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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■草間興信所の大掃除−探し物はなんですか?−■

 証言:草間零。
「そうなんです、最近兄さん、しきりに何か探してるんです。デスクとかデスクの上のものまでひっくり返して。でも、探してる姿、見られたくないらしくて、わたしが近寄ると慌てて、ごまかすんです」

 証言:生野英治郎。
「いやあ、最近の武彦は確かにヘンですねえ。まだ私が何もしないうちから挙動不審ですからね。ああ、武彦の挙動不審は今に始まったことではありませんが、そういうところも実験のしがいが───もとい、魅力が感じられるんですよねえ。え? そうですね、何かを探してるのに、誰にも『何を探しているのか』を言おうともせず、なのに必死で探してるんですよね。
 これは、ですよ。
 武彦に是非とも、協力してさしあげようと。そう思いましてね、ええ」


「……なんの協力だかわからんが、英治郎! なんで俺の興信所がこんなことになってるんだ!」
 大晦日も間近い、12月の寒い日のことであった。
 草間武彦が一仕事を終え、帰ってきて声高らかに、そこにいた生涯の宿敵である謎の薬剤師、生野英治郎に文句を言ったのも無理もない。
 興信所のそこここに、各食材やらケーキやらお菓子やら。はたまた何かの本やら様々な骨董品やら食器用具やら雑貨やら服やら───それらが、所狭しと。
 それこそ足の踏み場も本当にないほど、「積み上げられていた」からだ。
 ゴミがないのは幸いだったが。
「あ。お帰りなさい、武彦v いえね、武彦の探し物がこの中にあるかどうか、買い占めてきたんですよ」
「お前の辞書に、ものには限度という言葉は───なさそうだな」
 はあ、とため息をつく武彦だが、しぶとく「探し物なんてないからな」とつぶやくのは忘れない。
「つか、仮に! 仮に俺が何かを探してたりして、それが興信所以外で買ったものの中にあるわけないだろ! お前絶対これ見つける邪魔してるだろ!?」
「ということは、あるんですね? 探し物」
 うっとつまる、武彦。じりじりと迫る、英治郎。
「それにですねえ、零さんも困ってらしたんですよ。最近の武彦のおかげで、ただでさえ汚かった興信所内がもっと汚くなっていくってね。ですからちょうどいいですし、探し物ついでに皆さんも呼んで、大掃除でもしませんか? もうすぐ大晦日ですし、一夜飾りは縁起悪いですよー」
「大掃除か……」
 ぽつりと、武彦。なにやら考えていたが、その案には乗ったようである。
 無事に大掃除が終わったら、年越し蕎麦も用意するからと仲間達に連絡をとったところへ、英治郎が思い出したように、ひとこと。
「そういえば私の私物も、紛れ込んでしまったんですよね。新発明の『透明産』という一見空っぽの胡椒瓶なんですが……自力で動く設定にしたままなんですよ。それに触れたものは、時間が経つにつれて透明になっていき、しまいには消えてしまうという……」
「貴様、俺の『あれ』を消滅させる気かっ!?」
 言ってしまってから、はっとする武彦。
 にやりと、英治郎は美形顔に曲者笑顔を浮かべた。
「やっぱりあったんですね、探し物。それもそんなに大切な。じゃ、頑張って探すしかありませんねえ、大丈夫ですよ、年越しの瞬間には爆発するようにも設定してありますから」
「爆発も困るぞおい!」
「そんなに大きな爆発ではないですって♪ とにかく大掃除はしませんとね♪ これだけものがあっては探し物もできませんし……」
 それだけものを増やしたのはどこのどいつだ、と言ってやりたかったが。
 とりあえず、興信所も元から汚いし、年に一度の大掃除もそろそろ始めなければ、と思っていたところだった。無駄なものも確かにあったしな、と。
 こうして、人手を借りた草間武彦の探し物の発見及び草間興信所の探検、否、大掃除が始まったのだった。



■今年も無事(?)に年越し出来るか草間興信所■

●大掃除、始め●

「……犬が外に繋いであるのは幸いだったな」
 ぽつりと、興信所の真ん中ら辺にいるであろう、草間武彦がどこかうつろな声色で言う。
「犬じゃありません、バドっていうちゃんとした名前があります」
 愛犬バドも一緒に年越しをと、連れてきて外に大型犬を繋いでいる初瀬日和(はつせ ひより)の細く可愛らしい声が、左側のあたりで抗議する。
「つか、このたくさんのモノにこれだけの人数、よく入ったよな。えーと、草間さんに零に……俺らあわせて何人だ?」
 そのすぐ近くから、人数を数えている、羽角悠宇(はすみ ゆう)の元気な声。
「とにかく一夜飾りにはしないように、今夜には注連飾りが飾れる程度には綺麗にしなくちゃね。明日の大晦日までにはちゃんと、元通りより綺麗な興信所を目指して」
 武彦のやや近くから、シュライン・エマのきびきびとした声。
「じゃあ……今日は、みんなでお泊まりだね〜……。うん、俺もテキパキと……がんばるぅっ!」
 恐らく仲間やモノ達に押しつぶされているのではないかと思われる、九竜啓(くりゅう あきら)の、ぽややんとした声。
「ほんっとに、片付け甲斐のある場所よねえ。お泊まりというより、徹夜って考えたほうがいいわね」
 その隣あたりから、あたりを見渡している感じの由良皐月(ゆら さつき)の声。
「うはー、すっげー……マジでこれ、徹夜でも片付けられんの?」
 武彦に「大掃除に来い!」とだけ告げられて、いつもなら行くもんかと突っぱねるところを何の本能か、面白そうだとやってきた梧北斗(あおぎり ほくと)の声が疑問符を加える。
「さあさあ皆さん、お集まりのところで早速お掃除始めませんと、もう夕方過ぎましたよー、夕ご飯は食べてきましたね? 気づいたら元旦になっていた、なんてことにならないように気をつけてくださいねー♪」
 実に楽しそうなこの声は言わずもがな、英治郎。
 「ちょっとそこつめて」とか「武彦さん、生野さんと喧嘩するならお掃除のあとでね」とか声がざわざわと飛び交いながら、一同は掃除の準備をする。
「わ、すごいね。掃除用のエプロン持ってきてよかったな」
 新たに扉を開けて入ってきた菊坂静(きっさか しずか)、「いらっしゃい」「人手が増えたぞ」という歓迎の言葉と共に掃除用の、黒地のシンプルなエプロンを手早く装着する。
「イェーへェーイ! 新年新年! シーンーネーン!! 忌々しいクリスマスも終わって無駄にテンションたっけぇぜー! はは、ウッザ」
 その後ろから入ってきた、フランシス・ー、自分でオチを決めてから器用にモノとモノの間を割ってずんずん進んでくる。
「フランシスさん、ご機嫌のところ悪いのですが、まだ新年まで一日と少しありますから」
 にこにこと、英治郎。
「お? 俺の名前知ってるなんて俺そんなに有名人!?」
「私の情報網を甘く見ないでください。ふふふ」
 英治郎の含み笑いに、ちっと舌打ちしてヤンキー座りをしてみるも、その落ち武者のように禿げ上がった頭を何者かの足が踏み越えてゆく。
「イテーッ!! 誰だ俺の頭踏んづけたの!」
 フランシスが言えば、恐らく位置的に考えて窓から入ったのであろう身軽な加藤忍(かとう しのぶ)が、
「ああ、すみません。大きなゆで卵かと思いました」
 と、やわらかに謝罪(?)する。
「確かに、これだけ大きなゆで卵だったら、殻も硬そうですもんね」
 お掃除大好きな日和が三角巾を頭に装着しながら、開かずのロッカーに挑戦しつつ天然ボケを早速かます。
「うーん、これだけモノがあると途中で休憩も入れなきゃ徹夜も出来ないわ」
 皐月はちゃかちゃかと、目につきやすい「要不要」のものを手早く分けている。
「そうね。3分の1くらい片付いたら、休憩入れましょうか」
 シュラインが割烹着を着てお菓子類をまず丁寧に台所へと持っていく。草間興信所の冷蔵庫の中身自体が、それほどものがなくて幸いだった。食材や生もの系の菓子類はここにしまうことができた。
「休憩に備えて何か買ってきてもいいですよー」
 と言う英治郎、これ以上モノを増やす気か。
 そんな武彦を押しとどめ、シュラインが前に出る。
「それは生野さんが持ってきてくれた食材やお菓子類で充分だから、ほら武彦さんも挑発に乗らないで、探し物があるのでしょう?
 それにしても生野さんたら、資料とか大事なものが透明になっちゃって整理がつけられなくなったら困るのは依頼人なんだから、持ってくるおもちゃはちゃんと考えてくださいね? お菓子類は見目も味のうちだし、見られないままだと可哀相だものね」
 めっとするシュラインに、英治郎は一瞬「おもちゃではないのです、ちゃんとした発明品ですよー」としゅんとなったが、それもなにやら演技くさい。
「んっと、これっているのぉ?」
 啓がちょこちょこと、古い書類の束をどこかから持ってきて、零にたずねている。
「あ、それはですね、ええと……」
 零が武彦と一緒に検討しているうちに、またもや啓が書類の束を山と積み上げて持ってくる。
「啓さん、そんなにいっぱい書類、どこから持ってくるんですか?」
 零が不思議そうにたずねると、
「あっちで羽角クンがぁ……、書類とかふぁいりんぐしてたよ〜」
 俺は捨てる係りなんだ、と言う。
 見ると、書類棚の前に悠宇が、踏んでも大丈夫そうな、英治郎が買ってきたのであろうどでかいクッションにどかっと座り、サイズごとにファイリングしてまとめている。が、明らかに古すぎる書類も多いのでそれらを個人的判断で捨てて収納のスペースを開けているようだ。
「これもあれも要らなそうだし……おーい、九竜サンこれも捨てちゃって」
 内心、ついでだから面白そうな物がないか探させてもらおう&何かネタになるかもしれないしと、小遣い稼ぎでも狙っているのかと誰かに突っ込まれそうなことを考えている悠宇である。
 ふとその手が、何かの書類から出てきた写真らしきものに行く。
 とてとてと歩いてきた啓も、覗き込んだ。
「あ、これ……零クンだぁ〜……可愛い寝顔だねぇ〜」
「けど寝顔って……隠し撮りっぽいぞこれ。どうでもいいけど露出もアングルもいまひとつだなぁ……。零だったらこれでも許してくれそうだけど、シュラインさんをこんな撮り方したら怒られると思うなぁ」
 二人で色々と、零の寝顔の写真を見て談義(?)していると、後ろからコワいオーラを発した人影が。
 振り向くと、割烹着姿で仁王立ちをしたシュラインがいた。
「二人とも……何を人の噂をしているのかしら?」
「あっ、いやシュラインさんの話をしてたわけじゃなくて」
「も、してたけどぉ、零クンの寝顔がね〜……」
 シュラインは零の写真を没収し、悠宇と啓に、
「そこ、私が片付けておいたスペースだから、埃を出さないようにね」
 と言い置いて去っていく。「シュラインさんて〜、興信所のお母さん、みたい……だねぇ〜……」と啓が言ったり悠宇がうんうんと深く同意していることには気づいただろうか。耳が良いので聞こえてはいたかもしれない。
 彼女が、写真が二重になっていると気づいたのは、もっとずっとあとのことであるが。
 とりあえずそれを、
「これ、武彦さんに渡しておいてちょうだいね」
 と、ひとり暇そうなフランシスに渡したのがまずかった。
 誰にとってかって、もちろん、武彦にとって。



 シュラインと皐月は、さすが、掃除をし慣れている。上から下へと順にやっていき、払っては拭き、消毒しつつ乾拭きをして、それを少しずつやっていく。捨てるものは啓と、いつの間にかいた忍に驚きはしたものの、
「これでは泥棒に入られても分かりませんよ」
 と微笑む彼に「確かに」と頷きあって渡す。
「この変色した壁と煙草の吸殻は……片付けなさいよねぇ」
 皐月のため息ももっともである。
「零ちゃんは毎日掃除で大変そう。休ませてあげたくなっちゃうな」
 言いつつ、依頼関係の書類には手を出さず、見つけては机の上に積んでいく。
「なるたけ零ちゃんには休めるようなことを頼んでいるのよ。それに、武彦さんの煙草の吸殻は日常だから」
 苦笑しつつ、シュライン。二人は今、お風呂場をやっていた。
 換気扇がまた、ひどい汚れだ。
 二人で一生懸命風呂場をやっつけているとき、玄関から新たな「影」が入ってくるのを、モノを捨てる係りの啓が発見した。どうやら、興信所の扉が少し開いていたらしい。
 いったん荷物をその場に置いて啓は扉を閉め、その「影」の行方を追う。
「どうしたんですか?」
 啓のその様子を、こちらはモノを運ぶ係りの忍が不審に思い、声をかけた。
「あれ、初瀬クンの犬、かなぁ……?」
「ああ、首輪もついているし連れてきたのならそうなのでしょうね」
 彼女が犬を飼っているとは知りませんでしたけれど、と、忍。
 そう、その「影」は犬だった。大型犬だけあって、大きい。それがゆっくりとモノとモノの間を窮屈そうに通りながら、くんくんと鼻をひくつかせてたどり着いたところ───それは、なにか懐かしい香りがする、と思ったのか───しゃがんで零と書類分けをしていた武彦の背中だった。
「わ!」
 のしっとのしかかられた武彦、思わずなんだと振り返る。振り返った先に、どアップで見覚えのある犬の嬉しそうな顔が入ってきた。
「こ、こいつ初瀬の……。あっち行け! 俺はもう小さくないぞ!」
 この言葉の意味が分かるのは、彼が「小人豆」によって小さくなったとき、このバドに咥えられ、穴に埋められそうになった悲劇を知る数名の者だけだろう。
 だがその言葉でなんとなく、意味合いが分かるというものだ。
 武彦は無視を決め込むことにし、やがて誰もが忙しそうにしていたので、バドはのしかかるのをようやくやめ、うろうろしては、つと、白い「壁」につきあたった。ぽむ、と前脚を突っ込むと、生クリームがついてくる。いいものを見つけたとでもいうように一番手近にいた悠宇の背にその前脚を乗せようとした。
 そのとき、悠宇は梯子を使って書類棚の上を掃除していたのだが───そのバドの行為によって梯子は倒れ、下がクッションになっていたからいいものの、倒れてしまった。
「こらバド!」
 怒った悠宇は元通り外に連れて行こうと引っ張ったが、逆に引っ張っていかれた。
 ちょうどそこには啓もいて、悠宇(とバド)に見事に巻き添えにされ───数秒後には二人とも、バドの先導によって生クリームの壁に全身突っ込んでいた。
「なんでこんなとこに生クリームの壁があるんだ……」
「あはは、でも俺、初体験だぁ」
 げんなりする悠宇と、明るく笑う啓。
「それはもちろん、そこに私が生クリームの壁を作ったからです」
 二人の前に得意げに立ちはだかる、英治郎。
「わあ、お二人とも生クリームだらけ! お風呂に入ってきてください」
 零が慌てて二人を連れて行く。確かに、これでは大掃除も何もない。
 お風呂場ではようやくぴかぴかになったそこに満足していたシュラインと皐月がいたのだが、事情を聞いて二人の姿を見ると、
「まあ、仕方ないわね」
「生クリームのにおいはこれで消してから出てきて」
 と、色々と掃除道具を渡して、次はその生クリームの壁とやらの撤去に移ったのだった。
「あれ、悠宇? きゃっ……!」
 風呂場に向かう悠宇を目の端に見えた気がした日和が追ってきたのだが、そこに服を脱ぎかけている悠宇の姿を見つけてしまい、慌てて駆け戻っていった。
「……………生野さん……赦さん」
 悠宇クン、先に入ってるよぉ〜と言う啓の風呂場からの声に低く返事をする、真っ赤な顔をした悠宇だった。



●大掃除のお約束●

「ええ、私もやるんですか大掃除。せっかく皆さんの写真を撮っていたのに……」
「当たり前でしょ、こんなに汚した原因の大方はアンタにあるんだから! で、持ち込んだものは調理とか自由よね?」
「ええ、それはもう。使っていただければ持ち込んだ甲斐もあるというものですv」
 やり取りのすえ、皐月が渡した掃除道具で英治郎はなんだかんだ言っても鼻唄唄いつつ、シュラインと皐月と共に生クリームの壁の撤去に参加することになった。
 一方、風呂場に洗濯物を持っていったついでに悠宇の姿を見た気がして、そして本人の半脱ぎ状態を見てしまった日和が真っ赤になって、まだ開かないロッカーのところに戻ってくると、今まで台所を静やフランシスと共に片付けていたらしい北斗が、忍にバトンタッチしてやってきた。
「あれ、まだ開かないの? ロッカー」
「あ、ええ、はい」
「どうかしたの? 顔、真っ赤だよ?」
「あ、いえそんなことないです!」
 そして真っ赤な顔してがたがたと開かないロッカーに再び挑戦しはじめる日和。
「そ?」
 北斗は小首を傾げはしたものの、ごすん、とロッカーを一度拳で叩いて、いともあっさりと開けた。
「うわあ、すごい力ですね!」
「開きにくいロッカーはコツもあるんだよ」
 ウィンクする北斗。
 しかし、出てきたものは。
「この古びたコートと帽子、いつの時代の物なんでしょう……祖父の若い頃の写真に、こんなのを着た姿のがありましたけど………しかもパイプや虫眼鏡まで……草間さん、ベーカー街の探偵が憧れでした?」
 慌てて飛んできた武彦が、
「こんなもの知らないぞ! あ、いや待てよ……同窓会に行こうとして結局行けなかったあの時に確か用意したかもしれないな」
 と、奪い返しつつ思い出したようだ。
 同窓会で、一体これを着て何をしようとしたのだろうか。
 これはあとで休憩のときにでも皆に言ってみよう、とか北斗は考えつつ、
「案外ハードボイルド気取って名推理でもしようとか思ってたんじゃないの?」
 とからかう。
「そんなおとなげないことするか!」
「しそうだけどなー」
「しない!」
 武彦はそう言って、丁寧に箪笥にそれを閉まってから、埃で汚れた手を洗いに洗面所に行こうとして、ふと米びつのあたりでごそごそしている忍の姿が目の端にうつった。
「加藤! お前いくら職業が職業だからって貧乏興信所から米を奪おうたあいい度胸だ!」
 掴みかかろうとすると、忍は驚いたように目を見開いていたが、立ち上がって身体をどかしてみせた。
 米びつには、確かに一粒の米もない。
 だが、その隣には綺麗な袋があり、そこに米が移動してあった。
 つまり忍は、米びつを綺麗に掃除していたのだ。
「あー……いや、その」
 武彦は口ごもったが、はや忍のこめかみには、青筋が。
「見損なうな、草間! 私は貧乏人の米びつに手を突っ込むマネはしねえ! ……おっと、言い過ぎましたかね」
 すぐさまいつもの自分を取り戻すあたり、精神が鍛錬されている。
「いや、俺が悪かった。じゃ、引き続き頼む」
 そそくさと武彦が去っていったあと。
 忍は、ズボンのポケットに入れていた手を、そっと取り出した。手の中には、米びつの裏に貼りつけられていた、分厚い封筒。中はもちろん、確認済みだ。
「これはあとで、草間さんに分からないように、零さんに渡しておきましょうか」
 そして、トイレ掃除に移った。
 台所には、フランシスと静とがいたのだが、こちらはある意味、案外といいコンビだった。
 生クリームでべたべたになった手をわざわざ台所で洗いにきた英治郎に、
「でもまぁ、よくここまで汚したねぇ……草間さん、じゃなくて生野さん?」
 と、今回の、綺麗好きな静の許容範囲外の汚さになった興信所の原因作った彼に目だけがコワい笑顔を向けた静であるが、今はむしろフランシスに向けて笑顔の青筋が立とうとしていた。
 なにしろこのフランシス、いらないものを見つけてくるのが得意らしく、どこから見つけ出したのかギターを取り出してはわけの分からない唄を唄ってギターを弾きつつ、シュラインが閉まった冷蔵庫の食べ物を一種類一口ずつだけ食べては放り投げ、食べかすを散らかしていくのだ。
「フランシスさん、そこ今綺麗にしたところなんだけど……流し台で食べてくれないかな?」
「エー!? 流し台で食ったら面白くねーだろ!?」
「流し台で食べてくれないと、僕が面白くないんだ」
 にっこりとした静に、ぶつぶつとフランシスが流し台に行くと。
 そのフランシスの身体が、悲鳴と共に静にくっついてきた。
「今度はどうしたの?」
「アレが! アレが!!」
 フランシスの悲鳴は狭い興信所に響き渡ったらしい。風呂場にいる悠宇と啓を除き、全員が集まってくる。
 そこに、見つけてしまったのだ。
 一匹の、茶羽……ハッキリ言えば、ゴキブリを。
 唯一「それ」がダメなシュラインは、慌てて悲鳴がでかかったのを口を押さえてこらえた。
 そんな彼女の姿を、しっかりとカメラとビデオにおさめた英治郎だが、このとき誰も気づいていない。
「もっといそうだなあ……巣がありそうだよ」
 静が率先して、フランシスに身体の横に抱っこちゃん人形のように抱きつかれたまま、こつこつと掃除機の先のほうでつついている。片手には、早くも殺虫剤が取り出されている。
 そして、ある一点に小さな穴を見つけ、そこに殺虫剤を吹きつけると。
「きゃあ!!!」
 何人かが悲鳴を上げたが、一番高い声は誰のものか。
 無理もない、そこから逃げ出してきたゴキブリ一家数十匹が、恐らくは裏の道を通って流し台の中から出てきたのだから。
 ふ、と静がひきつった笑顔になったのはそのときだ。
「ふ、ふふふふふ……あっはっはっはっはっv」
 頭のどこかが切れたのか。
 静は笑いながら、そうして、流し台から一匹も逃さず、熱湯をすかさずかけながら殺虫剤で駆除したのだった。



●休憩−捕り物帖−●

 0:00前になんとか注連飾りを終え、夜中の2:00頃になって、ようやく全員一段落をつこう、ということで休憩することになった。それでもまだ、半分残った状態だ。
「普通の家でも、結構かかるものね、徹底的にやろうとすると大掃除。こんな狭い興信所だからと思っていたけれど、あれだけモノがあったり汚くなったりしていると侮れないものね」
 シュラインが、主に茶羽に精神力を持っていかれたのか、珍しく疲れた表情で、自分と零とで淹れたお茶を飲む。お茶菓子は皐月と日和が冷蔵庫の中、英治郎が持ち込んだもので怪しくなさそうなものを吟味して用意した。
「さてここで、みんなの疲れをとるための品評会をしようと思うんだけど」
 歓談する全員の話の合間を見計らうようにして、発掘したソファに座っていた北斗が立ち上がる。申し合わせていたらしく、日和も同じく立ち上がった。
 風邪を引いてはいけませんからと、しっかりと武彦のお古ではあるが着替えを着てあったまっている悠宇と啓、そしてシュライン、皐月、フランシス、忍、静、零、英治郎がお茶やお茶菓子の手を止める。武彦だけが、なぜか───長年培われた成果だろうか、いやあな予感がして気持ちを落ち着かせようとひとりお茶をすする。
「まず一品目〜」
 と、北斗が言えば、日和が、ソファの足元に置いてあった箱の中から一つ目を取り出す。
「開かずのロッカーから出てきたもの。ウェディングドレスだ!」
 おお、と全員から声が沸き起こる。武彦が盛大にお茶を吹いた。日和が、真っ白なウェディングドレスを取り出しながら恐る恐る、武彦に言う。
「あの、草間さん。多分尾行の際の変装用にいろんな衣装があるとは思うんですけど……これはどうかと思うんです……」
「いやいや日和さん、多分俺、これ零のお嫁入りの時のための準備かなんかじゃないかって思うんだけどなあ」
「え、そうなんですか北斗さん。でもこれ、最近の流行を外してると思うんですけど……サイズも違うみたいですし……いいのかしら……」
「案外、草間家代々に伝わるウェディングドレスだったりして」
 北斗と日和のやり取りに、耐えかねなくなった武彦である。
「違う! それは、」
 何か弁解をしようとするが、次に出てきたものに悶絶する。
「次の一品は本日の目玉品だぜ! フランシスが見つけた、零の隠し撮り寝顔写真! ……の裏に貼り付けられてた、武彦と美女のラブラブスクープ写真だぜ! しかも結構最近のでない? 写真の状態からして」
 北斗の言葉に、どよどよと写真を回し始める一同と、得意顔で、駄菓子屋でよく売っている玩具を、これもどこから探し出したのかピープー吹いているフランシス。
 確かにその写真には、武彦とそして金髪の美女が、眠そうな武彦の頬にキスしようとしている場面が写っている。
「あら? でもこれ、生野さんによく似ている気がするのだけれど」
 最初、ちょっとだけ顔色が変わったシュラインだが、ようく目を凝らしてみると、やはり、という気がして英治郎を見やる。
 視線が集まったところで、英治郎は笑った。
「あはは、分かっちゃいました? それ、眠り薬で実験したときの武彦に、後々何かに使えるかなーって、燃やしも破りもできない写真として残したものなんです。さすがにホントにキスするなんて、たとえ頬でも気持ち悪いですからね」
「気持ち悪いなんて言葉、生野さんの口から出るとは思わなかった」
 皐月の言う台詞も、よく分かる。
「ねえ、でも……このウェディングドレスは、じゃあ〜……、なんにつかうの、かなぁ……?」
 啓が言うと、再び武彦の頬がひくついた。
「いや、それは……昔ちょっと潜入捜査が必要なときに……」
 もそもそと言い訳をする武彦。
 そのときの武彦の姿を見てみたかったとか言う一同の反応に、もはや一番疲れているかもしれない武彦が、がっくりと肩を落としたとき。
 疲れをなんとか追い払うことができたシュラインが、そうだ、と思い出したようにポケットから封筒を取り出した。
「これ、武彦さん。何かの依頼で頂いたお金じゃないかしら? 中に結構な額のお金が入っているの。生クリームの壁を掃除していたとき、皐月さんと見つけたのよ」
「え?」
 武彦が身を乗り出すと、「そういえば僕も」と、静が宝石のついた指輪を取り出す。
「これも、なんだろうって思って。流し台を綺麗に洗ってたら、一部開くところがあって……こんなものが出てきたよ」
「どっちも覚えがないなあ」
 武彦と零が、顔を見合わせて首をひねる。
 忍が、米びつの裏にあったという分厚い封筒と、そしてトイレの壁の隙間やら興信所のあちこちから出てきたという、様々な貴重品(宝石類)やら現金の入った封筒やらを、今出してもいいだろうと判断してテーブルの上、お茶やお茶菓子の間に出してみせた。
「こんなに……なんかヘンじゃないか?」
 悠宇が、首をひねる。
「誰かが隠していった……とか、考えられませんか?」
 そう、例えば泥棒とかが、草間さんに挑戦も兼ねて。
 忍がそう言うと、いったん静まり返った一同だったが、一斉に、最近の記事やら書類やらをひっくり返して調べ始めた。
 大掃除して整理がついていたので、見つけるのがわりと早かった。
 確かにここ一年で、少しずつ盗品があったという貴金属店や盗みが入ったという金持ちの家やらの記事が日を置いて載っている。しかしまだ、犯人は捕まっていないということと、そして、つい数日前に、「除夜の鐘が鳴る日の明け方に東京中で一番片付いていないところから隠しておいた盗品類を収集し、日本からおさらばする」と、あまり綺麗な字ではない文字で書かれた犯人と思われる表明もあった、と新聞の記事にあった。
「そういや、こんなこともあったなあ」
 のんびり言う武彦に、
「それってここのことじゃない?」
 と、このメンバーの中で一番興信所事情を知っているシュラインの一言。
 確かに───英治郎のことで汚くなったとはいえ、元から一番片付いていなかったかも……しれない。
 そうでなくても、その犯人の知る中で一番片付いていない場所、かもしれない。
「武彦は変なところで顔が広いですからねえ」
 お茶をすする、英治郎。お前が言うな、と武彦が蹴りの真似だけしてみせるが、確かに否定は出来ない。英治郎という、目の前に生きた証人がいる限り。
「犯人がいつとりに来るか、よね」
 皐月が腕組みをする。
「泥棒が相手ですか。確かに腕が鳴りますね」
 忍も微笑む。彼も泥棒と知る者は、この中で何人いることだろう。
 そのときである。
 外に繋いでいたバドが吼えるのが聞こえた。
「足音がする。慌ててこの興信所から遠ざかってくわ」
 耳が異常なまでに良いシュラインが、耳をすませてそう言うと、
 わっと一同が、示し合わせたように興信所から駆け出した。
 ───英治郎と零だけを、残して。
「留守番はしっかりしていませんとね♪」
「はい。私は、生野さんが何かしでかさないかのお目付け役です」
 これ以上する気はありませんよ、と英治郎は微笑み、お茶を飲むのだった。



「こちら羽角悠宇と九竜啓、そして初瀬日和! 犯人らしき人影がB地区に周った、バドが吼えてたから間違いないと思う!」
 携帯に向かって悠宇が言うと、B地区に周り込んでいたシュラインと皐月、忍が応答する。
「発見したけど、意外に足が早いわ。C地区とA地区からも回り込んで、D地区にある空き地に追い込みましょう」
 C地区にはフランシス、そして静と北斗がいる。彼らにも伝えると、日ごろから皆依頼をこなしている成果だろうか、うまい具合に犯人を空き地に追い詰めることが出来た。
 そろそろ明け方も近くなってきた頃である。
 空き地の、更に解体途中のビルに犯人は逃げ込み、3班に分かれていた9人は三方向から分かれてビルに入った───途端。
 しゅう、と立ち込めていた煙を吸い込んでしまった。
 しまった、と思ったときにはくたくたと身体の力が抜けている。
 犯人の顔も見られぬまま、逃してしまうのか───そう思った時。
「こんなことだろうと思いましたよ。泥棒の常識ですね、けれどまだあなたは未熟なようだ」
 驚いた犯人がガスマスクをつけたまま振り仰ぐと、解体したビルの中、その鉄線のひとつに、身体機能の発達している彼だからこそだったのだが───そこに立っている忍を見つけた。無論その間、忍は息を止めたままだ。
 ビルの中に入った瞬間に、高い鉄線に飛び移ったのだ。
「これとガスマスク、交換しませんか?」
 そして、
 いつの間に犯人からかすめとったのか。
 忍は、犯人のズボンのベルトとボタン、そしてパスポートを手品のトランプを開くように、掌を広げて見せたのだった。



■年越しの幸せ花火■

 犯人はなす術もなく忍に捕らえられ、「あいつも泥棒だ!」とわめきながら警察に引き渡された。恐らく、どこかで忍と顔を合わせたことがあったのかもしれないが、忍のほうがはるかにうわてだったというわけだ。
 警察がその言葉を信じるはずもなく、そうして忍の報告を受けて、興信所前で待機していた武彦と英治郎が車で駆けつけて全員を二台の車に分けて乗せ、興信所に連れ帰り───、
 何時間が、過ぎただろう。
 忍は仮眠を取っていて、徐々に起き出してきた全員は、既に大晦日の夜の7:00になって、紅白歌合戦がテレビで始まっていることに気がついたのだった。
 ことの顛末を聞いてから、ひとまず盗品も忍や武彦達が警察に渡したと分かって一安心すると、大掃除の詰めに入った。
「一年お疲れ様」
 言いながら、シュラインは丁寧に、愛情をこめて興信所の備品に一声一声かけながら、仕上げも兼ねて拭いてやっている。武彦の椅子のカバーの下や合わせ部分も新しく縫ったり、引き出しの裏や出した後の引き出し空間上や奥、そして側面などに何かが引っかかっていないかなど、実に細部に渡って確認して、彼女の掃除は終わった。
 台所では、こちらも自分の分担が終わった皐月が、啓と日和に手伝ってもらって人数分の年越し蕎麦を作っている。これは、年越し蕎麦が普通のものになるようにと英治郎を警戒しながらのことだったが。
「探偵だったら証拠を押さえるために写真の撮り方も勉強したほうがいいんじゃないの? コンパクトカメラだって使い方おさえればいいのが撮れるよ?」
 と、こちらも自分の分担を終えて最後にテーブルを拭きながら、悠宇が、武彦になにやら写真の撮り方のレクチャーをしている。
「んー、結局その、何時もの如く怪しげな胡椒瓶と武彦が探してる『何か』を見つければいいのかと思ってたけど、見つからなかったな」
 それでも、かなり綺麗な興信所に移り変わっている中を探している北斗。ふと、季節はずれの扇風機なんてものを見つけてしまい、そちらに気が向いている。
「そういえば、せめてどのくらいの大きさのモノなのか教えてくれないと……間違えてゴミに出してしまったかもしれないよ?」
 静が、分担を終えてからシュラインの作っているおせち料理の味見を手伝いながら、ふとそんな恐ろしいことを言う。
「参ったな、あれが見つからないと……いや、もう時間がくるし、新しく工面するか……」
 でも何日もかかるしなあ、とつぶやいているところへ、北斗が扇風機の足、横の部分が開くことに気づいて「それ」を取り出してみている。
「『透明産』? とかいうやつも……見つけないとぉ、年越しの瞬間に……爆発なんてことになったら……大変、だよね〜……」
 啓が、転びそうになりながら年越し蕎麦をテーブルに運んでいく。
 そこで、はたと皐月の、蕎麦をよそう手が止まった。
「まさか。まさか生野さん」
「はい、なんでしょう由良さん」
 にっこりと、紅白歌合戦のラストの唄を見ながら、英治郎。その首根っこを掴んで、皐月は真顔で尋ねた。
「……その『透明産』て、胡椒瓶、よね。今なんか、凄く嫌な予感がしたんだけど……興信所の胡椒瓶とは違う外観よね。ね? 違うと言って!」
「同じです」
 どぎっぱりと、英治郎。
 追い討ちをかけるかのように、静が「そうだ」と顔を上げる。
「そういえば僕、流し台洗っているときに胡椒瓶、出ていたから棚に閉まった記憶があるよ。その時はゴム手袋してたけど」
「そのゴム手袋って、これ?」
 シュラインが、台の上に丁寧にたたんであった、半分以上が消えかかっているゴム手袋の片方をつまむ。
「そうです」
 静がうなずくと。
 何か面白いものはないかと棚をごそごそやっていたフランシスが、「それ」を見つけてしまった。
「ギャーーーーーーーッ!!! ヘルプミー!! ヘルプミー!!」
 フランシス、本日二度目の悲鳴は(一度目は、半ば冗談ぽかったと今思い出せば思えるのだが)。
 フランシスの手が「その胡椒瓶」を掴んだまま、透明になっていくからだった。
 啓がちょうど、全員分の年越し蕎麦を運び終え、外のバドにも少しだけおすそわけ、と、そばの部分だけをあげて戻ってきたときに、
 全員が、そのシュールな姿を見てしまった。
 哀しいかな、フランシスはその自分の能力、隠されたものを探し出すものが原因だったのか単に運が悪かったのか───『透明産』を見つけてしまったのだった。
「Oh My God !! Help Me Hell !! とか言わないんですか?」
 にこにこ顔の英治郎、どこまでフランシスの「情報」を知っているのか。その特殊な背景がゆえ、決定的に弱い言葉を言われてしまったフランシス、三度目の悲鳴をあげ、気絶した。
「あ、棚のものが結構消えてる……けど、ここでわりとおとなしくしてたのね」
 シュラインが冷静に、棚の中を確かめている。
 一方フランシスの状態を心配している日和や零、啓達に、
「心配ありませんよ。もうすぐ年越しですから」
 と、英治郎。
「爆発するんでしたか?」
 こちらも性格柄か、冷静な忍は席についている。
「避難するか」
 悠宇が逃げ腰になるが、
「もう遅いぞ……」
 諦め顔の武彦が言い、

 ゴォォォー…………ン

 どこかで新年を告げる最後の除夜の鐘の音、百八つ目が、鳴った。
 途端、

 パアァァァァァン!!!!!

 フランシスの透明になった手が持っていた『透明産』が、一度光の束になってクラッカーを鳴らしたときのように天井に向かってはじけ、天井を穴も開けずに突き抜け───その効果か、天井の一部だけが透明になり、興信所の上の階に重なっていない部分だったので夜空が見えた───その夜空で再びパーンと花火のように弾け、光の粒が人数分、武彦達の元に戻ってきた。
 光はふわふわと皆のてのひらの中にうずくまり、淡い、ランプの灯火のような様々な色を次々に発しながらビー玉のようになった。
 透明になった部分の天井から、年越しの月が見える。星空が見える。
「なあなあ武彦、これって誰かへの贈り物?」
 からかい気味に、扇風機の開いた部分から出てきたものを持ってきた北斗の持っているものを見た武彦は、再び驚くことになった。
「あっ! 北斗それ、どこにあった!?」
「え? いや、そこの扇風機の隠し穴みたいなトコ」
「これだよこれ! 『今日』じゃなくちゃダメだったんだ! ありがとな北斗!」
「あ、ああ」
 からかおうとした材料が、実は武彦の探し物だったと分かり、抱きつかれた北斗は微妙な笑みを返す。
「生野さん、種明かしをお願いしてもいいかしら? 皆も、年越し蕎麦を食べましょ? さめちゃうから」
 半ば謎が解けたような顔をして微笑むシュラインが、悪戯っぽそうな瞳で英治郎を見る。
 英治郎は、全員が席に着くのを見届けてから、「もとより、そのつもりですよ」とこちらも悪戯っぽく微笑んだ。
「『透明産』の本当の正体は、皆さんが今それぞれに持っている『夢の玉』、通称『淡雪玉』です。淡雪のような感触でふわふわしていて、それでいてビー玉のようでしょう? 色も次々に変わるようにするには、結構大変な苦労だったんですよ。触ったものが透明になるのは、弾けて『本当の姿』になるまでのオプションですので、消滅するまでの間に弾けたのなら、それは元に戻ります。だから、フランシスさんの手もほら、今は元通りでしょう?」
 本当だ、と全員がうなずく。
 いつの間にやらこちらも意識を取り戻して年越し蕎麦を前にしていたフランシスの手が、見る間に目に映ってくる。まあ、棚の中のものやらは消えてしまっただろうが仕方あるまい。
「これは、私から皆さんへのお年玉です。この『淡雪玉』は、ひとつだけ、かなえたい夢をなんでもかなえることが出来るんです。ただし、純粋な夢だけですけれどね」
「なんだか、生野さんらしくない発明品ね」
 皐月がもっともなことを言うと、
「でも、それまで苦労させられたところが生野さんらしいです」
 と、こちらももっともらしいことを言う、日和である。
「何が純粋な夢なのかは、その夢がかなえば純粋な夢、かなわなければ純粋ではなかった夢なので次の夢のために玉のまま、消えることはありません」
 英治郎はそう言って、さて、と箸に手をつける。
「シュラインさんの言うとおり、さめてしまいますし、食べましょうか」
「あ、待て待て」
 その前に、と、武彦が待ったをかける。
「探し物を見つけたんだ」
 え!? と、北斗以外、全員驚きの視線が武彦の手元に集まる。
 それは、小さなお年玉の袋と、葉書より少し大きめのサイズの可愛らしくラッピングされた包み。それを、武彦は零に渡した。
「去年も一年間、ありがとうな、零。お年玉と、ささやかな贈り物だ」
「え? 兄さんの探し物って、わたしへのプレゼントだったんですか?」
「ああ。開けてみてくれ」
 驚きながらも零が開けると。
 武彦と零とが微笑みあっている、見ていて暖かくなるような写真が入った、可愛らしいフォトスタンドが出てきた。
「まあ……お年玉は、少なくて悪いんだが」
 このフォトスタンドを、武彦は苦労して、女の子が買うような店に行って買ったらしい。それを想像すると、どこか微笑ましくて知らず笑みがこぼれる一同なのだった。
「こんな写真、いつの間にとったんですか?」
「いやあその、知り合いの腕のいいカメラマンに頼んで、家族写真らしい、いい写真が撮れるまで何日でもはりついてていいぞって言っといたんだ」
 武彦の頬は、真っ赤になっている。そんな武彦が可愛く、改めて愛しく思えてしまうシュラインの視線に気づいたのか、武彦はコホンと咳払いをして箸を手に取る。
「嬉しいです、ありがとうございます、兄さん!」
「うわ、抱きつくな零! 蕎麦がこぼれる!」
 そんな兄妹達を見ながら、全員は声をそろえて、夜空に向けて言うのだった。

 ───明けましておめでとう!!



 後日、「2005年・草間興信所大掃除記念アルバム」と称した写真集、そしてビデオが全員に贈られたのも、
 言うまでもないこと、であろう。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
5515/フランシス・ー (フランシス・ー)/男性/85歳/映画館”Carpe Diem”館長
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
5698/梧・北斗 (あおぎり・ほくと)/男性/17歳/退魔師兼高校生
5201/九竜・啓 (くりゅう・あきら)/男性/17歳/高校生&陰陽師
5745/加藤・忍 (かとう・しのぶ)/男性/25歳/泥棒
5566/菊坂・静 (きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第19弾です。
今回は、大掃除ネタ、年越しネタでした。皆さんのプレイングを見ていて、グループ別にも確かに出来るけれど流れ的にぶつぶつ切れる感じになってしまうし、一度全部書いてみよう、そのほうがテンポよく読めるかもしれないと書いてみましたが、正解だったようですv
そしてまた、皆さんのプレイングによって出来たエピソードもそれぞれありまして。裏話もまたたくさん出てきそうで、そちらもまた書いてみたくもあります(*^-^*)
「透明産」=「淡雪玉」は今回、アイテムとして皆さんにプレゼントされているはずですので、ご確認くださいね。今回の受難は、ちょっといつもよりもほのぼのなオチにしてみましたが、かえって不満足だった方がいらっしゃいましたらすみませんです; また、あけおめノベルのオチとか年末モノのオチと少しリンクしている部分がありますが、東圭の気分というか趣味なのでお気にせずv
また、今回は個別の部分はなく、文章はすべて統一されています。御了承くださいませ。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 草間氏の探し物は、半分当たっていました。真面目に丁寧に大掃除をして下さったシュラインさんは、やっぱり興信所の所長に相応しいな、と色々な意味で実感したノベルになりましたv
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 草間氏の探し物、ビンゴでした。贈り物とお年玉、両方書いてくるとは思わなかったのでちょっとびっくりしていた東圭です(笑) 心配していた「胡椒瓶」、お約束でしたがあんな感じでした。生クリームの壁では……すみません(爆)。
■フランシス・ー様:初のご参加、有り難うございますv フランシスさんにはせっかくこんな能力もあるのだし、と、トリの(?)探し物のひとつを見つける役をして頂きました。ぶっちゃけあまり能力とは関係ないかもしれませんが、人徳ということでお赦しください(笑) 実際ゴのつくものはフランシスさんは大丈夫だと思っている東圭ですが、実際にはどうなのかとても知りたいです。プレイングにありました唄は著作権の問題で明確に書くことが出来ず、すみません;
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は写真は生野氏担当となった分、二枚重ねの怪しい(?)写真を見つけることになったのですが、結局零嬢の隠し撮り写真は草間氏のカメラテストだった、というオチでご了承頂ければと思います(笑)。生クリームでは……すみませんでした(爆)。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 愛犬バドはPCではなかったので生クリームの壁発見くらいしか活躍(?)させてあげられませんでしたが、お風呂場では……悠宇さん共々色々な意味ですみません(爆)。きっとあのあと二人きりになったら一言も喋れなかったのではないか、と想像しているのですが如何なものでしょう。しかし、開かずのロッカー……本当に興信所にありそうです(笑)。
■梧・北斗様:いつもご参加、有り難うございますv 怪盗、ということで少し抜けた部分もある、というプレイングも活かさせていただきましたが、如何でしたでしょうか。最後、秋刀魚でオチ───は、ちょっと抜けさせすぎたかな、と心配なところではありますが;なんとなく蓮さんといいコンビになりそうな感じを受けました。
■九竜・啓様:初のご参加、有り難うございますv 口調が一番心配でしたが、許容範囲内でしたでしょうか。啓さんには主に、皆さんのサポートをして頂こうと思っていたのですが、生クリームに突撃なことになってしまいまして……申し訳ありません;なんとなく、「これ」に巻き込まれるなら、ぽややんとした可愛らしい啓さんかな、と思っていましたので……興信所内をとてとてと、転びそうになりつつもお掃除を頑張ってくださる啓さんの姿を想像すると可愛らしくてつい微笑んでいた東圭でした(笑)。
■加藤・忍様:続けてのご参加、有り難うございますv 今回の忍さんのプレイングから出てきたエピソードでは、やはり格の違いということで忍さんが犯人(泥棒)を捕まえた、ということなのですが、実際忍さんのような泥棒がいたらカッコいいだろうなといつも思っております(笑)。米びつの件では、草間氏との会話らしい会話が繰り広げられて、書いていて微笑ましかったです。
■菊坂・静様:いつもご参加、有り難うございますv 使ってしまいました、ゴのつく茶羽の出番(爆)。しかも一家総出ということになってしまって、静さんの駆除の様が目に見えるようで、静さんの真価(?)が恐らく一番発揮されたのではないかと錯覚してしまったくらいです。胡椒瓶(透明産)を片付ける時には、静さんならきっとゴム手袋は台所掃除なのだからしているだろう、と連想したすえのことでしたので、静さんの手は無事にすみました(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏、そして皆様にも提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。
次回受難シリーズはもうここまできてしまったかの第20弾ですが、未来ものみたいなものを考えています。これだけで予想のつく方が何人かいそうですけれども(笑)。近々(今年中)にサンプルUP予定ですので、楽しみにしていてくださいねv

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/12/17 Makito Touko