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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腹部・はら」



 ちりーん、と鈴の音がした。
 物部真言は顔をあげる。ちょうどバイトが終わってから帰宅しようとして歩いていた途中だった。
(この音……)
 最初に日無子に会った時にも聞こえた、あの鈴だ。
(あいつ……またどこかで一人で戦ってるのか……?)
 一人で戦って傷ついての繰り返しを。
 彼女に限って心配はそれほどしなくてもいいような気もするが……。
 それでも一度気になってしまったのだから……。
(仕方ないだろ)
 そう心の中で呟いて真言は駆け出した。



 遠逆日無子は鈴の音をさせて着地する。
 なんの変哲もない路地裏だ。
「あれ……?」
 彼女は後頭部を掻くと首を傾げる。
「ちょっとズレたっぽいなぁ……」
 なんで失敗したかなあというような口調であった。
 日無子はうーむと唸る。
「まあ幸いにも近いから、走って行ってみるか」
 自分の発言に彼女は頷き、駆け出そうとして足を止めた。
「んー?」
 ぐるんと首を後ろに向ける。
 誰かがこちらに向かっている気配がしていた。
(この感じ……)
 無言で待ち構えていると、やはりだ。思った通りの人物が来た。
 あ、という顔をして足を止めたのは物部真言である。



 日無子を見つけて真言は足を止めた。
 まるで来るのがわかっていたかのように日無子が待ち構えていたからである。
「よお」
 片手を挙げると彼女はにこっと笑顔を浮かべた。
「こんばんはー」
「こ、こんばんは……」
 なんだか言葉に詰まってしまう真言である。
「物部さん、なにかあったの?」
「え? なにかって?」
「走って来たじゃない? あっちから。なんかあったんでしょ?
 言っておくけどあたしに依頼したいなら無料はお断りだから!」
 笑顔で言う日無子に首を横に振ってみせた。
「違う。いや……そんなんじゃなくて」
「?」
「遠逆がいるんじゃないかって思って……ここに来たんだ」
 そう呟いて日無子を見ると、彼女は度肝を抜かれたように呆然とした表情であんぐりと口をあけているではないか。かなり失礼な光景だ。
「な、なんだ……その顔は」
「いや……だって普通はそんなこと言われたら『なに言ってんのこの人』って思うものじゃない?」
「しょうがないだろ。仕事をしてる遠逆は危なっかしいイメージがあるんだから」
 きっぱり言い放つと日無子がゲラゲラと大声で笑い出した。
「あ、あたしがっ? あたしが危なっかしい??? ぶふー!」
「そんなに笑うことないだろ……」
 眉間に皺を寄せて言うと、日無子は笑いを堪えながら手をひらひらと振る。
「ど、どこがっ? どこが危なっかしいの? ね、ねえねえ!」
「…………そんなに笑うなら教えてやらん」
「あー、ごめんって!」
 日無子はくっくっくっ、と低く笑ってから姿勢を直した。
「冗談冗談。おかしなこと言うから、つい、ね」
「おかしなことなんて言ってないが」
「おかしいって。あたしのどこが危ういっていうのよ? こんなに優れた退魔士なのに」
 胸を張る日無子に、真言は呆れたように嘆息してみせる。
「なんていうか……アンバランスに見えるんだ、俺には」
「アンバランス?」
「うまく言えないが……。おまえはなんのためにこんな危ない仕事をしてるんだ? 日常を守るためか?」
「…………」
 日無子は目を見開き、ぽかーんとしたような顔をしていた。
 どうしてこうも一々彼女は反応が失礼なのだろう?
「日常……って?」
 疑問符を数個浮かべている日無子。
 その反応でわかった。思っていたように、日無子は己の日常を守るためには戦っていないようだ。
「えーっと、あれかな? よくマンガとかで出てくる悲劇の主人公が陥り易い観念というか?」
「そうだな」
「この平和を守るために〜、とか、自分の平和な生活を死守〜とかいうやつ?」
「ああ」
 一秒。二秒。三秒。よ……。
 真言は目を細める。
「遠逆、その顔はどういう意味だ……?」
「え? いや、笑うべきところか同情するべきところか判断に困って」
 どおりで妙な表情をしているわけだ。
「残念だけど、あたしは日常を守るとかっていうヒーロー的思考は持ち合わせてないなあ」
「そうだろうな」
「だって仕事だからやってるだけだし。お金もらってやってることなんだから、そんなのに私情なんて挟まないわよ」
「危ないことなのに?」
「あのね、世の中危険な仕事をしてる人は大勢いるじゃない。一歩間違えば大変なことになるものもあるんだし。
 危ないからダメだよ〜って言ってたら、その仕事をする人がいなくなっちゃうでしょ」
 でも。
 なにも日無子でなくてもいいだろうに。
 そう思ってしまう。
「仕事だったらなんでもやるのか?」
「なんでもってわけじゃないけど、あたしは退魔士っていう職業の人なんだよね」
「…………普通に生活したいとか思わないのか?」
 この間会った時。
 食事をした時。
 彼女はどこにでもいる普通の女の子だった。
 周囲の誰も、彼女がこんな異常な仕事をしているなんてわからないほどに。
 日無子は片眉をあげる。
「ふつう? ふつうってなに? どういう意味?」
「退魔と関係のない生活……か。強いて言えば」
「それ……は、あたしにあたしでなくなれ、と言ってるの?」
「そうじゃなくて……普通に女子高生として、どこにでもいるような女の子と同じように過ごしたくはないか、って訊いてるんだ」
「それじゃ『あたし』じゃないじゃない」
 はっきりと日無子は言い放つ。
「だいたい生活環境が一般人と違うのに……。それに、あたしべつにそんな生活望まないわ」
 そういうものだろうか。
 異能を持つ者は憧れないか? もしも、と。
(記憶がないことに関してもそうだったが……)
 やはりズレている、日無子は。普通の人間とは考え方が違うのだ。
 これ以上言えば日無子を怒らせることになるかもしれない。真言は話題を変えた。
「じゃあ……どうしていつも一人で仕事をしてるんだ? 何も一人ですることないだろ?」
「…………おかしなことばっかり言うのね、物部さんて」
 真言としては、おかしなことは一つとして言っていないはずだ。
「じゃあさ、真言さんは自分にきた仕事を他人が『手伝ってあげる〜』って来て、『じゃあお願いしちゃおうかな〜』って思える?」
「え? いや、それは思わないが……」
「でしょう? 自分に任された仕事は自分がやり遂げないといけないことだもん。そりゃ、仲のいい友人とかなら仕方ない面もあるかもだけど」
「…………責任感が強いんだな」
「そうかもね。仮にも賃金もらってるんだから、その分の働きは正当にやらないと」
「…………」
 真言は小さく呟く。
 日無子は「ん?」と訊きかえした。聞こえなかったのだ。
「いや……仕事に対して真剣なんだと、感心したんだ」
「あらら。褒めてくれてもなんにも出せないよ〜?」
 にこにこしている日無子。

「こっちっぽい」
 ぽい?
 日無子の呟きに真言は不審そうな顔をする。
「それ、は……退魔士の勘ってやつか?」
 怪しい。とんでもなく怪しい勘だ。
「勘というか、気配。あ、な〜んか嫌な臭いする〜、みたいな感じかな」
「……なんだそれ」
 説明になっているような、なっていないような……。
 日無子が感じたという憑物のいる方向に二人は向かっていた。正確には真言がついて来ているだけだが。
(どうせ俺は足手まといだろうし……)
 運動神経は日無子のほうが断然いいのだ。
「でも本当に一人でいいのか? 言えば、その、本部みたいなところから助っ人とかこないのか?」
「しつこいなあ。そりゃ、要請すればくると思うけど、それはしないよ」
「なんで?」
「これはあたしにならできるっていう仕事なの。あたしに、って任された仕事なのに、なんで他のヤツの手を借りるのよ」
「そういうものかな……」
「そうよ。憑物封印っていってね、四十四の憑物を巻物に閉じ込めるの。これって難しいの、結構」
「そんなのをしてるのか?」
「うん。それに記憶がなくなる直前まで、あたし、これをしてたっぽいのよね〜」
 事も無げに言うので聞き逃すところだった。
 驚く真言が「え?」と尋ねる。
「記憶がなくなる前に、してたのか? そのツキモノフウインってやつ」
「らしいわね。あまり詳しく聞いてないけど」
「……本当に記憶が戻るの、気にしてないんだな……」
「戻っても何も変わらないと思うからかな」
 本当に記憶に興味ゼロな言い方である。
 こういうところが余計に真言を心配……いや、不安にさせるのだ。
「…………まあ、俺でよければ力にはなるから」
 疲れたように洩らす真言であった。
「たいした力もないし……遠逆みたいに戦えるわけでもないからあまり役に立つとは思えないが」
 いらな〜い、と笑顔で言われたらと一瞬想像してしまう。
 そもそも自分はあまり喋りは得意なほうではないのだ。
 だいたい自分はこんなに他人に親切な物言いをしていたか……?
 だんだんわけがわからなくなっている真言の背中を、ちょんちょんと日無子がつついた。
 自分の考えに没頭していた真言はハッとする。
「物部さんて、変な人だねぇ」
「……変って……」
 にこ、と彼女は微笑む。
「いいんじゃない? 真言さんみたいないい人って、損しそうだけどね」
「あのな……」
「あ、いた」
 日無子がぱっ、とそちらを向く。真言も思わず視線につられた。
 ゆらゆらと歩いている少年がいるではないか。半透明の。
 しかも……。
(あれは……ま、まさか……)
 電柱の陰にこそこそ隠れては前を覗く。
 歩いているのはOL風の娘だ。まだ若く、清楚な感じのするスーツに身を包んでいる。
「す、ストーカー……? 霊が……?」
「なんかたいしたことないわね」
「放っておくのか!?」
「仕事もないから、まあなんとかするけど」
 乗り気ではない日無子と一緒にこっそり観察していた真言は、嘆息した。
「……まあ、俺にはなんとも言えないが……。ケガだけはするなよ。嫁入り前の女の子なんだから」
「やぁねえ。あたし痛いの嫌なんだから、ケガなんてそうそうしないって」
 あっはっはと明るく笑う。
「あれ? そういえばいつまでいるの?」
「……居たらいけないのか?」
「いや……暇なんだなと思って」
「あんたが終わらせるまで、ここで待つ。すぐに終わるんだろ?」
「…………暇人なのね、ほんとに」
 そう笑って、日無子はそこから駆け出したのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男/24/フリーアルバイター】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、物部様。ライターのともやいずみです。
 名前の呼び方が変わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!