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幸せのチケット
瀬名雫は今日も例のインターネットカフェに居た。
「さぁて、今日もあたしの心をくすぐる話はあるかなぁ?」
嬉々としてパソコンのモニターを覗く姿には実年齢以下の風貌を見せる。
ゴーストネットOFFのページには今日も色々な怪談話や不思議な噂が集まっていた。
「現代によみがえった切り裂きジャック、不死の少女、眠りの家の都市伝説! いやぁ、ほんとにわんさかわんさか! 嬉しいなぁ!」
このページを見るときの雫の顔には笑みが絶えない。
いつも喜色満面、幸福絶頂といった感じだ。
おどろおどろしい話を前にこれほど幸せそうな顔を浮かべられる女子高生も早々居るまい。
雫はその中から幾つか自分でも調べられそうな話を選び、自分のメモ帳に詳細を書き込む。
勿論この後、話の真相を追うためだ。
「ああっ! でもこれから色々スケジュールが押してるからなぁ……。ピックアップはしたものの、どれから調べようかなぁ」
芸能活動や部活もあり、かなり多忙な雫。
そのため、自分で真相を追おうにも時間がそれを許してくれないのだ。
「しょうがない。あの手で行きますか」
雫は自分の携帯電話を開くと、そのメモリーから幾つか名前を呼び出し、そのメールアドレスにメールを送信する。
「ええ、と。……幸せのチケットが手に入るんだけど、乗らない? と」
メールを送信した後、雫はパソコンのモニターを見てニヤッと笑った。
そこには『東京のそこかしこに現れるマヨイガ』の話が書かれてあった。
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メールを受け取ったのは一人の男。
名を門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)と言う。
「幸せのチケットだぁ?」
どこからどうみても、正真正銘胡散臭い内容だったが、将太郎はとりあえず雫の元に行くことにした。
「まぁ、今でも十分幸せなんだが……少しくらい欲張ったってバチはあたらないよな?」
誰に言うでもなく、将太郎はそんな言葉をこぼしてメールの返信を打つ。
『話に乗る。詳細を聞きたいのでネットカフェで待ってる。門屋』
着いたのは雫が根城にしているインターネットカフェ。
店内に入ると、雫が大きく手を振って将太郎を呼んでいた。
将太郎はそれに応えて軽く手を上げた後、他の人の邪魔にならないように雫の元に寄った。
「よぉ、雫。また厄介な書き込み見つけやがったな」
「厄介とはなによぉ! 折角幸せのチケットをタダで、タダであげるって言うのにッ!」
タダでを強調されたような気がしたが、とりあえず無視しておいた。
「で? なんなんだ、その胡散臭さ満点の幸せのチケットってヤツは」
「ああ、これこれ」
そう言って雫が取り出したのは長方形でピンク色の紙。
見ると『辛せのチケット』と書かれてある。誤字は愛嬌だと思って流した。
だがこの文字、既製品でない事は一目瞭然だ。
「……手書きか?」
「そう! 雫ちゃん特製、幸せのチケットでーす!」
それを聴いた瞬間、とてつもなく破り捨てたい衝動に駆られたが、どうにかそれも治め、疑わしげにチケットを眺める。
そして裏を見るとそこに文字が書かれてあった。見た限り、どうにも手書きには思えない。
「何だコリャ、『マヨイガ』? 岩手遠野の『迷い家』みたいなもんか?」
「そうそう。遠野物語に出てくる迷い家らしいのよ。まぁ、聞いた話によると迷ってなくてもこのチケットというか、裏に書かれてある文字をプリントアウトした紙を持ってると勝手に遭遇しちゃうらしいのよね」
「プリントアウト?」
「そう。ちょっとこれ見てよ」
そう言って雫は目の前のパソコンを操作し、あるウェブページを開いた。
「……見た感じ、出会い系サイトみたいだが」
「ここに登録した人がダウンロードできる画像が、そのチケットの裏にプリントアウトされてる文字なの」
「更に疑わしさが増したな」
今日び、出会い系サイトなんて信用出来るはずがない。
どうせこのチケットもまじりっけ無しの嘘100パーセントだろう。
そう、将太郎が思ったとき、雫が妙に神妙な声のトーンで言葉を繋ぐ。
「ここに登録した人が何人も行方不明、って話なのよね。多分、そのマヨイガに迷い込んで出られなくなったんじゃないかと……」
「マヨイガって言うのは、別に迷い込む家ってモンじゃないだろ。迷った人を助ける家だぞ?」
「でもマヨイガには美女が揃ってて、食べ物にも困らないんでしょ? だったら住み着く人も居るかもしれないじゃない」
「はぁ……、そんなわけあるかって。これだってどうせ単なる噂話だろ? 俺が思うに、このチケットは人を幸せするんじゃなくて、幸せは自分の身近にあるんだってことじゃないのか? 幸せってのは、何も努力していない奴には絶対に来ない『迷い家』なんだよ……」
「そうそれ! 将太郎ちゃん、今良い事言った!」
将太郎の言葉に反応して雫が指差す。
「幸せは歩いてこない! だから歩いていかなきゃ!」
「何が言いたいんだよ?」
「マヨイガにある物を持ち帰ると幸せになれるって話じゃない? だから、将太郎ちゃんはマヨイガに行って中の物を持ってきて、幸せだなぁって言えばいいの。そして私に事の始終を事細かに報告してくれれば良いの。それで私も将太郎ちゃんも幸せでよかったね、ってなるじゃない?」
何処までも怪奇話に前向きな雫に負けて、将太郎はマヨイガを探すことになった
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マヨイガは案外早く見つかった。
それは将太郎が通りを歩いている時に現れた。
「東京のアチコチにあるってのは本当だったんだな」
目の前に、何の前触れもなく現れた豪奢な洋館。将太郎以外の人間には見えないらしいこの洋館を、他の通行人は通り過ぎていく。
日本発の噺であるマヨイガの説では考えられない外観だが、あるモノはあるんだからしょうがない。
「まぁ、現れちまったモンは仕方ない。入ってみるか」
将太郎はため息を一つ吐いて、マヨイガの中に入っていった。
ドアノブに手をかけると、今まで歩いていた通りは影も無く消えていた。
帰り道が無くなったことに多少焦ったが、焦ってもどうしようもないので、その問題は後回しにすることにした。
将太郎は再び前を向いてドアを開ける。
背の高い将太郎の頭上、50センチは空いているだろうか。
とても大きなドアはそれほど質量を感じさせずに開いた。
中に入ると、そこはエントランスではなく、客室の一つのようだった。
「……不思議な造りの家だな、おい」
外観が洋館だったので靴を脱ぐ玄関が無いのは予想していたが、いきなり客間に通されると少々面を喰らうものだ。
しかも、よく見るとこの客室についている出入り口らしい出入り口は背後にある入ってきたドアのみ。
目の前に窓が見えるが、そこから先は外らしい。
左右の壁には額縁に収まった絵画や棚の上に乗っかったツボがあるだけ。
そこから何処かへ通じるようなものは無い。
「ずいぶんと薄っぺらな家だったんだな。……とりあえずこのツボでももらっていこうか」
ここに来たのは家の中にある物を盗……貰い受けて幸せになるためだ。
なら手近にあったこのツボは適役ではないか。
「小さいし、持ちやすいし、これならかさばらずに持って帰れるな」
将太郎はツボを持ってその部屋を出た。
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部屋を出た瞬間、一瞬思考が停止してしまった。
「……なんだ、こりゃ」
入ってきたドアを出れば、そこは外であったはずだ。
しかし、部屋を出てみるととてつもなく長い廊下が広がっているではないか。
対面の壁には窓。
そこから覗ける外は濃い霧にけぶり、更に目線も幾分高い。
下を見れば地面は遠い。目算して三階建ての建物の高さと同じくらいだろうか。
「は、はは、俺ってばいつの間に瞬間移動なんて覚えたんだよ……」
乾いた笑いを上げ冗談を言っている間にも、頭の中では冷静に状況分析を試みる。
色々な能力がまかり通る世界だ。
結論は早めに出る。
「誰かの能力にかかったのか……?」
洋館を作り出し、その中に人を閉じ込める能力。
考えられない話ではない。
それにはまってしまった人間が行方不明扱いをされてるのだとしたら、雫が話していた事も納得できる。
その能力を使って何をしようとしているのかまでは量れないが。
「雫のヤツ……やっぱり厄介な噂話だったじゃねえか」
雫に悪態を吐きながら、将太郎はどうにか出口を探し始めた。
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どれだけ歩いただろうか。
腕時計で確認してみると、もう二時間になるだろうか。
今まで誰にも会わず、出口らしい出口も見当たらない。
それどころか、下階に下る階段すらもない。
「だーッ、もう! いくら歩かせりゃ気が済むんだよ!!」
いい加減、脚も張ってきたところだ。
少し休憩するためにも、将太郎は手近にあったドアに手をかけた。
そして、また驚く。
今まで外に霧がかかっていて電気も点かず薄暗かった家の中だが、その部屋だけは馬鹿みたいに明るかった。
「あ、いらっしゃい」
将太郎が中に入ってきたのを見ると、中に居た少年は幼い声を出した。
中には大きめのダイニングテーブルと、その大きさに見合うだけの椅子の数。
そしてその一つに少年が座っていた。
「……お前、ダレだ?」
「あ、ボクはこの館の主です、すみません」
気の弱そうな少年はそう言って頭を下げた。
その姿はまだ小学生位に見える。年恰好に似合う服装もしている。
この豪奢な洋館に不釣合いなことこの上ない主だ。
「……館の主、って事はここの出口も知ってるのか?」
「え、ええまぁ。出口は館の一階にあります」
「それは知ってる」
二階以上から飛び降りろと言われても困る。
「俺はそこへの行き方を訊いてるんだよ」
「あ、ああ。それはですね……。……?」
そこで少年は言葉を切った。
そして首をかしげ、難しそうに唸り始めた。
「どうしたんだよ?」
「いえ、説明に困ります。すみません」
「困ることは無いだろ。道順くらい簡単に説明できるだろ?」
「いえ、それはそうなんですが、これと言って説明する道順も無いのです。すみません」
「道順が無い?」
この少年、館の主という事はこの能力の発動者ということだろう。
つまり、迷い込ませた人間を簡単に帰す気は無い、ということか?
将太郎は一応疑ってかかってみるが、その姿に嘘偽りは無いように見える。
将太郎の能力を使って、嘘を吐き続けることができる人間、というか存在なんて居ない。
という事はつまり、本当に出口に行くための道順は説明するほどのことでもない、ということか。
「ああ、もう! だったらお前が案内しろよ。それに俺がついて行けば済む話じゃないか!」
「あ、それはそうですね。すみません」
そう言って少年はまた頭を下げた。
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「ここが階段です」
少年が将太郎を連れてきた場所は、ただの壁。
「……ふざけてるようにも見えないが、ふざけてるのか?」
「ふ、ふざけてません。すみません」
少年は頭を下げて謝った。
これで何度目だろうか、彼が謝ったのは。
「無意味に謝るのは良くないぞ」
「す、すみません」
「それより、ここが階段って言うなら何か隠し扉でもあるのか?」
将太郎は壁をコンコンと叩いてみるが、仕掛けのようなものは見当たらない。
「あ、いえ、普通に降りられますよ」
そう言って少年は壁をすり抜けていった。
「うお! なんだそりゃ!」
「す、すみません」
将太郎の声に反応して壁の向こうから少年が謝った。
「……何か仕掛けが……?」
「いえ、普通に通れるはずです」
少年に言われて将太郎も壁を通ろうとしてみるが、ゴンといい音を立てて壁にぶつかっただけだった。
「おいこら!!」
「す、すみません」
少年は頭を下げながら壁から顔を出した。
「どうなってるんだよ? 年齢制限とか身長制限でもあるのか!?」
「いえ、あの……もしかして、この館の品物を持っていませんか?」
少年に言われて、将太郎は手の中のツボを思い出す。
「ああ、これか? ……って、うお!!」
見ると、その中から砂金がごろごろと零れ落ちるほどにあふれ出していた。
「何だコリャ!?」
「この館の品物は持ち主に金銀を与えますが、代わりにこの屋敷から出ることを禁じます。それを持ち続けるか、棄てるかは貴方の自由ですが、選ぶチャンスはたった一度。ボクが尋ねたその時のみです。因みに、この屋敷に食べ物らしき食べ物はありませんし、飲み水らしい飲み水はありませんよ」
「じゃあ棄てろってことじゃないか」
「棄てられますか? 持っているだけでいつまでも富が生まれる品ですよ?」
確かに、普通の人間なら捨てきれずにどうにか持ち帰ろうと頑張るだろうが、将太郎は違う。
「……まぁ、金銀ザックザクは魅力的だが、金に困ってるわけでもないからな。ご期待を裏切って悪いが、捨てさせてもらうよ」
そう言って将太郎はツボを少年に渡した。
その途端、目の前の壁は音も無く消え、階段が現れた。
「……貴方は強い人なのですね」
そう言った瞬間、少年も壁と同じように音も無く消えた。
「強い、か。……言われて悪い気はしないな」
将太郎は呟きながら出口を目指した。
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「で、そのツボは置いてきちゃったわけ?」
「そうだよ。あんなところで死にたくはないしな」
将太郎はインターネットカフェで雫に今回の件の詳細を話していた。
雫は将太郎の話に始終目を輝かせて聞き入っていたが、最後の言葉でちょっと残念そうに言ったのだった。
「それを持ってきてくれたら私がありがたく使わせてもらったのになぁ」
「俺にあの屋敷で朽ち果てろといってるのか、それは」
「ウソウソ、冗談だよ。将太郎ちゃ〜ん、笑って笑って!」
握り拳を構えた将太郎に、雫は慌てておどけた。
「……にしても、今回は本当に骨折り損だったな……」
「まぁまぁ、あたしが特別にジュースおごってあげるから、元気出して!」
こうしてマヨイガ探検は幕を閉じたのだが、あの少年がどうしてあの屋敷をあちこちに出現させているのかはわからなかった。
「もしかしたらSFにありがちな、人類の性質を確かめる、とかそんな輩だったのかもなぁ」
「え? 何? お茶で良いって?」
「バカ言うな。そうだな、この店で一番高いのは……」
そんな事をしている間にも、東京ではあの屋敷に迷い込む人間が居るかもしれない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男性 / 28歳 / 臨床心理士】
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■ ライター通信 ■
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門屋 将太郎様、依頼にご参加いただき本当にありがとうございます。『人生迷走しまくり』ピコかめです。(何
マヨイガといいつつ遠野物語の迷い家とはまた違ったモノになりましたが、どんな感じだったでしょうか?
楽しんでもらえると、はじけ飛ぶように喜びますよ。
俺が趣味で書く文章のキャラに近い性格で、とても書きやすかったです。
雫との掛け合いとか書いてて収拾がつかなくなってしまって削った文字数がいっぱいいっぱい……。(ぉ
ともかく、機会があれば次回もよろしくお願いします!
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