にするのがこの編集部です」
 忍が取り、手早くめくっていく。
 分野別にでもしているのだろうか、出された雑誌は殺人だの暴行だのについての記事だ。それも書いた人間の主観がおおいに入った記事。メモばかりのファイルを閉じて北斗も覗き込む。すぐに嫌悪を顔に浮かべて小さく悪態をついた。
「書いたヤツの怒るの当然じゃねぇか」
「でも記事には出来ませんよ」
「……そうね。だからここで記事にするんだわ」
 編集長氏のどこまでも穏やかな声にシュラインの声が重なる。
 理知的な眼差しがするりと滑ってたった一人の編集部員へと辿り着く。
「ここは、書いた人達の気持ちを集めて一つの雑誌にする。そんな部署でしょう」
 現実の部署だとは思えないけれど、と声に出さずに付け加えた言葉も察して忍も頷く。
「だからシュラインさんの聞いたように、書籍の類では『まず無い』という訳ですか」
 じゃあ、と後に続くのは北斗でファイルをもう一度開いてそちらを見る。
「これとか、俺や三下が見たのとか、それなんだな。呑み込んでも治まらないような――感想、つうかさ」
 出された雑誌も、開いたファイルのメモも、入り口近くの原稿も、どれも編集部員達の気持ち。
 それぞれに雑誌やファイルを見る一同に更に編集長氏が別の本を出す。これもこれもと見る間に積み上がる雑誌の山。
 思わず目を丸くして注視するのも彼は気にせずにデスクに見覚えのある装丁を溢れさせると「ふー」とわざとらしく口にして腰掛けた。
「あの、これは」
「よければどうぞ読んでみて下さい。棚の物も、持ち出しは出来ませんけどね」
 ぱちりとウインク。
 むしろ読んで欲しいのかなと誰もが思い、それぞれにデスクの上から、棚の中から、選んで抜き出してみる。
 桂や三下もなんとはなし神妙に雑誌に手を伸ばし、そこでふと編集長氏が三下を認めて声をかけた。

「ああ、アナタ。私を認識するほどビクビクしなくても、記事を任されるなら大丈夫ですよ。周囲の空気ばかり見なくても平気平気」

 原稿書く部署の人には気付かれないようにしてるんですけどねぇ、と大仰に首を振る編集長氏。ちょっとわざとらしい。
 だが三下はそんなものは目に入っていなかった。
「三下先輩。涙」
 励まされて涙腺が決壊寸前ひび割れ過多レベルらしい三下忠雄。
 眼鏡の下から滔々と涙をついに氾濫させている。


** *** *


「記事にする限界だとかを考えて思い悩む頃に『太っちょの編集さん』が私情だらけの原稿を受け取ってくれるそうですね」
 中身ではなく、装丁を熱心に見ていたシュラインが顔を上げれば編集長氏が立っていた。
 驚く様子も見せずに穏やかに話し掛ける相手に、編集長氏がふくよかな顔の笑みを深める。
「仕事熱心ですと、どうしても思い詰める事は多いみたいですからね」
 感情を含まない記事というのは難しい。
 丁寧に情報を集めて噛み砕く過程で自分の気持ちも混ざってくる。その扱いに困る、そんな時に『太っちょの編集さん』は記事を持って行くとか。何度か繰り返す内に、当人がその『太っちょの編集さん』に気付くとか。
 実際のところは曖昧なまま話を終えられたので、シュラインが真実を見る事は無いかもしれないが眺めていた雑誌の装丁を見れば目の前の人物が編集部員達の書いた物を大切にしている事はすぐに解る。

「装丁が、世間に出回る物と同じなのは気遣いですね」

 掲げてみせたのは、何号か前の月刊アトラスだった。
 他の物も記憶するものと違わないとは思うけれど、アトラスは碇と親しくする関係上、装丁についても鮮明に記憶しているのだ。寸分違わぬその造りは、外に出されない事を思えば編集長氏の気遣いだろうとシュラインは思う。
「主観的なものでも、大切な原稿ですものね。だから本来の雑誌と同じ造りのものに記事として載せる……麗香さんの記事も探せばあるかしら」
 最後は独り言だったのだけれど、ありますよと編集長氏は笑う。もっとも手渡してくれるつもりは無いらしく動かない。シュラインも探し出して、その時の麗香の気持ちを覗き見るつもりも無いので構わなかった。
「まあ世間に記事として出せなくても、ここで時々誰かが読んでいく。それでも充分でしょう」
「……そうかもしれませんね」
 編集長氏の絶えぬ笑顔につられるようにしてシュラインも笑う。
 しばらく互いに微笑んで、編集長氏が歩き去る前にふと思い出した疑問を告げた。
「何故、この噂が繰り返し――定期的に?」
 少し動き辛そうにしながら頭をくるりと傾けて上半身を振り返らせた編集長氏。
 ぱちぱちと妙にはっきり瞬きしてから愉快そうに笑ってみせた。
 きちんとした周期は無いですけれど、と前置きして。

「私を忘れられちゃ困りますから」

 当然といえば当然の理由につい、シュラインも吹き出した。


** *** *


 月刊アトラス編集部。
 何人かを残して外に出たのか、空席の目立つそこに戻れば、碇麗香編集長が彼女にしては厳しさの無い表情で出迎えた。
「見つかったかしら」
「はい。正しくは――読めない雑誌、といったところなんですね」
「そんなものよ」
 貴方達もご苦労様、と桂に捕まった三人に呼び掛ける。
 麗香の声にそれぞれが頷く頃には桂が三下を引っ張ってお茶の用意に去って。
 折角だから、と腰を下ろしたところで「そうだ」と麗香が一度伏せた顔をまた上げる。
「使えそうなネタがあるんだけど、取材協力お願い出来るかしら」
 場所は詳細は対象は、と返事よりも早く列挙し始めた麗香を見遣り、それから互いの顔を見て、シュライン・エマ、梧北斗、加藤忍の三人はそれぞれに小さく笑うと頷いた。



 ――これが『記事にならない原稿』の話。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5698/梧北斗/男性/17/退魔師兼高校生 】
【5745/加藤忍/男性/25/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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 八不思議企画の一つ『隠された言葉』に御参加頂き有難うございました。
 こんにちは、ライター珠洲です。
 い、意表を突くオチでなく申し訳御座いません(平伏)
 オチ、オチ、オチとちょっと脳味噌絞ってみましたが結局最初の予定通りのオチにしました。プレイングも調査的な部分は流すだけになってしまいましたが如何なものでしょうか。最初に出たのがNPCの外見だったという辺りが不思議企画からズレ気味……!
 三人が一同に介している場面は同一となっております。単独部分が違うので宜しければ他のPC様の個別もご覧下さいませ。

・シュライン・エマ様
 編集部員以外と話、という点が非常に嬉しかったのですが……描写無くて申し訳なく。
 仕事の打ち合わせが、というちょっとした日常場面のプレイングが楽しいライターです。日々の一幕が想像出来ちゃうなぁと拝見しつつにんまりしたりしておりました。