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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜寂しい夜には〜

 葛織家伝統の『剣舞』は、月に影響される。
 それゆえ満月には奉納の舞をし、新月になると……強い剣舞士ほど、力を奪われる。
 そして葛織紫鶴(くずおり・しづる)は、近年稀に見る強力な葛織家の剣舞士だった。

「新月の日は嫌いだ……」
 まだ十三歳の少女は、ベッドにふせったままつぶやいていた。
 月が夜にしか出ていない? そんなわけがない。実際には昼間にだって月は存在している。
 そのために、一日中力が出なくなってしまうのだから。
「竜矢(りゅうし)……」
 常に傍にいてくれる世話役の名をつぶやく。
 と、応えるかのように紫鶴の部屋がノックされた。
「姫。入りますよ」
 ――如月(きさらぎ)竜矢の声。
 そしてそっとドアが開かれる。
「………」
 紫鶴はいぶかった。見慣れた竜矢の後ろから、彼に促されるようにひとりの少女が現れたから。
 年のころは十代の……半ばだろうか、それより少し上だろうか、見かけではいまいち分からない。漆黒のつややかな黒髪に、宝石のように美しい赤い瞳を持つ少女。
 どうぞ、と竜矢にすすめられ、その少女は紫鶴のベッドの傍らまでやってきた。
 無表情な少女は、
「初めまして」
 と静かで淡々とした声で言った。
「………?」
 紫鶴は尋ねるように竜矢を見る。竜矢は椅子を持ってきて、少女をその椅子に座らせると、
「こちらは黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)さんです、姫。今日は姫の話し相手になってくださるそうですよ」
「……私の話し相手……」
 紫鶴はぼんやりとした目で少女を改めて見つめた。
 自分よりは歳上だろう彼女は、相変わらず無表情で紫鶴を見つめ返してきた。
 吸い込まれそうな、美しい赤い瞳――
「綺麗だな……」
 紫鶴の表情に、自然と笑みが浮かぶ。
「綺麗な……目の色だ……髪も。いや……全部」
 ――無表情かに見えた少女の顔に、わずかに変化があった。驚いたような。
 それから、小さく笑うような。
「おかしな姫君……名乗ってはくださらないの」
 魅月姫と紹介された少女は言う。
 紫鶴は慌てて、
「すまない。私は……葛織紫鶴。来てくれて……ありがとう」
「どういたしまして」
 魅月姫は無表情に見えながらも、よく見れば微笑んでいた。
 ぼんやりとした紫鶴の視覚には、なぜかかえってよく分かる彼女の表情の変化。
「では、私は退場します。……黒榊さん、よろしくお願いします」
 竜矢が魅月姫に頭をさげて、そっと部屋を出て行った。
 部屋がしんとした静けさに包まれる。
「あなたは……」
 紫鶴はつぶやくように言った。「どうして……来てくれたんだ……?」
「今の如月竜矢さんとはちょっとしたお知り合いです。……あなたのお噂はお聞きしていました」
「……。どうせ悪口だろう」
 むっつりと言うと、やはり魅月姫は微笑して、
「新月のこともお聞きしました。如月さんは一生懸命、話し相手をしてくれそうな相手をさがしておられましたよ」
「………」
 紫鶴は視線をそらした。
 本当は顔をそらしたかったのだが、だるくてできない。――顔が赤くなっているのは見られたくない。
「新月の孤独……」
 魅月姫はそっとつぶやく。「寂しさなら、私も知っています……。お相手できるかもしれないと、思って来ました」
 お役に立てるといいのですけど、と魅月姫はほんのかすかな笑みで囁いた。

 黒榊魅月姫。
 ――紫鶴には言わないが、彼女は吸血鬼だ。それも真祖、生まれながらのハイ・デイライトウォーカー。
 血を吸わなくても生きていける吸血鬼。それが彼女。
 そして歳をとることができない。それも彼女。
 悠久の刻をひとりきりで過ごしてきた――
 時折、寂しさを感じることもあった。
 だから……きっと、紫鶴の寂しさを分かることができるだろうと、そう思ったのだ。

「どんな話をいたしましょうか」
 魅月姫は静かな声で淡々と語る。
「そう……私はかつて欧州にいたことがあります。そのころのお話でもしましょうか」
 紫鶴にも分かるような話を……
「ナポレオンをご存知ですか?」
「あの有名な……皇帝か……」
「そうです。彼に関する逸話があります。ある日商人たちの代表が彼のもとへ表敬に行きました。ナポレオンは彼らに冷たく言いました。『私は商人が嫌いだ。金のためにならその祖国まで売る輩だからな』」
「そんなことを言ったのか?」
 紫鶴は目をぱちくりさせた。
 魅月姫はゆったりと微笑んだ。
「あなたなら、もし商人が本当にお金のために祖国を売るような人々だったらどうしますか?」
「祖国を売る……? そんな、まさか……」
 言いかけた紫鶴は、ふと黙りこんだ。
 しばらく考えた後、小さくつぶやく。
「いや……金のためなら……何でもするものも、たしかにいるかもしれん……な」
 紫鶴もお金持ちの家の令嬢だ。別荘から出してもらえないとは言え、薄汚い裏はうすうす見えている。
「ナポレオンは……たしかに人間を……よく知っていたの、かも……しれん」
「たしかに、人の心を操るのに長けていたようです。戦においても……副官に命じて、従軍している兵士をひとり選び、その兵士がどこで生まれたのか、家族は何人で何をしているのか、その他色々……整列したときに何列の何番目にいるのかも報告させるのです。そして、整列させたときにその兵士のもとに行き、いかにも知っているかのように兵士の名前を呼び、『ああ、ここにいたのか。エジプトで勇敢に戦ったな。お父上はお変わりないか。勲章をもらったかね。そうだ、勲章をやろう』と言うのです。そうして、その兵士だけでなく他の兵士たちも『皇帝は我々一人一人のことを、家族のことまでよく知っているのだ』と感激して、忠誠を誓った」
「なるほど……上に立つものは策士……だな」
 難しい顔になる紫鶴に、魅月姫はまたほんのかすかに笑い、
「ではアインシュタインに関するお話を……アインシュタインはご存知ですか」
「学者……じゃなかったか? べろを出した写真の」
「物理学者です。ふふ。そんなアインシュタインにも欠点があったというお話です」

 ある日、ベルリンの市電に乗ったアインシュタインが車掌に言いました。
『おつりが間違っているよ』
 車掌がもう一度計算してみると、間違っていなかったので、車掌はアインシュタインに言いました。
『あなたの欠点は、算数ができないことですね』

 紫鶴はくすくすと笑った。
「物理学者だと言うのに……!」
「ユーモアのある車掌さんだと思いませんか」
「ああ。とても面白い……」
「アインシュタインに関するお話はまだありますよ」

 ある共同研究者がアインシュタインに、
『明日は日曜日ですが、明日も一緒に研究してもよろしいでしょうか』
 と尋ねました。
 アインシュタインが、『そもそも日曜日はいけないものかね』と聞き返すと、『安息日ですから』と共同研究者が言います。彼らはキリスト教なのですね。
 そこでアインシュタインは言いました。
『神様は日曜もお休みにならないよ』

「なるほど」
 紫鶴は再びくすくすと笑った。「安息日でも……神が休んでいては……いかんな」
「紫鶴さんはキリスト教徒ですか」
 魅月姫に尋ねられ、紫鶴は小首をかしげた。
「いや……私には……『神』がよく分からない。それでは……いけないだろうか……」
 魅月姫が微笑むのが分かった。
「それでいいのです」
 次のお話にまいりましょうかと、彼女は静かに言葉を紡ぎ続ける――

 話は続いてゆくほど摩訶不思議な、まるでおとぎ話のように嘘か本当か分からぬ話へと変わっていく。
 歴史的に有名な話の裏話のようなものまで――
 紫鶴はだんだん不思議になってきた。
 ――この人は、なぜこんなにもたくさんのことを知っているのだろう?

「――このように、吸血鬼は実在するのです」
 魅月姫の言葉が、吸血鬼の話のところでふと途切れた。
「あなたは……吸血鬼を、信じますか?」
 魅月姫はこうやって、紫鶴にも話す機会を与えてくれる。
 紫鶴は心地よい時間を感じながら、
「吸血鬼……は、信じている……」
 夢心地で囁いた。
 魅月姫の視線が揺らいだような気がしたのは、気のせいだったろうか――
「私の……剣舞は、魔を寄せる……色々なものを、見てきた。吸血鬼がいても……おかしく……ない」
「……吸血鬼は『魔』だと?」
 静かな声が問う。
 紫鶴は考えた。
 今自分が言ったとおりならば、たしかに自分は吸血鬼を『魔』だと言ったことになってしまうが……
「いや……」
 紫鶴はぼんやりとつぶやいた。
「吸血鬼ほどになれば……人格に似たものが、あるだろう……? だったら……きっと、邪悪ばかりではない……」
「………」
「そう……そうだな。邪悪ばかりではないんだ……今、気づいた」
 ありがとう。紫鶴は力ない笑みで魅月姫に微笑みかける。
「大切なことに気づいた……。ありがとう……」
「………」
 けほ、と紫鶴は咳き込む。
 夜が近い。月の力が強くなる時間帯だ。新月といえどもそれは同じ。
 新月の場合は逆に、つらい意味で月の影響が強くなってしまうのだけれど――
「もう……夜、だな……。魅月姫殿は、もう、お帰りになったほうが……よいぞ……」
 暗いと危ない。そう言って、もう一度咳き込む。
「私は……」
 魅月姫は何かにためらったようだった。
 無表情な顔が、紫鶴を見下ろしている。その赤い瞳に、どこか心配そうな色を見せて。
「魅月姫殿ほど……美しい女の子は、夜道は危険だと聞いた……。早く……お帰りになったほうが、いい」
 私なら大丈夫だ、と紫鶴は微笑んだ。
「魅月姫殿のお話は……とても、面白かった……。今夜は、思い出しながら……楽しい気分で……眠れる」
「……紫鶴さん」
 魅月姫の赤い瞳が……優しく輝いた。
 彼女は、椅子から立ち上がった。
「気をつかってくださってありがとう。私は、帰ることにします」
「ああ……気をつけて」
「紫鶴さん」
 魅月姫はそっと顔を寄せて――
 紫鶴の頬に、軽い口づけをした。
「……今日は私のほうこそ、楽しいひと時でした。ありがとう、紫鶴さん」
「魅月姫殿――」
 魅月姫が笑っているのが分かる。
 彼女は、そのまま背を向けた。
 紫鶴はその背中を呼び止めようとして、かろうじて言葉をのみこんだ。呼び止めてはいけない。そんなわがままはいけない。
 けれど、遠くなっていく後姿がこんなにも切なく痛い。
「魅月姫殿――!」
 我慢できなかった。
 魅月姫が振り向いたとき、紫鶴は我知らず、涙を流していた。
「………」
 何を言っていいか分からずに、紫鶴はじっと魅月姫を見つめる。
 魅月姫は、静かに言った。
「……きっと、また会えます、紫鶴さん」
「………」
 すう……と体から力がぬける。
 紫鶴は涙を流しながら、微笑んだ。
「きっと……また……」
「ええ。きっとまた」
 魅月姫はそっと礼をして、部屋を出て行った。
 ドアの外で気配がする。おそらく竜矢がそこにいて、魅月姫を家まで送ろうと言っているのだろう。
 しかし考えに反して、竜矢はすぐに紫鶴の部屋へ入ってきた。
「竜矢……なぜ魅月姫殿を、護ってやらぬ……」
 紫鶴は力の入らない顔で、精一杯世話役をにらんだ。
 竜矢は、何かに驚いたような顔をして、ベッドの姫を見下ろした。
 何も言わなかったのか。竜矢はそんなことをつぶやいた。
 それから――青年は優しく微笑んで、
「……魅姫月殿は、あなたをとても心配していらっしゃった。あなたの傍にいられるのは私だけですからね。姫の傍にいなさいと叱られましたよ」
「………」
 魅月姫殿……
 紫鶴は、魅月姫の後姿の幻影を、ドアに見た気がした。
「何でも、たくさんお話をされたそうですね。私にも話してくれるんでしょう? 姫」
 竜矢が言う。
 そうか。今日は二度楽しめるのか。
 そんな楽しみを……あの美しい赤い瞳の少女は置いていってくれたのか。
 紫鶴は、心の底からの想いをこめて、つぶやいていた。
「ありがとう……」
 

  ――Fin――



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4682/黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき)/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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黒榊魅月姫様
初めまして。笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました!納品が納期ぎりぎりとなってしまい申し訳ございません。
魅月姫さんのお話の内容が、歴史舞台の裏話と少し難しいお題だったのでコミカルな方面へ持っていってしまったのですが……イメージと違っていたら、当方の力不足です;すみません。
とてもかわいい魅月姫さんを書かせていただけて光栄でした。ありがとうございました。
またお会いできる日を願って……