コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ダストエリアの亡霊


●序

 月刊アトラス編集部が入っている白王社所有ビルは、地下二階にビル全体のゴミが集結するダストエリアがある。
 朝7時になると、清掃員が上の階から順番にゴミを集め、燃えるゴミに限りダストシュートへと投入していく。そうして辿り着くのが、地下二階のダストエリアなのである。勿論、燃えないゴミは清掃員の手によって地下二階へと運ばれる。
 一箇所に集められるというのは、便利といえば便利である。間違えてゴミとして捨ててしまった書類を、泣きながら捜しに行く編集部員にとっては、特に。
「碇編集長、また出たらしいですよ」
 三下は碇に向かって少しだけ青ざめた顔でそう言い、ぶるっと身体を震わせた。
「出たって、何が?没なら、昨日出したわよ」
「そ、そうじゃなくてですね。……ほら、今噂になってるじゃないですか」
「噂ですって?行きつけのケーキショップから出た新作なら、今日食べたわよ」
 なかなか正解の出てこない碇に、三下は声を潜めるようにいう。
「いえ、だから……幽霊ですよ。幽霊」
「幽霊?」
「ダストエリアに、哀しいすすり泣きをする幽霊がいるっていう噂じゃないですか。昨日夜中に作業していたアトラス編集部員が、前の日にゴミと間違えてスクラップを捨てたから出すとエリアに取りに行ったら……」
「『無い』って言いながらすすり泣く声が聞こえた、ってやつね。それなら今朝聞いたけど、このビルのイメージを損なうから記事にはしにくいのよね」
「男の人の姿を見たって言う人もいますよね。交通事故に遭って亡くなった、このビルに入っている別の部署の人じゃないかっていう意見が有力です」
「とはいっても、この雑誌社のイメージが悪くなるような記事は書けないわね。この雑誌社だけで公表する記事なら、そう不都合はないと思うんだけど。そういう機会があれば……」
 碇はそう言いながら机を見た。すると、何かが碇の視界に入ったらしく、にやりと笑う。
「……機会があれば、それに応じるべきよね?三下君」
「そ……それは、どういう意味ですか?」
 びくりと身体を震わせた三下に、碇はにっこりと笑って一枚の紙を差し出した。それは、社内向けの新聞に対する、投稿募集要項が載っている紙だった。採用された記事を提出した部署は、その内容によって色の違うプレートを一新してくれるという、嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない商品がある。一番良かったものには金のプレートが提示されることとなる。
「ここで、この編集部に対する評価を上げるっていうのはどうかしら?」
 企んだ笑顔を見せる碇に、三下は慌てて首を振る。
「ぼぼぼ、僕は駄目ですよ!昨日の没原稿、まだ直してませんから!」
「あら、残念ね。じゃあ……」
 碇はそう言い、メールを作成する。『無い』と言いながらすすり泣くという、男性らしきダストエリアの亡霊に着いて調べて欲しいという内容のメールを。


●集合

 碇のメールによって集まったのは、全部で5人だった。一旦アトラスの会議室に集まった5人は、没原稿を直さなければならないという三下の声を無視しつつ作らせたという、ダストエリアの亡霊についての資料を受け取る。
「皆、手元に資料はいったかしら?」
「ええ、大丈夫みたいよ。……にして、三下君はこれを作っていても大丈夫なの?」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)が苦笑しながら尋ねると、碇は「ええ」と言って微笑む。
「大丈夫にするのが、正しいアトラス編集部員の姿よ」
「何だか可哀想な気がしますが……まあ、気のせいですね」
 櫻・紫桜(さくら しおう)はそう言って、こっくりと頷いた。可哀想である事は確かだと思われるが、紫桜はとりあえず気にしない事にしたらしい。
「それくらいでへこたれることは、ないのでぇす!」
 小さな体の、だが大きな声をした露樹・八重(つゆき やえ)がそうきっぱり断言した。本人はへこたれているかもしれないが、そう断言するならばそうなのかもしれないと皆に納得させる力が、その言葉にはあった。
「これで全員なのー?三下さんは、一緒に探さないのー?」
 きょろきょろと周りを見回しながら、藤井・蘭(ふじい らん)が尋ねた。碇は「そうね」と言って微笑む。
「三下君は、没原稿に従事させるわ。面倒になったらいけないから。そうそう、調査してくれる人は、後一人来る筈よ」
「本当。後一つ、資料が残っていますね」
 藤郷・弓月(とうごう ゆづき)はそう言い、一つだけ残っている資料を見つめた。小さく「遅刻かしら?」と呟く。
 その時、会議室中に「ちわー!」という元気の良い声が響き渡った。
「また面白い事件があったんだって?」
 そう言いながら、梧・北斗(あおぎり ほくと)が入ってきた。碇は「ええ」と頷き、空いている席に座るように指示する。
「これで全員揃ったわね。ということで、改めてお願いするわ」
「ダストエリアって、ゴミ捨て場の事ですよね?」
 弓月が碇に尋ねると、碇は「ええ」と頷く。
「朝7時に、ビル全体のゴミを清掃員さん達が集めておく場所ね。各階にあるダストシュートを使って一気に落とす事も可能よ」
「面白い場所があるんだな。んで、そこに幽霊がいついてると」
 ぱらぱらと資料をめくりながら北斗がいうと、碇は「いついてるって」と苦笑交じりに言う。
「ま、その通りなんだけどね。なんでも『無い』とか言いながら、すすり泣いている男の人らしいって話よ」
「無いと言いながらすすり泣くって……一人しか考えられないんだけど」
 シュラインがいうと、紫桜がこっくりと頷く。
「俺も、一人の人物を彷彿と思い出させるのですが……」
「あら、奇遇ね。もしかして、同一人物かしら?」
「恐らくそうだと思うんですが」
 シュラインと紫桜はそう言い合う。碇はそんな二人に「誰?」と尋ねる。
「ほら、良く言うじゃない。幽霊の正体見たり枯れ尾花って」
「差し詰め、幽霊の正体見たり三下さん、というところでしょうか」
 二人が真顔で言うと、アトラス編集部のほうから盛大なクシャミがきこえてきた。
「残念ながら、違うみたいよ。その時、三下君は珍しく帰っていたみたいだから」
「それは、すごくめずらしいのでぇす……」
 八重は驚いたようにそう言った。皆もそれに賛同しているあたり、皆が三下はいつも残業していて当たり前、くらいの勢いだったらしい。
「もしそうだったら、三下君にこのビル全体に謝罪文を書かせれば終わる話なんだけどね。最悪、きればいいし」
「きるって、何を切るのー?」
 蘭がきょとんとして尋ねると、碇はにっこり笑って「首よ」と答える。蘭はびくりと体を震わせ「怖いのー」と呟く。
「本当に首を切る訳じゃないわ。会社を辞めさせちゃうって事よ」
 苦笑しながら、弓月が蘭に教える。蘭はそれを聞き、にこっと笑って「よかったのー」と胸を撫で下ろす。
「ほんとうに、切っちゃうかもしれないでぇすよ」
 ふっふっふ、と八重が言う。蘭が再びびくりと体を震わせたが、シュラインが「こらこら」とその場を諌めた。
「皆、きっと声を聞いた人の話を聞きたいだろうから、呼んでおいたわ」
 碇はそう言い、大声で「佐々木君、渡辺君」と呼ぶ。すると、会議室のドアを二人の男性が入ってきた。
「例の話、してあげて頂戴」
「は、はい」
 佐々木と渡辺は碇に向かって頷き、皆の前に立つのだった。


●行動

 佐々木と渡辺は、月刊アトラスの中では「都市伝説」のコーナーを請け負っている。その日も投稿で寄せられた様々な噂や伝承を調べ、元となったであろう新聞記事などを調べていたそうだ。
「先に帰る奴がダストシュートにゴミを入れて帰るって言っていたから、いらない記事の部分を捨てたゴミ袋も、ついでに捨ててくれって頼んだんですよ」
「そしたら、その中にこれから使う筈だった記事を一緒に入れてしまっていたらしくて。俺と佐々木で、慌ててダストエリアに行ったんですよ」
 二人は地下二階に行き、ダストシュートの終着点にあるゴミ袋の山から、自分達の出したであろうゴミ袋を探した。10分ほどし、ようやく目的のゴミ袋を発見したのだという。
「流石にそのゴミ袋を持って編集部に戻る事はできないので、その場で開けて探す事にしました。もくもくと、二人で作業ですね」
「そうしたら、突然どこからか『無い』っていう声が聞こえました。最初は渡辺が言ったんだと思って、俺は『根気良く探せば、いつか出てくるさ』って言ったんです」
「当然のように、僕は何も言ってなくて。むしろ佐々木が言ったんだと思ったんですね。だから変なこというなぁって思ったんです」
 だが、二人はだんだん気付いてきた。「無い」と言っている声が、互いの声ではない事に。そしてまた、近くから聞こえている声ではないという事にも。
「ようやく僕達は、それが噂の亡霊だって気付いたんです。つい先日、別の部署で交通事故に遭った人がいるっていう事も、聞いていたし」
「その、交通事故に遭った人ってどういう人なんですか?」
 紫桜が尋ねると、佐々木が「それが」と言って、溜息をつく。
「うちの部署にいる、三下さんのような人だったみたいなんだ」
 ぶっ。一同は、思わず吹き出した。
「所属は経済だったらしいんですが、アポを取ったのに取ってないと豪語され、記事を書けば没にされ、道を歩けば犬に追いかけられる……」
「最後のは何かが違うんじゃ……」
 ぽつり、と北斗が突っ込む。
「噂では、アトラス編集部三下さんと戦えるのは、彼しかいないとか言われていたそうで」
「容易に想像できるわ……」
 弓月はそう呟き、必至で笑い出したくなるのを堪える。
「でも、その人は交通事故でお亡くなりになったのよね?」
 シュラインが尋ねると、佐々木と渡辺は「そうなんです」と言って頷く。
「お陰で、何か起こったら全てが三下さんの所為に」
「前までは、二分の一の確率だったんですけどね」
「それは寂しいのー」
 蘭はそう言って、しょんぼりとする。だが、実際に寂しそうな顔をしているのは蘭だけで、他のメンバーは三下の扱いについて、考え出している。
「ともかく、ダストエリアにいくのでぇす。そうしたら、なにかがいるかもしれないのでぇす」
 ぐっと小さな拳を突き上げ、八重が言った。その勢いに、思わず他の皆がぱちぱちと手を叩く。
「私はもう少し、その三下君に似た人について調べてから行くわ。あと、他にもそういう人がいなかったかどうか、とか」
 シュラインがいうと、紫桜が「俺も」と同意する。
「俺も、一緒に行っていいですか?他の情報があるかどうかも、調べてみたいので」
 紫桜の申し出に、シュラインは頷く。
「じゃあ、私達は先にダストシュートとダストエリアを見に行ってみますね」
 弓月が言うと、蘭は「僕も行くのー」と言ってにっこりと笑った。
「あと、気になったんだけど……。金のプレートって、見た目は凄いけどさ。本当にそんなのいるのか?」
 北斗が碇に尋ねると、碇は「馬鹿ね」と言ってにやりと笑う。
「大事なのは、うちの編集部が金のプレートをもらえるまでに凄い所だって言うのを、知らしめる事にあるのよ」
 ふっふっふ、と笑う碇に、その場にいた一同は思わず動きを止めた。
「さすがなのでぇす」
 八重だけが、妙に納得したかのように深く頷くのであった。


 シュラインと紫桜は、ビルの中に入っている各部署をあたっていっていた。ダストエリアの噂についての検証と、それに該当するような人物がいないかどうかの確認である。
「……ざっと聞いてみたけど、それらしい人はやっぱりいないみたいね」
 シュラインはそう言い、メモをじっと見つめた。各部署において、佐々木と渡辺が聞いたという「無い」という声を、その時にダストシュート付近で発した人物は一人として見つからなかったのである。
「後、やっぱり噂に纏わる人というのは、例の交通事故の人しかいないようですね」
 紫桜はそう言うと、シュラインは小さく頷いた。
「私はてっきり、三下君が亡霊の正体だと思ったんだけどね」
「まさか、もう一人三下さんのような人がいるとは思いませんでしたね」
「全くよ」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。笑ってはいけないことかもしれないが、三下のような存在が二人もいるという事が妙に可笑しくて仕方が無い。
「その噂になっている、第二の三下さんがここにいたんですね」
 紫桜はそう言い、目の前のドアを見つめた。そこには「経済部」と書かれたプレートがある。
「ともかく、入って聞いてみましょう」
 シュラインはそう言い、ノックをして中に入った。中は忙しく動いていたが、その中の一人の女性がシュラインと紫桜を見、近付いてきた。
「あら、シュラインさんじゃない。こんな所でどうしたの?」
「お知り合いですか?」
 親しげな様子に紫桜が尋ねると、シュラインは「ちょっとした伝があってね」と、微笑む。翻訳家をやっているシュラインには、出版業界に伝が多い。
「実は、この経済部にいた方で交通事故に遭って亡くなった人の事を知りたくて」
「……ああ、四元君ね。彼もまだ若かったのに残念だったわ」
「四元さんと言うのですね。どんな方でしたか?」
 紫桜が尋ねると、女性は苦笑交じりに「大変だったわよ」と答える。
「記事を書けば没になるようなものばかりだし、段取りは悪いし、よく転ぶし」
 最後のは関係ないように思われる。
「月刊アトラス編集部の三下君と良く似ているって、噂だったのよ」
「三下君のこと、知っているのね」
 シュラインがいうと、女性は「当然よ」と言って笑う。
「アトラスの三下、経済の四元って言われていたくらいよ」
 何についてかはあえて言わなかったが、おおよその想像がつくのでシュラインと紫桜はあえて突っ込まなかった。
「その……交通事故の前って、何かあったりしましたか?」
 紫桜が尋ねると、女性はこっくりと頷く。
「間違えて、大事な資料を捨ててしまったらしくてね。慌ててダストエリアに探しにいったの。でも見つからなかったみたいでね。回収車を追いかけていこうと道に慌てて飛び出して……」
「……それで、亡くなったの?」
「ええ」
 大変な交通事故の遭い方である。
「今、ダストエリアに幽霊が出るって噂になっているでしょう?あれ、四元君がその時の資料を探しているんじゃないかって、うちでは専らの噂よ」
「そうよね。……ありがとう、とても参考になったわ」
 シュラインが礼を言うと、女性は「いいえ」とにこやかに返した。紫桜もぺこりと頭を下げ、二人は経済部を後にした。
「……合流、しましょうか。四元さんって人に間違いなさそうだし」
「そうですね。……もの悲しい気がします」
 二人は顔を見合し、大きく溜息をつくのだった。


●現場

 再び、皆は地下二階のダストエリアで合流した。が、一人いない。
「あら、八重ちゃんは?」
 シュラインがいち早く不在に気付き、尋ねた。
「もうすぐ、来ると思うのー」
「来るって……?」
 紫桜が首を傾げていると、北斗が「ダストシュートだよ」と答えた。
「ダストシュートに何かが引っ掛かっているかもしれないから、見てみるって」
「危険ですね。大丈夫なんでしょうか?」
 紫桜がそう言うと、シュラインは「大丈夫よ」といって微笑む。
「八重ちゃんなら、きっと大丈夫だと思うわ」
 そう言った瞬間、ダストシュートの出口に何かがどさっと落ちてきた。
「書類の束みたいだけど……なんだろう、これ」
 弓月はそういいながら、落ちてきたものを拾った。そこにあったのは、とある企業についての資料だった。弓月の手の中にある資料を、皆が「どれどれ」と言いながら覗き込む。残念ながら、蘭は身長の関係で見ることが出来ないので、ダストシュートから現れるであろう八重に「大丈夫なのー?」と問い掛けることにしていた。
「これって……経済部の資料じゃないかしら?」
 資料を見て、ぽつりとシュラインが呟く、紫桜も「そうですね」といって頷く。
「経済部だったら、何かあるのか?」
 北斗が尋ねると、シュラインと紫桜はこっくりと頷いた。
「どうやら、三下君に似ているという噂の人は、経済部の四元っていう人らしいの」
「しかも、間違えて捨てた資料を探していた矢先に事故に遭ったとか」
 シュラインと紫桜の説明に、その場がしんと静まり返った。凄い理由だ、というのと不憫だ、というのと両方で。
「……うにゅう、やっとたどりついたのでぇす」
「だ、大丈夫なのー?」
「なんとか大丈夫なのでぇす」
 心配そうな蘭に、八重はぐっと親指を立てて答える。蘭は「良かったのー」といいながら、にこっと笑う。
「八重ちゃん、お疲れ様」
 シュラインが声をかけると、八重はシュライン達の手に自分が落とした資料が在るのを見てにやりと笑う。
「それ、見つけたのでぇす。あたりでぇすか?」
「多分、あたりだと思いますよ」
 紫桜がいうと、八重は満面の笑みになる。苦労したかいがあったと思っているのだろう。
「一応、本人というか……その四元さんという方に聞いた方がいいですよね。もしかしたら、別のものかもしれないし」
 弓月が言うと、皆が頷く。
「そうそう。何を探しているか手っ取り早く教えてくれればいいだけなんだよな。そうすれば、俺達だって一緒に探してやる事もできるし」
 北斗はそう言って、こくこくと頷く。
「もしそれがちがっていたら、ショックなのでぇす」
 苦労した八重が、ぽつりと呟く。シュラインは「まあまあ」と八重を宥める。
「万が一、ということもあるから。八重ちゃんが見つけたこれも、もし違っていても良かったじゃない」
「そうですよ。詰まって、大変な事になっていたかもしれませんよ」
 紫桜はそういって宥めるが、果たして慰めになっているかどうかは不明である。
「今日も、現れるかしら?」
 弓月が言うと、蘭は「来るのー」という。
「ゆうれいさんは、思い残す事があって成仏でいない人がなるって聞いたのー。まだ未練があると思うから、きっと来るのー」
「だな。俺達はこうしてそれっぽいものを見つけられたけど、噂の亡霊はまだ見つけてないはずだもんな」
 北斗がそう言うと、紫桜も「ええ」と頷く。
「そうですね。その内出てくるんじゃないでしょうか。『無い』とか言いながら」
 紫桜がそういった次の瞬間「無い」という哀しそうな声が響いてきた。
「そうそう、そんな感じよね」
 弓月はそう言い、はっと気付いて皆を見回す。皆も気付き、こっくりと頷きあう。
 ついに出てきた、と。
 声のする方を見ると、俯きながらとぼとぼと歩く青年の姿があった。くたびれたスーツ姿に、大きな眼鏡。三下と瓜二つのその風貌。
「三下君じゃないの?」
 シュラインがいうが、皆は「いやいや」と突っ込んだ。確かに良く似ているが、こちらはどう見ても向こう側が透けている。
 つまりは、噂の幽霊。
「四元さん、ですか?」
 紫桜が尋ねると、幽霊はくるりと皆の方を向いた。真正面から見ると、三下とはまた違った顔立ちだという事がわかる。どこが、と詳しく聞かれても困るが、別人だという音くらいは分かる。
「き、君達は……?」
 幽霊、四元はびくりと体を震わせながら尋ねてきた。
「私達は、アトラス編集部に頼まれてきたんだけど……やっぱり、四元さんなんですか?」
 弓月が尋ねると、四元はこっくりと頷いて涙ぐむ。
「よ、ようやく喋られる人と出会えたよ。だって皆……皆、僕を見たら逃げていくんだよ……!」
 四元はそう言い、うわあん、と泣き始めた。
 それは四元が幽霊だから、皆怖くて逃げているのでは、と皆が心の中で思ったが、余りの泣きっぷりに誰も何もいえなかった。
「ま、泣かずに言ってみろよ。一体、何が無いって言ってるんだ?」
 北斗が尋ねると、四元は鼻水をずずず、とすすりながら「良くぞ聞いてくれた!」と嬉しそうに言った。
「実は、経済部の記事を書くための資料を間違って捨ててしまって」
 四元の言葉に、皆の目がまっすぐに資料へと向けられた。あっさりと話が進みすぎて、拍子抜けしているというのもある。
 それを見越した八重が、突如資料をぐっと掴んだ。そして「ふっふっふ」と笑う。
「あなたがなくしたのは、金の原稿でぇすか?」
「……へ?」
「いいから答えるのでぇす!金の原稿でぇすか?」
 何かを思い出す、シチュエーションだ。皆は八重と四元の様子を、ただ見守った。何かのショウをやっているかのように、繰り広げられる劇を。
 四元は暫く考えた後、ゆっくりと首を振って「い、いいえ」と答える。
「では、銀の原稿でぇすか?」
「ち、違います。普通の、とある企業に関する経済レポートです」
 八重はそこで「ふっ」と笑う。
「じゃあ、これでぇすか?」
 八重がようやく、ダストシュート内で発見した資料を取り出す。それを見た途端、四元の目が輝く。
「そ、それですっ!それですよ」
「やっぱりそうだったんですね。もう少し、捻りがあっても良かったんですけどね」
 紫桜がいうと、皆がこくこくと頷いた。
「そうね。もっとややこしい展開になると覚悟していたんだけど」
 シュラインもそう言って頷く。
「良かったといえば良かったんだろうけど……。気合を入れていただけに、何となく残念なんだよね」
 弓月はそう言って、軽く溜息をつく。
「それこそ、大捜索くらいの勢いになると思っていたんだけどなぁ」
 北斗はそう言い、苦笑する。
「この寸劇だけじゃ、やっぱりだめでぇすね」
 八重はそう言い、資料を四元に手渡す。四元は皆の様子に「え?」と戸惑いを隠せない様子である。
「こ、これは一体どういう事ですか?ぼ、僕に何を求めていたんですか?」
 涙目で訴える四元に、皆は顔を見合わせながら「別に」と答える。だが、表情は明らかに「別に」ではすまない様子である。いや、寧ろこれから何かしてくれと言わんばかりだ。
 四元がおろおろと困っている中、蘭と目があった。蘭はにっこりと笑いかける。
「良かったのー。それで、未練はなくなったのー?」
「未練……ですか」
 蘭の言葉に、四元はそっと目線を資料に落とす。皆の目が、再び四元に注がれる。
「ほ、本来ならばこれで未練は無いんですが……新たな未練が生まれそうな勢いです」
「あら、どういう事?」
 シュラインが尋ねると、四元は涙目で皆を見回しながら「だ、だって」と言いどもる。
「だって、皆さん何か僕に、き、期待をしているじゃないですかっ!」
「別にしていませんよ。……ただ、何かあればいいかもしれない、と思っているだけで」
 紫桜はそう言うと、皆に「そうですよね?」と問い掛ける。皆一様にこくこくと頷く。四元は資料を握り締め、皆に「本当ですか?」とおずおずとしながら尋ねた。
「本当よ。資料が見つかってよかったじゃない」
と、シュライン。
「ええ。綺麗に片付いて何よりです」
と、紫桜。
「もっと大変かと思っていたから、簡単に済んで良かった」
と、弓月。
「苦労したかいがあったのでぇす」
と、八重。
「めでたしめでたしなのー」
と、蘭。
 最後に、北斗を四元が見つめた。北斗は「あー」と言いながらにかっと笑う。
「面白さはなかったけどさ、良かったんじゃない?」
「やっぱり何か期待していたんじゃないですか!」
 四元は叫び、資料を掴んだまま走った。途中何度かこけつつ、最後にはすう、と姿を消した。
「ちゃんとあれで、成仏できたのかしら?」
 シュラインは苦笑しながら呟く。
「僕、今日の事は忘れないようにするのー」
 蘭はそう言い、にっこりと笑った。
「そうですね。こういう事態が次に起こったとしたら、次は必ず三下さんでしょうから」
 紫桜はそう言い、微笑む。
「ちゃんと成仏できたかな?成仏する為の道の途中で、こけたりしてないといいけど」
 弓月はそう言い、くすくすと笑う。
「分からないぜ?あの様子じゃ、あと何回かこけるって」
 北斗はそう言い、けらけらと笑った。
「苦労した資料を、だいじにしてほしいのでぇす」
 八重はそう言いながら誇らしそうに胸を張った。一番の功労者なのだと、言わんばかりに。


●記事

 後日、ありがちな結果となってしまった『ダストエリアの亡霊』についての記事は、社内向け新聞で銀賞に選ばれた。つまりは、銀のプレートである。
「残念だったわね。やっぱり、三下君に書かせたのがよくなかったかしら?」
 碇はそう言いながら、苦笑した。
「ち、違いますよ!」
 三下はそう抗議した。結局、金のプレートは経済部に奪われてしまったのである。
 内容は、四元が当時調べていたとある企業についての記事だった。あの時四元に渡した資料の、控えが残っていたというのだ。
 四元が必至になってダストエリアを探す必要は、全くなかったらしい。
「それにしても、人騒がせよね。控えがあるんだったら、あそこまで必至にならなくても良かったでしょうに」
 四元もさぞ悔しい事であろう。自分が様々な人を驚かせながらようやく手に入れた資料は、編集部に控えが残っていたのだから。
「だ、だけど編集長にとっては良かったじゃないですか。それを記事にできたんですから」
 三下の言葉に、碇は「そうね」と頷く。惜しくも金は逃したものの、銀を手に入れることが出来たのだから。
「今回の功労者は、四元君かもしれないわねぇ」
 金も銀も、元を辿れば彼が齎したともいえるのだから。
「そうですね。すごいです」
 素直に感心する三下に、碇は悪戯っぽく笑う。
「あら、次は三下君の番なんじゃないかしら?」
「へ、編集長!」
 碇の言葉に、三下は慌ててその場を後にした。途中、何度もこけながら。
 その様子を見て、碇はこみ上げてくる笑いを必至で押さえ込むのだった。

<銀のプレートがきらりと光り・了>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17 / 高校生 】
【 5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15 / 高校生  】
【 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17 / 退魔師兼高校生 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「ダストエリアの亡霊」にご参加いただき、ありがとうございます。いかがだったでしょうか。
 今回のこの依頼、クリエータ八大不思議企画に参加したものでして。クリエータそれぞれが不思議について書くという素敵な企画でした。他のクリエータさんの足を引っ張っていなければ、と願うばかりです。
 シュライン・エマさん、いつもご参加いただきありがとうございます。三下君では、という疑問が凄く素敵でした。狙っていたので、嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。