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<東京怪談・PCゲームノベル>


KILL OR BE KILLED

〜 謎の脅迫状 〜

〜〜〜〜〜
 KILL OR BE KILLED

 今から三日以内に下記の人物を殺せ。
 いかなる手段を使っても構わない。
 お前が相手の情報を手に入れているように、すでに相手もお前の情報を手に入れている。
 殺らなければ殺られる。その前に殺れ。それだけがお前の生き残る道だ。
 タイムオーバーは双方の死を意味する。相手を殺さぬ限りお前に未来はない。
〜〜〜〜〜

「……何だ、これは?」
 植村護国(うえむら・もりくに)警部補から手渡された紙片に目を通して、武彦は首をかしげた。
「見ての通り、脅迫状だ」
 いや、それはわかっている。
 それはわかっているが、いったいこんなことをして犯人に何の得があるというのだろう?
「犯人の目的は不明。恐らくただの愉快犯だろうが、それにしちゃ手が込みすぎている」
 実際にこれを送りつけられた人間の話によると、これと同じ紙片とともに、ある人物の顔写真や名前、職業、住所や勤務先などの詳細な情報が同封されていたという。
 それだけのことを、ただの愉快犯でやるだろうか?
「それは俺も疑問に感じたが、どこをどうたどっても、これを送りつけられた人間全員を結ぶような『何か』は見あたらない。
 この中の誰か一人、もしくは数人が本命で、残りは捜査攪乱のためのダミーということも考えられるが、それにしたって大げさすぎるだろう」
 護国はそう言ってため息をつくと、深刻そうな表情でこう口にした。
「最初にこいつを受け取ったヤツから通報があったのが昨日。
 さらに、今日に入って数十件単位で同じような脅迫状が届いたって話が来てる」
 だとしたら、もはや一刻の猶予もない。
 武彦が協力を約束すると、護国は感謝の言葉を述べて帰っていった。





 そして翌日。

 朝一番に、その護国から電話があった。
『悪い知らせだ。
 最初に脅迫状を送りつけられた二人が死んだ。二人とも心臓発作だ。
 念のために護衛を二人ずつつけておいたんだが、こういう形で殺されるとはな』
 犯人が本気であることはある程度想像できていたが、やはり実際に被害者が出たという事実は重い。
 しかも、相手の攻撃が直接的なものでないとなれば、なおさら防ぐのは難しい。
『その上、この脅迫状のことをマスコミやネットに流したヤツがいる。パニックは必至だ』
 これもある程度予想できていたことではあるが、やはり実際にやられるとダメージは大きいだろう。
 下手をすれば、自分が殺されたくないがために本当に指定された相手を殺しに行く人間が出てくるかもしれない。
 そうなれば、それこそ犯人の思うつぼだ。
 なんとしてでも、第二、第三の事件が起きる前に、事件の真相を突き止め、犯人を逮捕、もしくは最悪の場合抹殺せねばなるまい。

 だが、その前に武彦には一つどうしても言っておかなければならないことがあった。
「なるほど。こっちにもひとつ悪いニュースがある」
『この上なんだ?』
 やや苛立ったような声を出す護国に、武彦は努めて平静を装ってこう告げた。
「俺の所にも、昨日例の脅迫状が届いた。相手の情報以外、一字一句違わぬヤツがな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 時間との戦い 〜

「ま、この話は僕も耳には入ってたんだけど、面倒だから相手にしてなかったよ」
 そう言って、十里楠真雄(とりな・まゆ)が小さく笑う。
「ご褒美くれると信じてるから解決協力にきたんだけど?」
 その言葉に、護国があからさまに眉をひそめた。
「俺も、お前の噂はいろいろ耳にしてんだがな」
 やはり、頑固一徹の警察官と、裏稼業の闇医師が同席するのには、何かと問題があるようだ。
「ん? 僕を逮捕するかい?」
 冗談めかして言う真雄に、護国はいよいよもって苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「こんな事件の最中じゃなきゃ、すぐにでもしょっ引いてやるところなんだが。
 あいにく、今はそれどころじゃない」

 ともあれ、護国も言う通り、今はそんな話をしている場合ではないだろう。
 そう考えて、唯崎紅華(ゆいざき・せっか)は率先して思いついたことを言ってみることにした。
「相手が遠隔攻撃をしてくるのでなければ、草間さんを囮にするのが一番手っ取り早かったと思いますが」
 まあ、現状と相反する仮定の下での提案であるので、今となってはこの意見にあまり大きな意味はない。
 それでも、真雄たちを本題に引き戻すためには、これでも十二分に効果があった。
「呪いの類に対処できそうな人は、今ここに集まっている中にはいなさそうだね」
 真雄の言葉に、武彦が憮然とした様子で呟く。
「……それだと、殺され損になるのは気のせいか?」
「ええ。ですから、その方法はヤメにしましょう」
 紅華はとりあえずそう答えると、次に護国のほうに話を振ってみた。
「差し出し主の住所とか、ネットの書き込みの元は……さすがに、もう調べてますよね?」
「当然、そのくらいはウチの若い奴がやってるよ。
 消印である程度範囲は絞り込めたが、絞り込めた範囲が東京都内、じゃあまり役には立ちそうもない。
 ネットのほうもあちこち引っ張り回されたあげくに最後は全部偽装。
 それも『nice.try.you.idiot』とか、『what.ru.doing.here』とか、一目で偽装とわかるような名前になってやがったらしい」
 お手上げだ、とばかりに肩をすくめる護国。
 これでは、紅華としても打つ手がない。
「ん〜……有力な手がかりなし、ですか」

 すると、真雄がこんな事を言い出した。
「こっちも相手と同じことをしてみる、ってのはどうかな」
「同じこと? 無差別に脅迫状を出すってことか?」
 驚いたような顔をする護国とは対照的に、真雄は淡々と話を続ける。
「そういうこと。
 もちろん、こっちが脅迫状を送る相手には、『多少イライラする』程度の影響しか出ないようにしておくけどね」
「でも、それでどうして犯人が見つかるんですか?」
 紅華のその問いかけにも、彼は理路整然とした答えを返してきた。
「もし相手の狙いが特定の人物なら、相手が考えていた以上に騒ぎを大きくすることで。
 そして相手の狙いが不特定多数なら、騒ぎは大きくなるものの、必ずしも狙った成果を上げていないということで、いずれにせよ、相手の意図の攪乱になる。
 そうすれば、相手の方からこっちを探しに来るんじゃないかな」
 なるほど、そう言われれば、そんな気もする。

 しかし、この意見に護国が異を唱えた。
「賛成しかねるな」
「騒ぎを大きくしたくない気持ちはわからないでもないけど」
 諭すように言う真雄に、護国は小さく首を横に振る。
「それもあるが、それ以上に時間がかかりすぎる。
 仮に今から大急ぎで脅迫状をでっち上げて、速達で投函しても、届くのは明日だ。
 さらに、そのことに連中が気づくまでにも時間がかかるだろうし、気づいてすぐにこっちを探しに出てくるとも限らない」
 確かに、言われてみれば解決するまでに数日はかかる可能性が高い。
「そんな悠長なことをやってる場合じゃない。明日になれば何十人という人が死ぬ」
 護国のその主張に、真雄は小さくため息をつく。
「まだ死ぬと決まったわけじゃない。
 それに、手がかりが全くない状況で、『明日までに解決する』ことに固執するのはかえって危険だよ」
 どちらの言うことにも一理はある。
 一理はあるのだが、紅華はどうも何か忘れられている様な気がしてならなかった。

 と、その時。
「明後日までに片をつけられなければ、武彦の身も危ない。
 武彦があれを受け取ったのは、昨日なんだぞ」

 それだ。
 事件解決までに数日かかるということは、すでに脅迫状を受け取っているほとんどの人に殺される可能性があることを意味する。
 そして、その中には当然武彦も含まれ――。

 そこまで考えて、紅華はふとあることを思い出した。
「そういえば、私のところにも昨日……同じ脅迫状が」

 そう。
 実は、紅華のところにも、問題のものと全く同じ脅迫状が届いていたのである。

「なんで、そういう大事なことを先に言わないかな?」
「私もすっかり忘れてたんです。草間さんたちのことばっかり考えてて」
 すっかり呆れかえった様子の真雄にそう弁解すると、紅華はさっそく空間操作でその脅迫状を取り出した。
「見せてもらえるか?」
「はい」
 まずは、それを護国に手渡す。
 彼は脅迫状を一瞥すると、相手の情報が書かれたファイルの方を見て、小さくため息をついた。
「なるほど。この相手はまだ護衛対象のリストにないな。今すぐ追加させよう。もちろんあんたも」
 どうやら、彼にとってこの脅迫状は悩みの種を増やすだけの結果に終わったらしい。

 その様子を見て、今度は真雄が手を伸ばした。
「仕方ない。それじゃ、その脅迫状を貸してくれるかな」
「どうする気だ?」
 怪訝そうに尋ねる護国に、彼は微かな笑みを浮かべてこう答えた。
「聞いてみるのさ。犯人について、ね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 犯人の正体 〜

「この事件、思った以上に厄介そうだね」
 脅迫状の「過去」を探り終えて、真雄は大きく息をついた。

 ただの愉快犯。大した事件ではない。
 真雄自身も、心のどこかでそう思っていた。
 だが、真相は全く違っていたのだ。

「犯人はただの愉快犯なんかじゃない。
 主犯は『虚無の境界』に属する男、そして共犯は……」

 と、真雄がそこまで言った時。

「さすが、情報が早いな」
 ノックひとつせずに、よれよれのコートを羽織った男が入ってきた。
「あんたは確か」
 武彦の言葉に、男はにやりと笑って自己紹介する。
「IO2日本支部、『A』対策班班長の鷺沼譲次(さぎぬま・じょうじ)だ」

 IO2の、それも『A』対策班。
 その言葉に、一気に場の空気が凍りつく。

 そんな中、譲次はきっぱりとこう宣言した。
「今回の一件には虚無の境界、ならびに『A』の関与が確認された。
 っつーことは、この事件は警察の管轄からウチの管轄に移った、ってことだ」





 次に口を開いたのは、武彦だった。
「で、俺たちにどうしろと?」
「引き続き協力を頼む。それを言いに来た」
 あっさりとそう答える譲次に、今度は護国が尋ねる。
「俺たちはどうすればいい」
「捜査を続けるフリだけしててくれ。
 核心には絶対に近づくな。真相を誰にも知られるな。
 片づき次第もみ消し方はこっちで指示する。それまで世間の目を欺いてくれ」
「嫌な仕事だな」
 あまりと言えばあまりの指示に、護国が吐き捨てるように言う。
「似たようなモンさ」
 譲次はそう呟くと、真雄たちの方に向き直った。
「で、そっちはどこまで掴んでるんだ?」
 かくなる上は、隠し事など無用だろう。
「おおよその敵の正体と、少なくとも一昨日ごろまで使われていた敵の拠点、ってとこかな」
 真雄が正直にそう告げると、譲次はにやりと笑った。
「上出来だ。早速踏み込むぞ」

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〜 突入 〜(全員)!

 一同が向かったのは、首都圏某所にある廃ビルだった。

 敵の人数は、少なく見積もって二人、多くとも十人足らず。
 そういった事情も考えて、こちらも真雄と紅華の他は譲次を含むIO2のメンバー数人しかいない。

「ずいぶん少人数なんだね」
 真雄の言葉に、譲次が自嘲気味に笑う。
「ま、『A』が絡んでる時は、だいたいこんなモンだ。
 そこそこのヤツを何百人連れてきても、まとめて吹っ飛ばされるだけだからな」
「なるほど。それなら仕方がない」
 苦笑する真雄。
 恐らく、彼はまだ『A』と呼ばれる連中の力を知らないのだろう。
 少なくとも、実際に彼らを敵に回して戦ったことはないに違いない。

 でなければ、譲次の言葉を聞いて笑ったりなどできないはずだ。





 紅華は、一度だけ『A』と遭遇したことがある。
 その際に交戦したのは、「コーン」と呼ばれる個体だったが――譲次の話によれば、「コーン」は最も対処しやすい、つまり力の劣る個体であるらしい。

「今回の件に絡んでる可能性があるのは『コーン』か『プリズム』、あるいはその両方だ。
 真雄の見た金髪の男ってのに間違いがなければ、恐らく『コーン』だとは思うが、最悪の事態も考えておく必要があるな」

 譲次の言う「プリズム」とやらに会ったことはないが、万一「コーン」よりもさらに手強い相手が存在するとすれば――正直に言って、勝てる可能性は限りなく低い。

 もっとも、相手が仮に「コーン」だったとしても、非常に分の悪い勝負になるであろうことにかわりはないのだが――。





 そして。
 ビルの周囲及び入り口付近にIO2のメンバーの大半を残して、紅華たちはビルの中へと向かった。
 突入班は紅華と真雄、そしてIO2のサイボーグエージェント・MINAの三人である。
「この階にも生命体反応なし。トラップの類も感知できません」
 MINAのセンサーによる情報を頼りに、三人は万全の注意を払いながら階段を登り、敵が待ち受ける六階へと向かった。

 六階で彼女たちを待っていたのは、二人の男だった。
「来ましたね。そうでなければ面白くない」
 余裕たっぷりと言った様子でこちらを見つめるのは、二十歳前後の若い男――「コーン」である。
 そしてもう一人、真っ黒なスーツと、腰に下げた日本刀が目立つ、中年の男。
 その鋭い視線には、なんとも言えぬ迫力があった。

「今回の事件の犯人は、君たちだね?」
 真雄の言葉に、黒服の男が黙って首を縦に振る。
「おとなしく投降……は、してくれないだろうね、やっぱり」
 再び頷き、黙って刀の柄に手をかける男。
 それにつられるように、紅華たちも戦闘準備に入る。

 と、そこでコーンが妙なことを言い出した。
「そちらの二人とは、つけなければならない決着がありますね。
 ここでこのまま二対三で戦うのではなく、場所を移して一対二で戦いませんか?」
 どうやら、紅華とMINAの二人に対する提案のようだが、明らかに嫌な予感がする。
「何を企んでいるの?」
 紅華が聞き返すと、コーンは黒服の男を顎で指した。
「彼がいては、つまらない戦いしかできなさそうですからね。
 もっとも、私がつまらなくとも勝ちにこだわる戦いをした方がいいというなら、それでも構いませんが」

 どうやら、邪魔の入らぬ環境を作って、またなぶりものにしようという魂胆らしい。
 だが、こちらがそれを断り、彼が「勝ちにこだわるしかない」状況を作ることは、彼の最大の弱点を封じてしまうということにもなる。
 前回紅華がどうにか痛み分けに持ち込めたのも、全ては相手の油断と隙につけ込めたからだ。
 それがなくなれば、例え三人でかかっても、彼を退けるのは難しいだろう。

 ふと見ると、どうやらMINAも同じ結論に達したらしい。
「そういうことなら、仕方ありませんね」
「その話、乗りましょう」
 二人がそう答えると、コーンは満足そうに笑った。
「では、上にでも行きましょう。下でやりあって、ビルごと壊してはまずいですからね」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その刃は、誰がために 〜

 紅華たちが、階上へと消えた後。

 男が、不意に口を開いた。
「この世界は悪に満ちている。そうは思わぬか」
 携えた刀とも相まって、男はどこか侍にも似た雰囲気を醸し出している。
 そのような男が、なぜこのような馬鹿げた犯行に加わったのだろう?
 その不思議な取り合わせに、真雄は少し興味を覚えた。

「同感だね」
 真雄が頷くと、男は勢いづいてさらにこう続ける。
「それはなぜか? 世界が悪を必要とするからだ。
 悪はこの世界に深く根づき、欠かすことのできぬ一部となっている」

 それは、確かにその通りだ。
 必要悪という言葉を持ち出すまでもなく、世の中が綺麗事だけでは片づかないことくらい、誰だってわかっていることだろう。

「だから、全てを壊す……と?」
 真雄の問いかけに、男は力強く頷く。
「破壊なくして再生なし。
 我らはこの世界もろとも悪を滅ぼし、より高き理想に導かれし汚れなき世界の誕生を願うもの」

 単純、かつ、乱暴きわまりない考え方だ。
 そもそも、「虚無の境界」が主張しているように、人類が亡ぶことで霊的進化が起こるなどという保証はない。

「くだらない」
 真雄が一蹴すると、男は小さく首を横に振った。
「凡愚どもに、この高邁な理想は理解できぬか」
「できないね。それ以前に、理解したくもない」

 高邁な理想。そう彼は言う。
 しかし、そんなものは、現実の否定と、単なる希望的観測に過ぎない。

 それでも――そんなものであっても、信じるものにとっては、それは本当の理想になる。
 命を賭けてでも、貫き通すべき理想に。

「理解してくれとは言わぬ。
 だが、新たなる世のため、全ての人々が笑顔で暮らせる世界のために、どうあっても止まるわけにはいかんのだ!」

 男がゆっくりと刀を構える。
 その眼、その構え、一片たりとも迷いはない。

 その視線を、真雄はまっすぐに受け止めた。
「ボクには『全ての人々』なんてどうだっていい。
 ただ、ボクには笑顔でいて欲しい人たちがいる。
 その人たちを守るためなら、ボクは悪と呼ばれてもいい」

 彼に譲れないものがあるように、真雄にもまた、譲れないものがある。
 だから、戦う――ただ、それだけのことだ。

「そのエゴがこの世界を腐らせていると気づかぬか……やむを得ぬ。
 せめて、新たなる時代を築くための礎として……この場にて散れっ!」

 そう叫んで、男は刀を正眼に構え……次の瞬間、「間合いを無視して」いきなり斬撃が来た。
 とっさに飛び退いてかわしたものの、すかさず次の一撃が来る。

 距離はまだ五メートル以上は離れているし、何より、男は微動だにしていない。
 それなのに、まるで目の前にもう一人見えない敵がいるかのように、次々と斬撃が襲ってくる。
 むろん、見えもせず、聞こえもしない。
 感じられるのは殺気と、得体の知れぬ邪悪な気配のみ。

 恐らく、男は呪物使いで、あの刀は妖刀か何かなのだろう。
 真雄の力をもってすれば、勝てない相手ではない。
 勝てない相手ではないが、勝つためには、どうしても攻めに転じる必要があった。
 一度守りに入ってしまった今では、そのための隙が、見つけられない。

 かわしきれなかった攻撃が、袖口を浅く切り裂く。
 そちらに気をとられた隙に、狙いすました一撃が来た。

 しまった。
 そう思った時には、すでに手遅れ――の、はずだった。

 形なき刃が、目の前で「砕ける」。

「悪いな、解析に少し時間がかかっちまった」
 いつの間にか追いついてきていた譲次が、にやりと笑う。
「対抗呪文を発動させた。これでヤツの攻撃は無効化できる」





 譲次の介入で、一気に形勢は逆転した。
 攻めに転じた真雄の攻撃が、確実に男を仕留める。

 男は、しかし、倒れなかった。
「大義のため……理想のため……こんなところで、倒れるわけには……!」
 ボロボロの身体を、杖にした刀と、その精神の力だけで支える。
 十二分に致命傷となりうる傷を負ってなお、その瞳には強い決意の光があった。
「例え、差し違えても……貴様らだけは……っ!」
 大きく息をつき、ゆっくりと、刀を大上段に振りかぶる。

 が、それが振り下ろされることは、ついになかった。

 一発の銃弾が、男が手にしていた刀を弾き飛ばす。
「悪いが、俺もこの世界の方がいい。
 こんなクソみてぇな世界だけど、やりてぇこともあるし、守りてぇヤツもいる」
 銃を手にしたまま、譲次はきっぱりとそう言い放ち――男の眉間を撃ち抜いた。
「それに、白河の清きに魚の住みかねて、とも言うぜ?
 正義と愛に満ちあふれた世界。素晴らしいとは思うけど、それって、きっとつまんなくねぇか?」

「意見が合うね」
 真雄がそう声をかけると、譲次はにやりと笑ってこう応じた。
「ワルはワル同士、ってことだろ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 闇の奥は見えず 〜

 紅華たちが下に降りてきた時には、すでに真雄も敵を討ち果たしていた。

「ヤツは?」
 いつの間にかここまでやってきていた譲次の言葉に、紅華は力強く答える。
「どうにか撃退することができました」
 その言葉に、譲次が感心したように頷く。
「そうか、大したもんだ。
 じゃ、これで晴れて状況終了、だな」

 ところが、真雄にとっては、まだまだこの事件は終わっていないらしかった。

「確かに実行犯は倒した。
 けど、彼らがなぜこんなことをしたのか、その理由がわからない」
 言われてみれば、もっともな話ではある。
 ……が、よく考えてみれば、紅華たちはその答えをすでに知っていた。
「それなら、さっきコーンがぺろっとしゃべりましたよ?」
「そういえば、そんなことも言ってましたね」
 紅華たちの答えに、揃ってズッコケる真雄と譲次。
「……だから、なんでそういう大事なことをすぐ言わないかな?」
「この二人、なんか微妙に似てるな。どっか抜けてるところとか」
 それを聞いて、紅華とMINAは顔を見合わせ、やがてどちらからともなく笑い出した。





 その後。
「……世間を混乱させ、人の弱さと醜さを露呈させるため、ねぇ」
 二人の説明を聞いても、真雄はなお納得がいかない様子だった。
「そうだとしても、まだ謎は残るよ。
 人々が疑心暗鬼に陥り、互いに殺し合う様を、一体彼らは『誰に』見せたかったんだろう?」

 しかし、そのことを最も調べなければならないはずの譲次は、あっさりとその疑問を笑い飛ばす。
「『虚無の境界』への協力を迷っている誰か、じゃねぇか?
 あと一押しで、この世界に絶望する――そんなヤツの背中を押すつもりだったんだろ。
 それが不特定多数なのか、あるいは具体的な誰かなのかまではわからねぇが、こればっかりは気に病んでも仕方がねぇ」

「まあ、僕には関係ないけど……ずいぶんと諦めが早いんだね?」
 不思議そうに言う真雄に、譲次は少し遠い目をしてこう答えたのだった。
「この仕事やってると、自分たちの無力さを嫌というほど思い知らされるからな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 闇の中で 〜

 ……こんなはずではなかった。
 例え「あの力」があったとしても、当初の予定通り格闘戦に持ち込めていれば、勝ちは動かなかったはずだ。

 全て、これも全てヤツのせいだ。
 あんなところで突然空間遮蔽を行い、こちらの思惑をメチャクチャにしたヤツの。

「……プリズム!」
 憎いヤツの名を、呻くように叫ぶ。
 すると、すぐに彼の姿が真後ろに現れた。
「呼んだかい?」
 彼は、どこにでもいて、どこにもいない。
 うかつにもそのことを失念していた自分に腹を立てながらも、姿を現した彼に不満をぶつける。
「なぜ、あんなところで空間遮蔽など!」
 ところが、返ってきたのは予想通りの、何の役にも立たない答えだった。
「その方が面白いと思ったからさ。他に理由なんてない」
「それだけの理由で、我々を裏切ったのですか?」
 無駄なことと知りつつ、なおも問いつめる。
「ボクははなから誰の味方でもない。
 途中まではボクの行動が君たちに有利に働き、最後では不利に働いた。それだけのことさ」
 彼は当たり前のようにそう答え、最後に念を押すようにこうつけ加えた。
「ボクは自分が楽しいと思うことをするだけ。
 それを邪魔する権利は誰にもない……もちろん、キミにもだ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3628 / 十里楠・真雄 / 男性 / 17 / 闇医者(表では姉の庇護の元プータロー)
 5381 /  唯崎・紅華 / 女性 / 16 / 高校生兼民間組織のエージェント

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、七つのパートで構成されています。
 そのうち、五番目のパートだけは真雄さんと紅華さんで違ったものとなっておりますので、もしよろしければもう一方のノベルの方にも目を通してみて頂けると幸いです。

・事件の真相など
 今回の事件の犯人は、「虚無の境界」のメンバー(黒服の男)と「コーン」、「プリズム」の三人によって行われたものです。
 企画を立案したのは黒服とコーンですが、実際の犯行(情報の入手や送り先の選定、投函など)はほとんどプリズムがこなしていました(わざとらしい偽装も彼なりのイタズラです)。
 また、最初の被害者の呪殺は黒服が行い、コーンは万一のための保険(呪いがきかなくなった場合の刺客兼本拠の守備)というポジションにいたわけです。
 ただし、突入部隊が乗り込んだあたりでプリズムは「面白くないので」犯人グループから離脱し、むしろコーンの足を引っ張るような行動をとっています。

 今回の事件については、最初の犠牲者の死亡理由が「呪いによる攻撃」ということで、そこから探ってもらえれば一番簡単だったのですが、あいにくそういった能力を有するPCはおらず、また解決策も時間のかかるものが大半でしたので、今回のような形での解決とさせていただきました。

 個人的にはあっと驚く解決策を期待していたのですが、今回は事件自体が少々不親切だったかもしれませんね。

・個別通信(十里楠真雄様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 真雄さんの描写は、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 個人的には、黒服や譲次(あるいは護国も?)とのやりとりで少しでも真雄さんの「らしさ」を出せていれば、と思っているのですが……。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。