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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜ライバルがやってきた〜

 数日前、『特攻姫』こと葛織紫鶴(くずおり・しづる)が二階の窓から落っこちたという。
「心配ですわ……」
 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)はいつもの通り和装で、お花とお茶菓子等を持参して葛織家の別荘へとお邪魔した。
 メイドたちに挨拶をすると、しばらくして出迎えに現れたのは、紫鶴の世話役、如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)だった。
「いらっしゃいませ。わざわざありがとうございます」
 竜矢は丁寧に礼をする。
「礼など構いませんわ、竜矢様。それよりも紫鶴様のお加減は……?」
「ええ、それが……」
 沈痛な面持ちで竜矢はある部屋のドアを開ける。
 と。
「勝手にどこへ行っていたんだ、竜矢っ!!」
 ……元気すぎる女の子の声が飛んできた。
「――と、このように、いたって元気です……」
 竜矢が重々しく言う。
 撫子は思わずくすっと笑った。
 紫鶴の部屋はやたらと広かった。ドアから見える位置に、紫鶴のベッドがある。
 どうやら足を骨折したらしい。ベッドの傍らに用意された器具で足をつられた格好の紫鶴が、撫子の姿を見て嬉しそうに顔を輝かせるのがはっきりと分かった。
「紫鶴様。お久しぶりでございます」
 部屋の戸口で撫子は丁寧に挨拶をする。
「撫子殿……!」
 少し前、とある事情で二人は『友達』となった。十三歳の紫鶴よりも撫子のほうが多少歳は上だが、かわいい妹ができたようで撫子も喜んでいた。
 竜矢にすすめられ、撫子は部屋に入る。
 まっすぐにベッドに進むと、紫鶴の顔色はとてもよかった。撫子はほっとしながら尋ねた。
「お加減は? 紫鶴様」
「ああ、大事ない」
 こんなに大げさに治療しおって、と紫鶴が竜矢をにらむ。
 竜矢は肩をすくめて、
「大げさもなにも骨折してるんだから仕方がないでしょう」
「これでは動けんではないか!」
「動いちゃいけないってことが分からんのですか」
 深々と世話役のため息。撫子はそっと笑う。
「お花を持って参りましたのよ。飾ってもよろしいかしら」
 言いながら竜矢に花瓶の位置を尋ねていると――

 めきっ

 ドアで奇妙な音がした。
 続いて、バンと豪快な音を立ててドアが開いた。
 ああ、やっぱり来た……と竜矢が額に手を当ててため息をつく。
「ほーっほっほっほっほ」
 現れたのは、扇を手にした豪奢な銀の巻き毛を持った少女だった。
「また阿呆なことをやらかして怪我をしたそうね、紫鶴!」
 扇の向こうで笑いながら、少女はずんずんとベッドまでやってくる。
 歳のころ十四・五歳ほどだろうか。紫鶴よりは歳上そうだ。
 見ると、彼女の後ろには四人の男性がついていた。彼らはドアに入ってすぐの位置でとまり、立ったまま待っている。
「また来たのか、お前は……」
 紫鶴がげんなりした顔で銀髪の少女を見やった。
「うふふ。お前を負かすまでは何度だって現れてやるわ」
 にっこりと美少女は腹黒そうな笑みを浮かべた。
「負かすも何も、お前は私が怪我をしてるときにしかこないじゃないか」
「ふんっ。そのときこそお前に勝ついい機会と心得ているからよっ」
「自信家なのか何なのか分かりませんよ、紅華(こうか)様……とりあえず、いちいち部屋の鍵を壊して入ってこないでください」
 竜矢がドアを横目で見ながらぽつりと言った。
「おだまり竜矢。だってまともにノックしたところで、お前は入れてくれないじゃないの」
「当然です。あなたが来てろくなことになったことがない」
 竜矢は呆気にとられている撫子に、
「こちらは紫鶴様の従姉の紅華様です。紅華様、こちらは紫鶴様のご友人で天薙撫子様」
「友人……!?」
 ずざざっ、と紅華と呼ばれた少女が後ろに引く。冷や汗をたらしながら、
「友人ですって……!? 紫鶴に、友人などできるはずがないわ……っ」
「なんて失礼なこと……」
 撫子は、ほうとため息をついた。「言っていいことにも限度がございましてよ、紅華様。改めてご挨拶しますわ――わたくし、紫鶴様の友人の天薙撫子と申します」
 撫子殿、とベッドで嬉しそうに紫鶴が弾んだ声を出す。
 そんなことはまったく関係なしに、
「ふ、ふん。少し友達が出来たところで、お前の戦力に変わりはなくってよ」
「待ってください紅華様。今日は本当にいつものあれは無理です。いつもは怪我してでもお相手するのがうちの姫ですが――今日は足を骨折なさっている」
 竜矢が何かを制している。
 しかし、紅華は鼻で笑っただけだった。
「ほほほ。どんな状態であろうと紫鶴に勝てるのなら嬉しいわ」
「お前というやつは……」
 紫鶴がきりきりと歯ぎしりをした。「せめて、連れの四人の人数を減らすくらいの対処はせんか!」
「まあ。あの四人は四人でひとりですもの。それは無理と言うもの」
 撫子はドアのところの四人を見た。
 色違いのネクタイをしめた、四つ子のようにそっくりな四人だった。それが、撫子に向かって揃って礼をする。
 ある意味、怖い。
「ふん」
 紅華は扇で口元を隠しながら、「そっちにも助っ人がいるようではないの。五対ニならまあまあだわ」
「つっこみどころは満載ですが、それより助っ人……?」
 視線が集まった。
 撫子に。
「撫子殿は強いのだぞ! お前など足元にも及ばん……!」
 紫鶴が偉そうにふんぞり返る。
 撫子はため息をついた。いつの間にか頭数に入っているようだ。
「このままでは収まりがつきそうにありませんわね……」
「……申し訳ありません」
 竜矢が心苦しそうに詫びてきた。
 こうして。
 紅華+四つ子のような四人対、撫子、竜矢の決闘が決定したのだった。

「木刀を一振りお借り致します」
 撫子は和装をたすきでまとめ、木刀を手に取った。
 対決場所は庭。
 二階の窓から、
「撫子殿、お気をつけてーー!」
 紫鶴が無理な姿勢で声援を送ってくる。
「あれじゃまた窓から落ちるな……」
 竜矢が二階を見上げてぼやいている。
「こっちをご覧なさい、こっちを!」
 紅華が扇をつきつけて叫んできた。
「はいはい。――はい、見ました。終了」
「竜矢! お前は私を馬鹿にしているでしょう……!」
「まあ、まともには相手にしていませんが」
「竜矢様、いけません」
 撫子はたしなめた。「あちらはご本気でいらっしゃいますよ」
「……その『本気』に何度つき合わされたら解放されるのかと……」
 竜矢は対決前から疲れているようだ。
「余裕を持っていられるのも今のうちよ……!」
 紅華が、葛織家の者らしく精神力で剣を生み出す。紫鶴のものとは違う、レイピアだ。
「行くわよ、お前たち……っ!」
 紅華の号令で、戦いの火ぶたは切って落とされた。

「撫子殿は紅華様をお願いします」
 と竜矢は言った。「あとの四人の動きをとめるのは、私がやりますので」
「分かりましたわ。お任せ下さいまし」
 撫子は木刀をそっと構えた。
 一直線に紅華が駆けてくる。彼女の持つレイピアは軽量らしく、身のこなしが軽い。
「はあ……っ!」
 気合一閃、紅華のレイピアの先が撫子の肩をかすめていく。
 撫子は軽い動作でかわした。そしてすぐに反転し、紅華の背後に回った。
 とん
 紅華の背を木刀で軽く叩く。
「!?」
 紅華はさっと振り向いて、顔を真っ赤にした。「ば、ばかにしているの……っ!」
「あなたは女性です」
 撫子は淡々と言った。「乱暴なことをしたくはございません」
「ふ、ふざけたことを言ってぇ……っ!」
 頭に血がのぼりやすいらしい紅華は、再びレイピアを突き刺してきた。
 たしかに素早い――けれど、意識を集中すれば、剣筋は見える。
 撫子は木刀の先に精神のすべてをこめた。
 そして、
「いい加減――当たりなさいよっ!」
 豊かな銀髪を揺らしながら、体当たりのごとくレイピアを突き出してきた紅華の剣先を、

 キン

 弾き飛ばした。
 レイピアがあっさりと飛んでいき、くるくると空中で回転して地面にささる。
「……あ……」
 紅華がからになった手を見下ろして青くなった。
 撫子は――
 懐に隠してあった妖斬鋼糸をしゅるっと放ち、紅華を拘束した。
 勝負ありですわね、と彼女はくすりと言った。
「……もう、おかしなことをしてはいけませんわよ?」
 そう言って、撫子はそっと和装の裾を払い、微笑んだ。

 視線をそらすと、四つ子(撫子の中では決定)と竜矢の戦いはまだ続いていた。
 竜矢はずぶ濡れになり、服があちこち破けている。――何かで切り裂かれたような跡だ。
「こらっ! 竜矢、動きが鈍い!」
 二階から紫鶴の罵声が飛ぶ。
「無茶を言わないでくださいよ……」
 ――四人の敵のうち、茶のネクタイをした者と、赤のネクタイをした者はすでに動きがとめられているらしい。
 よくよく見ると、彼ら二人の影を細い針のようなもの数本で刺して地面に縫いとめている。
 影縫い――?
 竜矢は右手に何かを生み出した。
 指の間に挟み持った数本の『針』。
 緑ネクタイの者がしゅっと腕を横に振るう。
 竜矢の頬に血が走った。
 真空派のようなものか。緑ネクタイは風を操っているようだ。
 と、今度は青ネクタイの者が水流を生み出し竜矢に向かって放った。
 竜矢はそれを避けた。そして、右手に生み出していた針を飛ばした。
 青ネクタイのほうへと見せかけて――緑ネクタイの影を縫う。
 緑ネクタイは『縛』された。
「さて、あとは水だけ……」
 と竜矢がつぶやいたとき――
 どさり、とその青ネクタイが倒れた。
 竜矢が唖然と目を見張る。
「これで、全員ですわね」
 木刀で青ネクタイの背中を打ちすえた撫子が、にっこりと笑った。

「さあ、勝負もつきましたことですし」
 撫子殿、すごいぞっ!! とはしゃぎまくる紫鶴が窓から落ちやしないかと心配になり、拘束した五人をつれて、撫子と竜矢は紫鶴の部屋へと戻った。
 そして、部屋に戻ると五人の拘束を解いた。
「? 撫子殿、そんな輩はしばらく縛っておいてもよいのに」
 不思議そうな顔をする紫鶴に、にっこり笑って見せ、
「せっかくですから。皆さんでティータイムにいたしましょう」
 撫子はそう言った。

 お菓子は撫子が持参している。それに合わせた茶葉をメイドが持ってきた。
 椅子まで用意され、紅華がしぶしぶそれに座る。
 四つ子のほうは喜んで座ったようだったが。
「私は着替えてきます」
 今さらながら、ぼろぼろの竜矢が言う。
「ああ竜矢様。お怪我をなさってらしたのでしたね――わたくしがお手当ていたします」
 撫子が何気なく言うと、
「そっ、そんなことはしなくていい! 竜矢の怪我など気にしなくていいんだ、撫子殿っ!」
「あら……なんでそんなにむきになってお止めになりますの? 紫鶴様」
「むきにはなっていないっ! だ、だが撫子殿がすることはないっ! 私がやる――」
「怪我人に手当てなど無理よ」
 紅華が鼻を鳴らした。「本当に阿呆ね、素直じゃないこと」
「――竜矢の怪我など、自分が自分で手当てすればいいことだ……っ!!」
「……はいはい。自分で手当てしてきます」
 竜矢がため息をついた。紫鶴が慌てて「あ……」と言いかけるが、世話役の青年はとっとと部屋を出て行ってしまう。
「………」
 撫子は丁寧にお茶を淹れた。
 なぜかお菓子を食べる手が進まない紫鶴に、そっと笑って見せて、
「紫鶴様、素直になることも、時には大切ですわよ?」
「ちちちち違う、断じて違う……っ」
 あくまでも否定しながら菓子にかぶりつく紫鶴。
 撫子は袖で口元を隠して、くすりと笑った。
 ――まだ十三歳。この小さな姫君がその心華開かせる日はまだまだ遠いようだ――


  ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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天薙撫子様
こんにちは。笠城夢斗です。
二度目のゲームノベルご参加ありがとうございました!
撫子さんが強すぎて(笑)あまり大した決闘にならなかったことを申し訳なく思います。きっと次回はパワーアップするかもしれません……こりない紅華たちは;
勝手に紫鶴の友人としてしまいすみませんでした。でも、また撫子さんを書かせて頂けて嬉しかったです。ありがとうございました!
またお会いできる日を願って……