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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せあいっこパーティ〜

 紫鶴いわく、『特技見せあいっこパーティ』。
「……ネーミングセンスのないところには、目をつぶっていただけると幸いです」
 出迎えに出てきた青年、如月竜矢(きらさぎ・りゅうし)は沈痛な顔でそんなことを言った。
 『特技見せあいっこパーティ』と書かれた垂れ幕があるから、恥ずかしいらしい。
 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)はふわりと微笑んで、
「かわいらしいではございませんか」
 と言った。
「今日はよろしくお願い致します」
 竜矢が丁寧に体を折る。「人が集まってはいるのですが、みなひやかしか料理目当てで……貴女の他に、紫鶴様の相手をちゃんとしてくださりそうな人間がおりませんので」
「まあ……紫鶴様もおかわいそうなこと」
 撫子は清楚な仕種で口元に手を寄せる。
「分かりましたわ。わたくし、たくさん紫鶴様を喜ばせられるよう頑張ります」
 そう言って、大和撫子な少女は微笑んだ。

 天薙撫子は神社の家系だ。
 そして祖父が、紫鶴の家――葛織と縁がある。
 その祖父づてに伝え聞いたパーティ。
 撫子は紫鶴とは初顔合わせとなるが、噂に聞く『特攻姫』と会うのを心から楽しみにしていた。

 今日も『撫子』の名に恥じぬ、鮮やかな赤紫と落ち着きのある藤色に白を合わせた色合いの和装。それに和装用のコートをはおり、竜矢をともなって上品にしずしずと歩いていると、向こうからものすごい勢いで走ってくる女の子がいた。
 年のころ十三歳ほどだろうか――白と赤が入り混じった不思議な色の長い髪をなびかせ、青と緑のオッドアイ――むしろフェアリーアイズ(妖精の目)を持った元気のよさそうな少女だ。
 西洋風のドレスを着ながらも、そのスカートは巻きスカートのため、走っている今は白い足が丸見えとなっている。
「竜矢! どこへ行っていた……! 退屈にもほどがある!」
 こちらへたどり着くなり、少女は怒鳴った。そして、はっと竜矢の隣に立つ撫子に気がついたらしい。
「さては……じ、自分の恋人を迎えに行っていたな……っ」
 頬が紅潮しているのは、やきもちゆえだろうか。
「どういう発想なんですか」
 竜矢が天を仰いで嘆いた。撫子は袖で口元を隠しながらくすくすと笑った。
「ご心配はいりませんわ。紫鶴様、ですね?」
 そっと少女に微笑みかける。
 その笑みの優しさに、紫鶴は毒気をぬかれたようだった。
「そ、そうだ……その、貴女は?」
 しどろもどろに尋ね返してくる。
 撫子はそっと和装の裾を払いながら、丁寧に礼をした。
「初めまして、紫鶴様。わたくし、天薙撫子と申します」
 ぜひ紫鶴様と一緒にパーティを楽しみたくて参りました、とにっこりと笑ってみせると、
「撫子殿か……美しい名前だ」
 紫鶴は、片足を軽く引いて膝を折る西洋風の礼をして返してきた。
「私は葛織紫鶴。本日は私のためのパーティにいらしてくださり、ありがとう存じます」
 挨拶はもう身に染みついているのだろう。さらりと流れた紫鶴の、白と赤の髪を微笑ましく見つめながら、撫子は笑顔で少女の手を取った。
「どうぞ紫鶴様、お気を楽になさって。わたくしは紫鶴様を楽しませたいと思ってここに来たのです」
「ほ、本当に、」
「姫。こちらは退魔の世界では名門の『天薙』の正統後継者でいらっしゃる撫子様です。姫のためにわざわざご足労くださったんですよ」
 竜矢が補足する。紫鶴が、そのかわいい顔をさっと紅潮させて慌てたような顔をした。
「そ、それは失礼した! その、色々と勘違い――」
「まあ。わたくしも楽しみで来ましたのに」
 姫と呼ばれる少女の慌てぶりがかわいくて、撫子は再び微笑んだ。
「よろしければ、二人でお茶でも致しませんか……?」


 お茶は、紅茶がパーティに山ほど用意されていた。
 葛織家は日本の旧家だが、和洋折衷を旨としているとかなんとかで、傾向は西洋風をとっているらしい。
「とても素敵な葉ですわ」
 紅茶を一口飲み、撫子はほうと息をつく。
「口に合ったか? それはよかった」
 紫鶴は嬉しそうに手を握り合わせた。
 二人は今、庭の隅にいくつかあるあずまやのひとつに座っていた。
 傍らには竜矢が立っている。紅茶は彼が淹れてくれたものだ。
 二人の傍にいつでも出せる紅茶を置いたまま、「では、私はお邪魔でしょうし退散しましょうか」と竜矢は軽く礼をした。
「ままま待て竜矢! ひ、ひとりでは不安だ!」
「……撫子様がいらっしゃるでしょう」
「そ、そうではなくて、ひとりでは粗相をしないか不安だっ!」
「ああ、なるほど」
 竜矢があっさりと納得する。撫子は少しだけ困ったように微笑んで、
「竜矢様も……紫鶴様をもう少し信用なされては? わたくしは気を悪くしたり致しませんわ」
「いや……実はうちの姫君は、『お付き合い』以外で人と対するのが初めてなんですよ」
 竜矢がため息まじりにつぶやく。
 まあ、と撫子は柳眉を寄せた。
「それはお気の毒です……そのお歳まで、なんて」
「何と言っても、この別荘から出たことがありませんのでね」
「何てことでしょう」
 撫子は、ほうと静かなため息をついた。「ではわたくし、たくさんお話したいと思います。早く紫鶴様とお友達になりとうございます」
「友達……?」
 紫鶴がつぶやいた。
「友達、に、なってくれる……のか?」
 おそるおそる尋ねてくる少女に、
「もちろんです」
 撫子は、そっと微笑んだ。

 結局竜矢も、表向き『お茶入れ役』として同席することとなり――撫子は目に見えて緊張している紫鶴を見つめながら、どうすればこの姫君を喜ばせることができるだろうかと思案した。
 竜矢が間をもたせるように、話を切り出す。
「撫子様のご実家は、神社でいらっしゃいましたよね」
「ええ、はい。神社ですわ」
 撫子はにっこり笑って言った。
「神社……伝え聞いてはいるんだが」
 紫鶴が難しい顔をする。「それは……ええと、神様をたてまつる場所だろう?」
「そうですわね。わたくしの家は、どちらかと言うと退魔のための神社であると言ったほうが正しゅうございますけれど」
「退魔か」
 紫鶴は、苦笑いした。「私は退魔どころか、魔を呼び寄せる力があるからな……」
「ふふ。でもそれは紫鶴様ご自身のせいではございませんでしょう? 紫鶴様ご自身からは、魔を呼び寄せそうな気を感じませんもの」
「そ、そうか?」
「ええ」
 こくりとうなずいて見せると、嬉しそうに紫鶴の顔に笑みが浮かんだ。
「撫子殿は、優しい方だな」
 ――竜矢が、緊張で紅茶を飲むスピードが速い紫鶴のカップに、新たに茶を注ぐ。
「あ……そうですわ、紫鶴様は神社の祭りをご存知ですか?」
「祭り……そんなようなものをするとは、聞いてはいるが……」
「夏祭りや秋祭り。とてもはでやかで力強く、楽しい行事ですのよ」
 撫子は自分の神社が誇る力強い行事をそっと手を合わせながら語る。
 お神輿。お稚児たちや練り歩き。すべてが紫鶴には新鮮らしい。
「その、オミコシとはどんなものだ?」
「なぜ子供がそんなことをするんだ?」
「なぜ村中を練り歩いたりするんだ?」
 撫子は質問攻めに合いながらも、ひとつひとつに丁寧に答えていった。
「祭りは……本来、厄除けや豊穣願いなど理由がございますけれど……でも実際には、皆様が楽しんでやることのほうが重要だったりするのですよ」
 くすくすと笑いながら撫子は言った。
「祭りは楽しいものなのだな」
 話に夢中になることで緊張がぬけたらしい、紫鶴は自然と自分から、空になっていた撫子のカップに紅茶を淹れた。
「ええ。機会がございましたら、紫鶴様もぜひご覧になってくださいませ」
「………」
 ふと、紫鶴の表情がくもる。
「見に……行く機会……あるかな」
 ――自分は別荘から出られない。そのことを強く思い出しているらしい紫鶴に、
「未来は分かりませんわ、紫鶴様。それに、やりたいことは自分の力で成し遂げてみせるものですわよ?」
 いたずらっぽく撫子は片目をつぶる。
 紫鶴の顔が輝いた。
 傍らで、竜矢がぽつりとつぶやいた。
「あんまり、たきつけないでくださいね……この姫が活動範囲を広げたら、ある意味まわりの被害が広がりますので」
「うるさいぞ、竜矢!」
「はいはい」

 パーティには、たしかに竜矢が言うとおり人が多かった。
 しかし、紫鶴に話しかけてくる者はいない。みな、料理に夢中になっている。
(失礼な方が多いこと……)
 撫子は心の中でそう思った。このパーティは、紫鶴のためにあるはずなのに。
 しかし変に話しかけてこられても、紫鶴の肩がこるような状態になるだけなのだろう。おそらくはほとんどが――撫子と同じように、家のつてでこのパーティに来ている。
 かと言って、撫子と同じように本当に紫鶴のために来ているわけではないのだ……
「本当は一般の方々を呼ぶつもりだったんですけれどね――」
 そう言って、竜矢が息をついた。「皆さん葛織の名に逃げてしまわれましてね」
 それは葛織の名の大きさのせいなのかもしれないし、あるいは葛織家の伝承『剣舞』が魔寄せの能力があるからなのかもしれない。
(剣舞……)
 撫子は、ぽんと手を打った。
「そうですわ。紫鶴様、奉納祭でわたくしが舞う『神楽舞』をご覧になりますか?」
「神楽! 話には聞いている――美しい舞だそうだな!」
 紫鶴はうきうきした声で乗ってきた。
 撫子はにっこりと笑って、では、と椅子から立ち上がった。

「本日は神楽舞用の装束ではございませんけれど……」
 撫子は、ぱっと扇を開き、そっと微笑んだ。
 竜矢が先に立っていき、場所を取るため他の客たちをどかしている。
「他のお客様方もご覧になりますけれど」
 撫子は、さりげなく紫鶴の耳元で囁いた。
「でも、本日の舞は紫鶴様のためだけのものですわ。お忘れにならないでくださいね?」
 それを聞いて、紫鶴がくすぐったそうに微笑んだ。
 そして、演舞が始まる――


 神楽は伝統的な舞踏。
 本来和楽器のリズムに乗せて踊るものだが、今日はひとりきりで舞うことになる。
 ゆっくりと扇を広げ、手首の動きしなやかに、撫子は舞った。
 ゆらり、ゆらり
 神楽の動きはゆったりと。
 そして――時に力強く。
 タン タン タタタン タタン
 まるで、傍らに小太鼓があるような錯覚を起こさせる舞のリズム。

 人々は、撫子の舞に魅せられた。
 紫鶴がその色違いの瞳を輝かせて、こちらを見つめているのを感じる。
 撫子の顔に笑みが浮かぶ。
 彼女はふわりと一回転してから――舞を静める動作をした。

 拍手が鳴り響く。庭の全体から。
 中でも熱心に拍手をしていたのは、紫鶴だった。
「素晴らしい! 素晴らしかった……撫子殿!」
 紫鶴は興奮した口調で撫子の手を取った。
 撫子はふわりと微笑む。
「神楽は皆あのように舞うのです。美しいと言って頂けたなら、神楽舞のものたち皆が喜びますわ」
 紫鶴が、その言葉にふと考えこんだ。
「そう……なのかもしれぬが」
 と、少しだけ首をかしげ、恥ずかしそうに、
「私は、撫子殿が私の友達だから、素晴らしく見えたのだと思ってしまった。いけなかったか?」
「まあ」
 撫子は笑った。口元に手を当て、くすくすと。
 そして、彼女は提案した。
「もしよろしければ、紫鶴様の剣舞を拝見しとうございますわ」
「え……」
「わたくしも是非にと思っておりました。いけませんでしょうか?」
 しかし……と紫鶴は視線を泳がせた。
「私の舞は……魔を寄せてしまう。基本的には夜……だから、昼間はまだ……大丈夫ではある……けど……」
「ご安心を」
 にこりと、撫子は言った。「わたくしは退魔の家のもの。無粋な輩がおりましたら、わたくしにお任せくださいまし」
「―――」
 紫鶴はしばらく迷っていたようだった。
 しかし、撫子の変わらぬ微笑を見て――
 やがて、
「分かった。『友達』なら、当然のことだな」
 笑顔を見せて、強くうなずいた。

 紫鶴は、精神力で剣を生み出す。
 両手に一本ずつ。刀でもなく、西洋風の剣でもない、不思議な形をした真剣だった。
 キン 
 その刀身を打ち合わせ、柄の感触をたしかめ――
 竜矢が用意してきた鈴を、両手首につけて。

 すうと紫鶴が場の中央で静かに息を吐く音。
 しゃらん……
 手首の鈴が鳴る。
 しゃらん しゃん しゃん しゃん
 紫鶴の舞は激しかった。撫子のものとは違う、闘いの舞。
 剣で空を切り、鈴が鳴る。剣の柄頭についた赤と白の糸房がひらりと舞う。
 しゃりん
 剣を打ち鳴らし、次の瞬間には腕を伸ばし。
 紫鶴が天を仰いだ、そのとき――

 客がざわついた。
 撫子はふっとそちらを向いた。
 ――客の間に、異形のものが突如として現れた。
 視線を天からおろした紫鶴が、それに気づき硬直すると同時、
 撫子はさりげなくその豊かな黒髪から、するりと何かを取り出した。
 妖斬鋼糸。
 しゅる……と鋼の糸が異形のものへと放たれる。
 そして撫子はそれをあっさりとからめとり、事もなげに封じ、鎮めてしまった。
 紫鶴の目が見開かれる。それににっこりと笑ってみせると、
 紫鶴の瞳が、にじみそうな潤いをもって微笑んだ。

 少女は剣舞を再開する。
 撫子はすすと歩み寄り、舞いながら驚いている紫鶴の前に立ち、扇を開いた。

 す……

 黒髪の娘は、再び神楽舞を舞い始める。
 赤と白の髪を持つ少女の動きに合わせるように。
 撫子の扇が舞う。剣の動きに誘われながら。
 紫鶴も、撫子の体の動きにかすめるように剣をひらめかす。
 しゃん しゃん しゃん
 紫鶴の鈴の音は、撫子の韻となって。
 動の紫鶴。静の撫子。
 対になって舞う舞姫たちは、お互いの美を引き立て、いっそう静かに、激しく、輝かしく舞い続けた。
 
 二人は楽しげだった。
 二人で舞うことを、心から楽しんでいる舞だった。
 少女たちは踊り続ける。
 いつの間にか日が落ちかけていることにも気づかずに……


 もう撫子が帰らなければならない時間だ――
 それに気づき、ようやく二人は舞をやめた。
 紫鶴は、撫子との別れの予感を感じながらも、清々しい顔をしていた。
「とても美しかったですよ、お二方とも」
 竜矢が拍手をしながら二人の少女を迎える。
 テーブルには、淹れたての紅茶が用意されている。
 二人はティーカップを手にとると、顔を見合わせてくすっと笑った。
「だって私たちは」
「友達ですものね」
 くいっと二人で揃って飲み干す、あたたかな紅茶――
 いつにもまして心に染み渡るような、優しい香りがした。


  ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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天薙撫子様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルに参加してくださり、ありがとうございました!
納品が納期ぎりぎりになってしまい、申し訳ございません。
同じ剣舞の姫ということで、気も合ったようです。オバカな姫にお優しい対応とても嬉しく思います。
神楽の舞を美しく表現できず力不足が否めませんが、とても楽しく書かせて頂きました。本当にありがとうございました。
またお会いできる日を願って……