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<東京怪談ノベル(シングル)>


「強きもの」



土埃を巻き上げた濁った風が冷たく吹き荒ぶ。然し内臓まで激しい熱を持ち始めた火照った素肌は冷える事無く、所々に赤い傷跡を作りながら敵からの猛攻に耐えていた。
鍛え上げられた硬い、傷つき難い筈の筋肉の内側まで裂傷は侵入し、皮膚を生々しく切り開いて血液を溢れさせる。肉体を磨き上げる事は出来ても、血液の保有量を上げる事は不可能に等しい。急激に血液を失った衝撃で頭は鈍い痛みを訴え始めていた。
足りないのは酸素も同じだ。上下する胸、荒くなる息。かと言ってあからさまに深呼吸などしてしまえば、敵が立てる小さな手掛かりを掻き消してしまう。相馬・健二(5879)は暗闇の中で只管目を凝らし、敵の姿を探した。
生い茂った草と木が視界を遮り、早々と舞い降りてきた闇が敵の僅かな手掛かりさえ覆い隠してしまう。足場は悪いし、此の山の地理には明るくない。おまけに風は強く、無駄な雑音ばかりが増えてしまう。
正直最悪の状況だ。
健二は一割の後悔と九割の高揚に神経を研ぎ澄まし、身を委ねた。敵の気配が遠ざかる。
此方の出方を見ているのかも知れない。ふと健二の頭に山の麓の村で出会った老人の顔が浮かんだ。



其の老人は村の土産物屋の店主だった。名物と言う名物も無い村に前触れ無く訪れた客人に最初は驚いていたようだったが、良い話し相手が出来たと直ぐに笑顔になり健二に椅子を出して茶を勧めた。
健二は老人の心遣いに感謝して茶を啜ると、幾つかの取り留めない世間話をした。何の事無い話だったのに老人はとても嬉しそうで、奥に居た老婦人も其の光景をとても微笑ましそうに眺めていた。
だが、健二の口から山篭りと言う言葉が飛び出すと老人は急に怪訝そうな表情を浮かべて健二を引き留めた。
「お兄さんあの山に登る気かい?悪いこたァ言わねェから止めときなせェ。……あの山に鬼が棲んどるのは地元じゃ有名な話じゃて。此の前もテレビ局の連中が何とかっちゅー有名な除霊の先生を連れて登っとったが、結局誰一人帰って来んかった……鬼に殺されたんじゃ」
桑原桑原、老人は小さな目を恐ろし気に細めて合掌していた。老人の口振りだと其の鬼に殺された人間は一人や二人じゃないようだ。健二は新たな決意を秘めて、湯呑みの中の茶を全て飲み干してしまうと大きなリュックを肩に掛けて徐に立ち上がった。
「御心配有難う御座います。……お茶美味かったッス」
健二は老人と老婦人に礼儀正しく頭を下げると、土産物屋を後にした。二人は心配そうに健二の広い背中を見送っていた。



ガサリ。草の擦れ合う音が聞こえて、健二はハッと其方に視線を向けた。黒い、海草のように濡れた長い髪が月の明かりを鋭く反射している。其の狭間に血走った二つの眼を見つけて健二は息を呑んだ。
殺意は感じない、敵意も感じない。感じるのは――――――――抑えようの無い狂気だ。
薄ら寒い笑みが鬼の口に浮かぶ。健二は咄嗟に相手と距離を取るべく一時的に身を引いた。
足の指に石とは違う、硬い物体が触れる。健二は相手から気を逸らす事無く、足元に静かに視線を注いだ。ヒュウと冷たい息が喉を通過する。
髑髏だ。其れも一つや二つでは無い。一見しただけでは把握出来ない程の大量の髑髏がそこら中に散乱し、所々で青白く輝いていた。……髑髏だけが。
「首以外は何処にやった?」
其れが健二が鬼に放った第一声だった。鬼はニヤァと赤い舌を垂らして裂けた口を不器用に動かした。
「バラバラにして、あきたから、すてた」
ゾッとした。此の鬼が人を襲うのは食欲を充たす為でも、我が身を護る為でも無い。
只、面白半分に人を殺すだけなのだ。三つか四つの幼子が無邪気に虫を解体するのと同じように。
風が止む。其れを合図に両者は一斉に動いた。
行動に出た瞬間はほぼ同時だったものの出血が激しく疲労困憊の健二の蹴りは難無く交わされ、鬼の鋭い爪が脇腹を抉った。皮膚が裂け、血が飛び散る。
バランスを崩した健二は背後に倒れ込むと、鬼の更なる追撃を如何にか回避し近くの大木に背中を預けた。傷口が心臓になってしまったのように熱く律動した。
「……仕方無い。使う気は無かったんだがな」
健二はゆっくりと目を閉じ、精神を集中させた。白い気が健二の全身を包み込み、大気が唸りを上げる。
地面が震動し木に集っていた鳥達の眠りを妨げた。咄嗟に危険を感じ取った鬼の顔から笑みが消え、眼にはあからさまな恐怖の光が宿る。
あぶない、にげろ。鬼は本能に従って一直線に駆け出した。
健二の放つ白い気は右の掌に集中し、丸い、球体を描き始める。鬼の後ろ姿が木々の狭間を駆け抜け、今にも闇に溶け込みそうな程遠ざかった時、其の力は解放された。
「貫け、覚醒気弾!!」
気は通り道に白い軌跡を残しながら鬼の後ろ姿目掛けて一直線に飛び、背骨を吹き飛ばして腹部を貫通した。余りに一瞬の出来事に鬼は叫び声すら上げる事も出来ず、その場に膝を付く。
健二は口の中に溜まった血を唾と共に吐き捨てると、地面に這い蹲う鬼に近付いて行った。
「た、すけ、て……」
呼吸すら侭ならない。鬼は金魚のように口をパクパクさせながら哀願すると力を振り絞って仰向けになった。恐怖に引き攣った顔で健二を見上げる。健二は静かな声で問うた。
「お前はそうやって哀願した者を助けた事があるのか?」
鬼が狂ったように笑う。耳障りな笑い声に健二は眉を顰めて、口元の血を拭った。
そして全身に残された渾身の力を振り絞って鬼の顔面を踏み潰す。暗闇に黒い血が、舞った。



健二は近くの大木に身を委ねて座り込むと再び気を集中させた。すると見る見る内に脇腹の傷が塞がって行く。数分後には全身のあらゆる傷が完治し、出血は収まっていた。
然し、疲労と貧血はそうは行かない。足取りは重く、頭は上手く機能しない。だが健二は倦怠感を持ち前の精神力で堪えながら野晒しにされた髑髏を拾い集めた。其の数、約五十弱。
健二は其れを見晴らしの良い場所まで全て運んで埋葬した。持ち切れない分は何度も往復して運んだ為、全ての作業が終る頃には立ち上がる事すら困難な程疲れ切っていた。
間も無くして日が昇り始める。土に汚れた手を降り注ぐ陽光に差し出して、健二は一人弔いの言葉を紡いだ。
後半は寝言で。





初めまして。相馬・健二様。ライターの典花です。
今回はシチュエーションノベル(シングル)のご依頼有難う御座います。
そして、ライターの一身上の都合により大幅に納期が遅れてしまい大変申し訳御座いませんでした。心よりお詫び申し上げます。
内容の説明などをとても解り易く書いて下さったので何時も以上にスムーズに書く事が出来ました。然し、書き始めが遅かった為に三日もオーバーしてしまい…本当に申し訳ありません。
此れに懲りずにまたご依頼下されば幸いです。
其れではこの度は本当に有難う御座いました。またのご依頼お待ちしております。