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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『逢魔ノ書』

【0.オープニング】

 ――アンティークショップ レン。
 様々な「曰く付きの」品が集まる場所。訪れるものを選び、用のない者はその看板すら目にすることはないという。
 店主は碧摩 蓮。確かな眼力を持ってして、その数々の「曰く付きの」品々を取り扱う、店主というより管理人に近いとも言えるだろう。
 さて、そんな彼女ですら預かり知れぬ品がここにひとつ。

「逢魔ノ書、ねぇ……ただの白紙の本だよ」
 背の低いテーブルに上体を凭せ掛け、蓮は面倒臭そうに長く紫煙を吐いた。とんとんと小刻みにテーブルの表面を叩く指は、彼女が苛立っているようにも見えて男は片眉を上げる。
「君も知らんのか」
「あたしが仕入れたわけじゃないからね」
 間髪入れずに返ってきた言葉に男は薄ら笑いを浮かべた。窓から漏れる西日が男の顔を朱く染めていたが、尖った鼻と顎のせいか、その顔はぞっとするほど酷薄そうに見えた。
「調べさせてもらっても?」
「好きにしな。探す気があるならすぐに見つかるよ」
「心得ている」
 あしらうように軽く手を振った蓮に、男は一層口元を歪めた。一定のリズムの靴音を鳴らしながら、奥の書棚の間でふと立ち止まる。一冊だけ、タイトルも何もない分厚い日記帳のような本が、書棚の前に放り出されていた。
 棚に収まり切らずに部屋の隅のほうで積まれている本は数あれど、こうして誰にも気付かれず、棚の前に一冊だけ本が落ちているというのは珍しい。男はそれを取り上げて、白い手袋が汚れることも構わずに埃を掃った。幸いその書棚と書棚の間には大きな窓が一つあり、内容を確かめるくらいならランプのひとつもなくともできそうだ。
 真っ黒な表紙を開くと、赤いインクが輝いて見えた。
「――赤。消え行く赤。時の流れ。闇を呼ぶ。
 ――赤。湧き上る赤。人の知恵。これを恐れる。
 ――赤。血の如き赤。命の源。命そのもの……」
 そのページはそこで終わりだった。だが男はページを繰ることができなかった。
 本は閉じられ、再び元の位置に落ちた。男の姿はどこにもなかった。
 外はもう夜の闇に包まれていた。

 店の入り口のドアが軋む音にはっとして、蓮は帳簿から顔を上げた。どうやら少しうとうとしていたらしい。自分でも珍しいことだと思いつつ、立ち上がって部屋を出た。
 店内には誰もいなかった。完全に閉じ切っていない扉ががたがた揺れて、冷たい空気を運んで来る。大方男が帰ったのだろうと思い、蓮は思いきり顰め面をした。
「挨拶ぐらいしていくもんだよ、まったく……」
 ドアをきっちり閉め直し、ついでに書棚の方へ向かった。見ればいつものところに例の本が落ちたままになっている。
 普段から几帳面な男にしては珍しい、と思いつつ、蓮はそれを手にとってぱらぱらと捲ってみた。
「ただの白紙の本だがねぇ」
 結構な厚さだというのに何も書かれていない。一度帳簿に使おうかとペンを走らせて見たが、何も書けなかった。奇妙な上に役に立たないものだが何となく置いている。時折この本から声が聞こえるような気がすることがあるからだ。
 結局いつもと変わりがないのを確かめてひとつ溜息を吐くと、蓮は本を閉じ、書棚の隙間へそれを押し込んだ。


【1.アンティークショップにて】

「こんにちわ」
 戸が軋んで冬の冷たい空気が店内に流れ込んだ。店の窓が文句を言うようにガタガタと鳴り、紫桜は慌てて後ろ手に扉を閉めた。古い物から燻る独特な匂いが篭る室内の片隅のテーブルから、静かに紫煙が昇っていた。
「また何かお手伝い出来たらと思ったんですが……」
「うーん……残念ながら面白い物は入ってないよ」
 蓮は悠然と脚を組替えて、煙管に溜まった灰をガラスの器に落とした。灰皿とは思えないような凝った造りの中で、浮かし彫りが残り火に赤く灯った。蓮は店の入り口に立つ紫桜に手招きをする。ここへ来て座れという合図だ。
 紫桜が扉から離れようとした時、再び軽い鈴の音が鳴った。腰を屈めて店に入って来た人物は二人にとって見覚えのあるものだった。
「伏見さん」
「あれ、櫻さんじゃないですか……あなたも『逢魔ノ書』を?」
「『逢魔ノ書』?」
 紫桜が鸚鵡返しに尋ねると、店の戸が更に大きく開いて伏見の後ろから背の高い女性が入って来た。伏見は体を脇へやって女性が店内に入れるようにすると、寒さから逃れるようにすぐさま扉を閉めた。
「……こちら、綾和泉さん。彼女も『逢魔ノ書』を探しにこちらへ……ここへは来られる人そのものが珍しいので、声を掛けたんですが……」
 伏見がのんびりと紹介してくれている間に、紫桜と綾和泉は軽く会釈をし合った。蓮は手にしていた煙管を器に預けてテーブルに肘をつき、目を細めて三人を眺めていたが、急に席を立つと、店の奥の書庫へと続く扉を開けて腕を組んだ。
「なら今日はあんた達は『逢魔ノ書』探しってわけだね。まったく、どいつもこいつも物好きなもんだよ」
 呆れたというような溜息をひとつ吐いて、蓮は三人を書庫の方へと押し遣った。それから無造作に天井から吊り下げてあるランプをひとつ取り外すと、マッチで火を灯して伏見に渡した。
「暗いから気をつけな。……さて、あたしは一眠りといこうかね」
 蓮は眠そうに欠伸をして、店の方へと戻って行った。


【2.本探し】

 書庫は薄暗い上に埃っぽく、店の中よりもずっと空気が冷えていた。整然と並んだ本棚は天井近くまであり、更に本棚に収めきれない本が部屋の隅でうずたかく積まれている。日焼けを嫌ってか部屋には窓がひとつしかない。西に面した窓は、今はきっちり黒いカーテンが外の光りを遮断していた。
 三人はまず明かりを探したが、室内にはひとつとして照明器具がなく、代わりに扉の脇にランプ用の油が置いてあった。
「カーテンは開けない方がいいのかしら」
「本の日除けのためですよね……でも窓があるんですから、少しの間なら大丈夫じゃないでしょうか」
 紫桜がカーテンを引くと、その周囲のわずかな空間にだけ光りが射し込んだ。太陽はまだ傾き始めたばかりだ。
「あら」綾和泉が書棚の間で声を上げた。
「白紙の本ね……これだけ本棚から落ちていたのに」
 綾和泉はすっと指先を本の表紙に走らせた。
「埃を被っていない」
「逢魔ノ書でしょうか?」
「……ちょっと貸していただけますか?見てみましょう……」
 伏見が書棚の間からひょいと顔を出して、綾和泉から本を受け取った。
 表紙の黒をじっと見つめて、伏見は本に篭められた魔力を探った。微かだが声が聞こえてくる――しかしこの本の魔ではなく、それは人の声だった。
 声はやがて消えて行った。伏見は困惑した表情で、本の表紙をそっと確かめるように撫でた。白紙の本、というよりそれは、記録簿か何かに近い作りで、黒い布張りの表紙にはタイトルすら記載されていない。ページを捲っても少し厚めの淡いクリーム色の紙が綴られているだけで、奇妙な点は――この本自体が奇妙だということを除けば――何もなかった。
 伏見は言葉を選びながら、二人に言った。
「……恐らく、これが逢魔ノ書であることに間違いはないでしょう。この本には……微力ながら魔力が感じられますが……それはこの中に巣食う何かを隠すためのものであると……」
「何かいるんですか?」
 紫桜が目を見張ると、伏見はこくりと頷いた。
「ええ……微かにですが声が聞こえました。人の声でしたので……多分『逢魔ノ書』というのは……人を本の中に取り込んで、その中で『魔』に『逢う』ことになるんじゃないでしょうか……」
「ということは、本が人を引き込む特別な『時』があるはずね」
「逢魔ノ書、ということは、逢魔ヶ時。夕方ぐらいでしょうか」
 窓の外を振り返ると、いつの間にか西日が部屋の奥まで深く伸びて来ていた。ランプがなくとも文字が判別できるほどには明るい。伏見はランプを床に置いて、表紙を捲った。


【3.逢魔ノ書】

 気が付けばそこは知らない世界だった。どこまで続くのかわからない程広い空間は、どこを見ても夕日のような色をしている。足元すら他と同じ色で、そこに本当に地面が存在するのかどうかすら怪しいものだった。
「見た?謎掛けかしら……ひとつめは夕日ってことよね。現にこんなところに来てしまったわけだし」
 綾和泉は眼鏡を少し持ち上げて、ちかちかする目頭を揉んだ。
「ふたつめは確か湧き上る赤でしたよね。俺は火か何かかな、と思ったんですけど……」
 紫桜がそう言うと、前方の空間が突然ボッと炎上した。三人は驚いて少し後退りしたが、火はすぐに消えて見えなくなった。
 入れ替わるように背後から小さな笑い声が聞こえた。振り返るとすぐ後ろに男が立っていた。立っているとは言っても、男は両足とも膝から下が不自然に失われていて、浮いていると言った方が正しいような格好だった。
 男は馬鹿にしたようなくつくつ笑いを治めて、微笑みを浮かべて言った。
「君達は何も知らずにここへ来たのか?『逢魔ノ書』がどういった物か……ここでは欲しい物は何でも手に入る」
 男が指を鳴らすと、何もない空間から白磁のティーセットが現れた。慣れた仕草でティーポットを傾けると、薫り高い紅茶がカップに滑り落ちる。テーブルもないのにポットもソーサーも真っ直ぐに置かれていた。
「……あの……脚をどうかなさったんですか?」
 伏見が尋ねると、男は訝しげに眉を顰めた。
「脚?どうしてそれが必要と言える?望めばすぐに手に入る。歩く必要などどこにもない――」
「――左様。そして必要のなくなったものは消えてなくなる――道理ではないか」
 ぞくりと背筋が粟立つような、冷たく低い声だった。男の後ろから現れた魔物は、黒く艶やかな手を男の肩に掛け囁いた。
「じっくりと味わうつもりだったが、料理が3つも増えたのだ――お前はもう必要ないな」
 魔物が深く息を吸い込む仕草をすると、男の体が末端から掻き消えるように無くなっていった。驚く暇もなかった。
 魔物は満足げに瞼を閉じた。それからちらと三人を窺った。
「何年ぶりか……こうして人を喰らうのは。本の所持者が変わって以来、随分長い間食事もせず過ごしたものだ」
 感慨深げな独り言の後、魔物は舌なめずりをして、三人に襲いかかろうとした。
 伏見が咄嗟に火を呼んだ。火は魔物の体を包み、魔物は恐ろしい咆哮を上げた。三人は魔物から距離を取ろうと走ったが、やがて火は消え、魔物は怒り狂ったように吼えた。
「……みっつめの謎掛けが、鍵になるようですね……」
「『血の如き赤』でしたっけ?一体何のことなんだ……」
 考えてはみるものの、ピンとくる答えはなかった。綾和泉は他に何かヒントがなかっただろうかと、本に浮かんだ文字を思い浮かべた。みっつの言葉。それぞれ異なる赤。クリーム色の紙に、赤インクが輝いて……。
「赤インク」ハッとして言った。手の中にインク壷になみなみ入った赤いインクが現れた。
「そうよ、赤インクだわ。インクには引火性があるし、恐らくこれでアレに直接印を記して火を呼べば……」
「……問題は、どのようにして印を記すか、ですね……」
 伏見が眉根を寄せると、綾和泉も腕を組んで考え込んだ。直接体に印を記すとなれば、ある程度の接近は免れない。その上印を記し終えるまでは火で錯乱させることもできないのだ。
「やってみましょう」
 紫桜が意を決して言った。手の平から抜き身の刀を引き出して、切っ先を壷の中の赤インクに浸す。
 伏見が紙を用意して、綾和泉がさらさらとそれに印を書き付けた。紫桜は何度かそれをなぞる仕草をして、こくりと頷いた。
 印を記す作業は思っていた以上に危険で難しかった。相手はただ棒のように突っ立っているというわけではない。こちらの隙を狙ってあわよくばと攻撃をし掛けてくるし、インクは乾く。伏見と綾和泉が物を投げつけたりして援護しつつ、紫桜は何とか印を記し終えた。
「下がって!」
 紫桜が後方に飛び退くと、魔物の体が炎上した。頭蓋に響くような叫びを上げながら、魔物の体が崩れていく。火と共に魔物が消え去った後、辺りは照明が切れたようにふっと暗くなった。


【4.帰還】

 再び気が付けば書棚の前に戻っていた。室内は既に真っ暗で、足元に置いたランプだけが丸い光を放っている。伏見がランプを持ち上げて手にしていた本を見ると、一瞬その表紙に記した印が表れて、じゅっと燃えるように消えた。本の端に火が点いて思わず手を離したが、青い炎は他に燃え移ることもなく、『逢魔ノ書』だけを灰にしていった。
「燃えてしまったわね」
 綾和泉が少し残念そうに言った。
「あの男性は助からなかったんですね」
 紫桜は溜息を吐いて、落胆して肩を落とした。
「……ですが少なくとも、これ以上犠牲者は増えませんよ……」
 伏見が灰を拾い上げたが、銀色の灰は風もないのにさらさらと流されて消えていった。
「……結局、逢魔ノ書が何故存在し得たのかわからずじまいでした……」
「私もそれが気になってたんだけど……欲しい物を得るために命を落とすなんて、理解に苦しむわ」
「一種の安楽死、とかじゃ」
「でもあれだと死者を弔うこともできないわよ」
 暫く三人で考え込んだが、答えらしい答えは出なかった。その内ランプの明かりが小さくなってきたのに気付いて、伏見がそれを軽く揺らした。
「……そろそろ戻りましょう。碧摩さんが、心配……はしてないかもしれませんが……怒ってるかもしれません」
「そういえば、私夕飯の仕度がまだなんだった」
「俺も早く帰らないと……今、何時だろう?」
 三人が慌しく出ていった後、書庫の中は再び静寂に包まれた。いつの間にやらカーテンはぴたりと閉じ合わさっており、光りを写すものはもう何もない。
 暗闇の中で一冊の本が、書棚から落ちる音がした。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23才/都立図書館司書】
【5653/伏見・夜刀(ふしみ・やと)/男/19才/魔術師見習、兼、助手】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男/15才/高校生】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
「逢魔ノ書」へのご参加、ありがとうございました。

 今回は少し実験的に台詞量を増やして書かさせていただきました。物語のテンポアップに繋がっているといいんですが……。
 そして謎解きは自分的に初めての試みだったんでちょっとドキドキしてました(笑) ひとつめ、ふたつめは正解が出たんですが、みっつめはどうも書き方が悪かったようで(汗) 自分でもちょっとまずったなーとか、オープニング受理後に思ったりしてました。命の源じゃなくて、記す物、とか何とかにすればよかったですね……。
 この作品は『クリエーター八不思議企画』のひとつです。企画を主催させていただいたのは初めてのことだったので、色々と戸惑うこともあったのですが、他の『八不思議』へも既にご参加して下さった方もいらっしゃるようで。「やべぇ、うっれすぃー!」とモニターの前で小躍りしてしまいました(笑) まだまだ企画は続いておりますので、よろしければ是非他のライター様の作品にもご参加下さい。ちなみに各不思議は独立してますので、この作品に参加していなければ話がわからない〜なんてことはございません。私以外は人気ライターさん目白押し!という感じですので、オープニングチェックだけでも是非!

 それでは今回はこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!