|
鈴の音が聴こえる
「お兄さん、この界隈で奇妙な事が起こってるの、知っていますか?」
奇妙な事…といわれてもそんな事が日常茶飯事なここで、改めて奇妙なと表現するからにはよほどの事なのだろう。
鸚鵡返しで尋ね返すと、零は自ら聞いた触りを話し始める。
「話によると昨日から子供達の間で話題になってて、誰かが鈴の音と共にプレゼント…願い事を叶えてくれるんだそうですよ」
「…親たちが結託してサンタクロースの演出してるだけじゃないのか?」
そう聞くと零はかぶりをふる。
「中には確かにサンタクロースだと信じてる子もいますから、あまり大っぴらに聞いてまわれなかったんですが、親御さん達ではないそうです」
「ふむ…確かに奇妙な話だな」
魑魅魍魎は散々目にしてきたからいるという事はわかっているのだが、流石にサンタクロースがいると信じるような歳ではない。
「それでですね、親切でやってもらっている事なのかも知れないけれど、やっぱり誰がしているのかわからないと気味が悪いそうなんで、近所のお母さんが調べてくれないかと言ってるんですが…」
「………またか」
全く金になりそうもない、下手をするとまたもや怪奇事件。
視線を外し、あからさまに面倒くさそうな顔をして、新しい煙草に火をつける。
「…でも、ほら、今日はクリスマスですし、たまには…だめですか?お兄さん…」
つぶらな瞳で期待の眼差しをむける零に、深々と溜息をつき、仕方ないなと一人ごちて電話に手を伸ばす。
「……わかったよ…その代わり今日はもう一箱許してくれよな」
…近頃本数制限をされている草間であった。
===============================================================
■First
興信所へ行く途中の大通りは一夜開けてすっかりいつもの町並みが広がっている。
一番盛り上がるであろうイヴが終わったから、というのはわかるが、昨日の盛り上がりのせいか閑散として見えた。
「…っくしゅっ!」
少し前まで秋らしい肌寒さだったのが一気に冷え込んで、寒いと言うか痛い。
海原・みなも(うなばら・みなも)は大きな箱と魔法瓶を持って興信所へ向かっていたところ、ふと何かが目に留まる。
「あれはなんでしょう?」
何かが枝に引っかかってもがいている様に見えた。
光の玉?
枝に引っかかっている時点で魂というわけではなさそうだが、見た感じ悪い気配はしないのでとりあえず助けてあげようと道端にいったん荷物を下ろし、ちょいちょいとつついて枝から外してやった。
光る物体はくるくると回りながら喜んでいるように見える。
「次は気をつけてくださいね」
光る物体にそう言い、みなもは荷物を持ち直して歩き出した。
興信所へつくと足音で気づいたのであろう、ノックしようと荷物を降ろす前に扉が開かれた。
「みなもちゃんいらっしゃい。寒かったでしょう」
応対したのは興信所の事務員を務めるシュライン・エマ。
「これで全員ですか?」
ソファーに腰掛け、茶をすする加藤・忍(かとう・しのぶ)が問うと、草間は浅くうなづく。
「あ、そうそう。メリークリスマスって訳でもありませんが、ケーキ作ってきました。後で皆さんでいかがですか?」
「あら、ありがとう。そうね、依頼が終わったら皆で頂きましょう」
そう言ってシュラインはみなもからケーキの箱を受け取り、冷蔵庫へ入れた。
「さて、それじゃあそろそろ本題に入るとするか…零、皆に詳しい話をしてやってくれ」
「わかりました」
灰皿にたまった吸殻を捨てて応接間に戻ってきた零は、事の経緯を説明し始める。
「最初は――…お買い物の時に近所の子供たちが何かが来たとか来ないとか、てっきりサンタクロースの話をしているのかと思ったんですけど、気になったので声をかけたら願い事が叶ったって口々に言うんです」
箱に詰まったプレゼントではなく、それぞれが思っていたささやかな願いのことだった。
「勿論、プレゼントの中身が自分が思っていた通りのものだった…といのもあるんですけど…」
喜ぶ子供の後ろで首をかしげる母親を見て、どうかしたのかと声をかけると自分たちが用意したものと違うと言う。
「つまり、その子供の場合プレゼントの箱の中身だけが変わった、ってこと?」
シュラインの問いに零は首を縦に振った。
「もしかして、ホントにサンタさんなんでしょうか?神さまや妖怪さんがいる以上、いても不思議はないと思いますけど…」
自分で持ってきた魔法瓶のココアを飲んで暖をとりつつ、みなもがそう言うと、忍がそれに繋げる。
「害はないなら、夢は夢としておいておきたいですが…親御さんとしてはなにやら不気味。昨日から現象が出始め、今日が聖夜とすると昨日はイヴ。実際にはサンタクロースがトナカイと共に来た。と考えるのも一つですが、鈴の音と共に願いを、とはまるで神社仏閣のようですね。案外、クリスマスの盛況に嫉妬した日本の神様方がいらしてるのかも?」
「日本の神さまかは兎も角…サンタクローズ以外の何かってことも考えられるわね。ここで考えてて仕方がないから聞き込みに行きましょう」
シュラインの提案に、その場の全員が頷き、それぞれ興信所を後にする。
草間が出ていって火の元と戸締りをしてから出ようとしていた零を呼び止め、シュラインはこっそり尋ねた。
「…一つの可能性として尋ねておきたかったんだけど、実はサプライズパーティとかしようと思って事務所の飾りつけとかの為、武彦さんを事務所から出すのにご近所の方にご協力頂いたりした?」
害があるわけでもなく、むしろ夢のある出来事に、シュラインはもしかして…と思ったのだ。
だが零はかぶりを振った。
「あ、でもそういう事もできたんですよね」
シュラインに言われて、ポンッと拍手を打ち、気づかなかったと言う。
パーティはしたかったらしい。
「なるほど…勘違いしてごめんなさい。ともすれば本当にサンタクロースとか神さまとかなのかしら…」
「気にしないで下さい。もう一度詳しく子供達や親御さん、近所の方々にも聞いてみましょう。聞き漏らしたことがあるかもしれませんし」
零の言葉に、そうねと微笑んで、二人は少し遅れて聞き込みを開始した。
□光るもの
シュラインと零は近所の公園で井戸端会議をしている主婦と、公園で遊んでいる子供たちに話を聞く事にした。
数日前からサンタさんに何をお願いしたのかとあの手この手で聞こうとしても、絶対誰にも言わないといわれてしまい、日頃の子供の行動から恐らくこれであろうとあたりをつけてプレゼントを用意し、外れたらどんな言い訳をしようかと考えていた翌日、子供がプレゼントを開封して喜んでいる姿を見てホッとしたのも束の間、見せびらかしに来たおもちゃが自分たちが用意したものと違っていた。
慌てて違うと言いかけたけど、せっかく喜んでいるのにこんなに早くサンタクロースの夢を壊すのは…と思って子供には何も言わずにいたと。
はじめに零が言っていた通りに、プレゼントの中身が変化したと証言した親は答える。
「ところで、そのプレゼントをあげた時間とか、子供が聞いた鈴の音は複数だったとか、人影を見たとか…そういう話はお聞きになられましたか?」
シュラインの問いに、昨夜の行動を振り返って暫し黙り込む親は、プレゼントは子供が完全に寝た3時頃、鈴の音は聴こえなかったと言う。
その上犬を飼っているので誰かいればすぐ吠えるはずだと。
親の方は開封後の異変しか知らないようで、子供の方にも駄目もとで聞いてみる事にした。
「ねぇ、そのプレゼント貰った時、何か見た?」
子供はきょとんとした顔で、フルフルと頭を横に振る。が、何か思い出したらしく嬉々とした顔で答える。
「あのねーねんねしてたらねーチリンチリンって音がしたの」
鈴の音に目を覚ますと、枕元にプレゼントがあり寝ぼけ眼をこすりながらプレゼントを開封したと言う。
結局、鈴の音は聴こえたけれど何も見ていないとの事だった。
「…嘘をついてる様子はないわねェ…心音の乱れもなかったし」
子供の証言からしても鈴の音は単体。しかも2、3回なっただけでその前後で鳴った訳でもないらしい。
「猫、という可能性もないですよね」
「ん〜…他の人にも聞いてみましょ。ああ、それと最近亡くなった子供好きの方がいたかどうかも」
二人はその時公園にいた子連れの主婦及び通行人に到るまで、次々に質問していく。
そして目に付く人はあらかた質問して、全くと言っていいほど収穫のないまま、そろそろ次に移ろうとした矢先。
小学校中学年ぐらいの歳の子供が数人駆け寄ってきて、今回の一件について調べていると聞いたと、二人に情報提供しに来てくれたのだ。
「――光る玉?」
小学生が言うには、自分の弟がプレゼントがきたとはしゃいでいるのに目が覚めて、ふと窓の方を見やった時に白く淡い光を発する物体がふよふよと飛んでいったと言う。
そのとき微かに鈴の音のような音も聞いたらしいのだ。この兄弟の違いはなんだろう?
年齢か、それともサンタクロースを信じているかいないか…
「鈴の音と光る玉…そして兄弟がいたのに、そちらには親がプレゼントした物のまま…か」
鈴の音と共に現れた光の玉は特定の子供の願いしか叶えないらしいことはわかった。
だが、それだけでは正体も何もわからない。
「――とりあえず、他の三人も何か情報を得たかもしれないわ。いったん興信所に戻りましょう」
「そうですね、そろそろ日も暮れて冷え込んできましたし。御夕飯の支度もしなきゃ」
「ああ、そういえば…せっかくだから買い物してから帰りましょうか」
もうクリスマスは終わりだけど、せっかくだから気分だけでも味わおう。
二人は買い物を済ませてから興信所へ戻っていった。
■Chriskindl
時間的にまばらではあったが、興信所に全員が戻ってきた。
「それじゃあ報告会といきますか」
草間の言葉に、じゃあ私から、とシュラインが手を挙げる。
「公園を中心に聞き込みをした結果、白く淡い光を発する何かが鈴の音と共にある特定の条件を満たした子供の願い事を叶えているみたい」
「その特定の条件ってのは?」
草間の問いに、それはまだわかっていないとかぶりを振る。
次に手を挙げたのは忍だった。
「私からは二つ。一つはプレゼントと言っても必ずしも形のあるモノではないということ。二つ目…これは偶然なのかもしれませんが、天使に似た姿のオーナメントだけが今日になって消えていた…という店がありました」
わざわざ高くても数百円ぐらいのクリスマス用のオーナメント…それも一種類だけを盗む奴なんてそうそういやしないと忍は付け足す。
「――天使のオーナメントか…まさかそれらが魂もった…なんてことは…ないよな」
苦笑しつつそんな冗談めいたことを言う草間に、最後の一人であるみなもが言葉を繋げる。
「それなんですが…もしかするとドイツに伝わる「幼子イエス」…クリストキントじゃないかと思うんです」
「クリストキント?」
聞きなれない単語に首をかしげる草間に対し、シュラインはああ!と納得したような顔をしてみなもの意見に賛同する。
「そうよ、そうだわ。クリストキント…ドイツ語で幼子キリスト。ドイツでは、サンタクロースと天使をミックスしたような存在で、絵画などで白い服を着た幼児の姿で描かれているの。クリスマスイブに天使の案内で良い子の家を訪れ、プレゼントを置いていくとされてて、その姿は人間には見えないんだけど、プレゼントを置いた合図に、小さく鈴を鳴らすらしいの」
忍が聞いたオーナメントの話も、クリストキントのオーナメントだったと推測できる。
「では、そのクリストキントが地上で活動するのにその辺の店から媒体となるものを拝借した…と」
「確証も物証もないけれど、その可能性は捨てきれないんじゃないかしら」
「光る玉に見えたのも、何となしにオーラか何かが見えていたのかもしれません。子供は神さまに近い存在…だから姿は見れなくとも光る玉のように映った。そして純真な心…サンタクロースを一心に信じているような子供たちの前にだけ現れたんじゃないでしょうか」
三人の意見に、所長席に座っていた草間の唇が弧を描き、決まりだな、と告げる。
零は怪しいものではなかった事にホッと胸をなでおろし、明日になったら心配していた親御さんたちに事の真相を伝えると言って、夕飯の支度をする為に小走りで台所へ向かう。
「まぁ、何と言うか…随分メルヘンな結果でしたね」
ソファーに腰掛け、草間の方を振り返りそう呟くと、草間もそうだな、と微苦笑した。
「ね、事件も解決した事だし、メリークリスマスには遅いかもしれないけれど…このメンバーでささやかにパーティしない?」
シュラインの提案にみなもの表情も華やぐ。
「いいですね!ケーキもあることだし、シャンパンとかシャンメリーとか、コンビニ行けばまだ売ってるかも」
女性陣はすっかりパーティ気分でいそいそと準備を始める中、男性陣は些か居辛い様子。
しかし、たまにはこういう雰囲気も悪くないか、と、双方その意見で落ち着き、準備を手伝う事にした。
こうして、五人は少し遅めのクリスマスを祝ったのだった。
□Ending
ささやかなパーティを終え、後片付けも済んですっかりいつもの興信所に戻った頃。
酔っ払ってソファーに転寝している草間と疲れたのか一緒に転寝している零に毛布をかけ、シュラインはそっと二人の枕元にそれぞれ包みをおいた。
「メリークリスマス、武彦さん、零ちゃん」
前もって用意しておいて出しそびれてしまっていたプレゼント。
草間には靴と手編みセーターを。
零には上品なブラウスと手編みカーディガンを。
「おやすみなさい、二人とも。風邪引かないようにね」
― 了 ―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 中学生】
【5745 / 加藤・忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは鴉です。
この度は登録後初の依頼に参加下さいまして、まことに有難う御座います。
色々とOPで考察しにくい部分もあったかと思いますが、如何でしたでしょうか?
残念ながら謎のプレゼンターの正体を当てた方はいらっしゃいませんでしたが、
皆様それぞれ話を膨らませて下さっていたので、とても楽しく書かせて頂きました。
ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
|
|
|