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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『クリスマスは穏やかに』



「なあ、嵐」
 異世界の住人であったシェラ・アルスター(しぇら・あるすたー)は、この世界の事を勉強する為に受け取った教科書の1ページに目を落としたまま、すぐ隣で椅子に腰掛け、ぼんやりと拾ってきた新聞を読んでいる嵐・晃一郎(あらし・こういちろう)へと話し掛けた。
「どうした、シェラ?」
「この国では、12月になるとクリスマス、というお祝いをするそうだな」
 シェラも晃一郎も、もともとは紛争の続く異世界の住人であったから、この世界の事のほとんどは教科書やテレビ、新聞で学んでいた。
 この世界へ来た時はあまりよくわからなかった事も、だんだんと理解できるようになっていき、今では習慣や行事といった事までもを意識出来るようになっていた。
 だからといって、まだ実際に目にした事がないものも多く、シェラはこの、クリスマスというものがどんなものなのか、良くわからなかったのだ。
「クリスマスか。俺も、名前だけは知っているが、実際には目にした事がないな。何しろ、俺達があの事故に巻き込まれてまだ1年経ってないわけだし」
 異世界の大掛かりな実験の事故に巻き込まれて、こちらの世界にやってきた二人は、面倒をみてくれた草間興信所からの依頼をこなしつつ、この倉庫の家を拠点として共同生活を続けていた。
 二人がここへ来て、すでに数ヶ月が経過しているが、もとの世界へ戻る方法はいまだにわからない。いや、シェラ自身、この生活も悪くないと思い始めているのだ。
 最初は不本意だったけれども、敵であるはずの晃一郎に、今まではなかったはずの特別を抱くようになったのは、つい最近の事であった。
 そんな感情を抱く自分を振り返り、私も変わったものだな、と思う事もあるのだが、そんな気持ちになっている自分自身が嫌にならない事自体、この共同生活でシェラ自信も変わった証拠だと言えるだろう。
「この前、ごみ拾いを兼ねて、倉庫街から足を伸ばして、町の方へ行ってみたんだが」
 シェラはそう言って、つい最近拾ってきたテーブルを見つめながら、話を続けた。
「あれがクリスマスツリーって言うものなんだろうな。木に星や丸いボールといった色々な形の飾りや、カラフルなランプを巻いていた。それを、家の中に飾っているんだ。外に出ているのもあったが、家の中に木を飾るんだな。面白い習慣だ」
「そうだな、この教科書にも、クリスマスには、クリスマスツリーというものを飾ると書かれているな」
 晃一郎が、シェラの持っている教科書に視線を移した。
「どういう意味があるのかわからないが、綺麗だな、あれ」
 町にあったクリスマスツリーのことを思い出しながら、シェラが答えると、晃一郎がわずかに笑って見せた。
「なら、ここにも飾ってみるか?」
「え?ここにツリーをか?」
 シェラが晃一郎の言葉に苦笑した時、テーブルに置いてあった携帯電話が鳴り響いた。晃一郎は電話を手に取り、電話の向こうの人物の話に耳を傾ける。
 数分後、その人物との話を終えた晃一郎は、草間興信所からだ、と答えたのであった。
「今度はどんな依頼だ?」
 草間興信所からは、数々の依頼を受けている。そのほとんどは、身の危険を覚悟しなければならない難解なものばかりだったが、元の世界でずっと戦いを続けてきたシェラや晃一郎にとっては、それらの依頼も、手馴れたものであった。
「今回の依頼主は、妹の方だったぞ」
「妹?零か。珍しいな」
 草間興信所の所長の妹である草間・零が自分達に依頼をしてくることはなかなかなかったので、シェラは驚きの顔をして見せた。
「で、どんな依頼なんだ?まさか、あの事務所の掃除じゃないだろうな」
 シェラが顔をしかめて言うと、晃一郎はのんびりとした口調で答えた。
「クリスマスのボランティアだってさ」



「わざわざありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」
 零は、待ち合わせ場所である草間興信所に到着した二人を見て、丁寧に頭を下げた。
「私、商店街の人からクリスマスのボランティアを頼まれたんですよ。この近くにある幼稚園のクリスマス会に行くのですが、何人か人が集まらないといけないと言われたので、いつもお世話になっているお二人にお願いしようと思ったんです」
「それはわかったが、何で人手がいるんだ?」
 シェラが零に尋ねると、彼女はにこりとして答えた。
「このクリスマス会のテーマは『慌てんぼうのサンタクロース&トナカイ』なんです。だから、何人かの人で行かないとだめなんですよ。役者が足りないですから」
「役者?一体、私達は何をすればいいんだ?」
 本当に何をやる羽目になるのだろうと思いつつ、シェラは零に尋ねた。
「クリスマスの事は知っていますか?」
 今度は零が、シェラに問いかけた。
「少しはな。教科書で読んだ事がある。サンタクロースという、赤い服を着た老人が、トナカイの引いたソリに乗ってやってきて、子供達にプレゼントを配るんだったよな?」
 教科書に載っていた文章をそのまま、シェラは零に答えて見せた。
「その通りです。だから私達がサンタやトナカイになって、幼稚園の子供達にプレゼントを渡しにいくんですよ」
 と言って、零は足元に置いてあった袋の中身を取り出した。
「お着替えを願いします」
「着替え?」
 零はにこりとして頷き、その袋の中身をシェラと晃一郎にそれぞれ渡した。そして、その着替えの衣装を見たシェラは、大きくため息をついた。
「本当に、この格好をしないといけないのか?」
「はい。でも、私もシェラさんと同じ服を着ますから」
 零の笑顔に、シェラは黙って納得するしかないと思った。それに、ボランティアとはいえこれも仕事だ。
「では、早速衣装に着替えましょう。早くしないと、クリスマス会が始まってしまいますからね」
 零からクリスマスの衣装を受け取ったシェラ達は、個室で着替えをし、事務所の入り口に再び集まった。
「私はサンタクロースなんだろう?本で見たサンタクロースは、こんなじゃなかったぞ」
 シェラは、自分の着ているやたらに短い、真っ赤なミニスカートを指で触りながら言った。
「それは女性用のサンタクロース衣装なんです。私とシェラさんは、サンタの孫の姉妹という設定なんですよ」
「そんな事言われてもなあ。このスカート、短すぎないか?それに、こんなのでいいものか」
 シェラは自分の格好が気に入らなかったので、零にぶつくさと文句を言っていた。何でこんな格好をしていないといけないのだと、零に不満を漏らしていると、目の前の扉が開き、着替え終わった晃一郎が姿を見せた。
 トナカイの着ぐるみを身に着けた晃一郎のその格好を見て、シェラは思わず噴出し、零と共に大笑いをした。
「何だ嵐、その格好は!妙に似合ってるぞ?」
 晃一郎は事務所に置かれた鏡を見つめて、自分の姿に笑みを浮かべていた。
「そんなに似合うか?」
「異様に似合うな。そう思うだろう、零」
「はい。可愛らしいと思いますよ」
 シェラの問いかけに、零が笑顔で答えた。
 シェラは自分の衣装が嫌だったが、晃一郎のトナカイを見てから急に穏やかな気持ちになり、晃一郎がかつては敵であったことなど、この瞬間、すっかり忘れてしまっていた。こういうのも悪くないと、思ったほどであった。
「さあ、そろそろ幼稚園へ行きましょう、プレゼントを持って。子供達が、待っていますから」



「うわー、変なトナカイが来たー!」
 幼稚園のクリスマス会に乱入したシェラ達を見た子供達は、まっさきに晃一郎へと近づいてきて、まわりを囲んでいた。
「メリークリスマス。ちょっと早いですが」
 子供達を見て、零はにこりとしている。子供達は、やはり着ぐるみに一番興味があったようで、晃一郎のまわりに一番子供が集まっていた。
「さあ、皆。ちょっと早いけど、サンタさんとトナカイさんが着てくれたので、ジングルベルを歌いましょう」
 幼稚園の先生が子供達を集め、園児たちとクリスマスの歌を歌い始めた。
「可愛らしいですね」
 零が子供達を微笑ましい目で見つめている。
「まあ、悪くはない雰囲気だな」
 シェラは、子供達にすっかり気に入られ、園児達の輪の中に座っている晃一郎を見て、何となく楽しい気分になっていた。
「皆、よい子にしていましたか?良い子には、プレゼントをあげますよ!」
 クリスマス会が順調に進み、しばらくしたところでタイミングを見てから、零が子供達に叫び、商店街で用意されたプレゼントを配り始めた。
「私も手伝おう」
 子供達はざっと見ても30人ぐらいはいたから、シェラは零がプレゼントを配るのを手伝うことにした。
 晃一郎の方はと言えば、相変わらず子供達に人気で、晃一郎自身も慣れてきたのか、子供達を追いかけたり抱き上げたりしていた。子供達もだんだんトナカイ晃一郎に遠慮がなくなったようで、抱きついたり、しっぽを引っ張ったり、後ろから蹴りを入れたりしているのは、ご愛嬌というところだろうか。
「ちゃんと全員の分があるから、そんなに急がなくても大丈夫よ?」
 子供達が我先にとシェラの渡すプレゼントに集まるので、シェラは子供達を落ち着かせながら一人一人にプレゼントを渡していく。
 このプレゼントの中身は商店街で用意されたお菓子で、中身は全部一緒なのだが、どうも子供達は自分の分が渡されるのを待っていられないらしい。
「ちゃんと並んで。人を押しのけたりしては駄目…ひゃあっ!?」
「何だ、白だよこのねーちゃん。オーソドックス過ぎー!」
 後から突然サンタ服のミニスカートをめくられたので、シェラは思わず変な声をあげてしまった。後を振り向けば、男の子が数人、シェラの事を見てにやにやと笑っている。
「だ、駄目じゃないか、こんなイタズラしたら!」
「だってねーちゃん達、サンタのくせにそんな短いスカートはいてたら、めくってくださいと言ってる様なもんじゃん」
「な…!」
 園児のませた発言に、シェラは声を失った。
「なら、あっちの零だって同じ服着ているだろ!何で私なんだ!」
「だって、ねーちゃんの方が反応面白そうだし」
 何て事を言うんだ、このワルガキどもは!とシェラは心の中で思ったが、何しろ相手は幼子。シェラは子供達の頭にげんこつをした気持ちを抑え、無理やり笑顔を作った。
「駄目じゃない、イタズラしたら」
 シェラが優しい口調で言っても、子供達はにやにや笑いを止めない。
「ねーちゃん、あっちのにーちゃんとどういう仲?」
 今度はイタズラ園児が、トナカイ姿で別の子供達と遊んでいる晃一郎を指差す。
「どういう仲って」
 シェラが返答に困っていると、ワルガキ達はからかうような目でシェラを見つめた。
「だって、ずっとあのにーちゃん見てただろ?」
 子供達の鋭い指摘に、シェラは何も答える事が出来ずに、うう、だの、あぁ、だの、声にならない返事を繰り返していた。
「あのにーちゃんの事好きなんだろ!」
「ちょ、ちょっとまて!」
 あまりの過激な質問に、シェラはこの場から逃げ出したくなった。零の方はと言えば、女の子達と楽しそうに歌を歌っているし、子供達の担任の先生は、別の子供達とクリスマスツリーの飾り付けをしていて、こちらには気付いていない。
「でも、まだコクハクしてねーだろ?」
「別にそんなんじゃ」
 シェラがもごもごと答えると、おせっかいな子供の一人が、トナカイ晃一郎の手を引いてシェラの方へと連れてきた。
「にーちゃん、この赤い髪の毛のねーちゃんがコクハクするって!」
「え?」
 きょとんとした顔を見せる晃一郎。シェラ達は子供達に囲まれてしまい、逃げ場もない。シェラは顔が火のように熱くなり、おそらくこのサンタ服よりも真っ赤な顔をしているに違いないと思っていた。
「にーちゃん、このねーちゃんの事好きなんだろ?」
「どこまで付き合ってるの?」
「一緒に住んでるんだろ!?」
 子供達のおませな質問に責められ、シェラは何が何だかわからなくなってきた。これはもう、ノリでも告白しないといけないだろうか…だけど、こんな状態で言ってしまってよいものか。シェラが自分の中で散々に悩んでいる時、園内で時間を告げるベルが鳴り響いた。
「みなさーん、サンタさんにお礼を言いましょうね」
 クリスマス会が終了したようであった。シェラは助かったと胸をなでおろし、冬なのにかいてしまった汗を拭った。
「ありがとうございました、お2人とも。今日は助かりました」
 零が2人に軽く会釈をした。
「ああ。でも、楽しかったよな、シェラ」
 晃一郎がそう言って、シェラを見つめた。
「シェラ?どうかしたのか?子供達にからかわれて、本気にしたのか?あんなの本気にするなんて、シェラも子供っぽいところがあるなあ」
 からかうような口調で晃一郎が言うので、シェラは晃一郎を睨み付けた。
「私がどんな思いであの場を過ごしたのか…!お前は本当に、昔からにぶいヤツだなっ!」
 シェラは晃一郎の態度に腹を立て、先に幼稚園を出て来てしまった。
 告白とか、好きとかそういう事に怒っていたのではない。何もわかってくれなかった晃一郎が許せなかったのだ。



「シェラ、あの時は悪かったな。何も考えてやら無くてさ」
 先に倉庫に戻り、不貞寝していたシェラの枕もとで、晃一郎が囁いた。シェラはすっかり機嫌を損ねて、布団に潜ったまま何も答えないでいると、急に部屋が真っ暗になった。
「な、何するんだ!」
 驚いて布団から顔を出したシェラは、その時、自分の部屋にクリスマスツリーの輝きがあるのを目にした。色とりどりの小さな豆電球に、美しい飾り。木は、町で見たのよりも小さめだけれども、シェラには大きさなどはどうでもよかった。
「これは?」
「帰りに、町で買ってきたんだ。クリスマスだからな」
「そうか…」
 もう、晃一郎に対しての怒りはなくなっていた。クリスマスツリーの静かな明かりが、シェラの心までもを明るく、優しく包み込んでいたのであった。
「もうすぐクリスマスなんだ、町も何となく優しい雰囲気に包まれている。だからさ、シェラ」
 晃一郎がツリーを見ながら言うので、シェラはにこりと笑い、言葉を返した。
「クリスマスというのも、悪いものじゃないな」
 シェラは自分の心までもが穏やかになっている事に、気付き、このクリスマスツリーの輝きをずっと見つめているのであった。(終)



◇ライター通信◆

 いつも有難うございます、ライターの朝霧です。
 今回はクリスマスのお話でしたので、ご指定して頂いた内容の他に、クリスマスらしいシチュエーションを加えてラストを飾ってみました。シェラさんなら、これをどんな思いで受け取るかな、と思いながら描いて見ました。
 マセガキの質問は、書いてて楽しかったですね(笑)あんな生意気な子供いたら、嫌過ぎですけどね(汗)それでは、どうもありがとうございました!