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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ベルが聴こえるその前に


 11月後半にもなると、街中が電飾に包まれてくる。赤と緑、青と白、といった二色のカラーに彩られた木々も多く立ち並んでいる。
「持ち主さーん!」
 街中で配っていた風船を受け取り、藤井・蘭(ふじい らん)はぱたぱたと走って藤井・葛(ふじい かずら)の元に戻ってきた。手にしているのは、店の宣伝が入った赤い風船。
「良かったな、蘭」
「はいなのー!にゃんじろー模様入りなの」
 誇らしそうにいう蘭に、葛は小首をかしげながら風船を見た。確かに蘭が言う通り、蘭の好きなアニメの主人公であるにゃんじろーの絵が、店の名前がかかれている隣に描かれていた。尤も、かなり小さい絵だったが。
「……良かったな」
「はいなの!」
 どれだけ小さい絵でも嬉しいんだな、と葛は苦笑する。こんなに小さくても、蘭にとっては「大好きなキャラクター入りの風船」になるのだ。小さな喜びを小さな絵から生み出せる蘭に、葛は時折感心してしまう。一緒にいて、新たな発見を与えられるようで嬉しくもなる。
 葛は手にしている買い物袋を覗き込み、買い漏れがないかどうか確かめる。今日の夕食に関わってくるので、買い残していたら後々面倒な事になる。そうこうしていると、隣で蘭がぽつりと呟く。
「サンタさん、今から風船配って大変なのー」
 受け取った風船を見上げ、更に風船を配るサンタクロースの格好をしたおじさんを見て蘭は呟いた。赤と白の服に身を包んだ店員らしき人のことを、蘭は「サンタさん」と呼んでいるのだ。
(蘭にとっては、街中はサンタクロースで溢れているんだろうな)
 葛にはサンタの格好を身に纏った店員達が忙しく働いている、という風にしか見えない風景も、蘭にとってはサンタクロースが今から働いていると思っている。新たな発見を与える蘭に、やっぱり葛は笑みをこぼす。
「サンタさんも皆に早く会いたかったんじゃないか?」
「そうなのー?」
「どうかな?クリスマスになったら、分かるんじゃないかな」
「クリスマス!楽しみなのー」
 蘭はそう言い、にこっと笑った。去年のクリスマスの事を思い出しているのかもしれない。
「いい子にしていたら、プレゼントをくれるのー」
「そうだな。蘭は、いい子にしていたか?」
「していたのー」
「本当に?」
 悪戯っぽく葛が尋ねると、蘭はぷくりと頬を膨らませる。
「してたのー!」
 葛はくすくす笑いながら「そうだな」と言って蘭の頭を撫でてやる。ふわりとした柔らかな髪が、心地よい。
「それで、今年は何をプレゼントして欲しいんだ?サンタさんに」
「いっぱいあるのー」
(たくさんあるのか)
 葛は一瞬どきりとし、その次に一先ず安心する。たくさんあれば、そのうちの一つを選んでプレゼントとすればいいのだ。他はまた今度、とかいう手紙をつけていれば「分かったのー」と納得しそうな勢いだ。
「例えば?」
 クリスマス前のリサーチを開始する。蘭は「ええと」と言いながら、たくさんあるというプレゼントを一つ一つ言っていく。
「にゃんじろーかー」
(プレゼントとしておかしい。アニメのキャラクターだし)
「おっきなプリンかー」
(どれだけ大きなプリンだ?)
「ビーズクッションかー」
(それなら家にあるし。まあ、またあげてもいいけど)
「新しいおっきな鉢!」
 最後のプレゼント候補に、葛はただ「そうか」とだけ答えた。こういう回答が返ってくるというところから、やっぱり蘭はオリヅルランなんだ、という再認識が行われる。
「……どれか、もらえるといいな」
 とりあえず、にゃんじろーはないから、と葛は心の中で呟く。蘭はそんな葛の思いも知らずに「はい、なのー」と答えた。嬉しそうだ。
 そんな中、蘭が一つのウインドウに引かれてぱたぱたと走っていった。そのウインドウに飾られていたのは、クリスマスツリーだった。近くには色とりどりの星がちりばめられ、傍にたくさんのプレゼントボックスが綺麗なリボンを結ばれて置かれている。
 クリスマスのお知らせをしているそのウインドウに、暫くの間蘭と葛は目を奪われた。
「持ち主さん、クリスマスの準備するなのー」
 くいくいと葛の着ている服の裾を引っ張りながら、蘭は葛に言った。葛は苦笑しながら「おいおい」と言う。
「まだ早いだろ?」
「でも、いっぱいあるのー」
 確かに、街中はクリスマスで溢れていた。だが、暦上ではまだ一ヶ月近くあるのだ。今から準備するには、早すぎるといえよう。それなのに、蘭はじっと葛を見つめている。大きな目で、早くクリスマスの準備をしようと訴えてきている。
 クリスマスの準備が楽しいという事まで、しっかり覚えているのだ。
 葛は根負けし「分かった」と答える。蘭はそれを聞き、ぴょんぴょん飛び跳ねながら「わあいわあい」とはしゃぐ。
「そうと決まれば、早く帰るのー!帰って準備するのー」
 蘭はそう言い、ぐいぐいと葛の手を引っ張った。葛は最初「はいはい」と言って苦笑していたが、ふと何かに気付いた。
「……蘭、甘いものは食べたくないか?」
「甘いもの?」
 葛を必至に引っ張っていた蘭の手が、ぴたりと止まる。葛はにっこりと笑い、一軒の店を指差した。
 その先にあるのは、ケーキ屋さん。
 蘭の目がきらきらと光り、葛を家に引っ張っていた手は即座にケーキ屋へと引っ張り始める。
「食べるのー!」
「よし、じゃあ行くか」
「はいなのー!」
 二人は顔を見合わせてくすくすと笑い、ケーキ屋へと向かって歩いていった。


 店内に入ると、まず目に映ったのはケーキのショウケースだった。苺が乗ったものや、チョコレートがかかっているもの。盛りだくさんのフルーツが乗ったタルトや、ふわふわとろとろに仕上がっているプリン、口の中でとろりと溶けていってしまいそうなババロアに、たくさんの空気が入ったふんわりとしたシフォン。見るだけで心が躍りそうなケーキたちが、所狭しと並んでいた。
「おいしそうなのー」
「本当だ、どれも美味しそうだな」
 二人が目を輝かせながら真剣に悩んでいると、店員が出てきて「いらっしゃいませ」と声をかけた。
「今はちょうど、ハウス栽培の苺が出来ている時期なので、苺系がお勧めです」
「苺系か……」
 葛はそう呟き、改めてショウウインドウを見つめる。確かに、苺を使ったケーキがたくさんあるのだ。
 定番のショートケーキに、ベリーのタルト。苺のムースやババロア、チーズケーキの苺ソースがけ、苺が乗っている苺クリームが挟まったロールケーキ。果てには苺プリンや苺シュークリームといったものまで、揃っている。
「蘭、決めたか?」
「はいなの!僕、プリンがいいのー。苺の乗ってる、あのプリン」
 蘭がそう言って指差したのは、店員が進めてくれた苺プリンだった。蘭の目は、それから動こうとはしていない。
「じゃあ、俺は苺のチョコレートケーキにしよう」
 葛も自然と顔を綻ばせ、そう言った。こういう目に綺麗なものを見ていると、何故だか顔が緩む。
「畏まりました。店内でお召し上がりですか?」
「はい」
「では、お席の方にご案内しますね」
 店員に案内され、葛と蘭は席につく。それぞれ紅茶とオレンジジュースを注文し、ケーキがやってくるのを待った。
「持ち主さん、クリスマスケーキは作るのー?」
「作るよ」
「じゃあ、苺がいいのー!苺!」
「苺かぁ。……安かったらいいな」
 葛は苦笑交じりに答える。ハウス栽培な上に、皆がクリスマスケーキを作ろうとする時期だから、妙に高そうな気がするのだ。実際、この時期の苺はとても高い。需要があるからなのだろうが。
(でもまあ……蘭のリクエストだしな)
 嬉しそうにケーキとジュースを待っている蘭を見て、葛は心の中で呟く。目の前でわくわくと胸を躍らせている蘭の姿を見て、誰が「苺は駄目だ」といえようか。
 一年に一度しかない、クリスマス。
 街中がネオンで彩られ、至る所にクリスマスツリーが立っている。
 そんな特別な日に、ちょっとした贅沢くらいならばしてもいいのではないだろうか。こうして、喜ぶ人がいるのだから。
「お待たせしました」
 店員が、それぞれのケーキと飲み物を持ってきた。目の前にやってきたケーキは、ショウウインドウで見た時よりも妙に美味しそうに見えるから不思議だ。
 自分が選んだ、という贔屓目でも発生するのだろうか。
 フォークを手に取り、口へと運ぶ。チョコレートのほろりとした苦味と共に、甘さが口一杯に広がった。間に挟まれている苺のソースが、更に広がってなんともいえない絶妙の味を提供する。
「おいしいのー」
 美味しい思いをしているのは、蘭も同じだったようだ。満面の笑みを浮かべ、プリンをスプーンですくって食べている。にこにこと、幸せそうな顔をして。
「こっち、一口食べるか?」
「はいなのー!」
 蘭はそう言い、葛に一口食べさせてもらう。そして、やっぱりにっこりと笑う。
「おいしいのー!」
「良かったな」
「はいなのー!」
 蘭は満面の笑みで答え、ぱくぱくとプリンを食べる。葛も紅茶を啜りながら、ケーキを食べていく。
 そんな中、突如蘭は「あ」と声を出した。葛は突然の出来事に「ん?」と言いながら小首を傾げる。
「どうしたんだ?蘭」
「僕……プリン、食べちゃった」
 蘭はそう言うと、呆気に取られたようにじっとプリンを見つめている。あと少しでなくなりそうになっている、プリンを。
「プリンは、食べてはいけないものなのか?」
「だって僕、クリスマスにプリン……」
 蘭の言葉に、葛は「ああ」と納得する。そういえば、蘭のクリスマスに欲しいプレゼントリストの中に、大きなプリンという項目があったような気がする。
 葛は思わず吹き出し、蘭の頭を優しく撫でる。
「蘭が食べているのは、苺プリンだ。多分、サンタさんもそれはわかってくれるさ」
「本当なのー?」
「ああ。それに、プリン以外のものにしようかなぁっておもっているかもしれないぞ」
「なるほどなのー」
 蘭は安心したらしく、再びにこっと笑ってプリンに取りかかった。
(ビーズクッションか、大きな鉢か……それともまた別のものか)
 葛は心の中で呟き、最後の一口となったケーキを口の中に放り込む。最後まで残っていた苺が、甘酸っぱく口の中で広がっていく。
(クリスマスまで、あと少しかもしれないな)
 まだ一ヶ月あると思っていたクリスマスまで、日にちが無いような気がしてきた。
「僕ね、今年はジングルベル歌うのー」
「前、テレビでやってたって言っていた歌だな?」
「そうなの」
 蘭はにっこりと笑いながら「楽しいクリスマスなの」と答えた。葛は「そうだな」と言い、紅茶を飲み干した。
 家に帰ったらツリーを出そう、と心に決めながら。

<耳の奥でベルの音が聞こえ始め・了>