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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


Ring-a-ring o'roses,



バラの花輪を作ろうよ
ポケットに花がいっぱい
ハックション ハックション
みんな一緒に倒れよう



 街を賑わすのはイルミネーションやリース、ツリーにサンタクロース。至るところに飾られた緑と赤のクリスマスカラーが、その賑わいをもっとも色濃いものへと変える聖なる夜。
 街を行くのは、何も浮かれた恋人達ばかりとは限らない。幸福そうに手を繋ぎ雑踏に消えていく家族連れや、気の合う友人同士で連れ立ってパーティーを催す者もいる。
 ああ、しかし。そうだ。
 その幸福な賑わいにも関わらず、ニュースは連日不穏な言葉を口にし続けている。

 ある日、体のどこか――そう、その箇所は人それぞれであり、必ずしも同じ箇所に出るとは限らない――に現れる、薄紅色の花の痣。
 バラの花にも見えるその痣は、現れたその日より一日毎に色濃くなっていき、七日後には鮮血を思わせる真紅の花を描くのだ。
 その痣以外には、別段身体に異常がきたすわけでもない。取りたてて、これといった異常はひとつも見当たらないのだ。
 だが、そのバラが現れた者は、七日の後、必ず死に至るのだ。
 街中で、部屋の中で、学校で、職場で。それこそ場所を選ばずに、しかし死はひとつの例外もなく訪れる。
 
 全身から、ありとあらゆる水分を撒き散らせて。
 そう、文字通り、身体が爆発するのだ。


 さかのぼる事、六日。
 洋菓子職人として名を馳せている黒衣のパティシエ・田辺聖人は、来る一大イベントの影響で、忙しない日々を送っていた。
 この日も招かれた有名ホテルで行われた、なんとかという名前の女優のディナーショーに顔を出し、思う存分腕をふるってきたのだった。
 帰り道。
 途中まで送っていくと云う女優の申し出を受け、田辺は外国車の中から夜の街並を眺めていた。
 女優は、田辺と会話する機会を得られた事が嬉しかったらしく、比較的機嫌良くあれやこれやと話を続けていた。
 ――――が、それはさほどには長く続かなかった。
 信号待ちで停まった車の窓から見えるビルとビルの間を見遣った時、女優は途端に血相を変えて叫んだのだ。
「車をとめて!」
 元より、信号待ちで停まっていた車だ。しかし信号は間もなく青に移り変わるであろう事を知らせている。
 だが、女優は車から飛び出すと、迷う事なくビルとビルの隙間へと走り出したのだ。
 田辺が女優を追うと、そこには全身を黒で統一した三人組の姿があった。
 黒いスーツに黒のシルクハット。手には白いてぶくろをつけ、小さなテーブルの上に黒い布を敷いている。
 ひとりはバンドネオンを朗々として奏し、ひとりはバイオリンをひいている。残るひとりはテーブルの上に置いた銀製のカップをぐるぐると回し動かしていた。
 手品をやっているのだ。田辺は訝しく眉根を寄せながら、三人組を睨み据えた。
 奏されていた曲は、マザーグースの一編だった。
「この男達が、あたしに――いいえ、あたし達に呪いをかけたのよ!」
 女優はヒステリックにそう叫ぶと、以降、わけのわからぬ言葉を叫び続けていた。
 男達はそんな女優を愉しげに眺めては、それぞれに音楽を奏で、手品を続けている。
 
 不思議な、そして奇妙な時間。
 
 女優は最後に何事かを喚き散らし、全身を掻きむしり、頭を抱えて膝を折った。
 その刹那。
 女優は全身から血を噴き上げて、そしてその場に崩れ落ちた。
 辺りには血糊が散らばり、田辺の黒衣にも赤い斑のしみが出来た。
 男達は表情の一片も曇らせる事なく曲を奏し、そして手品を続けていた。
 田辺は、確かに見たのだ。
 手品をやっていた男の、銀製のカップの中に、真紅のバラが現れたのを。


「ふぅん」
 碇麗香は田辺の話にひとしきり耳を傾けた後に、黙し、コーヒーを口にした。
「俺がそのバラに目を奪われていた一瞬の間に、その三人は姿を消していた……忽然と、影も形もなく、だ」
 ソファの上で腕を組み、表情をしかめてみせている田辺の言葉に、碇は低く唸るような返事を返す。
「それで――? その三人組と、立て続けに起きている謎の死が繋がっているという、その証拠は?」
「それに関しては、同じような証言を遺している方が何人かいらっしゃるようです」
 三下が横から口を挟み、おずおずとレポートを差し伸べる。
 碇は三下の手からそれを奪い取るようにして受け取ると、「なるほどね」と呟き、眉根を寄せた。
「確かに。その三人組と同じだと思われる人達と会ってから、例の痣が現れたんだと証言していた人が、他にも結構いたようね」
「全員死んでるのか?」
 田辺の問いに、碇は静かにうなずいた。
 田辺は碇の返事に、目を細め、そして再び口を開けた。
「――――実は、俺がここに情報を求めてきたのは、他にも理由があるんだ」
「あら、なに?」
「これだ」

 差し出されたのは、名刺大の白い紙だった。
 紙にはバラを象った蝋の印が施され、”MR商会”という記名がなされている。
 そしてなにより目をひいたのは、美しい文字で書かれた一行メッセージ。

 ――――聖なる夜、選ばれたすべての御魂が、神の御許へ送られる



「レウコクロリディウムという寄生虫を知っているか」
 アトラス編集部のソファに座り、ササキビ・クミノが夜の色を映した眼で碇を見遣る。
 碇がふと首を傾げたのを返事と取ったのか、クミノはさらに言葉を続けた。
「スズメなどにつく寄生虫なのだが、これは単体ではスズメに摂取される事のない存在だ。種の存続を守るため、この寄生虫は宿主の体を借りるのだ。カタツムリ、主にオカモノアラガイというそれにつき、これを中間宿主とする」
 抑揚のない声音でそう続けるクミノに、碇は視線を細めて問い掛ける。
「悪いけど、話の繋がりが見えないわ」
 小さなため息をひとつ洩らした彼女に向け、セレスティ・カーニンガムがゆったりとした姿勢でうなずいた。
「オカモノアラガイの中で成長したレウコクロリディウムは、スズメに食してもらうため、オカモノアラガイの目の部分に入りこみ、赤と緑の縞模様となって動くのですよ」
 セレスティが続けたその言葉に、クミノは小さくうなずいた。
「それを見たスズメはこのオカモノアラガイを虫と誤解し、食すのだ」
「カタツムリの受難というわけね。――で? まさかその寄生虫が人間にとりついていると主張するわけではないのでしょう?」
「違いますよ、碇さん。この方達が言いたいのは、つまり、原因は未知なる病原体などではないのかという事ですよ」
 やんわりと口を開けたのは綾和泉匡乃。匡乃はそう言いながら、田辺の腕や首などを確かめている。
「そもそも、そのMR商会でしたか。その方達が奏していたのはマザーグースの一遍だったんですよね」
 田辺の体を確認しつつ訊ねた匡乃の言葉に、田辺はしっかりとしたうなずきを返した。
「Ring-a-ring o'rosesだ」
 田辺が告げたその答えを耳にして、伏見夜刀が口許に片手を添えて思案する。
「ペストの唄ですね」
「MR商会と名乗るその三人は、言うなればペストの感染を広げているネズミといったところでしょうか」
 夜刀の言葉を受け、匡乃は田辺を離れ、ソファへと戻った。
「ならばそのネズミと対峙した田辺もまた感染しているという可能性も否めまい。寄生虫に支配されたカタツムリが自ら食されるためスズメの元へと赴くのと同様に、女優もまた自ら連中の元へと出向いたのだという可能性も充分に考えうる」
 クミノの目が真っ直ぐに田辺へと寄せられる。
「その話ですが、僕も気になったので、ざっとではありますが、田辺さんに痣がついていないかを確認させていただきました」
 匡乃が身を乗り出して口を開いた。
「思った通り、田辺さんも”感染”してしまわれています」
 わずかに眉根を寄せ、静かにそう言い放った匡乃の顔を、周りにいる者達はしばし言葉を失くし、見つめる。
 が、その沈黙は長くは続かなかった。
「なんか辛気臭えと思ったら、ここがじめっとしてんスね」
 朗らかな笑みを満面に浮かべ、自らもソファの上にどっかりと腰を下ろした少年、早津田恒。恒はひとしきり周りの顔を確かめた後、口の端をゆらりと持ち上げて笑みを見せた。
「田辺さんのその痣、俺がどうにかしてみるよ」
「……可能なのですか」
 向かい合わせに座っていたセレスティが穏やかな――しかし揺るぎのない――眼差しで恒を見る。
 恒は満面に湛えた明るい表情はそのままに、大きく、はっきりとうなずいた。
「その痣はさ、逆に言えば”七日経たないと死ねない”んだろ? それが寄生虫だろうが呪いだろうが、花を咲かすまでの準備段階ってことで七日間っていう時間を必要とするならさ、痣を消す事は出来なくても、進行を遅らすって事なら出来るかもしれないじゃん」
「……ところで、田辺さんが持ち帰ってきたそのカード、僕にも触わらせてくれますか?」
 それまで思案顔だった夜刀が、顔を持ち上げてそう述べた。
 田辺はしばし無言のままだったが、やがてため息をひとつこぼし、ポケットの中から一枚のカードを取り出した。
「いいが、おまえも感染しちまうかもしれないぞ」
 田辺の言葉に、夜刀はやんわりとした笑みを浮かべてうなずいた。
「仮に今僕も感染したとしても、時間はあと七日もあるんですし。それに、このカードには何らかの痕跡が残されているかもしれませんし」
 微笑みながら手を伸ばし、テーブルの上のカードに指を触れる。
 その途端、触れた指先から伝わって来た光景に、夜刀の全身がびくりと跳ねた。
「どうされましたか?」
 セレスティが身を乗り出して夜刀の肩に手を置いた。
「レウコクロリディウムは自らを食してもらうため、宿主であるカタツムリを操作するのだ。そのカードを書いたのが罹患者であった女優、ないし田辺ではないと言い切れるであろうか」
 クミノが静かに告げる。その傍らで、セレスティが寄せた危惧に感謝の意を見せながら、夜刀はゆっくりとソファに身を沈める。
「どうでしたか?」
 訊ねた匡乃に、夜刀は数度瞬きを繰り返した後、ひどく落ちついた声音で告げた。
「クミノさんの仰る通りのようですよ」

 場に、しばしの沈黙が流れる。その空気を打ち破り、田辺が夜刀の顔に視線を向けた。
「カードを書いたのは”俺”なのだ、と?」
「いいえ。田辺さんではありません。田辺さんの”声”ではなかった」
「では亡くなった女優が書いたものだと」
 セレスティが問い、夜刀がゆっくりとうなずいた。
「そんなはずはない。あの女は俺の目の前で死んだんだ」
「強力な催眠状態にあったのだという可能性も否めまい」
 クミノが静かに言い放つ。
 と、恒が頭を掻きむしりながら口を開けた。
「ともかくさ、調べてみない事には分かんないわけじゃん。今んとこで話をまとめてみるとさ、痣を持つ奴は自然とMR商会って連中のところに出て行くみたいだしさ。だとしたら、遠くない内に面会出来るってわけじゃん」
「そうですね。『みんなしんじゃった』なんていうオチがないように、手を打たなくてはならないですし」
 匡乃の同意を皮きりに、五人は同時に席を立った。
「田辺には警護が必要だろう。本来ならばしかるべき施設にて隔離しておくべきなのだろうが、事態はそうも安穏としてはいられないようだ」
「私の車で皆さんご一緒に動きましょう。予言の成就が今日なされるならば、田辺さんの他にも、同じ場所を目指す方が目につくかもしれません」
 クミノが田辺を見遣り、セレスティがうなずいた。
「最悪な結果は出さないようにね。それと、取材はきちんとしてきてね」
 神妙な顔つきで、碇が視線を細ませた。

 街中はまさにクリスマス一色といった光景だった。歩道には人が溢れかえり、車道では車がひっきりなしに行き交っている。
 時刻は夕方を過ぎ、イルミネーションの光がより一層その色を強めだしていた。

 田辺の首の後ろ側で、薔薇の刻印はその花びらを開かせつつある。
 恒はその痣を見つめながらぼさぼさと髪を掻き雑ぜる。
「田辺さんさあ、連中とは面識なかったわけ?」
「面識? ああ、あんな連中、記憶にねえな」
「しかし、このカード、”選ばれた”という一文があるのですよね。女優はMR商会を見て、”自分に呪いをかけた張本人だ”と言った。ならばもしかしたら女優と彼らとの間には、なんらかの縁故があったのかもしれません」
 夜刀がそう言うと、セレスティが思案気味に首を傾げた。
「犠牲となった方々は彼らに対し、何らかの恨みをかっていたのではないでしょうか。報復として呪いを受けた、というのは」
「そも、この一件を、呪いによるものだと決めつけてかかるのはどうだろうか。呪いという現象を模しているだけの病であるとすれば、事は尚更に甚大なのではないだろうか」
 クミノが述べると、恒が大きくうなずいた。
「少なくとも田辺さんのこの痣からは呪いの痕跡が見当たらないぜ」
「当たり前だ。俺は他人から恨まれるような行為はしていないからな」
 田辺が鼻を鳴らして車外を見遣る。そしてさらに言葉を継げた。
「……なあ、あの連中」
「どうされました?」
 匡乃は田辺が指差した方を確かめた。
「おや。あの方達、流れとは違う方に向かっていますね」
「……失礼」
 匡乃の横から顔を覗かせ、夜刀もまた外を見る。
 わざとらしいぐらいに人込みに逆らい歩く人影が見えた。その数はひとりふたりではない。
「……もしかしたら、あれがそうなのでしょうか」
 セレスティの声がゆったりとそう告げた。――――と、何の前触れも見せず、田辺の体はびくりと跳ねた。その手は車のドアにかけられ、開け放とうともがいている。
「ちょ、田辺さん!?」
 恒が慌てて止めようとしたが、その動きはセレスティの片手が静かに制した。
「様子を見ましょう」
 
 車のドアにはロックがかけられていた。
 田辺はひとしきりドアを開けようともがいていたが、やがて突然その動きを留め、うなだれるように俯いた。
「田辺さ」
 匡乃が声をかけようとしたのと同時に、車は赤信号に引っ掛かって動きを止めた。
 ――――と。
 次の瞬間、田辺の腕は車の窓ガラスを叩き割り、コートやスーツがガラス片に引っ掛かる事も厭わずに、その身を車外へと躍らせたのだった。
 砕けたガラス片が雪のように散り舞う中を、田辺は後ろを見る事もせずに歩き出す。
「いや、ちょ、これ」
 割れた窓を確かめて動揺を見せる恒に対し、車の所有主であるセレスティは落ち着き払っていた。
「行きましょう」
 そう告げて、ドアのロックを解除させる。
 信号は青へと移ったが、車道は既に渋滞の渦中にあるらしい。並ぶ車の数々が動きそうにないのを確かめて、五人は急ぎ、田辺を追った。

 車の中から見えていた人影は、そのどれもがイルミネーションが飾られた大通りから離れていくようだ。田辺もまた同様に、大通りを外れ、歩き進めていく。
「この先にMR商会ってのがいるのか?」
 田辺に追いついた恒がそう訊ねると、田辺は静かにうなずいた。
「なぜそうだと分かるのか判らないが……ともかく、この先に連中はいる」
「呼ばれているんですか?」
 続き、匡乃の問いに対しては、田辺はかぶりを振った。
「呼ばれているというのとは違うように思う。……いや、違う。……呼ばれているのか?」
 独りごちて眉根を寄せる。
 その後ろを、クミノが小走り気味についていく。

「……楽しそうですね」
 急ぎ進む四人から少し離れた場所を歩くセレスティが、横にいる夜刀に目をやって問いた。
 夜刀はセレスティの問いかけに対し、黄金色の双眸をゆったりと細め、答える。
「興味があるんです、彼らに」
「興味ですか」
「彼らは何故このような方法で人を死に至らしめてきたのか。……少し、話をしてみたいなと思って」
「なるほど。――――しかし、カードを書いたのが他ならぬ犠牲者本人だとするならば、三人は実体を持たない、一種の幻覚であると考えられるかもしれません」
 告げて、夜刀の顔に一瞥する。
 夜刀はセレスティの言葉に対しわずかに頬を緩めてはみたが、言葉を返そうとはしなかった。


 イルミネーションを離れ、田辺の足がようやく動きを留めた。
 そこは女優が足を踏み入れていったというビルとビルとの隙間ではなく、高層ビルの影に広がる小さな空き地だった。
 回収すらも忘れ去られたのか、コンテナがいくつか目に止まる。ビル風が吹き、古びたそれはがたがたと大きく揺れた。
 しかしその強風の中にあってもなお、そこに響く音楽は歪む事もなく辺り一面を充たしていた。
 全身を黒で包みこんだ三人組みの奇術師。
「どうやらあれがMR商会のようですね」
 セレスティが呟いた。

 真ん中の奇術師が手にしているものを見遣り、田辺が眉根をしかめる。
「今日はカップじゃないんだな」
 その言葉の通り、奇術師の手にあるのは銀のカップではなく、数枚のカードだった。彼はそのカードを両手でかきまわし、ゆったりとした笑みを満面に湛えているのだ。
 バンドネオン弾きとヴァイオリン弾きはまるで人形のごとくに微笑み、楽器を奏している。
「気味の悪い笑いだな、おい」
 恒が鼻を鳴らした。
「赤き死の病か。呪いという仮面を模したものであり、だとすれば劇的でもあるが、実のところこれは病なのではないのか? それを示唆しているものが、おまえ達が奏しているこの曲なのだろう。違うか?」
 クミノが表情ひとつ歪める事なくそう告げる。それを受け、奇術師の表情がひたりと一変した。
「キ、キ、カ、カカ! ようこそ、マドモアゼル、そしてムッシュー。我々の編み出したサーカスの一端の観劇、感謝至極にございます」
 真ん中の男が恭しく腰を折り曲げる。脇に立つふたりは手を止める事なく楽器を奏し続けたままだ。
「……サーカス?」
 匡乃が問うと、男はゆっくりとした所作で顔を持ち上げ、こちらを見遣る。その口の両端は大きく歪み、吊り上げられていた。両目はぼこりと突き出すように向けられて、表情はこれ以上ないぐらいの”笑顔”を築き固まっている。
「人の死が”見世物”だと?」
 セレスティが眉根を寄せて訝しげな表情を浮かべた。
「惹かれない演目ですね」
「おや、ムッシュー。どうぞ誤解召されるな。私共がご覧いただく演目は、世に浸透しじわじわと広がる恐怖という感情にございますよ」
 奇術師が顔一杯に笑みを浮かべてそう述べた。
 空き地を埋めていた人影の内、ひとつが”爆発”した。それを皮きりに、2人目、3人目と死を迎えていく。
 恐怖の声と、それに反し、ひどくのんきに流れる音楽が辺りに充ちていく。
「……恐怖」
 夜刀がぼそりと呟き、横目にクミノの顔を確かめた。
 クミノは表情こそ何ひとつ変えてはいなかったが、その目には何か確信を得たような色が浮かんでいる。
「俺の見立てでは、痣には呪いの痕跡は感じられなかった。それに、田辺さんの首の痣、思ったよりも薄かったんだよな」
 恒が述べ、クミノがうなずいた。
「……そうか。痣は恐怖心が生み出すものなのだな。おまえ達はきっかけとなるものを植えこむ。後は患者が勝手に死の病を発生し、勝手に死んでいく」
「おお、さすが! さすがですね、マドモアゼル!」
 奇術師は歓喜の声をあげ、同時、カードの全てを宙に向けて投げ遣った。
 ビル風がカードを高く舞い上げ、カードは円舞するようにふらふらと踊る。
「ああ、しかし、残念極まる。奇術のタネが明かされてしまっては、私共はもはや舞台裏へと舞い戻るより他にない」
 奇術師はそう述べながら恭しく腰を折った。両脇にいる男達もまた同様に、恭しく礼をする。
「――――! 待ってくださ――――」
 匡乃が片手を差し伸べ、奇術師を呼び止めようと声を発した。が、奇術師はヒヤヒヤと笑うばかり。
「そのカードは今ここに集った皆様方のための薬です。差し上げますので、如何様にもお使いください」
 奇術師の声がそう述べる。
 カードは円舞を見せながら雪のように降り注ぐ。
 気がつけば、MR商会の姿はどこにも見えなくなっていた。ただ、夜の暗闇が安穏と頭を垂れているばかり。
 ビル風に重なり、のんきな音楽がその音色を一層強いものへと姿を変える。
「――――あぁ、ああ。申し遅れました。その薬は地表に触れた時点でその効果を失いますよ。どうぞご注意召されよ。――――キ、キ、カカ!」
「いや、ちょ」
 咄嗟に弾かれたように、恒が足を動かした。両腕を一杯に広げ、落ちてくるカードを受け止めようとする。
「私に任せてください」
 すうと足を進めたのはセレスティ。セレスティは宙に向けてすいと片腕を動かし、小さな息をひとつ吐いた。
 と、どこからともなく現れた氷の柱が地中から生えのぼり、その氷柱は全てのカードをそれぞれに受け止めたのだった。


 碇は五人が持ち帰ってきたカードを眺めて眉根をしかめ、深い息を吐き出した。
「――――これが薬ですって?」
 吐き捨てて、目をしばたかせる。
 
 カードに描かれていた絵図はジョーカーだった。集めたカードの、どれもこれもが。

「しかし、これを見せた瞬間、患者の体から痣が消えたのも事実です」
 夜刀が呟いた。
「……死の病は一種の暗示だった。……田辺さんが持ち帰ったカードは亡くなった女優が書いたものだった。……だとしたら、このカードにも何らかの暗示がかけられているのかもしれないわね」
 ため息交じりにそう述べた碇に、場にいた皆がうなずきを見せる。
「……ともかく、これは記事にまとめて全国に流す事にするわ」
「そうですね。――恐怖が生み出す病ならば、タネを明かさなくては今後また広がっていかないとも限りませんし」
 匡乃が低く告げた。


 クリスマスの夜は更けていく。
 街の片隅で、ユーモラスな音楽を奏で奇術を披露する男達の影がちらりと揺れた。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1166 / ササキビ・クミノ / 女性 / 13歳 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【1537 / 綾和泉・匡乃 / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5432 / 早津田・恒 / 男性 / 18歳 / 高校生】
【5653 / 伏見・夜刀 / 男性 / 19歳 / 魔術師見習、兼、助手】


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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。Ring-a-ring o'roses,をお届けいたします。
クリスマスを舞台にしたノベルながら、陰鬱な内容となりました(笑)が、少しでもお楽しみいただけていればと思います。

MR商会に関しては、多分今後もひっそりと出てくるのだろうと思います。
別段、シリーズにしようとか、そういう企みがあるわけでもないのですけれども。
ですので、もしもまたお見かけくださいましたら、よろしくお願いいたします。

クリスマス目前ですね。
どうぞ、よいクリスマスをお過ごしください。