コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


【ロスト・キングダム】雲外鏡ノ巻<上>


 ――山に息づく謎の一族「風羅」とは何者か!?

 そんな見出しの躍った月刊アトラスの先月号は、それなりに売上を伸ばしたらしい。碇麗香は上機嫌だった。そして、上機嫌になればなるほど、仕事にも厳しくなるのが彼女であった。麗香はこのネタをとことん追求するつもりらしく、記者たちはいっそう追い立てられて、日々、取材に走り回らされていたし、編集部のデスクには資料の山脈ができあがった。
 そんなある日のことだ。
 ひとりの壮年の紳士が、編集部を訪ねてきた。
 男の名刺には、

  大トーキョー放送
  プロデューサー 猪野政行

 と、あった。

「……つまり、あなたのその番組――ええと」
「『オカルトリサーチX』です」
「そう、それ。たしか、SHIZUKUちゃんが司会のやつよね。……それで『風羅族』について取り上げたい、と」
 猪野は、人懐っこい顔に個性的な丸眼鏡の、いかにも業界人風の男だった。
「先月のアトラスを拝見しまして、これはイケると思いましてね。古代より連綿と、山中に生き残ってきた謎の民族……、いやあ、ロマンじゃないですか。特番という形で、放送時間も拡大して、いろいろ企画を考えています。番組はVTRを中心に構成しますが、進行はナマで行こうと思ってるんですよ。それも、かれらゆかりの、秩父山系の野外に特設ステージを組んで中継で」
 立て板に水のごとく、滑らかに語る弁説は、さすがテレビマンといったところか。
「碇さんも、インタビューを受けていただきたいですし、それに……」
「私たちが取材したデータを提供しろということね」
「お話が早い」
「……でも、まだ大したことがわかっているわけじゃないわ」
「収録まで時間はあります。調査費用はこちらの制作費からお出ししますよ」
「そうね……」
 麗香が頭の中ですばやく計算する。放送日は、ちょうど次号のアトラスの発売日前である。番組が放送されれば次号の売上はもっと伸びるだろう。タイアップ企画という形で、テレビ局の潤沢な資金を元手に取材を行うのもいいかもしれない。
「あ、あの……編集長……」
 三下が、お茶を出したついで聞き齧った話に反応して、麗香の袖を引いた。
「こ、このことにあまり首をつっこみ過ぎるのは危険じゃないんでしょうか……、テレビとなると……今度こそ、向こうも黙ってはいないんじゃ……」
 三下にしてはもっともな意見であった。
 だが、麗香の唇に浮かんだのは、挑戦的な冷笑だった。
「いいわ。電波に乗せて、連中の秘密を天下に曝してやりましょう」

  *

「ちょっと待って。秩父から生放送ですって?」
 三雲冴波の、形のいい眉が、ぴん、と吊り上がる。
「それはまた……大胆ですね、碇さん」
 隣で、あきれたように、光月羽澄が息をついた。
「ええそうです、インパクトがあるでしょう!?」
 麗香より先に、猪野――放送局のプロデューサーが応えた。
「タイミングのいい企画よね。スタッフを動かすだけでも大金が動くでしょうに」
「それはもう、企画が魂、旬なネタが命のテレビですから」
 プロデューサーの満面の笑みからは、冴波の言葉にこめられた真意を理解した様子はない。羽澄は彼女の言いたいことを理解したらしく、ふたりはそっと目を見交わした。
「ただ、秩父からの放送は進行だけです。メインになる部分はVTRですから、これは今から……時間も充分とはいえませんけれど、まとめなくてはいけなません。それで、白王社さんにご協力いただいた次第、というのは、今ご説明差し上げましたね。……そう、よろしければ、VTRにご出演いただいても――」
「遠慮します」
「……そのために来たわけじゃないわ」
 プロデューサーの言葉を、羽澄が言下に否定し、冴波もそれに続いた。ちょっと調子が狂ったような顔の猪野。麗香が、ふっと笑った。
「ふたりなら絵になると思ったけど。……男性陣はどう?」
「テレビ……なのですか」
 マリオン・バーガンディが、目をしばたかせた。だが、彼がなにか言いかけるよりはやく――
「あなたは如何ですか? 学者さんだとおっしゃいましたね。それに、見れば、たたずまいも雰囲気がおありでいらっしゃる。ええと……瀬崎さん?」
「え。僕?」
 思わぬ矛先を向けられて、瀬崎耀司は面喰らった。
「『オカルトリサーチX』では、VTRに登場するリポーターを『オカルトハンター』と称しているんですよ。いつもは女子アナとかなんですけど……よし、たまには男性でいくのも面白いです。……今回の特番は、一部、クイズ形式とかにしてもいいかなっていう案も構成作家から出てましてね。『オカルトハンター』のキャラクターをマスコットにして……美術さんに言って『瀬崎くん人形』をつくってもらいます。自信のある回答は『赤い帽子のスーパー瀬崎くん』っていうやつで――」
「企画の話はまたあらためて伺います。ところで、ちょっと別でお話したいんですけど、いいかしら」
 麗香は、猪野の話を遮ると席を立ち、彼を会議室の外へ連れ出した。この男がいては肝心の議題がろくに進まないと気を効かせたものらしい。去りぎわに、目配せを残してゆく。
「……なんか、あやしい雲行きになってきた」
 耀司が呻いた。
「で、どうする? とりあえずは、今までの経緯をまとめる、ということでいいかしら」
 冴波のその言葉で、ようやく、会議は本題に入る。
「いいと思う。CGを使って、現場の山を再現してみたらどう?」
「面白いのです。いくつか、実際に撮影した映像もあるのですから、使おうと思えば使えるのです」
「例の、青梅で手に入れたビデオとかね。あとは――やっぱり、河南教授に話を聞くべきかしら」
「それは私も考えてた。でも危険がともなうかもしれないけれど……受けてくれるなら」
 羽澄が首を傾げるが、
「依頼する価値はあると思うね。やはり専門家の証言がないと」
 という耀司の言葉に皆が頷く。
「『マヨイガ』についても、もうすこし調べてみたいのです」
 マリオンが言った。
「そのあたりで、内容としては充分じゃないかしら。……秩父の現場のほうが気になるわね。一応、事前に調べておいたほうがいいかも。イイところで、画面が砂嵐にならないようにね」
「もしかしたら、そのほうがいいと思えるようなことになるかもね」
 冴波の不安を、まるで煽るように、耀司の顔に暗い笑みが浮かぶ。
「調べたことを、全部、出さなくてもいいのです」
 とマリオン。
「こういう番組はいいところで、肝心なことはよくわからないまま終わるのがパターンなのです。なにを出してなにを出さないかは、編集部にも聞いてみないと」
「そうね」
 羽澄が頷く。
「風羅族の人たちも、『自分たちのことを知ってほしい』って言ってた。かれらのことを調べるのは、あながち、悪いことばかりでもないと思うわ」

■瀬崎耀司による考察

 白王社の資料室――。
 スチールの棚に、ぎっしりと書籍やファイルが収められている、その谷間の会議机の上に築かれた、紙の山を挟んで、耀司とマリオンが相対している。
「マヨイガ……ねえ……。『遠野物語』を読み直してみないと」
「今は、風羅族の専売特許っぽくなってますけど」
 マリオンが苦笑のような表情を浮かべた。
「伝承によるマヨイガと、かれらのそれとが同じものなのか、違うものなのか、これは興味深いところだね。伝承の中のマヨイガが風羅と関連しているものなら、かれらの勢力圏を特定することにもなるけれど」
「伝承の残る地域は狭いのですか」
「遠野地域だ。岩手県だね。しかし、現状、風羅族は東京西部の秩父山系に出没しているようだけど」
「岩手というと……翔馬さんの隠れ里がある地方なのです。風羅族の発祥の地なのかも」
「マヨイガの特徴としては――」
 資料のひとつを示す。

  1、山中で道に迷った人が出会う
  2、立派な屋敷である
  3、しかし家人は誰もいない
   (美女に会うとする説もあるが<桃源郷>との混同か)
  4、屋敷で食事を与えられたり、
    品物を授けられたりする
  5、意図的に探しても見つけられない
 
「かれらの『マヨイガ』と、2と5については一致する。1は、偶発的にそういう事例があったのかもしれないね。青梅の大学生の事件のように」
「あのとき、例のビデオが手に入ったのです。これを4と考えることもできます。3についても……、向こうが姿をあらわすまではそんな感じで」
「ふむ。しかし、伝承がすべて風羅族のマヨイガというわけではないだろう」
「女の人がいて、歓待されたなんていうのは違いますよね?」
「風羅族の、われわれに対する方針の変化が、いつかの時点であったのかもしれないけどなあ……。風羅族のものではないマヨイガは、じゃあ何なのか、という話にもなるし」
「あのとき――」
 マリオンの、猫を思わせる瞳が、記憶をたどった。
「大河原博士が、マヨイガと関係あるような話が」
「大河原博士というと、河南教授の先生だったという人だね。……やはり、河南くんに聞いてみたほうがいいかなあ」
「デジカメで撮影した、秩父のマヨイガの画像があるのです。あれをもっとくわしく解析にも回してみたいですし。あと、例の風の音のような……かれらの通信手段ですね。あれを解明できないかな、と。音の反射で、かれらを撹乱できたのですから、あれでなにかを伝え合っているのは間違いないのです」
「うん、しかし、そのへんは技術的な問題もあるね」
「それは、まかせてほしいのです」
 マリオンが請け合う。
 彼が関係するリンスター財閥の資金力とネットワークを用いれば、おそらく思うだけのことはできるはずだった。
「では僕は……学者仲間にあたってみるか。民俗学は専門外だけど……、なかなかに、ロマンのある素材だからね」

「ねえ、猪野さん」
 冴波が、編集部を出ようとする猪野プロデューサーを呼び止める。
「秩父の、セットを組む場所は決まっているの?」
「ええ、制作会社がロケハンしているはずです」
「その場所を教えてもらえないかしら」
「いいですよ、あとで地図をFAXさせます」
「お願いね」
「お安い御用です。……三雲さんでしたね、もったいないですよ、VTRにお出になったらいいのに」
「……」
「それじゃあ、わたしはこれで」
 去りゆく男の背中を見送る。
 と、羽澄が顔を見せた。
「これから、瀬崎さんと神聖都学園に行くけど……」
「そっちは任せるわ。他に……調べてみたいこともあるから」

■光月羽澄による取材

「だからそれは……、異界、という一言で説明できると思うけれど」
 河南教授は言った。
 神聖都学園大学の、研究棟の一角にある、彼の個人研究室だ。
 応接用のソファーに腰掛けているのは、羽澄と耀司。テーブルの上のICレコーダーが、話す河南の声を録音している。
「要するに、『山中にあらわれる』『屋敷の形状をした』異界を、昔の人は『マヨイガ』と呼んだ、と。そういうことだろうね。……そして風羅族は、『マヨイガ』と称する移動型の異界を創造する技術を持っている。これは話が逆で、『山中にあらわれる』『屋敷の形状をした』異界だから、かれらがそれを『マヨイガ』と呼んだんだ。かれらの痕跡がマヨイガになったのではなく、もともとマヨイガという現象があって、風羅族がそれに“参入”したとでもいうかね――ともかく、今現在、東京西部で目撃されるマヨイガはかれらのものと見ていいと思うけれど」
「それじゃあ、マヨイガの線からかれらをたどっても……」
「まあ、限界があるだろうね。手がかりのひとつには違いないが」
 河南は肩をすくめた。
「……今までの、さまざまな報告を見ていると……『アズケ』『トリカエ』などの特殊な風習をもつこと、『ツチグモ』を使役するなど独特の社会構造をもっていること、身体的には卓抜した能力を持っていること、そして、『マヨイガ』をあやつること……、わかっている特徴としてはこのくらいかな?」
 耀司は、間違いや不足があれば正してくれ、というふうに、教授と、同行者を見るが、河南も羽澄も特に異存はないようだった。
「それで、長年、山にひそみ続けていたかれらが、急に行動を開始したことについては、河南くんにはなにか仮説があるの」
「ひとつは、準備が整ったからだろうね。具体的にはまさに『マヨイガ』創造の技術が向上した。これは間違いなく、大河原先生がかれらに協力したからだが」
「じゃあ、大河原博士が黒幕だと?」
「そうは言わない。もうひとつの原因――直接の原因として、かれらを焚き付けて、行動に移るよう説いた人物がいると思う。それが大河原先生かもしれないし、そうではないかもしれない」
「風羅の人たちの目的は?」
「山の民の復権」
 羽澄の質問に、河南は応えた。
「かつて、里は里人が、山は山人が支配していた。しかし、いつしか、山の民は追いやられ、歴史の影に姿を消した……」
「教授」
 羽澄は、居ずまいを正して、河南に問いかける。
「教授のお話は……結局、答になっていないように思います」
「ほう。そう思う?」
「だって……。大河原博士にせよ誰にせよ、風羅族が山の支配権を取り戻すために行動を開始するようそそのかされたのだとしても……、それがなぜ今なのか、がわからないわ。風羅族が歴史から姿を消したのは、もうずっと昔のことでしょう? マヨイガの技術がなかったといったって、今までにもチャンスがなかったわけじゃないでしょうし、例の『アズケ』や『トリカエ』を行って……私たちと共存、とは言えないまでも、里を利用しつつ、生き延びてきたんだもの。もっとはっきりした、直接の動機のようなものがあるんじゃないかしら」
 そして、彼女は、カバンから一枚の写真を取り出した。
「これ……翔馬さんにお願いして貸してもらったの」
 大河原博士だった。そして白人女性と、見知らぬ青年。
「へえ。これは面白いものを見つけたね。これはどこ?」
「正確な場所は言えないわ。そういう約束だから。でも、大河原博士が調査に来たことがあるって」
「ではいなくなる前か。ふうん」
「うしろの二人のことは?」
「大河原先生がいなくなったとき、ボクはまだ学部生だよ。先生とはいっても、実際には失踪後に残された論文や著作で私淑した部分が大きい」
「……」
 羽澄の瞳が、じっと、河南を見つめた。だが、年若い大学教授の顔には、仮面のような微笑がはりついているだけだ。
「話を戻すけど」
 耀司が、しばしの沈黙を破る。
「大河原博士が、かれらに『マヨイガ』の技術を提供し、それを基盤に、かれらが、長年、自分達をないがしろにしてきた、僕たちの社会に挑んできた、と。それが最近の事件の真相だということでいいの」
「過不足ない」
「大河原博士がかれらに協力する理由は?」
「なにか共感するものがあったんだろう。学者っていうのはロマンチストなものさ。それは、よくご存じでしょう、瀬崎サン?」

「なにか、煙にまかれた気がする」
 研究室を出るなり、羽澄が言った。
「まあ、仕方ないんじゃない? とりあえず、出演も承諾してもらえたし」
「教授の思惑も……わかるようでわからないわ。……教授は大河原博士の行方を追ってた。博士の残した風羅族の資料も持ってたし」
「ただの好奇心では」
「そうだと思うけど、それなら、どうして、知っていることを全部話さないの?」
「彼が隠し事をしていると?」
「カンだけど。写真の人物を知ってるんじゃないかって気がするのよ」
「この大学になら、他に大河原博士のことを知っている人もいるんじゃないだろうか」
 耀司の一言に、羽澄は足を止めた。
 そして――

「ああ、この人なら……」
 大学院事務室に、長く務めているという初老の男性事務員は、あっさりと頷く。
「ご存じなんですか!?」
「男性のほうは知りませんが、女性は、当時、大河原先生の研究室で助手をしていた人だと思います。たしか、ドイツの大学からの交換研究生ではなかったかな。ちょっと待って……」
 そして、当時の書類を調べてくれさえしたのである。
「記録がありました。アンナ・アドラーという女性です。ハイデルベルグ大学の、当時、博士課程の大学院生だったようですね」
「彼女は今どこに?」
 思わぬ展開に、耀司も興味をひかれたのか、事務室のカウンターに身をのりだす。
「さあ、そこまでは……。大河原先生の行方がわからず、研究室は閉鎖になりましたから、本国に戻られたのでは?」
 しかし……。
 あとで、羽澄が調べたところ、その大学に、過去においても、該当する人物の記録は発見できなかった。ただ、アンナ・アドラーと名乗る女性が、当時、大河原研究室に出入りしてたということだけは確かなようだ。
 それよりも。
 本来なら、羽澄は、もうひとりの青年についても、気づいていておかしくなかったのが、それはすこし後のことになる――。

■三雲冴波による調査
 
 その頃、冴波は、月刊アトラスのバックナンバーと格闘していた。
 それだけではない、記事にはならなかったけれど、調査員たちが集めた記録や、草間興信所から取り寄せた報告書、ゴーストネットのログなどを突き合わせていたのである。
「風羅族がらみの動きを、全部、洗い直してみるわ」
 彼女はそう言って、会議室にこもった。
(発端といってもいいのが、雑司ヶ谷の事件。ある産院で、長年に渡って、子どもの取り替えや、依託が行われていた)
 それが、風羅族が、自分たちの子どもを里人に預けて育てさせたり、子どもを交換したりするという特殊な習慣によるものと後に判明。その産院・須藤クリニックは、里にあって風羅を支援する『トケコミ』の血統であったが、娘が因習からの解放をもとめたため、アトラス編集部の介入を招いた。産院は火事で消失。風羅族による証拠隠滅と思われる。
 同じ頃、草間興信所で扱った家出少年の事件も、この件に関連していた。
(その少年も、風羅から産院を通じて『アズケ』られた子どもだったのよね。でも、彼は、奥多摩で、風羅に戻ることを拒まれた。育ち具合によっては、そういうこともあるんだわ)
 少年とその家族のその後には、べつだんの異状もないようだ。縁が切れた、ということだろうか。
 だが一方で、クリニックの須藤父娘は、裏切りものとして風羅族に追われていた。
(父娘は、興信所を通じて、一時、都内のホテルに匿われて……)
 風羅族との攻防があったが、かれら特有の、音による通信手段を妨害することで被害を免れた。父娘は、村雲翔馬が、彼の故郷である隠れ里に住まわせることで、危機から遠ざけた。
(この線は、これで落着したと見ていいみたい。一連の事件を通じて、風羅族の存在と活動が確認された、と……。そしてもうひとつ――)
 ゴーストネットを通じて、青梅市の山中で行方不明になった大学生に関する情報が流れた。この調査には冴波が向かったのだ。
 山中の廃村では、風羅族と遭遇。大学生も、かれらに接触して消されたものとわかった。そのとき、入手したビデオから、失踪中の大河原博士の関与が推測され――これは後に、秩父での河南教授のフィールドワークによって裏付けられた。
(大河原博士がかれらとともいること、そして、風羅族が私たちに敵対的であること、そして秩父山系から侵攻してきていることがわかったわ)
 事件の一部が、アトラスで報道された後、編集部に、風羅族の『トケコミ』だと名乗る人物からの接触があった。人物は情報提供を申し出ていたが、編集部が赴いた時点では、本人は殺され、敵にすりかわっていた。しかし、それでも、相手は、自分たちについていろいろなことを語った。
(風羅という名がわかったのもこのとき。向こうもこちらのことを意識しはじめている……)
 一方、河南教授も風羅族の襲撃を受け、所持していたかれらにまつわる資料を奪われている。
(経緯としてはこんなところね)
 以上のようなラインで、話は組み立てられそうだった。
 どこまでを映像化するかは、取捨選択はあるにせよ、だ。
 さらに彼女は、ごく最近の事件の中から、風羅族に関連するかもしれないケースを拾い上げようとしたが、これはなかなか困難な出来事だった。皮相的な情報だけでは、疑おうとすれば、いくらでも深読みできるからである。
「三雲さん」
 三下が、コーヒーを入れてきてくれる。
「ああ、ありがとう」
 編集部備え付けの安物のインスタントだが、疲れた身体にはしみた。
「FAXがきてましたよ」
「ん。ロケ地ね。……いやだ、趣味の悪いセット」
 ロケ地の地図や住所のほか、添付されていたセットの図面とイメージ画に、冴波は眉を寄せる。
 山の稜線をかたどったような背景の壁と、でたらめに日本家屋の意匠をとりこんだ美術デザインは、マヨイガを意識したのだろうか。

 それから、すこしして――
 冴波は、ふわりと、山の斜面に降り立つ。
 いったいどうやって、その短時間に、彼女が都内の編集部から、秩父まで行けたのかは、常人には理解できぬことだ。
 秩父の山中とはいっても、セットなども運び込まねばならぬのだから、実際はそう、山奥ということもない。しかし、すこし、街から離れただけで、山の中というものは、異様な静けさに充ちているものだ。
 冬枯れの木立を背景に、平らに開けた空き地が、ある。
 セットを組むために、すでに草は刈って、地均しはしてあるのだという。 
 冴波は、暮れかかる、灰色の空を見上げた。
 彼女の意志を受けた、風をつかさどるものたちが、山中を駆けている。
 今のところ、山のどこにも、あやしい気配はない。だが――
(ホテルの事件では、従業員の中に敵に混じっていたらしいわね。それも……そのときに潜り込んだのじゃなくて、ずっと前から従業員だった人間が、実は風羅の尖兵だった。そんなふうに、今度も、かれらがスタッフにまぎれこんでいないとも限らないわ。あるいは、例の寺での一件みたいに、すりかわっていることもありうる)
 冴波は、図面を広げて、そこに設置されるであろうセットを思い描いた。
「なにも――」
 そして思わず、声に出して呟くのだった。
「なにも起こらなきゃいいけど」

■マリオン・バーガンディによる編集

 『オカルトリサーチX』の、ロゴが黒バックにうかびあがる。
 画面を走る稲妻のエフェクト。そして、サブタイトルが、流れた。「緊急特集:山に棲む謎の異人『風羅』を追え!」。
 暗室で、モニターに流れる映像をチェックしているは、マリオンだ。
 冴波のプランにそって、今まで、アトラス編集部が掴んだ情報が、映像資料なども使いつつ、一本のVTRにまとめられていた。
「以上のことから、風羅族は、秩父山系を拠点として活動していると考えられています」
 画面の中にいるのは、耀司である。結局、出演させられることになってしまったのだ。
 せめて声だけでいいから、羽澄くんが出たら?という申し出も、やんわりとではあるが、断られ、あんまりテレビ向きじゃないと思うけど……と言いながらも、撮影に、彼は応じた。せめてもの罪ほろぼし(?)とばかりに、衣裳は羽澄がコーディネートした。画面の中の彼は、こざっぱりしたシンプルな白いシャツである。(例のクイズにするのしないのという話は立ち消えになったようで、妙なマスコットがつくられることはなかった)
 耀司の姿と、CGとが合成され、実際にはスタジオで青バックを前に解説していた耀司の背景が、秩父の山の画になる。
「そこで、もういちど、青梅で発見されたビデオをご覧下さい」
 何度も見た、荒いビデオ映像――
(しっ。また聞こえる)
(近付いてくるぞ)
(あ、あれを見ろ!)
(なんだあれ!)
(う、うわあああああーーーーーー)
「この部分を拡大すると、人影が見えます。画面を明るくしたものがこちらの画像です。この人物こそ、行方不明中の大河原正路教授では、との説があるのです」
 画面が切り替わり、河南があらわれる。「神聖都学園大学 文学部 教授 河南創士郎さん」というテロップが入った。
「大河原先生は、ずっと『風羅族』の存在を主張しつづけ、その痕跡を追っていた。そして……ついにかれらを発見し、接触したのだと思う。失踪直前の一時期、先生はかれらと交流を持っていたようだった。その成果を『山中の異人に関する調査と考察』という論文にまとめたはずなんだが、この文書は現存しない……」
 マリオンは、手元の資料を繰った。
 それは、以前に、リンスター財閥が調べた、河南の経歴だった。
「河南教授が学部を卒業して……、大河原博士の研究室で院生になるはずだったのに、前後して、博士は失踪してしまったのです。……それが7年前。そういえば隠れ里に引っ越した須藤さんたちは、10年ほど前から『アズケ』の数が急に増えた、と。博士が失踪前に風羅族に会っていたのなら、『アズケ』が増えだした頃なのです。風羅族がなぜか、急に子どもを里に多く預けはじめて、大河原博士はかれらに会い、そして博士はかれらと一緒に行ってしまって、マヨイガの技術を完成させた。それを使って、風羅族が活動を開始した……」
 ふうん、と、マリオンは考え込んだ。
「やっぱり、大河原博士が鍵を握っているとしか思えないのです。……このこと……VTRにしちゃってよかったんでしょうか……」
 それは好奇心の権化ともいうべきマリオンが、躊躇を見せた、珍しい瞬間だったかもしれない。しかし、すでに、事態は動き出しているのである。

 放送の本番は、数日後に迫っていた。

(つづく)

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1282/光月・羽澄/女/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【4164/マリオン・バーガンディ/男/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4424/三雲・冴波/女/27歳/事務員】
【4487/瀬崎・耀司/男/38歳/考古学者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

おまたせいたしました。
『【ロスト・キングダム】雲外鏡ノ巻<上>』をお届けいたします。
いよいよこのシリーズも折り返し地点を回りました。
このシナリオでは、クライマックスを前にしての、「ここまでのおさらい」。
一部、新たに判明したこととあわせて、出揃っている情報を確認した形になります。

>光月・羽澄さま
個人的には出演していただきたかったなぁ〜と思いつつ。まあ、いろいろとご事情や立場がおありですものね。そういう矜持をお持ちなところも素敵です(何)。写真の人物については、<下>のほうをごらんくださいませね、フフフ。

>マリオン・バーガンディさま
今回のマリオンさまは、おとなしくお仕事です。いや、別にいつもおとなしくないというわけでは……ないのですけど(笑)、そんなに事件が起こってないという意味で(笑)。考えてみれば、リンスター財閥関係のみなさまがいちばん情報をお持ちなのかなあ。

>三雲・冴波さま
うう、どうしても、こういうタイプのシナリオだと動きが地味になってしまいますねー。冴波さまはもっとこう颯爽と動かさせていただきたいのに。……というわけで、そのへんは<下>にてー。

>瀬崎・耀司さま
思わぬ形でご協力いただくことに……。無事、放送された暁には、以後も出演依頼があるかもしれませんよ(笑)。『赤い帽子の〜』とか、見てみたかった気もしますが……。

リンクシナリオですので<下>とあわせてお読みいただくと、事態の推移がよくわかるかと思います。
このたびは、ご参加ありがとうございました。