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CallingU 「腹部・はら」
「狼さんておかしな人だね」
そう、食事の時に言われたのを狼は後で気づいた。
狼さん、だなんて。なんで気づかなかったのだろうか。
ぞくぅ! と背筋に悪寒が走った。
あの呼び方は友好的なそれではなく、嫌味ったらしく呼ぶためにわざわざ呼んだようにとれる。
(性格悪……)
そんなことを思い出していた狼は、届け物の最中だった。
骨董品屋に居候をしている狼は今日ほど忙しい日はないと思っている。寂れているくせに、なぜこんなに忙しいのか……。
そのせいでこうして自分は届け物の手伝いをさせられているというのに……。
自分が持っている木箱を見遣り、軽く振ってみる。がさがさ、と紙の擦れるような音がした。
しかし持っている重さは……結構重い。
(なんなんだこれ……中に何が入ってるんだ……?)
不安のようなものを抱き、目的の場所に到着する。
ぎょっとしてのけぞった。
(な、なんだあ……?)
豪奢な屋敷がでん、とある。
(でか……い)
しかもなんだろう。やたらと怪しいと感じてしまうのは。
門の隙間から中を覗くが、庭には誰も居ない。人の気配を感じなかった。
(ひえぇ……ヤバい商売だったらどうすんだよ〜……)
どきどきしながら狼はごくりと唾を飲み込んだ。
無事に届け物を全て終えた狼はほっと安堵の息を吐き出す。
やっと終わった。
(さっさと帰って寝よ……)
どっと疲れたし。寒いし、もう暗いし。
そんな狼は鈴の音を聞きつけて「えーっ!」と思ってしまう。
「い、今の……」
間違いない。耳に残る感じといい……。
(欠月の出現する時の音……!)
きょろきょろする狼だったが、はたとして頭を振った。
自分が行ってどうするというのだ。下手をすると笑顔で「邪魔」と言われるというのに!
(そうなんだよ……! なにが怖いって、あいついっつも笑顔なのが怖いんだよ!)
しかも笑顔も色んなパターンを用意している!
頭を抱えてうめく狼は、キッと顔をあげた。
(そうだ)
なにを迷う?
(気になったら行けばいいんだよ。なんで欠月に遠慮する必要があるんだ!?)
ふん! と鼻息を吐いて狼は歩き出す。
鈴の音のした方向へと進んでいく。
空は急速に夜へと変化していた。
狼は足を止める。
しばらく歩き回って、見つけた。
(欠月!)
遠逆欠月は濃紫の学生服姿で、少女の姿をした憑物と対峙していたのだ。
少女は崩れかけた顔を欠月に向けている。見かけの姿は中学生だが、明らかに生きている人間ではない。
そっと物陰から覗いていた狼は心配になった。
(遠逆の退魔士って……みんなあんななのか……?)
線が細くて、儚げで。気が付いた時には雪のように消えてしまいそうだ。
強いくせに、脆い。そんな危うさを狼は感じていた。
(…………)
いやだ。
上海にいる彼女の時にしたような、あんな思いだけはしたくない。
(嫌われたって嫌がられたって……!)
あいつが困った時は力になろう。
狼はきゅ、と拳を握りしめる。
欠月はちょっと考えるようなしぐさをして、首を傾げた。
「えーっと、ボクの目的はキミじゃないんだよね……」
「…………」
少女は黙っている。
歩き出そうとした欠月の動きに反応し、一歩踏み出した。それを見て欠月が面倒そうな顔をした。
「だから……ボクはキミの彼氏じゃなくて……」
欠月が動けば少女も一緒に動く。
欠月は嘆息した。
「困ったな……」
そう呟いているのを聞きつけて狼は飛び出す。今こそ自分が役に立つ時に違いない!
「欠月!」
「……さっきからなに覗いてるのかなと思ってたけど……なにやってるの?」
駆け寄る狼は思わず足を滑らせそうになった。
これだ。このキツい口調。本物の欠月だ。
「お、おまえやっぱり性格悪いぞ!」
「なにしに出て来たのかって聞いてるんだけど」
「う……。いや、その、俺でも手伝えるかなって」
「…………」
欠月はにた、と意地の悪い笑みを浮かべる。嫌な予感がした。
「そう。手伝ってくれるんだ。それは嬉しいなあ」
「え……? え? え?」
「じゃあちょっとそこに屈んで」
よくわからないが言われるままに屈む。
欠月を見上げると彼は狼から少しずつ離れていく。ゆっくりと後退しているのだ。
(どこ行くんだ?)
不思議そうにしていた狼の背中に、ひやりとしたものが触れた。
びくっとしてゆっくりと振り向くと、先ほどの少女が居る。近くで見ると青白い肌で、ひび割れた顔が怖い。
「わーっ!」
思わず飛び退こうとした狼の背中に、少女が負ぶさった。
(つ、冷てーっ!)
まるで氷を背中と衣服の間に入れられたかのような冷気。
しかも。
(重ーっ!)
ずしんとくる背中の重さに狼は膝を地面についた。動けない。
そうか。
(この子、欠月が動くと動くんだ。欠月が俺から離れていくってことは、この子と欠月の間に俺は居たんだから……!)
狼に近づくのは当然である。
「欠月ーっ! お、おまえーっ!」
青ざめて震えながら狼が怒鳴った。
欠月はにこにこと笑って手を振る。
「ちょっとそのままでいてね。先に仕事してくるから」
「お、おいこら待て! 俺をこのままにしておくのか!?」
「祓いたいんなら、その子を背負って歩くんだね」
ばいばーい。
明るい笑顔で颯爽と駆け去っていく欠月の後ろ姿を、恨めしげに狼は見ていた。見ていることしかできなかった。
重すぎる幽霊少女のために、足が動かないのだ。
(ぬぬぬ……!)
足に力を入れて踏ん張る狼はゆっくりと立ち上がろうと努力していた。
重い。
米がたっぷり入った大きな袋を背負っているのと同じ……いや、それ以上だ。
寒いし重いし!
(さっさと帰れば良かった!)
一時間が経っただろうか。
狼はうんざりした表情でいた。
少しずつ前に歩いてはいたが、よろよろ歩きのうえにすぐに膝をついてしまう。
(重いぃ……)
がっくりと両手を地面についていた狼は、目の前に靴があるのに気づいた。
ゆっくりと顔をあげると欠月がそこに立っているではないか。
「かっ、かづ……!」
立ち上がろうとするがバランスを崩してどしゃ、と地面に転がった。そんな狼から幽霊少女はけっして離れない。
「すごいすごい。少しはさっきの場所から移動してるじゃない」
「あ、あのなぁ……! ど、どうしろって言うんだ……!」
「そうやって黒崎くんが背負ってたから、その子が他の人間に寄っていかなかったんだよ。いいことじゃない」
「な、なに言ってんだおまえ……!」
声が掠れている。
これもまさか幽霊のせい?
そう思い至って狼はばたばたと両腕を動かした。
「手伝ってあげるから、あそこまで頑張って歩こうか」
「ま、まだ歩けって言うのか! 鬼! おまえは鬼だ!」
「そんなに元気があるなら大丈夫。さ、立って」
やんわり笑顔で言っているが、裏を返せば「さっさと立て」ということだ。
狼はぶるぶる震える足に力を入れて立ち上がる。とは言っても中腰が精一杯だったが。
欠月は狼の手を引いて歩き出す。彼の手は冷たい。
「おまえ、手ぇ冷たいな……」
「さっさと歩きなよ」
「……手だけじゃなく、性格も冷たいよな」
ぼそぼそ言う狼だったが、欠月が手を引いてくれるとなんとか一歩ずつだが前に進めた。
欠月が何かしているのだろうか?
そう思って欠月をうかがう。
「あそこの電柱まででいいから」
「お、おう」
頷く狼は、ゆっくりと前進した。
時間はかかったがなんとか欠月が示した場所までは来ることができたようだ。
(あと……も、もう一歩、で……)
どしん、どしん、と重い足音をさせて進んできた狼は、震える足を前に出す。これで終わりだ!
すると、足を着地させたその地面が妙な音を発した。
「へ?」
真下を見ると妙な円陣があるではないか。文字も書き込まれている。
「か、かづき……? これはなに……?」
恐る恐る尋ねると、欠月が狼の手を放した。
そして彼はにこーっと笑顔になる。
それが怖くて。
「あくまーっ!」
と狼が悲鳴をあげたのだった。
*
「悪魔だなんて失礼だね、黒崎くんは」
ぐったりした狼を背負って欠月は歩いている。激しい疲労のために狼はすでに魂が抜けかけていた。
「ひでぇ……俺を囮にするなんて……」
「手伝うって言ったのはキミだし、囮になんてしてないよ。単に運ばせただけでしょ?」
「あんな重くて冷たいものを運ばせるとか……」
信じられねえ。
結局のところ、あの少女を祓うために用意した陣へと狼を使って運んだらしいのだ。
普通に歩いて連れていっては途中で元の場所に戻るらしい。そこで狼に背負わせて移動させた、ということだ。
「自分がやればいいじゃねーか……」
ぶつぶつと文句を言う狼は自分を背負う欠月がまったく息を乱していないのに気づいた。
男の自分を背負っていたら重いはずなのに……。
(重くないのか……?)
驚く狼は欠月がしっかりとした足取りなのを見て妙な気持ちになる。
儚くて消えてしまいそうだと思っていたくせに。
(頑丈なワイヤーみたいに思えるよな、こういうことされると)
「あ、あのさ」
「なに?」
「おまえ……どうして憑物封印なんかしてるんだ?」
「仕事だって前に言ったはずだけど」
「それだけなのか?」
「仕事だよ、本当に。やけに気にするね」
言えない。なぜ気にするのかという理由は。
黙っていると欠月は続けて喋った。
「憑物封印は腕がないとできない仕事だから、選ばれたのは名誉なことだよ。それに」
「それに?」
「ボクって記憶喪失なんだよね。一年前にも同じように憑物封印してて、その途中で事故に遭ったって聞いてるし」
「じ、事故!? 記憶喪失!? おまえが?」
全然そんなふうには見えない。狼には信じられなかった。
「うん。だからね、また失敗するかもしれないのに選んでくれたっていうのはボクにとっていいことじゃないかな〜って思うわけ」
「そんな呑気な……もしかしたらその退治の最中に遭ったのか、事故ってやつ?」
「さあね。どんな事故かは、聞いてないんだよ。変なショックを受けるかもって言われたし」
「……そうなのか」
一年前の失敗を、消すためにしているのかもしれない。
そう、狼は思う。
欠月の真意も、この憑物封印が後にどうなるのかもわからない。
もしかしたら本当に何事もなく終わるかもしれないのだ。
狼は歩く欠月の足をじっと見下ろしていた――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
黒崎くん、に呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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