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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腹部・はら」



 風が吹いた。
 守永透子の長い髪が揺れる。
 通り過ぎた同じ学校の生徒の鞄から、鈴の音が響く。キーホルダーだ。
(鈴……)
 鈴の音を聞くと思い出してしまう。
 紫の片眼を持つ、あの闇の少年を。
 今度はいつ会えるのだろうか。
(…………やっぱり、仕事の時は会えないのかな……)
 初めての時は少し怖い感じがしていて。
 二度目の時はちょっと変なところもあって。
(男の人って、みんなああいう感じなのかしら……)
 どこか遠いところを見るような目で空を見つめた。



 指先を見ていた遠逆欠月は無表情だ。まるで能面のように、彼にはなんの感情も浮かんでいない。
 カーテンを締め切った部屋の中で欠月はじ、っと己の指先を凝視している。
 そして彼はちら、と視線をカーテンのほうへ向けた。時刻は夕方になろうとしている。
 彼は目を細めて立ち上がった。いつもの濃紫の制服を着込むと「はっ」と小さく笑った。柔和な表情がそこにある。
「時間か……。では、行こうかな」



(憑物って、なんなのかしら)
 下校中の透子はぼんやりと考える。
 そして、なぜそれを退治しているのだろうか、欠月は。
 ハッとして頭を左右に振る。最近気づけば欠月のことばかり考えているじゃないか!
(ど、どうしちゃったの、私)
 困惑の表情の透子は、そっと胸に手を当てた。
 どきどき、している?
(まさか)
 苦笑してからにこっと微笑んだ。
 そうだ。こんな風に迷うくらいなら彼を探せばいいのだ。それが一歩になるのではないだろうか。
 ひと気のないところを探せばいるかもしれない。
 ちりーん、と音がした。
 反射的に振り向いた透子の横を、猛烈な勢いで駆け抜けるコートの男がいた。帽子を深く被った男は薄い笑みを浮かべていた……。いた、が。
(顔が……!)
 真っ黒だった! いや、『口だけ』しかなかった!
 青ざめる透子は身をすくませる。
「ぼんやりしない!」
 そんな声がして、透子の身体が後方に引っ張られた。
 まさに彼女に届こうとしていた男の攻撃を防いだのは、彼女を後ろから抱きすくめている少年だった。
 透子の眼前で攻撃の光が破裂する。目の前にあるのは漆黒の刀だ。
 刀で攻撃を弾いた彼は「ちぃっ」と舌打ちして駆け出す。唐突に放されたので透子は道に尻もちをついた。
 逃げていく男は物凄い速度だ。
「逃がすと思うのか!」
 欠月は叫び、印を組んで前に腕を伸ばす。
 どぎゃん! と男に青い雷が命中した。
 男は立ち止まり、こちらを振り向く。
 ダメージはあまりなさそうだ。
「か、欠月さん……?」
「来るぞ!」
 彼は言葉を放つと同時に構える。
 まただ。
 男は一気に加速してこちらに向かってきた。
 迎え撃つ欠月はびくっとしたように動きを止める。
 刹那、彼の顔を男の爪が抉った。
 飛び散る血に透子が目を大きく見開き、唇を引きつらせる。
(え?)
 悲鳴とか、助けるとか、そんなことは咄嗟には考えられない。
 男の腕を瞬時に掴んだ欠月は自身の頭を軽く振る。そしてゆっくり顔を男に向けた。
 寒気が走るとはこのとこだ。彼は無表情だったのである。
「痛ぇな、クソッタレ」
 軽く手に力を入れて男の腕をぐいっと捻った。めぎ、と腕があらぬ方向に曲がってしまう。
 男は悲鳴のような甲高い鳴き声を発した。耳が痛くなるような音だ。
 がたがたと震える男は欠月から逃れようと身体を動かした。
 冷たい瞳で見ていた欠月は男から手を離すや強烈な回し蹴りを放つ。首の骨を狙ったような動きだった。無論、今の一撃で男の首がぐるんと横向きに一回転したが。
 ふところから取り出した紙――符を倒れてのた打ち回る男に貼り付けた。男はまたも悲鳴をあげた。
 符の貼られた箇所からは煙がのぼり、肉が焼けるような嫌な音をさせている。
 目の前で起こった一連のことに、透子は震えた。
 なにもできなかった。
 それは仕方がない。
 だが、そうじゃない。
「か、欠月さ……ケガを」
 声を震わせながら透子は立ち上がろうとする。腰が抜けて力が入らない。
 欠月は倒れている男を足蹴にし、持っていた刀をびゅん! と振って首を刎ね飛ばす。
 男は動きを完全に止めてじゅわっ、と黒い煙になって消えてしまった。
 振り向いた欠月は冷たい瞳だ。ぞくっとして透子は何も言えなくなる。
「危ないな。ここらへんは通り魔が出るって噂があったでしょ」
 いきなり軽い口調でにっこり微笑む欠月に、呆気にとられた。
「欠月さ……」
 彼の左の頬には縦に一直線に傷が走っている。血が顎を伝って落ちていた。
「うわあ、情けないところ見られちゃったな」
「あ、っ! あの、えっと」
 何かないかと鞄を開ける透子に、彼は苦笑する。
「あ、いいっていいって。こんなの放っておけば治るから」
「で、でも!」
 慌てていた。気が動転していたのかもしれない。
 恐怖で動けなかった。
 透子は鞄を引っ繰り返して何かないかと探す。裁縫セットの中に何かないかと見てみるが、生憎と何もなかった。
「守永さん、いいって。気にしないで」
「気にする!」
 涙目で顔をあげた透子に彼は驚いたようだ。
「ケガをされたら、気にするわよ!」
 泣きそうな顔で言う透子。
 欠月はちょっと考えるように黙り、表情を消した。
 そして彼は微笑する。屈んで、散らかった教科書を拾った。
「じゃあハンカチ貸して欲しいな」
「あっ」
 それには気づかなかった。透子はスカートのポケットからハンカチを出す。手が震えてうまく動かない。
 鞄に散らばったものを入れた欠月は、透子からハンカチを受け取った。
「汚れちゃうけど、いい?」
「そんなこと気にしないで、欠月さん」
 心配そうに言う透子のハンカチで、左の頬をおさえる。じわっと血の色がハンカチについた。
「い、痛い?」
「え? いや、そんなに痛くないな」
「び、病院に行きましょう」
「いや、行くほどでもないよ」
 欠月は苦笑してから鞄を透子に渡し、立ち上がる。透子に手を伸ばした。
「いつまで座ってるの?」
「…………」
 透子はためらいつつ、彼の手を掴んだ。



「いやあ、参ったよ。棲家を見つけてちょっとホコリを払っただけで逃げ出してね」
 公園のベンチに座る二人。欠月は明るく喋っていた。透子は話しを聞いてはいたが、元気がない。
「人の居ない方向へ走って逃げるもんだから、まさか守永さんが居るとは思わなかった」
「…………」
「んー。傷は大丈夫だってば」
 ケラケラと笑って言う欠月。
 透子は自分の両膝を見つめていた。そして握られた拳を。
「欠月さん」
「ん?」
「欠月さんは退魔士なんですよね?」
「そうだけど?」
「こんな、こんな危ないことをしていて怖くないんですか……?」
 不思議なことは楽しいことだけではない。彼はどちらかといえば危険なほうに身を置いているのだから。
 欠月は透子の震える拳を見遣ってから嘆息した。
「憑物相手に怖いなんて思わないよ」
「どうして……っ!」
 透子は顔をあげて欠月を見つめる。
「もう少しで目まで一緒に切られるところだったのに! 憑物ってなんなの!?」
「説明したじゃない。言ってみれば人間に害を成す、人外の存在だよ」
「どうして欠月さんがそれを退治するの? どうして!」
「それがボクの仕事だから」
 笑顔を崩さない欠月に、透子は息を吐く。
 どうして彼は笑っていられるのだろう。
「仕事って……死ぬかもしれないのに……」
「そうだね」
 欠月はハンカチを降ろした。透子は目を見開く。
 血が止まっていた。そしてカサブタになりかけている。
「あーあ。血がついちゃったね。洗って返したいけど、新しいの買ったほうがいいかな」
「き、傷が……」
「治りやすい体質なんだよ。まあ重傷はこんなに簡単にはいかないけどね」
「…………」
「あ。気持ち悪い? だよね。いや、普段はこんなケガとかしないんだよ?」
 透子はゆっくりと首を振った。
「気持ち悪くない」
「……あ、そう。変わってるね」
 へえ、と呟く欠月はハンカチをポケットに突っ込む。
 透子は思い出していた。
 攻撃を彼が受けることになったのは、彼が動きを止めたからだ。
「あの、何かあったんですか? そうでなければ攻撃を受けるなんてことなかったもの」
「あっはっは。実はね、腕がちょっとつったんだよ」
「つった?」
「ほら、ボクって急加速したりするじゃない。どうしても憑物って人間以上の速度を出すし。
 急加速とかで急激に筋肉に負担をかけると時々ああなっちゃうんだよね」
「そ、そうだったんですか」
「そう。だから、透子さんが心配することじゃあないんだよ?」
 微笑んで言われて透子は沈んだ表情のまま頷く。
 そして、はた、と気づいた。
(いま……『透子さん』って?)
 呼んだ?
 かかっと頬を赤らめて透子は俯いてしまう。
「それよりさ、キミって変なものに遭遇する率って高いのかな? なんかボクと何回も会ってるよね」
「は、はい」
「あんまりぼんやりすると、また危ないから気をつけてね」
「…………優しいですね」
 ぽつんと呟くと彼はふふっと軽く笑った。
「そう? ボクは優しいことなんて一つも言ってないんだけど」
「…………あの、どうしてこのお仕事を続けてるんですか?」
 欠月は透子をじっと見つめる。彼の闇のような暗い瞳に呑み込まれそうになった。
「そうだなぁ……。意味はあるんだよ?」
「意味?」
「ボクが存在できるのは、退魔士って場所だけなの」
 だから頑張るんだよ。
 そう彼は微笑んだ。
「今は四十四の憑物封じがあるから東京に滞在してるけどね」
「憑物封じですか? 退治とは違うの?」
「巻物に閉じ込めるんだよ。腕がないとなかなか難しいから、選ばれたボクって凄いでしょ」
「は、はい。凄いですっ」
 褒めると彼はにんまり笑った。嬉しそうだ。
 彼はベンチから立ち上がった。
 気づけばもうすっかり夜だ。透子は慌てて立ち上がる。
 彼とこんなに喋れるとは思わなかった。
 また、彼は居なくなってしまう。短い時間しか、彼には会えないのだから。
「帰り道、気をつけてね。あ、そうそう。あっちの道から帰ったらダメだよ」
 欠月はそう指差し、駆け去ってしまう。彼の姿はすぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。
 透子は胸元の衣服を強く握り締める――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 欠月からの呼び方が変わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!