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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔討士の夜
●銀色の夜
 夜空が――銀色に輝いていた。
 無論、夜空が銀色の訳はない。輝いているのは、夜空に大きく浮かぶ月。それも綺麗にその全身を映し出している……満月。冬が近付き空気も澄んできているのだろうか、手を伸ばせばすぐそこにありそうな、そんな夢想をしたくなる美しさであった。
(……今夜は満月……)
 月の真下には、全身に銀色の光を浴びている1人の青年の姿があった。コートやらスーツやら全身黒ずくめといった装いの青年だったが、銀色の髪は月の輝きに照らされより銀の深みを増しているように見えた。
 青年――村雨統夜は無言で頭上の月を見つめていた。その瞳にどこか憂いを感じられるのは果たして気のせいだったろうか。
 統夜はしばしその場に留まっていたが、やがて前に向かって歩き出した。真夜中の、東京の街を――。

●内なる矛盾
 統夜の職業は魔討士である。きっと一般人には聞き覚えのない職業であろう。
 けれども特定の分野――オカルトとかその類だ――に一定以上の知識がある者であれば、どこかで耳にしたことはあるかもしれない。怪奇生物などを専門にした、賞金稼ぎ的存在が居ることを。怪奇現象の原因を取り除くことにより報酬を得る者、それが魔討士なのだ。
 統夜もこれまで何体の魔物を狩ってきただろう。いちいち数えてはいないが、決して少なくはないはずだ。言い換えればそれだけ、危険な場をくぐり抜けてきているということでもある。
 いつだったろう、誰かが統夜にこう尋ねたことがあった。『他の生き方をしようと思ったことはなかったのか?』と。その質問に統夜は答えなかった。いや……その時、答えたくなかったというのが正しいかもしれない。
 何故ならば、自らもいつ何時狩られる側に回るかもしれないから。自分の中に組み込まれた『魔』の因子のために……。
 だからこそ、こういう生き方を選ぶことになったのかもしれない。どこか刹那的な、魔物との戦いの中に身を投じることによって。自らの中の『魔』の因子を否定するかのように。
 だがそのための力は、忌み嫌う『魔』の因子に帰因する物。何とも皮肉な物である……結局は自分の否定したい部分が、自らの身を守る術となってしまっているのだから。
 まさにアンビバレンツ――二律背反。
 そして今夜もまた、統夜は魔物を狩り出すべく街に出る。今夜は満月、自らの中の『魔』の因子がもっとも活性化して力の満ちる時であった。

●狙い
(今夜を逃すと……次はいつになるか分からない)
 街を歩きながら、統夜は今回の調査内容を頭の中で改めて整理し直していた。
 今回の狩りの対象となるのは、神出鬼没な魔物であった。さっと現れ、さっと消える。後に残されるのは哀れな被害者、恐怖の表情に凍り付き冷たくなった物言わぬ少女たちの姿のみ。姿もよく分からぬ、そんな魔物が今回の統夜の相手だった。
 調査は当初難航を極めた。膨大にある被害状況を調べても、まるで統一性が見えなかったからだ。しかし、考え方を変えてみることで光明が見えた。近隣数件の被害状況だけを調べることによって、かろうじて手がかりが得られたのである。
 その結果、統夜は今夜この場で張り込むことを決めたのだ。まず間違いなく、魔物はここに現れると踏んで。
 だが誤算だったのは、それが満月と重なったことである。いや、魔物を狩るという意味合いでは満月であることは統夜にとって有利に働くのだ。狩り出す対象がいかに強大であっても、『魔』の因子を開放することによって確実に滅ぼすことが出来るだろう。
 けれども……活性化した自分の力をどこまで制御出来るか分からない。下手をすれば、その力に自分自身が飲み込まれてしまうかもしれない。そう、まるで『あの時』のように……。
「……だからといって、このチャンスを逃す訳にはゆかない」
 ぼそりと声に出してつぶやく統夜。それは決意であった。

●そして、少女が1人
 統夜は見当をつけた範囲を、ゆっくりと周囲に警戒しつつ歩き回る。しかし統夜は知らなかった。この時、また別の者も同じ範囲を歩いていたということを。
「えっと、たぶん次はこの辺りだと思ったんだけど……」
 夜の寒さにぶるっと震える少女――瀬名雫。雫は自らの運営する『ゴーストネット』の掲示板にて最近起きている事件を知り、集まった情報からやはり推測をしてここへやってきたという訳だ。
 つまり過程こそ違うが、統夜も雫も同じ結論へ辿り着いたのである。
「……寒いからやめとけばよかったかなあ……」
 でも来てしまったものは仕方がない。温かい缶の飲み物をカイロ代わりに、雫は散策を続けるのだった……。

●狩る者、狩られる者、そして……
 統夜がここに来て1時間ほど経っただろうか。薄暗い路地を歩いていたその時に、背後で邪悪な気配を感じ取った。
(来たか!)
 無駄のない動きでさっと振り返る統夜。同時にコートの下に隠していた日本刀を取り出し、いつでも抜けるように準備をした。
 目の前にはもやしか見えなかった。もやだとしか見えなかった。けれども、もやに見えたそれは次第に人の形を取り始めた。
「そうか……」
 この瞬間、統夜は全てを理解した。何故神出鬼没なのか、何故姿すら分からなかったのか。
 ……元々これといった姿がないのだから、これが魔物であると気付く訳がないのだ。統夜ですら、最初はもやとしか見えなかったのだから。
 人の形を取ったもや……いや、魔物は統夜に向かって襲いかかってきた。統夜は日本刀を抜き放つと、それを即座に迎え撃った。
「はぁっ!!」
 気合いとともに魔物を真横に斬り付ける統夜。ところが、まるで手ごたえがない。もやであるから、斬るべき身体がないのだ。
 かと思えば――。
「ぐっ!!」
 統夜の身体が吹っ飛ばされた。受け身を取り、どうにか立ち上がる統夜。口の端が切れて、血が流れている。魔物に口の辺りを思いっきり殴り付けられたようである。
(……厄介な相手だ……)
 魔物は強敵である、そう統夜は感じた。攻撃を受ける時はもやとなって無効化し、逆に自分が攻撃する時だけ直前に実体化する。これでは魔物が攻撃してくる瞬間のみしか、こちらは攻撃出来ないではないか。
(どうする……?)
 統夜は自らに問いかけた。果たしてこのまま、人の姿で対応しきれる相手なのか。それを早めに見極めないと、危険なことになってしまうだろう。
 と、そんなことを考え始めた矢先であった。魔物の気が、統夜ではなく背後の方に向いたではないか。
 そこに居たのは、驚きと怯えの表情を浮かべている1人の少女――雫。魔物は統夜にくるりと背を向け、雫の方へゆっくりと向かい始めた。
(チャンスだ!)
 統夜は自らから魔物の気がそれたことを知ると、日本刀を握り直して背後から突進した。そして――魔物の身体を日本刀が貫通した。確たる手ごたえとともに。
 その瞬間、邪悪な気配が霧散し……全て消え失せた。魔物を今まさに狩り終えたのだ。
「……少女の恐怖がエネルギー」
 統夜がぽつりつぶやいた。ふと頭に浮かんだ考えであった。
 先程の雫は怯えの表情を見せていた。魔物はそれに引き寄せられ、統夜を無視してそちらへ向かった。そして、エネルギーを吸うためには恐らく実体化が必要で――。
(知能が人並みだったらどうなっていたかな)
 統夜はふうっと息を吐くと、日本刀を鞘へ戻した。視線の先には、腰が抜けたのか雫が地面に座り込んでいた。
(……結果的に彼女に助けられたのか)
 そういうことになるだろう。
 統夜は雫のそばへ行くと、手を貸して立たせた。
「あ……ありがとう……」
 言葉少なに礼を言う雫。まあ、無理もない。
「いいや……礼を言うのは私の方かもしれない。ありがとう」
 統夜はそう言って雫に頭を下げると、そのまま闇の中へ姿を消した。互いの名前を口にすることもなく……。

【了】