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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


早朝花屋仕入れ隊

□Opening
 クリスマス・年末・年始。花屋にとって、一年で最も忙しい時期がやって来る。ツリー用の鉢植え・プレゼント用の花束・賀正の飾り花。一つの行事が終わる頃には次の花を求め客が押し寄せてくる時期なのだ。
 何が言いたいのかと言うと。
「はぁぁ、どうしましょう、と言うか、何故今になってなんでしょうか」
 鈴木エアは仕入れ用のトラックの前で呆然と立ち尽くしていた。その隣に立つ木曽原シュウも同様。
 この大切な時期に。
 仕入れ用のトラックが故障してしまったのだ。
「とにかく、今日の分の仕入れは何とかしますので、修理の方お願いします」
 そう。大行事に向け、トラックはすぐに治さなければならない。シュウは頷き、修理工場への段取りをはじめた。
 ところで、だ。
 勿論、花屋は本日も通常営業。
 何とかするとは言ったものの……さて、大量の切花・鉢植えの仕入れ、一体どうしたものか。
「薔薇五箱、かすみ草一箱、ポインセチア十五鉢、セントポーリア十鉢」
 最低でも、これだけは何とか仕入れない事には……。エアは、一人頭を抱えた。

■02
 まだ、日が昇りきっていない。
 朝の空気を吸い込み、泰山府君は歩いていた。朝と言うものは、大抵静かだ。人間界を放浪していてもそれは良くわかる。ごく一般的な人間は、もう少し後の時間から活動を開始するようだ。
 ところで、この辺りは、こんな朝早くから活気に道満ちていた。
 怒鳴るような声、ただ、戦闘になっている訳では無い様子。がやがやと、大きな鉄の塊に荷物を運び込む人々。
 自然に、泰山の足は市場へと向かった。
「取り敢えず、目標の花の買いつけは終わりました……あとは、これを……運ぶのみっ」
 その市場の入り口付近。
 他の者のように箱を運ぶ様子も無く、意気込みだけが空回りしているような鈴木エアを見つけた。言葉は全くそうでは無いけれど、見るからに、困り果てている。
「何やら困っておるようだな」
 難しい顔つきでため息をつくエアに、泰山は歩み寄った。
「差し出がましいようですまぬが、事情を話してはもらえぬか?」
 内容次第によっては手助けできるかもしれぬのでな、と、エアを覗き込む。
 考え込んでいたエアは、驚いた様に泰山を見上げた。
「あ、おはようございます」
 取り敢えず、挨拶を交わす。エアは、その泰山の申し出に、真幸いと飛びついた。
「あの、仕入れ用のトラックが故障してしまいまして……その、この花達を店に運ぶのに困ってるんです〜」
 本当に困っていたのだろう。
 非常に切羽詰った様子だ。
「『とらっく』という乗り物が壊れ、花が運べなくなってしまったと」
 成る程、困ったものよの、と。泰山は一度頷いた。
 エアの隣に積み上げられた箱は四つ。足元には鉢植えも沢山有る。これは、確かに普通の人間が運ぶのには限界があるだろう。
「我でよければ手伝いを致す」
 その泰山の心強い言葉に、エアは素直に喜んだ。

□03
「良いリアカーを発見した」
 花の箱を積み上げているエアの元に、エンタイルがずるずると巨大なリアカーを引いて戻って来た。市場で花を運ぶのに使うのだろうか、エンタイルよりもやや大きめのリアカー。左の頭はエアを見上げた後、ちらりとリアカーの方へ視線を流す。
「これをくっ付けて運んであげる」
 エンタイルの右の頭は、機嫌よさげに胸(……?)を張った。
「ほう、貴様達も協力者か?」
 エアの隣で切花の箱と鉢を比べていた泰山府君は手を止めエンタイルに声をかけた。エンタイルの居ぬ間に、エアは泰山府君の協力も仰いでいた様だ。泰山府君も、エアに自分以外の協力者が居る事を知る。
「それが、我々の使命ならば」
 くん、と。
 エンタイルの左の頭が泰山府君を見詰めかえした。
「頑張るよぉ」
 かちりとリアカーのハンドルを地に置き、右の頭もそう返した。
「良いか? 我はこれを運ぶ花屋がどこにあるか知らぬ」
 エンタイルの様子に納得したのか、泰山府君は頷きエアに確認を取る。
「あ、はい、ええとどうしましょう」
 エンタイルは花屋前でのスカウトだったが、泰山府君にはそもそも花屋の場所を伝えるのを忘れていた。
「悪いが、地図を書いてくれぬか?」
「はい、分かりました、基本的に道路にそって進めば良いので……」
 エアは泰山府君の申し出に、頷き、切花の箱にマジックで地図を書いて見せた。危ないところだった。目的地も知らせぬままでは荷物も行方不明になってしまう。
「ふむ、鉢植えが痛む心配は無さそうだな」
 泰山府君は地図を確認しながら、切花の箱を二つ、抱え込んだ。
 エンタイルが居るのであれば、自分が運ばない鉢植えも大丈夫だろうと。つまり、泰山府君は切花の箱の運搬を選んだ。これならば、持ちやすく軽い。
「では、参る!」
 言うや否や、泰山府君はエア達の目の前から消えた。
 いや、本当は聖獣・白虎の力を使った韋駄天走りだったのだが、とてもエアにはそれを見ることは出来なかった。
「えっ……消え……」
 あっけに捕らわれ、きょろきょろと辺りを見まわすエア。
「否、正しい道程の疾走である」
 しかし、エンタイルには分かったようだ。道路の先を見つめ、左の頭が呟いた。
「うはぁ、凄いや」
 額の宝玉の色が変化した様を見、右の頭も満足そう。
「はぁ……」
 エアは、ただただ呆然と頷くしかなかった。
「えっと、貴方達はこのリアカーで運んでくれるのね?」
 しかし、呆然とばかりもしていられない。日の光を浴びた花は、どんどん成長して行くのだから。リアカーとエンタイルを交互に見つめ、エアはそう切り出した。
「さぁ、好きなだけ積み込むが良い」
 頷き、左の頭がエアを促す。
「あ、くっつけるのは優しくしてね♪」
 右の頭が、陽気に補足した。
 エアは慎重にリアカーのハンドルをエンタイルの身体に付けた。結びつけるのには、切花を縛る紐とベルトを使う。何重にも重ね、繊維が切れぬよう何度も確認した。
「はい、じゃあ、鉢植え達を頼みます」
 近くにあったダンボールに鉢を詰め、動かない様に固定してからリアカーに積み込む。がしゃがしゃと鉢のこするような音、しかし、きちんと固定されているのでどうやら割れる心配は無さそうだった。
「ふ……む」
 積荷が終わった事を確認すると、エンタイルは何歩か動き背中の荷物を確認した。
 がらがらと地面をタイヤが走る音、がしゃがしゃと鉢がこすれる音。普段の歩く具合とは少々勝手が違うが、それほど嫌悪する感じでもない。
「ねぇ、他にも運んでやるよ」
 ふと右の頭がそう提案した。左の頭が何も言い出さないと言う事は、双方の意見が一致していると言う事なのだろうか。どちらにせよ、エンタイルは機嫌が良さそうだった。何よりも、労働の後にはもてなしがあると言う事が励みになる。
「え? 良いんですか?」
 エアは、その言葉に跳ね上がり喜ぶ。
 リアカーの端にまだ少し隙間が有った。残った切花の箱を詰めるには狭く、気になっていたのだ。何より、ゴールドクレストの鉢植えや冬に強い花の苗など、買って帰りたい物はまだ沢山有る。
「じゃあ、もう少しだけ待っていてくださいねっ」
 早くしないと、市場が終わってしまう。エアは泰山府君の韋駄天走りに劣るとも勝らぬ速さで買い付けに走った。

■04
 長い髪が後ろでなびく。
 朝方だったので、道路に車はマバラだったし、道はわかりやすかった。泰山府君の目に景色が流れる様に移り変わって行く。すぐに目指す花屋は見つかった。
 シャッターの前に人影。店員なのだろう、エアと同じエプロンをしているのを確認した。
 店の遥か手前から、店先で止まれるように計算して力を加減する。
 泰山府君は、大切に箱を抱えたまま、店先の店員――木曽原シュウのジャスト目の前でぴたりと止まって見せた。
「エアという者に頼まれて花を届けに参った」
 驚いたのか、生来無口な性質なのか。
 木曽原は突然目の前に現れた泰山府君を静かに見つめた。あまりの速さ、しかも、泰山府君には全く疲れた様子も無い、木曽原の目には突然現れたとしか思えなかったのだ。
 しかし、落ち着いた様子で箱を差し出されてから、ようやく気付く。それは、自分の店の伝票が張りつけられた切花の箱だった。しかも、泰山府君はエアに頼まれてと言ったか。
 木曽原は、ようやく頷き箱を受け取った。
「まだ運ばねばならぬ故、これにて失礼致す」
 結局、木曽原が何も言えぬまま、また泰山府君は消えてしまった。否、勿論それは聖獣・白虎の力を使った韋駄天走りなのだが、木曽原にはそれが分からない。
 ただ、エアはどうやってあんな人材を確保したのだろうか。
 木曽原は店先で、呆然と立ち尽くした。

□Ending
「皆さん、お疲れ様でした」
 エンタイルを送り出した直後に泰山府君が再び現れ残りの切花も運んでくれた。仕入れに満足して店に帰ってくると、皆がエアを待っている状態だった。
 慌てて駆け寄り、礼を述べるエア。手ぶらで身軽な自分が一番最後。エアは、そうなるのではと何となく分かっていたけれども、実際そうだと驚いた。
 店のほうは木曽原によってオープンのスタンバイが完了している。勿論、仕入れてきた花達も、きちんと並んでいた。
「あ、そうだちょっとお待ち下さいね」
 これで、今日からの店の運営も大丈夫。エアは笑顔で店の置くの冷蔵庫に向かった。
 スープ皿にミルクを注ぎ、ケーキを切り分ける。
 泰山府君と木曽原には暖かい紅茶。
 いつもは作業台に使う丸テーブルをセットすれば、簡単な休憩所の誕生だった。
「本当に、今日はありがとう」
 エアからのささやかなお礼だった。
「主は我々に努力とミルクとケーキをお与えになった!」
 目の前に差し出されたミルクを一舐めし、エンタイルの左の頭は満足そうに吼えた。
「努力の後の報酬は格別である! 最高である!」
 じ……んと。感慨深げな左の頭。その様子に、泰山府君も頷いた。
「ふむ、どうやら上手く事が運んだようだな」
 そう言って、優雅に紅茶を口に含む。
「ミルク♪ ケーキ♪ ついでにクッキーもあれば嬉しいなあ〜♪」
 エンタイルの右の頭も、それはそれは嬉しそう。
 しかし、何と言うか、浮かれ過ぎではなかろうか。
 何より、店の業務は実はこれからなわけなのだけれども……。木曽原はそう思ったのだが、それは黙っている事にした。
<end>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 3415/泰山府君/女性/999/退魔宝刀守護神 】
【 5015/エンタイル/男性/1/魔獣 】

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■         ライター通信          ■
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 早朝の花屋の仕入れにお付き合い下さいましてありがとうございます。かぎです。皆様のおかげで、予定以上の花を無事仕入れる事が出来ました。厚くお礼申し上げます。
 □部分が共通描写、■部分が個別描写になっております。

■泰山府君様
 こんにちは、ご参加ありがとうございます。持って運ぶのが一番簡単で確実な方法ですが、このような方法で運べるのは泰山府君様ならではだったのではないかと思って、描写させて頂きました。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 それでは、また機会がございましたらよろしくお願いします。