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レムニスケート〜ハスラーの帰還〜
アヴァロンへ続く湖から兵装都市ジャンゴに戻ってきたセレスティ・カーニンガム、シュライン・エマ、そして草間武彦は酒場・勇者の泉のテーブルに着いていた。
勇者の泉は今日も冒険者でにぎわっている。
ロフトになった二階席から見る彼らは、このアスガルドがいつ崩壊するかもしれない危険を孕んでいるのか知らないのか――それとも知った上でも無関心なのか……仲間同士で酒や料理を楽しんでいた。
「このまま黒崎君を外界に出してしまえば、東京にもモンスターが現われてしまいますね」
セレスティが押さえた口調で呟く。
普段は穏やかで感情に攫われる事のないセレスティだったが、黒崎潤と共に湖の向こうへと消えた紫月美和を引き止められなかった事が、今はしこりのように胸に重くつかえ、表情が翳っていた。
最後に見た彼女の後姿。その背にある黒い石の翼は、無理を承知で外界に出れば、現実世界でも更に彼女を苦痛にさいなむかもしれない。
そう思うと、手を差し伸べられなかった自分に歯がゆさを感じるのだ。
「そうね……強制終了が、現実の東京でも起こってしまう。こちらの世界の法則が、現実にも影響するって事ね」
シュラインが頷く。
シュラインはジャンゴに戻る道中もずっと、創造主という存在の役割を考えていた。
創造主がこの世界の根幹を成すものなら、単純に倒してしまえばその座に座れるものではないだろう。
最悪、創造主の消滅と共にこの世界は消え――それを引き金にして、現実の東京も崩壊する。
方法は難しくとも、それだけは止めたい。
「それじゃ、黒崎は帰る場所を自分で壊しに行くようなものだよなぁ」
草間が口元にくわえた煙草を上下に動かしながら言った。
煙草に火は点けられていない。
「そういえば話したっけ?」
唐突な草間の問いかけにシュラインは怪訝そうに言葉を返す。
「何の事?」
「黒崎は、以前強制終了が起こった時……最後までクロウ・クルーハと戦ってた勇者だったって事さ。
あいつの装備、その辺の冒険者とは違うだろ」
黒崎はその目的から敵対しているが、現実の東京には家族もいる人間だったのだ。
「このままあいつが東京に出るとすれば、あいつの家族も……親しかった人間も巻き込まれる。
それが納得いかないんだ。俺は」
黒崎はその事に気がついていないのだろうか。
「草間さん……私たちは、黒崎君たちのような制限無しで、創造主の眠る場所まで行けるはずですよね?」
セレスティが顔を上げて言った。
何かを振り切った清々しさがその瞳の輝きに感じられる。
「私はもう一度、彼らを止める手立てが無いのか探したいのです。
もしよろしければ、お二人にも手伝って頂きたい」
シュラインも言葉を繋ぐ。
「私も同じ事を考えていたわ」
方法を探す事を諦めた時点で、世界は崩壊へと駆け出してゆく。
「まあ、どこまでやれるかわからんが……俺もそう思っていたさ」
草間がそう言ったのを合図に、三人は席を立った。
石造りの神殿の奥、棺にすがるネヴァンがいた。
大理石を模された床は神殿の外に広がる花々を映し出し、最奥の棺に続く通路は両脇に並んだアヴァロクと呼ばれる墓守の巨人で守られている。
今は墓所に危害をなす者もいない為、アヴァロクたちは剣を構える事も無く、微動だにせず沈黙を続けている。
「……創造主様」
石の棺の蓋はネヴァンによってずらされ、その中で眠りにつく創造主――現実世界では浅葱孝太郎と呼ばれた姿を持つ者が見える。
厚いレンズの眼鏡をのせた顔は髪も無造作にはねていて、お世辞にも創造主とは呼べない。
豪奢な甲冑がそれを更に際立たせているようだった。
「ボクは……どうしたらいいの? 皆が一番幸せになれる事って……ボクじゃ、できないのかな?」
呟きが涙を堪える嗚咽に変わり始めた時。
「……ネヴァンたんだ」
ぼんやりと目を開けた浅葱が、今度は身を起こして矢継ぎ早に言った。
「きみ、コスプレじゃないよね?
もしかしてゲーム世界にダイブって夢見てるのかな、僕?
しかしすごいな、その肌のテクスチャ。さ、触っちゃまずいかな?
いいよね、この際。著作権の持ち主の一人としてさ」
手を伸ばす浅葱からセレスティがネヴァンをかばった。
「これが……創造主なのですか?」
墓所に着いたシュラインと草間が浅葱を見る目も、単なるロリータ趣味の男でしかなかった。
「創造主? まあ、『白銀の姫』のゲームデザインをしたのは、僕だけど」
浅葱が首を傾げる。
「それがどうしたって言うんですか?」
聞いてみると、浅葱はこの場所がアスガルドであり、今また不正終了の危機にさらされている事、自身も黒崎に狙われている事などを知らなかったらしい。
「僕はただのプログラマーですよ。世界を変えるなんて力はないです」
それは正直な考えだったのだろうが、浅葱を最後の望みとしていたネヴァンの心には厳しい言葉だった。
「……創造主様なら、この世界を作り変えられると思ったのに」
セレスティの影から離れたネヴァンが、神殿の外へと駆け出して行った。
「ネヴァンちゃん!」
それを追って外に出たシュラインは、神殿の外に集まるモンスターに息を飲んだ。
その中心にいるのは、黒崎と紫月の二人。
何があったのか、黒崎の姿は変化している。
真紅の瞳には爬虫類にも似た虹彩が生まれ、全身を覆う鎧は竜の鱗をまとったようだ。
それが全てのモンスターを束ねる存在としての姿か。
「……戦いは、避けられないの?」
シュラインは背後で創造主を守ろうと動き出すアヴァロクを感じた。
紫月は遠くに見える神殿にシュラインの姿を見つけた。
かつて自分に力を貸してくれた相手との戦いを避けたいという気持ちは紫月にもある。
しかし湖を越え、この場所に着いた時に聞かされた黒崎の言葉から――紫月は黒崎に協力しようと考えていた。
「僕が……黒崎潤として話すのは、これが最後になるかもしれない」
黒崎は足元が不安定な水辺で、トランクを持つ紫月に手を貸しながら言ったのだ。
「今の僕なら、君を外に連れ出せるはずだ。僕の中にあったクロウの情報――記憶が戻ったからね」
「クロウ?」
「やがて倒されるべき宿命を持って作り出された、敵役だよ」
淡々と返すその言葉こそ、紫月には哀しく響く。
クロウ・クルーハは『白銀の姫』に登場するモンスターの一体だ。
それが勇者である黒崎の内部に眠っていたのはどういう事だろうか。
「僕は……以前起きた強制終了の時に、クロウを取り込んでしまったんだよ。
だから湖の女は、僕を敵だと判断した……。
プログラムに従って。それは正しい判断だよ」
黒崎はそこで言葉を区切った。
「本当の所は……僕にはもう創造主が憎いなんて感情はないんだ。
ただ、それじゃこの世界は変わらないまま、モンスター達の憎しみを抱えながら再び作り直される」
黒崎はそこで「中途半端なイベントも、穴だらけのプログラムも、僕は嫌いじゃなかったんだよ……このゲーム」と、笑った。
「僕は創造主を殺す。そしてこの世界から外界へと繋がる新たな門を開く。
君はそこから出るといい」
「黒崎君も東京に?」
東京という言葉を口にするのが、ひどく久しぶりのように紫月には思えた。
懐かしい事務所で、まだ仲間は待っているだろうか。
「門の先が東京かは、正直自信が無い。でも君だけは必ず外に出す。
それを信じて欲しい」
紫月は黒崎に尋ねた。
「でも、創造主を殺すだけじゃ世界は変わらないでしょう?」
「『殺す』という言葉の本当の意味は、プログラムの『乗っ取り』だよ」
黒崎は皿に説明を続ける。
「この世界を構成するプログラムを書き換えるには、入り口になるインターフェイスとパスワード、それがなくちゃ始まらない。
インターフェイスは多分『創造主』だ。
創造主として載せられている人物の『人格』を消して、その上に『僕』を上書きする」
紫月はその内容に不安を感じた。
創造主として存在する事になれば、黒崎はこの世界から出られなくなるのではないか。
「黒崎君はそれじゃ……黒崎君じゃなくなるよ。それに、外に出られない……」
外に出たいとより強く願っていたのは、黒崎の方だったはずだ。
「『僕』と呼べる名残はクロウの意識が強すぎて、今ではあまり残されてないんだ。
例えば懐かしい友人や家族、そういったものの記憶はもう遠い。
クロウと分かれる事ができれば良かったけれど、それは叶わないようだ。
プログラムをどう書き換えるか、クロウの情報を探っていくうちに気付いたよ」
「……ここに最初から残るつもりだったの?」
自分から物事の限界点を見てしまうのはどんなにか辛い事だろう。
紫月の辛そうな表情を見て、黒崎は口調を明るく改めた。
「最初からじゃない。気付いたのはクロウが覚醒してからさ。
でも、僕は行くよ。新しい……『この世界』にね」
そう言った黒崎の声は今、モンスターの間に低く響き渡り、かつて勇者だった少年の物ではなくなっている。
耳に痛みを感じる程、大きな咆哮が神殿を囲むモンスターから上がった。
「何だ!?」
「黒崎君が、モンスターを連れて……!」
浅葱に現在の状況を説明していた草間が驚いて声を上げた。
そこに入り口から戻ったシュラインが息を切らせながら答える。
セレスティも不安そうに尋ねた。
「美和さんも一緒ですか?」
「ええ」
背中よりも大きく張り出した、その翼の大きさがシュラインには気にかかった。
紫月の中には、彼女自身ではない何かが存在している。
それもとても不穏な意志を持って。
「とにかく、こいつを匿わないと……」
草間が回りに視線を投げ、浅葱を隠す手段を考える。
「お前、棺にもう一回入るか?」
「や、やめて下さいよ。僕、閉所恐怖症なんですから」
焦る浅葱の声に、アヴァロクの崩れる音が重なった。
広間になった神殿際奥に続く通路から、モンスターとアヴァロクの戦う音がする。
「モンスターが黒崎の支配下にあるとすれば、厄介ですね」
セレスティが眉を寄せる。
セレスティも含め、ここに居る三人は決して直接的な戦闘に向いたメンバーではない。
と、一瞬の静けさが辺りを満たし、広間の先、大きな扉が開かれた。
黒崎の手には、彼が勇者であった名残――テウタスの聖鍵が光っている。
その隣に立つ、キューを構えた紫月の姿はアヴァロクとの戦闘で傷付いていた。
「インターフェイスの外装は浅葱孝太郎か。趣味の悪い」
草間の影で怯える浅葱に視線を向けた黒崎が言った。
黒崎は浅葱の姿を、インターネットのゲーム特集で見ていた。
タイトルは『今注目されるクリエーター』と、そのようなものだった。
従うモンスターを連れず、黒崎は一人で一行の前に進み出てきた。
その後ろをついて来た紫月が床に崩れる。
「美和さん!」
「セレスティ、危ないわ!」
シュラインの制止も聞かずにセレスティは紫月の元に駆け寄る。
黒崎はそんなセレスティに刃を向ける事も無く、草間とその後ろの浅葱を見つめていた。
「黒崎、お前が浅葱を殺してもこの世界は変わらないぜ?」
浅葱をかばいながら草間が問いかける。
「草間さん、あなたも僕を誤解している」
「何がだ?」
クロウの面影を見せる黒崎が、厳かに告げる。
「そこにいる創造主、それは浅葱孝太郎本人ではない。
そう設定付けられたものだ。
人格と呼ばれるインターフェイスがあれば対応がしやすいから、浅葱の人格をモデルにして載せている。
本人は……わかってないようだがな」
一同が一斉に浅葱を見た。
浅葱もまた、女神たちと同じような存在なのか。
「僕が創造主を殺すのは、直接プログラムを書き換える能力が欲しいからだ。
『浅葱』を殺して、核霊として『僕』がその座に着く。
モンスター達の総意は創造主への復讐だ。
自分の作ったものを変えられる、創造した者にとってこれ以上の復讐はない。
そうだろう?」
黒崎の金色の瞳が、冷たく浅葱を見据えた。
シュラインが口を開いた。
「あなたが創造主として……敵って概念の無い世界を作り出そうというの?」
「ああ」
黒崎は意外な行動を取った。
自分が身に着けていた大きな剣を外して床に置いたのだ。
クロウ・クルーハの力を集めた剣は、大勢のアヴァロクたちを相手にしても刃こぼれなく輝いている。
それこそがクロウの憤怒の証だった。
「戦う気はないんですか?」
紫月を抱き起こし、戸惑うセレスティに黒崎は頷いて己の計画を語る。
「創造主への憎悪を消せば、モンスターはただの無害なオブジェクトへと変わる。
僕ら――クロウとモンスターが外界を目指していたのは、敵とみなされるのが苦痛だったからだ。
そこで、創造主となった僕は……モンスターデータを全てゴースト――不可視存在に改変して、冒険者の殺戮対処から外す。
プログラムからモンスター・データは切り離せない……積み重なったものを下から引き抜くようなものだからな」
身に着けていた武器を全て取り外した黒崎は、赤いままの瞳にやや自嘲的な翳りをのせて言った。
「モンスター達を単に他の世界へ移せば、この世界を支えられなくなる。
モンスター一体欠けてもこの世界は瓦解するんだ」
モンスターとして上位に位置づけられているクロウの支配力と、創造主の能力であるデータ改変、それらを僕が制御する。
その後、僕は……インターフェイスとしてこの地に眠る事になる」
ずっと怯えて震えていた浅葱が、恐怖の限界を超えたのか叫んだ。
「僕は死にたくないですよ!
いきなり狙われてるだの、世界を作り変えろだなんて言われても……!」
後ずさる浅葱は背後にあった棺の角に躓き、床に転ぶ。
「常若の国に眠る王は一人だけだ、創造主……」
黒崎が浅葱の額に手を触れ、更に何事か囁いた。
その言葉を耳にした途端、浅葱の表情が消え、肉体を形作っていたものが粒子状に変化していく。
それと同時に黒崎の姿も薄れ、数秒後そこには浅葱の――創造主の甲冑を身にまとった黒崎が立っていた。
「今、何をしたんだ?」
消えてしまった浅葱を目で探しながら草間が言った。
「アクセスコードを言った。
……不思議な感覚だ。今、僕はアスガルドの全てを知覚している」
今まで見せた事のない、晴れやかな表情を黒崎は見せていた。
「プログラム改変後、一時的に全てのアクセス者は外界に強制的に出される。
取り込まれた一般人もだ。
しかし再度ログインは可能だ」
高速で全てのオブジェクトを形成するプログラムが変更されているのか、まわりの情景が薄く消えていく。
「黒崎君は、本当にそれでいいの?」
身体を起こした紫月が咳き込みながら言った。
「本当に、もう戻れなくてもいいの?」
「……未練が残るような事、言わないでくれよ」
黒崎の声は冒険を楽しんだ少年の頃に戻っている。
少し斜めに構えた冒険者だった頃の声だ。
紫月の背を支えていたセレスティは、一瞬、周囲の空気の流れが変わるような感覚を覚えた。
目の前にいる紫月の雰囲気が、以前一度見た何者かにすり替わっている。
「我が借り腹の娘を使うか? 黒崎」
「紫月さんの?」
立つのもやっとだったはずの紫月は、困惑する黒崎にすっと近寄り嫣然と微笑んだ。
「あなた、何者なの?」
シュラインに紫月は、自分自身の身体を腕で抱きながら答えた。
「我は石翼。狭間をさ迷う者の一つ。
この女はかつて敵対する我にも情けをかけ、その身に取り込んだ。
どこまでも他者を受け入れる、愚かで愛しい者よ」
紫月の背で黒い石の翼が淡く光を放っている。
「どうだ? 今、貴様はこの世界の改変を全て掌握できているのだろう?
この女に己の魂の欠片、寄越してみないか?
全てが情報として存在しているこの場所でなら可能なはずだ。
我が新しき写し身はすでにこの女の中にある。
しかし、それに宿る魂は不完全だ。我は人ではないからな。
いつか貴様の意志は、この女のみどり児として生を受ける。
……この女も、それを望んでいる」
そんな都合のいい話があるだろうか。
草間はそう思ったが、口には出さなかった。
選ぶのは黒崎自身なのだから
「僕は……」
全てが白く霞む中、遠く黒崎の声が尾を引いて消えた。
アスガルドからモンスターは消えた。
正確には見えないだけで、確かに存在しているのだが。
アスガルドには平和を前提に構築された世界に浸りたいプレイヤーが参入、戦闘を楽しみたい者は離脱し、特に冒険に目的も無く会話を楽しむだけの者も残っている。
現実と変わらない。
誰かの望む世界が、誰かにとって心地よい場所とは限らないという事だ。
神殿の最奥、以前は浅葱が眠っていた棺に、創造主となった黒崎が横たわっている。
「ネヴァン……」
再度ログインしたシュラインとセレスティ、草間の前で、ネヴァンは飽く事も無く棺の前に佇んでいた。
「黒崎君はずっと眠ったままですね」
セレスティは黒崎の面影が柔らかな雰囲気になっている事に気付く。
クロウの身を焼いていた憎悪の炎は消えたのだろう。
棺の上に刻まれた文字を草間が読み上げる。
「『かつての王にして未来の王、ここに眠る』
……それがここに存在するものに課せられた役割だからな」
棺の周りには神殿の周囲から摘まれたらしき花が添えられている。
「この花はネヴァンちゃんが?」
「……うん。いつ黒崎さんが起きても、寂しくないように」
シュラインを赤い瞳で見上げたネヴァンが答える。
「君は創造主様ではなく、黒崎君と呼ぶんですね」
セレスティはネヴァンが黒崎を『創造主』として認識していないのに驚いた。
「ボクは、記憶を失くす事はないから、ずっと覚えていられる。
浅葱さんの事も、黒崎さんの事も」
「だから覚えていたい」と、たどたどしいながらも、しっかりした声でネヴァンは言った。
「黒崎君が女神のデータを書き換えなかったのは、どうしてなのかしら」
創造主として根幹プログラムに関与できた黒崎は、女神の存在そのものを変えてしまう事もできたはずだった。
それこそ、他のモンスターと同じく不可視の存在にする事も。
「わかんない。
でも……前の不正終了の時、最後までクロウと戦ってた勇者は黒崎さんだったんだよ。
一番この場所に……アスガルドに思い入れがあった人なんじゃないのかな。
そう、ボクは思いたい」
いつまでもその姿のまま、歳経ることなく眠る王。
その眠りがいつか開かれる時を願う女神を側に残し、三人はアスガルドを去った。
その後、ゲーム中のモンスターが実体化したという事件は伝えられていない。
IO2の情報規制が巧みに行われているのだろうか。
現実の東京へ戻った三人に、かすかな恐怖がよぎる。
幾つもの可能性の事象、その中でも自分たちは『平和な世界』を選択し、そこに降り立っただけではないのか。
あの虚構の世界から繋がったこの場所が、果たしてログイン前の世界と同一なのか、 それを確かめる術はない。
紫月も無事に以前存在した東京へと戻れたのかわからないままだ。
世界は流転し、改変されていく。
一時も同じ場所に留まる事はない。
無限に重なり合う世界には、モンスターに蹂躙される東京の姿もあったのではないのか。
その身を震わせるものが降り出した雪のせいだと、三人はそれぞれの暮らす東京で思った。
(終)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い 】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
三話通してのご参加ありがとうございました。
『白銀の姫』ミッションの流れとは大きく異なる部分もありますが、幾つもある可能性の一つとしてこのような結末もあって良いのではと思いながら書かせて頂きました。
タイトルにある『レムニスケート』は極方程式の曲線で、∞の形をしています。
「黒崎を倒して終り、という結末は後味が悪いな」という考えで書き始めた話でしたが、無事終える事ができてほっとしています。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
御注文ありがとうございました!
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