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店内大掃除
◆招き猫危機一髪
彼女がその店に訪れたのは、年の瀬も近いある日の事。
道行く人は寒そうにコートの襟を立て、背筋を丸め、だが心なしか皆せわしそうに歩いていく。
そんな時期に、何故わざわざ骨董品屋などに出向いたかと言えば、何の事はない。単に知り合いがいるからだったりする。
彼女…榊船・亜真知は今まで何度もくぐった骨董屋の引き戸、そのすぐ上にかかっている扁額に目をやったところで少し動きを止めた。
「まあ、少し落ち着きたまえよ、文音君。その招き猫には、何も罪は無いだろうに」
「そんなことはこの際どうでも良いのですっ。鷹崎さん、もう年末だっていうのに、相変わらずこのお店は汚すぎますよ」
「大掃除は、昔から大晦日と決まっているじゃないか」
「大晦日だけで終わるなんて事、絶っっ対あり得ません!」
店内から聞こえてくるのは、怒ったような少女の声と、対照的に落ち着いた青年の声。
亜真知の友人、藤本・文音と彼女の保護者代わりで、この骨董屋の店主でもある鷹崎・律岐の声だ。
彼女は少し考えた後、軽く戸を叩いてから引き開けた。
「…ふむ、どうやら文音君の援軍が来てしまったようだね。どうにも俺に分が悪い」
扉をくぐった亜真知に目をやり、会釈をしながら鷹崎が苦笑する。
「こんにちは、何の騒ぎか…は聞かなくとも何となく分かりますけれど…」
流れるような、だが楚々とした動きで亜真知は首を傾げて見せた。
埃にまみれた店内の洋装。何故か椅子の上に立って招き猫を掲げる文音。そして腕を組んで苦笑を浮かべる、年がら年中和服の男。
「亜真知さん…!ねえ、亜真知さんも、このお店は汚すぎると思いますよね…!」
人質の招き猫を小脇に抱え、ぐ、と両拳を握って力説してくる文音に、亜真知は力強く頷き返した。
「ええ、幾らなんでもこれは…」
酷すぎる、と言おうとしたところで。
「……うわぁ、凄い…きた…………えっと……」
声は亜真知のすぐ後ろから聞こえてきた。
小坂・佑紀は少々、いや結構困っていた。
「えーと、で、あんたどこから来たの?」
目の前に佇む自分と同じ年頃の少年に、もう一度問いかける。
その目の前で、そんな風に問いかけられた少年…九竜・啓は柔らかな、純粋な笑みを彼女に向けた。
「…わからない……わぁ……また迷子になっちゃったぁ…」
「そんな軽く言う事じゃないよね…」
困った。本当に困った。どうしよう。
本気で何とかしようと思えば、何とかなる気がしないでもなかったが、目の前の少年は、そんな彼女の苦悩をものともせずに無邪気な笑みのまま辺りを見回す。
「…けど、ここ、なんか…前にも来た気が……」
唐突に彼はふらふらと歩き出した。
そんなだから、迷うんじゃないかなあ、などと一抹の不安が佑紀の胸をよぎる。
駄目だ、放っておいたら行き倒れそうだ。
「ち、ちょっと待って?!」
佑紀は慌てて少年の後を追う。その声を聞いたのかどうなのか、少年は彼らが立っていた路地を少しまっすぐと進んだだけで足を止めた。無言でしばし考え、首を傾げる。
追いついた佑紀は、彼の視線の先にある建物を見た。
今時珍しい平屋作りの、純和風の家だ。
入り口にそれなりに目を引く扁額がかかっているから、何かの店なのだろうか。
引き戸が途中まで開けられ、鮮やかな振り袖姿の似合う、日本人形のような綺麗な少女が立っていた。どうやら店内にいる誰かと立ち話をしているようだ。
建物の和風の雰囲気とよく似合い、どこか幻想的な雰囲気すら感じる。
だが、それも佑紀が啓に続いて散らかりに散らかった、腐海の森な店内を見るまでの幻想………。
「……うわぁ、凄い…きた…………えっと……」
少しだけ間に合わなかった気もするが、啓は汚い、と言う言葉をなんとか飲み込んだ。頑張った。
「おや、君は。あきら君、だったね。後ろのお嬢さんはお連れさんかな?」
店の奥。招き猫を抱えた少女と向き合っていた暗緑色の着物の男が口元に笑みを浮かべて、佑紀は安堵した。
「良かった、この子の知り合いなんですね。はじめまして、小坂佑紀と言います」
「これはご丁寧に。俺はこの骨董品屋の店主をしている、鷹崎と言うよ。………そして、佑紀君の言葉から察するに、あきら君はまた迷子かい」
啓は鷹崎の言葉に満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、律岐クン……久しぶり……?」
文音は、そんな啓と、少し困惑気味の佑紀の側へと近づき、そして招き猫をとりあえず脇に置いてから、二人の手をがっしりと握った。
「……ふふふふ。人員、確保、です……ッ!」
◆そんなわけで。
「これは、全体的に…整理しないと……俺、頑張る…よぉっ!」
力強く拳を握り、啓が言う。
「そうですね…。幸い、この一角はまだ物が少ないので、ここを拠点にしましょう」
もっともだと亜真知は啓に頷いてから、畳張りになっている五畳程のスペースを指した。座卓や、座椅子が置いてあるそこは、どうやら店主が普段から居座っているスペースらしい。
とりあえず、適当に並べられた品物達をいったんそちらに移動させ、棚やら床やらの空き面積を広げていく。
「んっと、いらないものは、ゴミに…ん〜……いらないもの、あるぅ??」
というか、啓の目には全ていらない物に見えたりもするのだが。
「掃除の鉄則は、思い切りよく捨てる事、です。ざっかざか行きましょうー」
どうやら住人である文音の目にもそうだったようだ。
ゴミ袋を右手に、そして左手に何やら怪しげなねじくれた棒を手にしている。
「あー。文音君、それは捨てられると少々困る…というか基本的にどれも売り物なんだけれどね?」
「……聞く耳持ちませんっ」
かくて、謎の棒はゴミ袋へと放り込まれた。
「ねえ、これって何焼き?」
押しやられた品物達の真ん中で、骨董品達を傷つけないように丁寧にはたきをかけていた佑紀が手にした小皿を鷹崎に示した。
彼女の手のひらにすっぽりと収まる程小ぶりなそれは、干からびたような皺模様が全体に広がり、深い茶色をしていた。
手触りは紙のようで、陶器のような見かけだがどうも違うような気がする。
鷹崎は少し首をひねって、彼女が差し出した皿をじっと見た。どうやら記憶を探っているらしい。
「……ああ。それは確か、河童の水皿だね…。ちなみに、今文音君によってゴミの仲間入りをしたのが麒麟の角。不死の霊薬やら、何か怪しげな薬の材料になったりもするらしいよ」
「……嘘くさいわね」
「ええ、物凄く嘘くさいです…」
佑紀と文音が顔を見合わせる。それでも少し不安になったのだろうか。文音はこっそりゴミ袋から麒麟の角(仮称)を回収していたりする。
「まあ、どうなんだろうねえ…。とりあえず、昔知人に金を貸したら、押しつけられたんだけれどね」
「知人、ですか?」
佑紀が綺麗に拭いた骨董品を系統ごとに分類し、リストを作るという膨大な作業を涼しい顔でこなしていた亜真知が小首を傾げる。
河童の皿にしろ、麒麟の角にしろ、本物ならばそうそう簡単に出回っている物でもないはずだ。
「ああ、正確には学生時代の先輩なのだがね。藤本た…」
「いやあああぁあ、聞きたくありませぇええんッ」
己の父親と似たような音の響きを遮って、文音が呻く。壊れた。
「………。……まあ、そんなこんなで、立場が私の方が弱いので、捨てるわけにも行かなくてね」
ひょい、とやたら大きな壺を脇にどけ、品物を運ぶ啓に路を空けてやりながら、鷹崎は苦笑した。
「…というかふらついているが大丈夫かい?」
「うん、……俺、重いもの持つと、すぐ転んじゃうんだけど……これは、軽いから…平気〜……はわわっ!?」
鷹崎に声をかけられた啓は彼の方を見てふにゃり、と笑みを浮かべた。
が、足下がお留守になったせいか、啓が笑顔のまま前のめりに転ぶ。彼を慌てて支えながら、鷹崎は常に顔に浮かべた苦笑を深めてみせる。
「……大丈夫かな」
「いったぁ……でも、本で……良かったぁ……。割れ物だったら……大変だったもん……」
言いながら本を拾い集める啓に苦笑のまま溜息を一つこぼして、店主は佑紀の掃除と、亜真知のリスト化を終えた品物を分かりやすいように棚に戻していく。
一つの棚が片づけば、また同じように次の棚の中身を出し、掃除して再びしまい込む。
「…この並べきれない物は、床に並べようかな」
「そうだね、そうする他は無いかなあ」
佑紀の言葉に鷹崎は頷いた。
棚から溢れた骨董品達を、どうにか通路を塞がないように考えながら佑紀が並べていく。
目も当てられない惨状だった店内が、どうにか見られるようになってきた。
座卓拠点に残っているのは、数点の壺、湯飲み、そして小箱や風呂敷包み、などよく分からないものばかりだ。
「おや、流石だね。綺麗により分けてくれた物だ」
残っている品物を眺めて、鷹崎が感心したような声を漏らした。亜真知が頷いてみせる。
「ええ。いわくの有りそうな物だけ、とりあえず避けさせていただきましたわ」
先程の河童の皿や麒麟の角なんかも有る中、啓が首を傾げて一冊の本を手に取った。
「…律岐くん、……この本…はぁ?」
「ああ。それかい?それは…」
問いかけながら開いた本の隙間から、なんだかよく分からない「ぎょー」とかなんとか変な呻き声が聞こえてきて、啓は無言で本を閉じた。
「はっはっは、中に描かれた妖怪の絵が、どうも夜な夜な呻くらしくてね。気味が悪いから、って事で売りに来た人がいたんだ」
呻くだけで害は無いみたいだがね、と鷹崎が軽く続ける。
「だけど、このいわくつきの物達はどこにしまうの?」
「そうだねえ、堂々と店に並べておくのもなんだし、奥の倉庫にでもしまい込んでおこうかな」
今まで堂々と店に並べられていたじゃない、という突っ込みを飲み込み、佑紀は頷いた。
「では、運んでしまいましょうか……あら、この壺…」
ふと手にした小さな壺に目をやって、亜真知が呟いた。不思議な力を感じたのだ。
「ああ、それは不良品だよ。なんでも付喪神がついた壺とかで、無限に物が入る『底なしの壺』とやららしいんだが」
「……『らしいんだが』、何ですの?」
鷹崎は肩をすくめ、亜真知から壺を受け取った。そして無造作に転がる麒麟の角を手に取る。
「まあ、百聞は一見に如かず、と言う事だしね」
言いながら鷹崎は、壺の中に角を放り込んで見せた。口は広いが、浅い壺の中に、細長い角がするすると消えてゆく。
角が完全に壺の中に入った途端、唐突に天井から何かが降ってきた。
それはとす、と軽い音を立て、畳に少し突き刺さって倒れる。
「麒麟の角ね」
佑紀が呟いた。鷹崎は頷き、壺を逆さにして振りながら笑う。
「どうも、中で次元が変なように歪んでいるらしくてね。その上壺自身の性根も歪んでいるようで、良く入れた物が真上から降ってくるんだよ」
不意に壺が鷹崎の手からすっぽ抜ける。だがそれは、不安定な動きでふよふよと宙に留まって見せた。
どうやら振られた事か、あるいは鷹崎の言葉かが気に障ったらしい。彼(?)はあっけにとられる一同を後目に、文音が手にしたゴミ袋をぱっくりと飲み込んだ!
「……あいた」
丸めた紙くずが唐突に後頭部に当たって、啓が小さく言葉を漏らした。
「き、きゃあ、けふ、けふん」
埃の雨の洗礼を受けて文音が咳き込む。
亜真知が流れるような動作で、降り注いだ陶器の破片を躱し、ついでに傍に有った骨董品にもかかりそうな破片を、手にしたハタキでうち払う。
「怒ってるみたいね」
「そうだねえ…」
傍にいた佑紀を狙ったゴミを、とりあえず着物の袂で払ってから、鷹崎は顎に手を当てた。そして静かに言う。
「……いい加減にしないと、修復不可能な位に破壊するよ」
笑顔が眩しい。
途端に壺は、宙で一つびくりと震えて、吐きだした物を再びその中に収めて回った。最後に文音の傍でゴミ袋を中身ごと静かに吐きだし、静かに床へと降りた。
「無茶苦茶ですのね…」
「ははは、商品に舐められていては骨董品屋はつとまらないからね」
「そういう問題かしら」
亜真知と佑紀は少し顔を見合わせた。
「…でも、うん、これなら綺麗になりそう。ってことでこれで終わりね?」
追求しても何だか全く効きそうになかったので、諦めて佑紀は店内を見回す。当初に比べると随分見違えた。
「……意外と、広かったんですね、このお店」
文音が小さく呟いた。本気で感心しているようだ。
啓が鷹崎に念を押す。
「もう、汚くしちゃ…駄目だよぉ??って、俺、どうやって此処まで来たんだろう……」
鷹崎は静かに微笑んだ。
「……とりあえず、あきら君が帰る時には送っていくから、安心したまえ」
二回目だから、道も分かるし。
◆お疲れ様でした
「お茶が入りましたよ」
「お茶菓子の用意も出来ましたっ!」
亜真知と、文音が台所から戻ってくる。亜真知は彼女お勧めの玉露と芋きんつばを持参してきていた。そもそも、最初はこれをご馳走するために会いに来たらしい。
「あ、美味しいわ、このお茶…」
一口含んだ佑紀が感心したような声を漏らす。
「うん、お菓子も、美味しいよ…」
幸せそうに芋きんつばを頬張って啓が微笑んだ。もくもくと咀嚼をしては笑みをこぼす。
「済まないね、今日はすっかりお客さんを働かせてしまった」
「普段から片付けてれば、こんな事にはならないのよ」
鷹崎ははっきりと言いきる佑紀に、面目ない、とあまり反省はしていなさそうな顔で謝ってみせる。
「…ああ、そうだ。お礼と言っては何だけれど」
彼は立ち上がって、綺麗になったばかりの棚から小さな小箱を取り出した。蓋を開けて、なにやらつまんで取り出す。
「それは、なんですの?」
手にした湯飲みを、優雅な所作で机に置き、亜真知が問いかけた。
「ああ、何の変哲もない、ただのお守りなんだけれどね。付いている石が珍しい物らしいから、良かったら貰ってくれないかな」
黒い小さな石に穴を開け、組み紐を通した簡単なお守りを鷹崎は一つずつ手渡していった。
「わあ……これ、……色が変わるんだね…」
安っぽい蛍光灯の光に石を透かしてみせた啓が楽しそうに笑う。
「何の石かは、私も勉強不足で良くは分からないのだけれどね。気に入って貰えると良いんだが」
苦笑を一つ漏らして、鷹崎は座卓につき、茶をすすった。
「…まあ、大したおもてなしはできないけれど、もう少し、ゆっくりして疲れを取っていってくれたまえ」
綺麗に片づき、居心地の良くなった店内。
もうしばし、くつろいだ時間を……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【5201/九竜・啓/男性/17歳/高校生&陰陽師】
【5884/小坂・佑紀/女性/15歳/高校一年生】
【NPC/鷹崎律岐/男性/24歳/骨董屋店主】
【NPC/藤本文音/女性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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榊船・亜真知様
はじめまして。新米ライターの日生 寒河です。
この度は骨董屋にご来訪頂き、誠にありがとうございました。
腐海の森、魔窟…とも呼ぶべき店内を、綺麗にして頂き、助かりました。
ついでに、私の部屋も綺麗にしてくださ………げふん。
口調等、不備が無いと良いのですが…。
ともあれ、またのご来店、住人一同楽しみにお待ちしておりますね。
日生 寒河
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