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<クリスマス・聖なる夜の物語2005>


ひかり消えゆく聖夜に

 薄く闇がまだ漂う部屋の中、聞き覚えのある呼び出し音が延々と鳴らされている。
 ――俺の携帯……。
 ベッドの中でルーカ・バルトロメオは片目だけ明けて枕元の時計を見た。
 ――何処のニワトリだよ。夜も明けてねぇ……。
 呼び出し音から言ってルーカの働くカラビニエリからの連絡ではない。
 あれはプライベートの相手からに設定した音だ。
 ある程度呼び出しが続けば自動応答に切り替わり、出られない旨のメッセージが流れるのだが、数分を置いて何度も携帯が鳴らされていた。
 音の方向から、携帯電話は昨夜椅子の上に脱ぎ捨てたジャケットのポケットから鳴っているようだった。
 温かなベッドを出て、冷えた床を裸足で歩かされるのは勘弁して欲しい。
 呼び出し音はまだ続いている。
 ルーカはカラビニエリの美術遺産保護部隊に属する特務捜査官で、日本・中国などのアジアを担当している。
 不正流出したイタリアの美術品を保護・回収するのが主な仕事だが、魔術ソサエティ<矢車菊の守り手>に属する魔術師として魔術がらみの事件に立ち会う事も多い。
 昨夜はようやく一つの事件が解決し、報告書作成も終って久しぶりに自分のベッドで眠れたのだ。
 ――いい加減諦めろよ。何度かけても出ねぇって……。
 ルーカは枕を頭の上に置いて携帯の音を遮り、再び眠ろうとした。
 が、ふと友人――と呼ぶのも不本意な相手だ……の顔が思考をよぎる。
 ――アイツじゃ出るまでかけ続けそうだ。いや、これだけ迷惑な奴はアイツしか思いつかねぇ。
 のろのろとベッドから降りてジャケットの懐を探り、ルーカは額にかかる長めの金髪を手でかき上げながら携帯に出た。
 Tシャツからむき出しの腕が寒い。
 予想通り低く良く通る声が耳に響く。
「おはよう、ルー」
「……言いたいのはそれだけか? 切るぞ。おやすみ」
 不機嫌も極まっているのだが、ルーカはそれ以上に眠気で支配されていて、応対が極簡潔になっている。
「待て、ルー。君は全てにおいて答えを急ぎすぎる所があるな。
クリスマスの予定は入っているか?」
「クリスマス?」
 質問の意図が読めず、ルーカはカレンダーに視線を投げた。
 もう明日はクリスマス・イブだ。
 連日の捜査でクリスマスが近付いているのもどこか他人事だったのだ。
 幸いと言うべきか、今は恋人もいないので相手に寂しい思いをさせずに済んでいる。
「予定が無いなら星辰館に来ないか?
近くには大きな洋上ツリーもあるし、ゆっくり観光すれば良い」
 星辰館は魔術ソサエティにも縁の深い洋館だ。
 部屋数は少ないが、夜景が美しく見える事や出されるシーフード料理が評判で、この季節は予約でいっぱいのはずだ。
「どうせお前の代わりに調査でもしろって言うんだろ。他当れよ」
 ルーカは再びベッドに横たわり、呆れて言った。
 星辰館は日本で、今ルーカがいるこの部屋はローマなのだ。
「ハハ、まあ観光もできるし良いじゃないか」
 ――やっぱり調査なのかよ!
 小さく舌打ちしたルーカの反応は無視して相手は言葉を続ける。
「エア・チケットはこちらで手配しておくよ。
夜刀君にも声を掛けておいたから、久しぶりに会うと良い」
 伏見夜刀とルーカが知り合ったのは六年以上前になる。
 当時は子供だった夜刀も今では青年と呼ばれる年齢に達しており、少しずつではあったが魔術師として成長している。
 ――まあ、夜刀に会うのも悪くないか。
 起きるつもりで眼鏡を鼻に乗せたルーカが聞いた。
「で、いつの便手配するんだ?」
 度は入っていないが、強すぎる魔力を制御できるよう作られた一種の魔術媒介だ。
「今日の昼便」
「今日かよ!」
 携帯の向こうで悪びれず相手は笑った。
「早く来ないとクリスマスに間に合わないからね」
 ――ゆっくり観光してる暇なんてあんのか!
 ルーカは片付く暇のない部屋を見渡して暗い気持ちになった。
 寝るだけに戻る部屋でも、せめて時間ができたら掃除をしたかったのだが。
「チケット・ナンバーはメール出しておくよ。日本でまた会おう、ルー」
「お前には会いたくない」
 ルーカ通話を打ち切り、とりあえず乾いた喉に珈琲を注ぐべくキッチンに立った。


 星辰館に続く坂道を歩きながら、ルーカは振り返って坂の下の景色を眺めた。
 夕暮れの海から空へ、藍から紫がかった柔らかな闇が広がっている。
 その中で、海のそばに立てられたツリーがきらめく光をまとって輝いていた。
 海をすぐ近くに臨む山の中腹に建てられた星辰館は小さな洋館で、白い壁と青緑色の屋根が爽やかなコントラストを見せる建物だ。
 ――夜刀の奴ここまでちゃんと来れるのか? アイツ肝心な所ぼんやりだからなぁ。
 程良く暖房の効いたロビーで時間をつぶしながらルーカは思った。
 星辰館に直接向かわせる、と聞いていたのだがまだ夜刀は現われない。
 オーナーは懇意にしている相手なので、忙しい今の時間無理に引き止めるのも気の毒だったので、夜刀には自分から説明すると言っておいた。
 静かに流れるクラッシック・ジャズのクリスマス・ソングに耳を傾けながら、ルーカはオーナーから聞かされた話を整理する。
 星辰館の由来は、地上の星座である夜景や夜空の星を見られる館という意味はもちろん、離れになった建物が大きく関係している。
 丸屋根を頂いた円筒形の建物内部には、プラネタリウムのように星座が光で示されている。
 しかしプラネタリウムと異なる点は、星座の輝きを光ではなく魔力によって形作っている事だ。
 建物に入った人間が何らかの魔力を持った者ならば、それに反応し星は強く輝く。
 だが最近、一つだけ示されない星が現われてしまった。
 おおいぬ座シリウス。太陽を除く恒星の中で一番明るい星。
 その原因を追究・解決するのが今回の二人の仕事だ。
 潜在魔力の大きいルーカと、魔力感知に長けた夜刀が選ばれたのはそのためだ。
 と、ルーカは思った。
 決してあの電話に男――友人とは言いたくない……に仕事を押し付けられたのだとは考えたくなかった。
 ――けどなぁ。夜刀が来ないんじゃどうしようもねぇな……。
 星辰館では二人の食事も用意してくれていたが、一人で先に夕食というのもあまり気が進まない。
 と、入り口を青年が身を屈め入ってきた。
「……お、遅くなりました。ルーカさん……お久しぶりです」
 夜刀は息を荒く弾ませ、顔も寒さで赤く、マフラーに押し込まれた長い黒髪もはねていた。
「よお。迷ったのか?」
 目の前の椅子を勧めると夜刀は素直に座った。
「……坂道の上と聞いてたんですが、この辺り坂が多くて、それで」
 夜刀は上品な黒のロングコートを着ていた。
 ――黒は魔術師の色、か。
 温かな室内ではそのコートがかえって暑そうに見える。
「とりあえずそのコート脱いだらどうだ?」
「あ、はい」
 夜刀は焦りながらマフラーとコートを脱ぎ、隣のソファに置いた。
 それでもきちんと畳む所が行儀良くしつけられた夜刀らしい。
 その仕草は背の高い今でも夜刀の子供の頃を彷彿とさせて、ルーカの瞳には微笑ましく映った。 
 ――こうしてると子供の頃と変わんねぇな。
「……詳しい事は、ルーカさんから聞くように言われたんですけど」
 ――アイツ、ホントに手ぇ抜きやがって!
 ルーカは眼鏡の奥で眉を寄せ、組んでいた足を解いて立ち上がった。
「ああ、そうだな……ま、実物見るのが手っ取り早くて良いか」
 中庭を横切り、二人は離れへと歩いて行った。
 一通りルーカが説明したが、魔力によって建物自体に細工が施されたものを見るのは夜刀も初めてだ。
 木々の奥、夜目にも白い壁がはっきりと見える。
 オーナーから借りた鍵でルーカは扉を開いた。
「照明は点けないから、足元気を付けろよ。段差あるから」
「……はい」
 二人が建物の中に足を進めると、まわりの壁が燐光を放ちだす。
 足元がより強く光り、室内を満たしていく。
 二人の魔力に反応しているのだ。
「夜刀、上を見ろ」
「星が……!」
 半球になった天井いっぱいに星が輝いている。
「星は読めるか?」
「ええ、これは……冬の星座を描いているんですよね」
 夜空に放り出されたような浮遊感が治まると、確かにシリウスだけが消えている。
 ――シリウス……『焼き焦がすもの』。不穏だな。
 わずかだが、何か肌を焦がすような違和感が建物の中に入ってからずっと続いている。
 ――シリウスはまだここにいる。しかし、何処にいるんだ?
「アレクシエルを呼ぶ。少し下がってくれ」
 夜刀が離れたのを目で追って、ルーカは眼鏡を外しスーツの上着へと滑らせた。
 魔術ソサエティ<矢車菊の守り手>の中で、<白鍵騎士団>所属『白の第二鍵』にだけ召喚が許された存在、アレクシエル――その姿は大きな翼を持つ天使に酷似しているが、実の所は定かでない。
 はっきりしているのは、アレクシエルが絶大な力を持つ存在だという事だ。
「……我は、汝を召喚す。
我が同胞にして最愛の隣人アレクシエルよ、至高の天主よりの力を持ちて我は力をこめ汝に命ず。
彷徨える羊飼いの杖。
六番目の指を持つ子供。
泉に落ちる乙女の髪。
安寧にまどろむ緑滴るかの地の名により。
絶対封魔の護り手シャンク・ランク、デルエル、および全ての翼あるものの名によりて。
および白鍵騎士団における第二騎長・滅紫ヴォズハーンの名によりて……」
 よどみなく詠唱を続けるルーカの目で、空間が一点を目指して凝縮されていく。
「ここに汝、アレクシエルを召喚す!」
 ルーカの頭上に白い翼を広げたものが実体化した。
 確かに天使の姿に似ているが、まとった雰囲気は決して優しいものではなく、むしろ心弱き存在を全て否定するような荒々しさを持っている。
 それがアレクシエル、白の第二鍵であるルーカだけに従う存在だった。
 アレクシエルは冷ややかな瞳で周りを一瞥し、シリウスの星のあるべき位置に視線を固定した。
 ――アレクシエルにも感知されるか。
 ルーカは夜刀を呼び寄せた。
「この建物の中からシリウスは消えていない。
原因はわからないが、この場にある魔力で擬似的な命を得たようだ。
夜刀はシリウスがどこにいるのか探れ。俺が捕まえる」
 緊張した面持ちで夜刀は頷いた。
「……わかりました」
 そして瞳を閉じて精神を集中する。
 夜刀の邪魔をしないように気を配りながら、ルーカは懐から短剣を取り出して構えた。
 白銀の短剣は魔力付与されており、魔力を帯びたものにも有効だ。
 沈黙の中、鼓動だけが聞こえる。
 その静寂を破ったのは夜刀だった。
「……来ます! 上からです!!」
「アレクシエル!」
 大型犬ほどの大きさの獣が天井から駆け下りてきた。
 夜刀を狙ったその牙をアレクシエルの翼で守り、ルーカは素早く踏み込んで短剣をなぎ払った。
 ――星屑風情が何で実体化してるってんだ? 闘わずに済む方法はねぇのか……。
 対峙した獣、シリウスは灰色の炎をまとい、じりじりと二人に迫ってくる。
「……夜刀、アイツを探れるか? 時間は俺が稼ぐ」
「やってみます」
 その声にルーカはシリウスの前に立ち、噛み付いてきた一瞬を逃さず首を押さえた。
 牙と爪がルーカの服と皮膚を切り裂くが、アレクシエルの加護『リジェネーション』が発動し傷がふさがってゆく。
 とはいえ傷付けられる痛みは変わらないので、そう長い間はシリウスを押さえられない。
 夜刀の心に、ある衝動が感じられた。
 ――全てを消し去りたい。
   焼き尽くして、無かった事にしたい。
 それはシリウス自身が自ら願った事ではなく、ここをかつて訪れたある女性の想いだった。
 その女性は自分に魔力がある事も、またそれほどに強い願いを抱いていた事も自身では気付いていなかったのだろう。
 ただ、取り残された想いを拾い上げたシリウスだけが、その願いを叶えた。
 行き場の無い想いだけが、ここに取り残されていたのだ。
 誰かに消してもらうために。
「……あなたが僕らを襲っても……それは、意味が無いんですよ」
 夜刀がそう話しかけても、純然たる衝動の化身であるシリウスには通じない。
 ――壊すしかないのか。
「話してわかんねぇなら……俺がその我執、壊してやる」
 ルーカはシリウスに向かって再び短剣を構え、襲い掛かる爪も構わず深く突き刺した。 
 そして暴れる獣を抱きしめて囁いた。
「空に帰りな」
 その一言で短剣からシリウスは蒼い粒子なり、再び天井へと戻って行った。
 プロキオン、ベテルギウス、リゲル……そしてシリウス。
 あるべき場所で輝くシリウスは一際強く光を放っている。
 アレクシエルを天界へと戻したルーカは、ぼろぼろになったスーツに気が付いて肩を落とした。
 着ていたスーツはまだそれほど袖を通していなかったのだ。 
 ――経費で請求してやろうか。
 眼鏡をかけて髪をかき上げるルーカに、夜刀が心配そうに駆け寄った。
「ルーカさん、大丈夫ですか!? 傷、痛みませんか!?」
 リジェネーションで大方の傷は塞がっているので、服が修復不可能な以外は問題ない。
 今では自分よりも背の大きな夜刀が取り乱しているのがおかしくて、ルーカは笑った。
 ――頼りがいのある奴になったと思ったが、根本的な所は変わんねぇか。
「心配すんなよ」
 そう言ってルーカは夜刀の頭を撫でた。
 ――子供扱いすると怒る所が可愛いって言うと、また怒るんだろうな。
 最初は素直に頭を撫でられていた夜刀だったが、ルーカが面白がっているのに気付いて頬を膨らませた。
 機嫌を損ね、先になって建物を出る夜刀を追いながらルーカは言った。
「飯済ませて、今度は本物の星でも見に行こう」
 

 星辰館での夕食後、ルーカと夜刀の二人はクリスマスツリーの前にいた。
もうすぐ消灯のカウントダウンが始まる事もあってか、ツリーのまわりには大勢の見物客が集まっている。
 間近で見るツリーは大きく、にぎやかな雰囲気に身を置くのも悪くないと思わせる。
 ルーカはホットワインとコーンスープを買い、スープの方を夜刀に渡した。
「未成年にはスープな」
「……わかってますよ」
 ――そういえば夜刀って酒飲めたっけ?
   ホットワインなんて酒の内に入らねぇ気もするけどな。
 赤ワインとフルーツ、スパイスの香りが効いたその温かさは、カウントダウンが始まるまでルーカの指先を温めた。
 ふと隣に立つ夜刀を見ると、思いつめるような表情でマフラーに顔を埋めていた。
「……夜刀、さっきのシリウス、『自分にもう少し力があれば、もっと別の解決法があったんじゃないか』って思ってるのか?」
 夜刀は一瞬言葉に詰まったが、頷いた。
「……はい。僕はやっぱり、まだ働きかける力が足りないのかなって……」
 そう考えてしまう気持ちもわかるが、過ぎてしまった事柄はもう二度と返る事は無い。
 ただひたすらに、最善だと思う選択肢を真剣に選び続けるしかないのだ。
「俺はあの時、シリウスを壊してやるのが最善だと思った。
俺に出来る事の中でだ。
出来ない事まで選択の範囲に入れるのは、時間の無駄だ。夜刀」
 厳しい言葉に夜刀は再び俯く。
「けど、選択肢を広げる原動力になるのは、悔しいと思う気持ちだ。
今の自分に満足してるようじゃ、きっと何も変わらない」
 そこまで言ってルーカは表情を変え、夜刀の肩を明るく叩いた。
「ま、済んだ事はどうしようもないって事だ。
ホラ、カウントダウンが始まるぞ」
カウントダウンを告げる声が響いた。
「……3、2、1!!」
 ツリーの明かりが消されると同時に港に停泊している船から汽笛が鳴り、花火が打ち上げられる。
 花火を見上げるように夜空へ視線を上げると、頬に小さく冷たいものが触れた。
「……雪だ。それに、花火も。冬の花火って……何だか不思議な感じですね」
 明るい表情が戻った夜刀にルーカは安心した。
「……ルーカさん」
「ん?」
 花火の音に紛れそうな小さな声だったが、しっかりとした意志を感じてルーカは夜刀の方を向いた。
「ありがとうございます……僕は、すぐに立ち止まってしまいますね……」
 ――俺だって立ち止まる時が無い訳じゃない。誰だってそうなんだ。
「それで良いんじゃないのか?」
 二人はしばらくの間黙って冬の夜空に散る花火の光を見つめ、その雪雲の上に広がる星の光を思い描いた。
 

(終)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【 5653 / 伏見・夜刀 / 男性 / 19歳 / 魔術師見習、兼、助手  】
【 5951/ ルーカ・バルトロメオ / 男性 / 33歳 / カラビニエリ・美術遺産保護部隊隊員 】

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■         ライター通信          ■
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ルーカ・バルトロメオ様
ご注文ありがとうございました!
初めて動かすこともあり、いろいろと悩みましたが楽しく書かせて頂きました。
結構面倒見のいい人になっています。
もっとこう、罵声をまじえる人のイメージを当初持っていたのですが(笑)
同じくご参加下さいました伏見夜刀様とは同じ内容ながらも、視点を変えて描写していますのでお時間ありましたらそちらも御覧頂ければと思います。
口調や表現で気になる部分、訂正がありましたら遠慮なくお申し付け下さいね。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。