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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖なる夜の

「僕が確かめます」
 名乗りを上げたのは、尾神・七重(おがみ・ななえ)だった。
 ゴーストネットOFFで囁かれる、化け物サンタの噂──子供の夢を運ぶサンタと、子供の夢を喰ってしまう化け物。何処で何が行き違ったのかはまだ判らないが、中々に面白そうだ。

 名乗りを上げて自宅へと帰る道のり、七重はふと思い出す。
 断片的に思い出される過去の記憶。
 街中で賑やかに響くクリスマスソング、大きなプレゼントを抱えて家路を急ぐサラリーマン、どの子供たちもにこにこと笑み、同じく笑みを零す母親に手を引かれて────
 其処まで考えて、七重はやれやれと嘆息した。
 何を感傷に浸っているんだろう、僕は。余計な事を考えて失敗する事なぞ、何とも無様で間抜けだ。

 気を引き締めなければ。
 き、と視線を目の前に据え、足取りも勇ましく七重は家路を急いだ。



 帰り付いた早々、一息つく暇も無く七重は作業に取り掛かった。
 だが守護魔術陣を敷こうと身じろいだ瞬間、前触れも無く明かりが消えた。気配もしなかったのに、と七重が眉根を顰める。何処かで家政婦が慌てて居るらしい、何かものを引っ繰り返す音が僅かに聞こえた。
 停電──こんな時に? 「化け物サンタ」が、近くに居るのだろうか。
「兎に角、魔術陣を描いてしまわないと」
 声に出して言うと、妙に落ち着いた。同時に、落ち着いたという其の事実に軽いショックを受ける。
 停電如きで僕が狼狽していたのだろうか。──普段はそんな事、在る筈が無いのに──或いは、今から対峙しようと試みる化け物が、「サンタ」と呼ばれているからだろうか?
 記憶に影を落とし始める其の前に、七重はぶんぶんと首を振って其れを追い払う。
 燭台を持ち出し、其処に立てて在った蝋燭に火を灯す。自分の周りが明るく照らされ、尚用心して注意深く気配を敷くも、化け物らしきものは察知出来なかった。
「けれど、傍には居そうだ」
 用心の上に用心を重ねねば。七重は注意深く身を屈め、守護魔術陣を描き始める。

 ────サンタ。
 蝋燭だけが照らし出す黒に満たされた闇の中、穿ちたくない記憶が呼び起こされる。
 駄目だ、今は駄目だ。集中力が途切れると言う事は、己の身を危険に露すと言う事だ。
 そう七重は自分に言い聞かせるも、「穿ちたくない過去」は穿たれて溢れ出す。
 思い出したくないのに──思い出してはいけないのに。けれど紐解かれ始めた過去は、もう自制しきれなかった。

 幼かった冬。
 街中に飾られたイルミネーション。
 軽やかな声で子供達が親にねだるのは、色とりどりの魅惑的な玩具。
 母親の仕方無いわねと言う声に混じるのは、諦めではなく甘やかす其れ。
 そうして子供たちは吊るすのだ、お気に入りの靴下をベッドに。
 サンタクロースに、プレゼントを貰う為に。
 他の子供たちと同じように、七重もベッドに靴下を吊るし、喩えようの無い密やかな興奮に包まれて眠った。
 けれど。
 けれど、サンタは来なかった。
 朝の空気で冷え切った靴下は、夜と同じく空っぽだった。
 サンタが七重の所を訪れた事など、一度も無いのだ────……

 過去に搦め取られた七重の背後に、ゆらりと奇妙な影が沸き上がる。
 其れは、見ようによってはサンタとも取れる──だが明らかにサンタとは違う、化け物が居た。
 サンタと同じく紅を纏ってはいるものの、嗚呼、其れはきっと別の紅だ。
「サンタ、なんて──……!」
 悲痛とも取れる声で、搾り出すように七重が呟く。
 刹那、七重の感情の高ぶりに併せて力を強められたらしい守護魔術陣が発動した。
 バチン、と大きな衝撃音と共に「サンタらしきもの」を弾いて消し飛ばす。衝撃が飛んだのか、蝋燭の火もかき消えた。

 けれど、七重は気付かなかった。
 気付かず其れに背を向けたまま、再び真っ暗闇に包まれた部屋の中、小さな肩を震わせる。
 部屋に明かりが灯り、家政婦が様子を見に来るまで──七重は唯、立ち尽くしていた。



 明くる日、ゴーストネットOFFの雫の元に報告が届く。
 七重からだ。其処には至極簡潔に纏められていた。
「サンタは来ませんでしたよ」