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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今日だけの夢魔




 夕方になると、街中では青やオレンジの光がポツポツと灯りだす。
 外でも、教室の中でも、あちこちから“クリスマス”の言葉が聞こえてくる季節だ。
(もうそんな時期なんだなぁ)
 浮き足立つ、とまではいかないけど――少し弾んだ気分になる。

 ――あ。
 学校帰りに足を止めたのは、ケーキ屋さんのショーウインドーの前だった。飾りつけをされたサンプルがお行儀よく並んでいる。クリスマスソングを聞きながらだと、ケーキが普段より美味しそうに見えるから不思議だ。
(お菓子で出来たサンタさんの飾りも可愛い)
 食べるのが勿体無いくらい。

 ――今年のクリスマスはどう過ごそうかな。
 クラスメートの中には、好きな人に告白をすると決めている子や、大勢で遊びに出かけようと計画を立てている子もいる。
 あたしは……どうしよう。
(家族みんなで一日中過ごすのは難しそうだし)
 たまには何処かへ行くのもいいなと思うけど――。

 だから、お父さんから電話で「一緒に遊びに行こう」と誘われたときには凄く嬉しかった。
「お仕事はいいの?」
 受話器の向こうから笑い声が聞こえた。
「いいんだ、罪滅ぼしなんだ」
「え?」
 意味がわからなくて聞き返そうとしたけど、
「じゃあ当日の夕方前に迎えに行くから。良い子にしているんだよ、みなも」
 ――すぐに電話を切られてしまった。
(うーん)
 罪滅ぼしが何に対してのことなのか知らないけど、お父さんと遊びに行けるんだ。
(一体何処に連れて行ってくれるのかな?)
(何をして遊ぶんだろう?)
 考えはじめたらワクワクしてきて、その日は眠りにつくのが遅れてしまった。


 楽しみにしていた日が来て、迎えにきてくれたお父さんの顔を見に玄関へ行くと――。
 あれ?
 お父さんの顔には絆創膏と引っかき傷が一杯。
「怪我したの?!」
 オロオロとしだしたあたしに、お父さんは笑って言った。
「顔だけメイクしたんだ、似合うかい?」
「え? う、うん……」
 ってことは、今から向かうのは仮装パーティー?
「あるアミューズメントパークでクリスマスカーニバルがあってね。みなもと行こうと思ったんだよ」
 そう言って、お父さんは詳細を教えてくれた。
 そのカーニバルはチケット制の期間限定イベントで、あたしとお父さんの衣装は既にパーク内に用意されているそうだ。パーク内は電球やステンドグラスで飾り付けてあって、ツリーもあるし、目でも楽しめる作りになっているらしい。
 ――聞いているだけで胸が躍ってくるのは、あたしだけではないはず。
「楽しみ!」
 はしゃいでいたせいかな――夜でもないのに、行く途中の信号の光すらキラキラと輝いて映った。


 そのアミューズメントパークへ行くのは初めてだった。
(こんなに大きいところなんだぁ……)
 入り口には飾り付けのされた門があった。白い粉雪をかけたような彩りに、門の上部には小さなトナカイがちょこんと乗っている。可愛い!
「サンタさんの国に入るみたい」
 あたしの言葉が中学生らしくなかったのか、お父さんは笑いをこらえる仕草をした。
「みなもが小さかった頃を思い出すよ。ハハハ……痛てて」
 慌てて口の近くの絆創膏を押さえている。それは飾りつけじゃなかったの?
 心配げに見上げるあたしに対して、お父さんはもうケロリとしている。
 うーん、わからない……。


 係りの人に通された先は、小さな個室。あたしはここで着替えることになっているらしく、お父さんは別の部屋に案内されて行った。
 ――あたしは何に仮装するんだろう?
 クリスマスだから、サンタさんかな。
 もしくはトナカイ――。
 この部屋にも幾つかの衣装が置かれている。赤い色をしているから、全部サンタさんの衣装みたいだ。サンタさんだけでも種類があるらしく、それぞれ微妙にデザインが違う。それから帽子。隣にある真っ白な袋は凄く大きい。あたしに持てるのかな?

「海原さんの衣装はこちらになります」
 係りの人に衣装を渡されたのは、勿論サンタさん――ではなく。
 トナカイでもなさそうな、黒色のモノ。
 戸惑いながらも確認してみると、装飾の多い衣装だった。角の丸いツノに、コウモリみたいな羽、刺さったら痛そうな尻尾。ピンヒールのブーツまである。これでちゃんと歩けるかちょっと不安。
 係りの人に突然服を脱がされる。
 え、ちょっと、あの、一体、これは、どういう――。
「すぐにわかりますよ」と係りの人。え、ええと、そうなんですか……。
 ブラジャーに触れられて、反射的に係りの人の手を払ってしまうあたし。
 衣装がピタリと肌にくっつくものだから、それ用の下着に替える必要があるのは分かっている。とは言え、人に脱がされるのには抵抗がある。
「脱ぐのは自分でやります……」
 お仕事で手伝って下さっているのだから、我侭言ってはいけないんだけど、ちょっとの間係りの人には後ろを向いてもらった。
 そこからは手伝っていただいて、黒い装束を着た。生地は薄いものなのに、とてもあたたかい。胸元が締まる感じがして、くすぐったい感じもする。
 尻尾をつけた所に違和感を感じていたお尻もやがて馴染んできた。まるで元から尻尾を生やしていたかのように。
 ツノも正確な位置に固定した。硬いものが頭のところにあるのって、不思議。
 足元が不安定になりつつも、何とかブーツも履いて、あとはメイク。これは係りの人にまかせっきり。
 目を瞑るように言われたり、かと思えば瞬きをするように言われたり。係りの人は目元にこだわっているみたいだ。
 隠し味のように、そっとアイラインを引かれる。ひんやりとした感触が目の下を撫でて行った。普段こんなことはしないから、憧れも相まってドキドキする。

 全身鏡の前に立って、やっと自分が何の格好をしているのかが分かった。
 ――夢魔だ。
 瞳がいつもより大きく見える。メイクしてくれた人の腕がいいのか凄く自然だ。鏡に映ったあたしは、微かに瞳を潤ませて、いつもより膨らみを帯びた柔らかそうな唇に笑みを零していた。
(何だか、色っぽくてあたしじゃないみたい――)
 身体のラインが物足りないけど……。
(ううん、でも、夢魔に見える!)
 どうして夢魔なのかと言うと、お父さんが懇願したそうなのだ。お父さんらしいと言うか、何と言うか。
 外に出たあたしは他の参加者の人たちの視線を一気に浴びた。
 みんな、目を丸くしてあたしの顔と身体を眺めている。
「……ッ!!」
 頬が赤くなるほど恥ずかしいけど、仕方ないことだもの。
 お父さんがリクエストしたんだし、それにもう着替えちゃったんだし。
 今日は夢魔として過ごすんだ。視線なんて気にしない、気にしない。
 ――ってあたしは何でこんな決意を固めているんだろう。

 お父さんの格好はもっと変だった。
 茶色くてまぁるい衣装を着て、すっごく歩き辛そう。
 どう見てもカボチャおばけ。
 元々あたしとお父さんの衣装は、ハロウィン用のものから借りたのだ。
「お父さんったら……」
 苦笑いするあたしと、お父さんの視線が重なる。
「綺麗だね」
 真面目な表情でそんなことを言われて、あたしは俯いてしまった。この言葉の方が、他の参加者の人たちにジロジロ見られるより恥ずかしい。
(うーこんなんじゃ駄目だよ)
 気にしないって決めたのに。
 せっかくのクリスマスだもの。恥ずかしがって縮こまるより、思い切り楽しみたい。
 ――それに今日は夢魔だもん――
「ハロウィンの衣装でクリスマスイベントなんて、贅沢だよねっ」
 ヤケになって言ったあたしの発言に、今度はお父さんが目を丸くする番だった。


 夜が近づいてきた。
 黒く変わろうとする世界の中で、小さな電球が姿を現す。
 建物は白く彩られて、暗い中に良く映えた。デザインも甘めで、お菓子の街に入り込んだみたいだった。
 お父さんにシャンパンを渡されて、二人で乾杯。
「メリークリスマス!」
 唇をそっとグラスにつけて、冷たい飲み物を飲み干した。炭酸が口の中で弾んで、甘くって。美味しいから、いくらでも飲めそうなくらい。
 ふと、お父さんと手を繋いで歩いてみたくなった。
「……いい?」
 お父さんの指に軽く触れて、隣から顔を覗きこんで。
 小さな声でお願いしてみる。
「何が?」
「だから、いい?」
「何が、何を」
 とぼけたような反応。今日に限っていじわるだ。
「……お父さんと手を繋ぎたいの」
 ライトが綺麗だったせいか、様々な人たちの話し声の中にいたせいか、気分が高揚していた。言葉がスラスラと出てくる。
 かたく手を握って、サンタさんや、今にも空を飛びそうなソリの飾りを見て歩いた。
 大きなプレゼントの袋を背負った小さな子供が走っていく。
「あの子、可愛いなぁ」
「そうだね」
 ポツポツと話をしながら移動して、大きなツリーへ着いた。
 明かりの下、お星様をつけられたモミの木。所々にはお花が飾り付けられ、そして幹の周辺には小人たちのお人形がダンスするように置かれていた。
「可愛い……」
「それに綺麗だね」
 大声で話していく人が多い中、二人だけ内緒話をするように喋り合う。
 ふと、お父さんは口をつぐんで――あたしにキスした。
 それは家族的なものだったけど、胸から心臓が出そうなくらいドキドキする。
「メリークリスマス」
 乾杯したときの言葉をもう一度お父さんは呟いた。
 そしてこう続けた。
「願いごとを言ってごらん」
「――……」
 まだ鼓動は激しくて、あたしの喉は震えていた。
「言ったら、叶う?」
「そうだよ。クリスマスだからね」
 心臓の音がより速くなった。
 今、一つの願いごとをしようと考えている。
「じゃあ、」
 と、声に出して言った。
「腕も組みたいな」
 ――呟いた声が夜に消えて、数秒経ってから、あたしはお父さんの腕に手を滑り込ませた。
 片足を一歩引いて、驚きの表情を浮かべているお父さん。
 お父さんの胸に顔をうずめてクスクスと笑うあたし。
 さっきと立場が逆転していた。
 こんな大胆なことが出来るのは――きっと、あたしが今、夢魔だから。
 例えクリスマスじゃなくても、願いごとは強制的に叶えちゃう。




 終。