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<東京怪談・PCゲームノベル>


■生野英治郎の『妖しい』人生相談所−由良皐月編−■

 その日、草間興信所を訪れたあなたは、扉に貼られた張り紙を見て目を疑った。

『生野英治郎(しょうのえいじろう)人生相談所』

 そう、書かれている。
 確か、草間武彦とその妹である零は、とある依頼でしばらく留守にする、という話だったが……。
 まさか、宿敵である英治郎に留守を頼むわけはないだろう。
 あなたは、せっかく来たのだからとノブを開ける。

 そして、英治郎とあなたとの忘れられない(?)ひと時があなたの人生の歴史に刻み込まれることになるのだった───。



■「○○が出来たんですよ!v」な英治郎■

 にっこにっこにっこ。
 そんな文字が英治郎の笑顔の周りを回っているような気がして、ならない。
 それを、入ってきてしばらく突っ立って見ていた由良皐月は、とてもとても長い沈黙の後、頭痛を覚えたようにため息をついた。
「……生野さん」
「はい?」
「ちょっと私と真面目に話しましょ」
「えっ! そんな、恥ずかしいです。真面目におつきあいをだなんて」
「誰がそんなこと言ってるか!」
「そうですねえでも真面目にというからには結婚前提でしょうねえ。そうですか、由良さんもそんなお年に」
 ごっ。
 手近にあった花瓶、幸い花も入っていなかったそれが英治郎の頭に落下する。
「大胆な花嫁さんですね」
「まだ言うか!」
 落下させた花瓶を、皐月はごりごりとにこにこ顔を崩さぬ英治郎の頭に押しつける。
「うーん、そうですね、式までにはお化粧もそれっぽいものにしましょうね皐月さん♪」
 わざとだ。絶対わざとだ。
 名前のほうで呼ばれた皐月は、ふう、ともう一度ため息をついて、明らかにこめかみに青筋を立てつつにっこり笑う。
「私、料理もだけどお裁縫も得意なのよね」
「あっ、奇遇ですね。私も大の得意なんですよ」
「真面目に話せないその口も、舌ごと縫いたい衝動に今物凄く駆られてるわ」
 これは効いたらしい。
 英治郎は一瞬動きを止め、ソファに座りなおす。
「で、由良さん。何を相談したいんですか?」
 あくまで人生相談をするつもりのようだ。
 それでもこの事態を悪化させないために、皐月は「本題」に入った。自分も向かい側に座り、足を組む。
「一体何考えてるの? 何がしたくて興信所占拠してるの?」
「え? 私がどこを占拠しているんですか?」
「ここよここ! 興信所よ!」
「ここは私の『人生相談所』です」
 きっぱりにこにこと、英治郎。
 ───あきれた。あくまでこのノリを通すつもりなんだわ。
 ふと、皐月は思いつく。口に出すのも恐ろしいといったふうに、そろそろと尋ねてみた。
「まさか草間さん───ここの所長さん達の依頼も生野さんが仕掛けたんじゃ……」
「ふっ」
「今笑ったわね。正解と言わんばかりに笑ったわね」
「いえ、ちょっと思い出し笑いをしただけです。正解だなんてそんな、私がそんな悪いことする人に見えますか?」
「悪いことはしないかもしれないけど草間さん達をいつも面倒ごとに巻き込んでる愉快犯でしょ生野さんは!」
「いえいえ、私は皆さんに、心地よい刺激を与えて差し上げてるだけですよ」
「ほぉぉ」
 皐月の瞳が細まる。腕組みをして、英治郎を見据える。だが、他の者にはこの皐月に圧倒されてしまうのに、英治郎に至ってはそれがままならない。それも既に今までのつきあいで体得(?)していた皐月、言いたいだけ言わせておくことにする。
 英治郎はそれをいいことに、ぱっと立ち上がって演説を始めた。
「朝目覚め、起きるのも気だるい日常が始まる。買い置きのものと昨日の夕食のおかずの残りでお弁当を作り、または朝食を作る。ひとりの方はひとりで朝食を食べ、つとめに出かけてバス停を待つ間、ふと覚える虚無感。ああ一体自分はなんのために生きているのだろう。
 そこで私の出番というわけです。私が与える数々の奇跡。それがつつがなくも退屈な皆さんの毎日にすばらしいスパイスとなって───由良さぁん、相手してくださいよー、一人で話すのって虚しいし疲れるんです」
 そうだろうとも。そう思いつつも、皐月は内心「まだまだ」と英治郎を懲らしめるため、沈黙を守っている。すると英治郎は、ポケットから化粧道具を取り出した。さすが、変身の名人。いつも持ち歩いているのだろう。
 しかしそれを、テーブルをぐるりと周って皐月の前に膝をつき、ぱかっと開けたものだからリアクションしないではいられなくなってしまった皐月である。
「何するつもりよ」
「由良さん、元がいいんだからもう少しお化粧を変えてみたらきっともっと美人になりますよ、さあv」
「さあvって、本気で何がしたいのアンタはぁ!」
 立ち上がろうとするところを、「まあまあ、ここは私に任せて」と座らせられる。片腕をソファにかけて逃げられないようにしてから、本気でメイクを始めるようだ。今やっている皐月のささやかな化粧を落とすため、英治郎が鼻唄を唄いながら右手を近づけてくる。
 そこへ運悪く、
「宅急便でーす!」
 元気よく扉を開けて入ってきた宅配便の服を着た若い少年が包みを抱えて入ってきた。何が運が悪いかといえば、そんな場面を見てしまったことだろう。恐らくはバイトなのだろう、その少年は真っ赤になり、
「あっ、その、く、草間武彦さんに小包が……」
「ああ、はい。ハンコですね? ちょっと待っててくださいね」
 英治郎は化粧道具を一度ポケットにしまい、勝手知ったる感じですんなりハンコの場所を突き止めると、ハンコを押す。
「お、お取り込み中失礼いたしましたあっ!」
「いいえー。ご苦労様でしたー」
 真っ赤になって扉を閉めて出て行く少年を、にこにこ見送る英治郎。そこで皐月は初めて、少年が目撃したときの自分と英治郎がとても微妙な体勢になっていたのだと気づいた。
「お取り込み中じゃないからっ!」
 慌てて追いかけて誤解を解こうとする彼女を、
「ほっときましょう。せいぜい噂が立つだけですから」
 と、英治郎。
「その噂がいやなのよ!」
「さ、続きをしましょうか♪」
「楽しそうに早速誤解招くようなことを言うなマッド薬剤師!」
 それから攻防すること数十分。
 すっかり疲れ果てた皐月の顔は、確かに綺麗にメイクされていた。派手でもなく、皐月専用といった感じの皐月だけにしか似合わない化粧の仕方だ。職業柄、あまり化粧はわざと濃くしないため身だしなみ程度しかしていなかった皐月は、手鏡を見て思わずちょっとだけ感嘆したり。
 そんな皐月はふと、自分が持ってきた袋のほうを見下ろした。
「どうかしましたか?」
 その間に紅茶を淹れていた英治郎が、気づいて尋ねると。
「ん? そういえば手土産に回転焼持ってきたんだったわ。今、『この子』に言われて気がついたのよ。食べる?」
 聞きながらも皐月の手は包みを開けに入っている。
 英治郎は少し首をかしげていたが、すぐにうなずいた。
「食べます食べます♪ 由良さんの手料理は美味しそうですしね♪」
 緑茶も淹れてきた英治郎と、本当ならば興信所の所長達に差し入れのはずだった回転焼を食べる皐月である。
「で、企み次第では見なかったことにしてあげてもいいけど……思い出せば今まで巻き込まれたことにも楽しいこと多い気がするしさ。今回は不法侵入だからちょっと問題だけどね。さ、きりきり白状なさい!」
「企みなんてないですよ、ただ私は───あ、これホントに美味しいですねv」
「でしょう、味つけに欠かせないのは……って、話をそらすな」
「うーん、でもホントに企みはないんですよ? ただ、ここを拠点に少しでも皆さんの憂いを晴らすことになれば、私も武彦もダブルハッピーでいいなあ、と思っただけのことでして」
 いわば実験段階なんですよ、と言う。
 つまり……英治郎は、武彦のところに居候したくてこんなことをしているのか。
 ようやく意図が分かった皐月は、些か据わった目でにんまり笑う。
「生野さん。なんなら私が人生相談してあげてもいいわよぉ?」
「あっ、じゃあ二人で夫婦人生相談所でも開きましょうかv」
 懲りなく皐月の鉄拳を交わす、英治郎である。



 そんなこんなで夕方を迎える頃になると、疲れたようではあってもまだ負けないといった感じで皐月が口を開いた。
「ねえ、なんだか『増えて』る気がしない?」
「ですねえ」
 英治郎のほうには、疲れを微塵もないようだ。それがまた憎らしいのだが、同意を得られたということは、英治郎にも「見えていた」ということだ。
 皐月にとっては日常茶飯事の一環だったから回転焼の時には「この子」と普通に言葉で示していたのだが、そういえば英治郎も少し首をかしげただけで普通に対応していた。
 ───そう。
 さっき皐月が自分の回転焼に気づいたのは、幽霊の子供が包みのにおいに気がついて寄ってきたからで。
 「増えて」いるのも「この子」と呼んでいた幽霊の子供と同類の───幽霊達なのだった。
「特別悪さをするってわけでもなさそうだし、何が目的なんだろう」
 真剣になる皐月だったが、
「え? なんかこの人たち、私達の『結婚式』に来てくれるそうですよ?」
 と、なにやら空中に向けて話していた英治郎の言葉に、
「アンタが呼んだのかぁ!!」
 と、この日もう何度目か分からない堪忍袋の緒を切ったのだった。



 それから。
 なんだかんだ言って、幽霊達の人生(?)相談をひとりひとりこなしていた皐月と英治郎。
「え? お墓がいつまでも土砂崩れの下になっていて建ててもらえない? そりゃあ深刻だわよねえ」
「ふむふむ、それではあなたとそこの親友さんとで賭けをしていて口論になったのが原因だと……で、そのこぶが引っ込まなくて後悔しているわけですね。大丈夫、今すぐに! この私が、幽霊さんにも効く傷薬を発明してさしあげます!」
 そんな感じで事は進み。
 徹夜の連続で、相談をしたり発明をしたり。
 そうしているうちに───幽霊は一人去り、二人去り───何日目かにはようやく、興信所から幽霊は一体もいなくなったのだった。
「はあ……みんな成仏してよかったわ」
「つくづく思いますけど、由良さんて面倒見が物凄くいいんですよねえ、根が」
 もはや言い返す気力も体力ない、皐月である。
 そのとき、かちゃりと興信所の扉が開いた。
 ソファにぐったりしている皐月と、一体どんな構造をしているのか今もぴんぴんしている身体を動かし「幽霊達の相談ファイル」を作ってはまとめていた英治郎を見て、入ってきた「二人」はあんぐりと口を開いた。
 無論、「二人」とは幽霊ではなく人間で、人間であって草間武彦であり、もう片方はその妹の零であったのだが。
「お前ら……やっぱりそういうことになってたのか」
 興信所の扉の前の張り紙を見て、開口一番怒鳴りつけようとしていた武彦だが、出てきたのはまったく別の言葉だった。
「え? そういうことって?」
 皐月が、身体を起こしながら、そしてふと気づく。
「ああごめんなさいお邪魔してるわ。来てみたらこのマッド薬剤師が寛いでいたから一緒にお茶したりしてたんだけど。お仕事お疲れ様……あ、ごめん私まで不法侵入者……ほんとごめん」
 けれど疲労は見られるもののそう言ってにっこり笑う皐月はわりあいしらーっとしている。
「いや、そうじゃなくて……由良さん、あんた、その『マッド薬剤師』とデキてるって噂がこの近所中に知れ渡ってんだが」
 ぴたりと、皐月の息が止まる。

 な ん だ っ て。

 そういえば……数日前、そう、この興信所に来た初日に、宅配便の少年が誤解を───そうだ、それで何日も同じところに泊まっていたようなものなのだから、そんな噂が立ってもおかしくはない。
「やっぱりあの時誤解を解いておくんだったわ!」
 と叫ぶ皐月と、
「そうなんです武彦、聞いてください! 私に花嫁ができたんです!」
 いやにわざとらしく嬉々として報告する英治郎の台詞が重なった。
 武彦が気の毒そうに皐月を見る。零はかろうじて、微笑んだ。
「お、おめでとう……由良さん、苦労するな」
「おめでとうございます、ええと……お式には是非、招んでくださいね」
 違う、と立ち上がろうとした皐月だが。
 ぐらりと視界が傾いだところを、傍にいた英治郎に抱きとめられた。そのまま意識がフェードアウトしていく。
「うわ、大丈夫か由良さん!」
「兄さん、すぐに病院へ運びましょう!」
「あ、大丈夫です。多分寝不足なだけですから」
 ああそんなまた誤解に誤解を重ねるようなことを。
 魂ではきっかりしっかりそう叫んでいても、恐らく聞こえているのは英治郎のみ。
 噂なんだから! 誤解なんだから!
 そう魂で叫び続ける皐月はその日夢の中、
 馴染みの皆と幽霊達とに祝福されながら、英治郎と結婚式を挙げていた。

 ───嗚呼世の中、幸も不幸も何処に何時落ちているのか分かったものではない。



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、生野氏による生野氏のための───ではありませんが、草間武彦受難シリーズの番外編も番外編、生野氏をメインとして絡む完全個別ものを作ってみました。
内容やオチはプレイングの内容やPC様の設定等からのもの、そして流れもあるのですが───。

■由良・皐月様:いつもご参加、有難うございますv 流れというのは本当に恐ろしいもので……どこからこんなオチになったのかつらつら考えてみたところ、どうも最初の「真面目に話をしましょ」というのが生野氏の何かのどこかにハマッてしまったようです。噂は頑張ればすぐに消えるでしょう、多分。色々な意味ですみません;

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」を生野氏・草間氏というよりは皆様に提供して頂きまして、とても感謝しておりますv

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/12/01 Makito Touko