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<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


福太のクリスマス

 日本にクリスマスという行事が定着してから、どれくらいになるだろう。十二月ともなれば皆、イルミネーションに浮かれプレゼントの準備に余念がない。来週には正月を祝うと知りながら、わずかな期間一億三千万は日本の神を忘れる。
 そんな民主主義に去年まで一人反旗を翻していたのは、わずか十歳にして神社の神主を務める生真面目というか頑固な少年、福太。だがとうとう彼も、現代の女子高生という言葉を体中に貼りつけたような茶髪に巫女服を着るわがままな姉に折れて神社でクリスマスパーティとやらを執り行うことにした。
「ですが、神道を外れないようお願いいたします」
依頼に応じた面々は、クリスマスイブ前日の天皇誕生日にそれぞれパーティーに必要なものを準備して神社の鳥居をくぐった。

 神社を守る立派な神主という肩書きを持ちつつも、福太はまだ十歳の少年。口では渋々姉の希望を受け容れつつも、表情は年相応に頑固で幼い眉間には似合わない皺が寄っていた。渋茶を飲んだような福太の顔を一目見るなりシュライン・エマはその眉間に長い人差し指をぐりぐりと押しつける。
「なにつまらなそうな顔してるの。君が決断したのよ、今更止めたなんてなし」
「ですが、やっぱり気が進まないのです。神聖な場所に西洋の風習を持ち込むなど、罰が下るのでは・・・」
「四の五の言わない」
大体八百万の神なんだから一人くらい増えてもいいでしょうとシュライン。確かにそうですがうちで奉っているのは少名彦名命だけですと福太。背丈は明らかに負けているが気概は負けていない。
「頑固だなあ、あんたの弟」
羽角悠宇はシュライン相手に頑張っている福太と、自分の横にいる姉とを見比べる。
「姉さんなんだろ?あんたのほうが折れてやったら」
「やだ」
間髪入れず返って来る答えに、こっちもやっぱり頑固だと確信を持つ。腕組みをしたまま彼女がいじっている自分の髪の毛、金色に近い茶髪と巫女服のそぐわなさに悠宇はついつい
「似合わねえなあ」
とぼやいてしまう。口に出した直後、しまったと後悔したが案の定すぐに刺が返ってきた。
「巫女服が似合わないことなんて、昔から知ってるわよ。でもあんたにそんなこと言われる筋合いなんてないんだけど」
「あ、いや・・・・・・」
こんなときに限ってうまい言葉が出ない。二人の間に口の滑らかな十里楠真雄が入ってくれなかったら恐らく、パーティが台無しになっていただろう。
「悠宇くんってば、どうして意地悪ばかり言うのかなあ。そんなことばかりやってると女の子に嫌われちゃうよ。ほら、謝って」
「わ、悪かった」
成り行き上、悠宇はそう言うしかなかった。さらに真雄は柔らかな冗談を一つ二つ飛ばし彼女の心を和ませた後で、今度は悠宇にだけ聞こえる声を出す。
「悠宇くんってば、日和ちゃんにあんな格好させたいなんて思ってたんでしょ。いやー、マニアックだねえ」
「て、てめえ・・・!」
「私が、なんですか?」
なんてこと言いやがる、と悠宇が真雄の胸倉を掴み上げようとした寸前、自分の名前を呼ばれた初瀬日和がひょっこり台所から顔を出す。その着ているものがたまたま白いVネックのセーターで、和服を思わせるものだったのでさらに巫女というイメージが重なり悠宇の顔が真っ赤に染まる。
「悠宇くん、どうしたの?熱があるみたいだけど大丈夫?」
一度頭に浮かべてしまうと連想というのはなかなか消えない。振り払っても振り払っても、日和が巫女装束を纏った映像が脳裏をちらつく。
「日和ちゃん、そろそろお料理始めましょうか」
面白いからこのまま悠宇を見ていたくもあったけれど、パーティの準備を優先させるためにシュラインは日和を台所へと導いた。部屋の飾りつけは、真雄と悠宇に任せることにしたのだ。
 見ていて飽きないコンビなので、大変に名残惜しくもあったのだけれど。

 二人が台所へ行ってしまった後、悠宇と真雄とは部屋の飾りつけにとりかかった。もう何年もクリスマスを拒否してきた家にいきなり金モールやふさふさしたもみの木は似合わない。とりあえずは気分からと真雄はこたつカバーに赤い布を、さらに斜めに交差させて緑の布をかぶせる。
「色だけでも変わる」
その通りである。さらにこたつの上に載っていたみかんを一時取り除いて、日和お手製の縮緬で縫ったツリーを置いたら随分と雰囲気がそれらしくなってきた。落ち着いた色味ばかりを選んでいるだけに、さりげなくなじんでいる。
「あと、こんなものもあるけどどうするんだ?」
天井からでも吊るすか、と悠宇が手の平いっぱいにすくってみせたのはツリーと同じく縮緬に綿を入れて作られた星や靴下の飾りたち。いくら日本家屋が低い屋根で造られているとはいえ、数え切れないほどの飾りがぶどうのようにぶら下っているのはあまり気持ちのいい光景ではない。
「こういうのはね、ほら」
安全ピンを使って、こたつカバーにくっつける。器用な、そして軽やかなセンスだった。
「なんか、飾りつけっていうより模様替えだな」
「それもいいね」
相鎚を打ちながら真雄は悠宇の横顔を掠め見る。悠宇は、自分の持っているものがどれだけ尊いものか自覚していない。手の中にあるものを、あんまりにも無造作に扱う。まあそれが、悠宇のなににも変えられない美点でもあるのだけれど。
「悠宇くんもやってみて」
真雄は悠宇に赤いリボンの飾りを渡す。どこに置こうかと、悠宇にとっては飾るではなく置くという感覚なのである、その辺を見回していたら福太の後ろ頭が飛び込んできた。
 十歳の中でもやや小柄な部類に入る福太の頭は小さく、綺麗に丸い形をしていた。くせのない黒髪は柔らかそうで、後頭部のところで可愛らしく一房束ねられている。その髻に、悠宇はリボンをつけてやった。
「やめてください」
「だってお前、さっきから不機嫌そうだから」
せっかくのパーティなのに、雰囲気を壊しかねない表情である。一度決めたことなら覚悟を決めろよと悠宇は、シュラインと同じことを繰り返す。
「外国人の祭りだからって、なんなんだよ。こう考えてみちゃどうだ?今日は大事な人と一緒にうまいもの食って、プレゼント交換してお互いに喜ぶ顔を見る日」
「・・・・・・」
「お前だって姉さんの喜ぶ顔が見たいだろ?」
福太の顔が赤くなった。否定の言葉はなかった。
「おや、悠宇くん」
そして次に顔を赤くするのは悠宇の番だった。
「大事な人って誰のことかな?やっぱり君も、大事な人の喜ぶ顔が見たくてここへ来たの?」
まったく、真雄は人の言葉の隙を狙うのが上手い。
「な、ち、違う!俺は別に日和と、いや・・・」
「あれ?悠宇くん。大事な人ってボクじゃないの?」
それは淋しいなあとサンタの人形に向かって嘆く真雄。自ら墓穴を掘ったことを後悔しながら、それだけは断じて違うと悠宇は首を振った。

 飾りつけが終わって、部屋の中には温かな料理の匂いが広がった。初めて見る本格的なクリスマス料理に福太とその姉、寿子は目を見張る。見目の派手な料理ほど味は拍子抜けするものだが、シュラインと日よりの料理に限ってそれはなかった。手をかけた時間に比例して、味わいも深いのである。
「お腹一杯食べちゃだめですよ、デザートのケーキが残ってますから」
「はい」
お菓子に目がないところは、やはりまだまだ子供だった。切り分けた七面鳥を一切れ、箸で口に運ぶと福太はこの鶏の照り焼きは美味しいです、と目を輝かせる。
「鶏の照り焼き、ね」
それでも頭の中はどこか和風だった。
「こっちの料理は、なんですか?」
次に福太が手を伸ばしたのは野菜のマリネ。取り分けたものをすぐに口へ運ぼうとしたが、真雄がそれを制して
「これをかけてごらん」
と三日月に切ったレモンを絞る。ほんのちょっとしたことで、味が引き立つことを真雄はよく知っている。細かな神経の持ち主だった。
「おいしいかい?」
「はい」
隣の姉、寿子を見ると寿子も急いで食べなければ消えてなくなってしまうと言わんばかりの勢いで、こっちはフォークで食べている。あともう一人熱心に食べているのは悠宇、悠宇は普段から細身の割に大食漢である。
「ケーキの分も、お腹を空けておいてくださいね」
三人があまりに勢いよく食べているので日和は聞こえるようにと少し大きな声を出す。どれも明日、明後日まで食べられるのだから一度に平らげてしまわなくてもいいのだ。
「これじゃパーティじゃなくておさんどんやりにきたようなものね」
どこへ行ってもいつのまにか「お母さん」を割り振られるシュラインはもう慣れてしまったという表情で頬杖をつく。やっと見られた福太の笑顔は貴重だった。
 ただ
「あんたのケーキのほうが大きい、変えて」
「嫌です」
切り分けたケーキを取り合う姉弟の姿には、止めなさいと一発ずつ叩いてやらなければならなかった。

「さて、最後はプレゼント交換にしましょうか」
「プレゼント交換、とはなんですか?」
クリスマスに対しほとんど知識のない福太が首を傾げた。
「みんなでプレゼント持ち寄ってきて、お互いに交換するんだよ」
「そのままだね」
字面だけの説明に真雄がくすりと笑う。だがそれ以上に説明のしようがないだろうと悠宇は真雄を睨む。
「今日は福太くんと寿子さんのためのパーティなので、お二人にプレゼントがあるんですよ」
 悠宇のプレゼントは手袋とマフラーだった。
「神社の神主なんて、寒そうな仕事だからな」
「仕事の最中には、こんなものをつけていてはいけないのです」
「あ・・・そうか」
馬鹿なことを言ったなあと頭をかく悠宇よりも、言ってしまった福太のほうが申し訳ないという態度だった。困ったような顔で、慌ててつけ加える。
「でも、あの、学校へ行くときに使わせていただきます」
「そっか」
悠宇を困らせないようにと気を使ってくれていた。やっぱり芯は優しい少年なのだ。ありがとな、と悠宇は福太の頭を撫でる。ありがとうと言うのはこっちのほうなのに、と福太は首を傾げていた。
 皆からもらったプレゼントで姉弟の小さな体は埋もれてしまいそうだった。その中で、
「でも僕は、誰になにをあげればいいのか」
困ったように目を伏せ、福太はじっと考えていた。と思うと、一番大きく切り分けられたケーキを寿子に差出し
「姉さん、プレゼントです」
幼いながら健気に考えた結果だった。
「いらないよ、そんな食べかけ」
「あげます」
「いいったら」
可愛らしい、微笑ましい口喧嘩だった。寿子が本気で嫌がって、いらないと言っているのではないとわかっていたから、今度はシュラインも止めなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3628/ 十里楠真雄/男性/17歳/闇医者(表では姉の庇護の元プータロー

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
姉のためにパーティを開きつつも、自分の意思に反するため
不機嫌を崩せない福太・・・。
皆様にもっと楽しい顔をしろと言われるたびに自分の耳が痛かったです。
今回悠宇さまと真雄さまの女性に対する反応を書いていたとき、
「ああ悠宇さまはやっぱり男兄弟だなあ」
と感じました。
日和さまに対するなんともいえないぶっきらぼうな態度が、
姉妹のいない家庭に育った雰囲気出していると思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。