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<東京怪談・PCゲームノベル>


釘光る森

 火宮・翔子は森の中を歩いていた。
 ふと妙な感覚を感じ、あたりを見回す。
 と、視界の端で何かが光ったような気がした。
 その方向を見るが、うっそうと茂る木々の他には特に目立つものはない。
 しかしどこか心の隅に引っ掛かるものを感じ、そちらへと近付いた。
 手入れのされていない、背の高い笹が行く手を遮る。
 一瞬ためらうが、先ほどの妙な感覚が頭の隅に引っ掛かっている。
 翔子は笹を掻き分けて奥へと。
 すると不意に手の先から笹の感触が消えた。
 一歩、踏み出す。

 □□□

 夜空の中に立った、ような気がした。
 踏み出した瞬間に辺りの空気が変わったことを、翔子は気付いていた。
 風のない、閉じられた空間であること。
 そして何か圧力のような力の気配があること。
(ここは――)
 見回すと周囲は紺青の薄闇が満ち、その中に青白く光る点が散っている。
 後ろを見ても通ってきたと思しき笹の茂みは見えず、ただ紺青と青白い点が広がるだけだ。
 少しして目が慣れてくると、周囲を取り囲むのは枝葉を切り落とされた木々だと気付く。
 そのむき出しの幹に、青白い光を放つ点が無数にあるのだ。
 正面少し先に、灰色が立っていた。
 グレーのコートを纏った少年。
 十五、六だろう彼は無造作に切った黒髪の下から、瞳孔の見えない黒い瞳を覗かせていた。
 ミリタリー風コートの下、漆黒の上下が周囲の薄闇と同化しかかって見える。
 少年は片手をポケットに入れたまま、もう片方の手で何かを投げ上げ、掴んだ。
 手の中で硬く澄んだ金属音がする。
 そして彼はこちらを見て口の端を上げた。
「誰じゃ、お主は」
 その声は枯れ、外見にそぐわず齢を重ねた老人のようだった。
 少年から発せられる気配は乾いていて鋭く、それでいて重く暗い色を感じさせる。
 それは、悪しき者と呼んで差し支えない気配だった。
(殺気ではないけど……でも、嫌な感じだわ)
 魔の者と闘ってきた経験と勘から、翔子は少年を警戒する。
 気付かれぬようにゆっくりと膝を曲げて半身になり、いつでも動けるように少しだけ筋肉を緊張させた。
 迂闊に名乗るのを控えて逆に名前を聞くと、 少年は鼻を鳴らした。
「儂か。そうじゃな、最近ではソルと呼ばれたが」
 言って再び、手に掴んだ何かを放る。
「お主は何をしに来た?」
「――ちょっと迷ったのよ」
 告げると、ソルは短く笑った。
「迷った、か。面白い。この場所に迷い込む者がおるとは思わなんだ」
 そして放ったものを掴み、手を広げてそれをこちらに見せた。
 それは、青白い光を放つ十五センチほどの釘だった。
 その光は、周囲に散る点と同じ色をしている。
「ここの木々にはこれを打ち込んでおる。結界の役割は数本しか有しておらんが、にしてもそう易々と立ち入れる筈もないのじゃが――」
 まあよいか、とソルは再び口の端を上げる。
「丁度良い、お主で新しい術式を試してみよう」
 そう言い終えると同時、ソルの手から光が走った。
 翔子は瞬間的に顔を横に倒し、耳の上を何かが高速で飛んで過ぎるのを感じる。
 光は、ソルの放った釘だった。
 眉間を狙っていたそれには、恐らく何らかの術がかけられていたのだろう。
 顔の横を通り過ぎただけだが、重く濁った気配が皮膚から感じられた。
 ソルを警戒しながら耳の辺りに触れると、その辺りだけ体温が下がり冷えていた。
(術式と言ったけど、碌な術じゃないことは確かね)
 ソルが眉を動かし 面白いものを見つけたかのような笑みを浮かべる。
「ふむ、良い反応だ。ただの人間ではないと思ったが、そこそこ動けるようじゃの。傀儡としては、まずまずだのう」
「傀儡――さっきの釘は、そういうことだったの」
 翔子はソルを強く見返す。
「冗談じゃないわ、実験台にされるのは御免よ。ここから出させてもらうわ」
「強気じゃな。できるのならばやってみるがいい」
 ソルがコートのポケットに手を入れると同時、翔子は地面を蹴った。

 □□□

 横から叩きつける雨のような釘をかわしながら、翔子は走った。
 無益な戦いは本意ではない。
 できることなら戦わずに済ませたいが、
(……無理でしょうね)
 風を切る気配に、翔子は走っていた足の力の向きを瞬間的に変更。
 足の裏で地面を跳ね飛ばすように、横に飛ぶ。
 直後、飛来する釘が足のすぐ脇に突き立つ。
 そのまま木に激突しそうになるのを、体を外側に回し幹に手をついて回転。
 回り込むようにして衝突を避ける。
 幹に残った手を狙って跳んでくる釘を、回る勢いのままに体を流してかわす。
 釘が木を削る乾いた音がした。
 最初の一撃を避けてから、ソルは翔子の手足ばかりを狙って釘を放ってくる。
 まずは対象の動きを止めて、それから術を仕掛けようというのだろう。
(陰険だけど、正しいやり方だわ)
 止まればそれだけ狙われ易くなる。
 翔子は木々の間を縫って移動し続けた。
 そうしながら、周囲を把握しようと神経を集中させる。
 皮膚感覚から判断できるこの空間の広さは、およそ百メートル四方。
 狭いとはいえないが、把握できない広さではない。
 翔子は釘を避けながら、空間の端と思しき場所まで駆けた。
 近くの木に背をつけソルから隠れ、ベルトに仕込んでいた投擲用ナイフを数本引き抜く。
 棒手裏剣を薄くしたような小ぶりのそれは、殺傷能力は低いが牽制には十分に使える。
 翔子はナイフを空間の端を目掛けて投げた。
 同時、電流に似た光と音を立てて、弾かれたナイフが地に落ちる。
 後方やや遠くでソルの笑う声がした。
「お主が入ってから結界の質を変えたのじゃよ。触れれば暫くは動けまいよ」
「ご丁寧に教えてくれて、お礼を言うべきかしら」
「なに、礼には及ばんよ。獲物が追い詰められるというのは割りと好きなほうでな、段々余裕をなくしていく様を見るのも楽しみの一つじゃよ」
「そう、じゃあご期待に添えなくて悪いわね」
 皮肉を悪意で返してくるソルに、翔子も負けず強い意志を込めた声を返す。
 ナイフが弾かれたのは、空間の境目だけではない。
 恐らく結界を形作っているだろう木も狙ったが、それも弾かれていた。
(結界の元には触れないってわけね)
 絶望するでなく、翔子は冷静に事実を理解する。
 幾つかある選択肢の一つが消えただけのこと。
 それに、予測していたことでもある。
 翔子は再び駆け出した。

 □□□

「いつまで逃げ回る? 諦めの悪いことじゃ」
 ソルが笑うのに、翔子は応えず釘を避ける。
 走る眼前に銀光が迫り、頭を沈めてかわす。
 その下げた視界に再び数本の釘が迫った。
 判断は一瞬。
 両袖に仕込んでいた獲物を逆の手で引き抜き、釘を弾き飛ばす。
 鋭い金属音を立てたのは、刺突用武器だった。
 樹脂製のグリップの先には、小指ほどの太さの長い針。先端が尖っているだけで刃はない。
 そのため、釘を弾いても刃こぼれすることはない。
 翔子は木を回り込み釘を避け、叩き落しながらソルの動向をうかがった。
 ソルは術者ということもあるのか、自ら攻めてくることはない。
(本気を出してないっていう可能性もあるけど)
 しかし翔子が見る限りでは、彼の動きや体は接近戦向きではない。
 全く動けないわけでもないだろうが、勝てない相手ではないと判断できる。
(でも油断は出来ないわね)
 今のところ周囲の木からの術による攻撃はない。
 限定された空間内のこと、ソル自身が被害をこうむるような、爆発などの術は使用しないだろう。
 そしてソルが言った、迷い込む者を想定していなかったという言葉。
 それならば、侵入者を撃退するような術も用意していない可能性も高い。
(なら、上手くいくかしら)
 翔子は間断なく襲ってくる釘を避け、避け切れなければ獲物で落とし、走った。
「どう頑張ったところで、出られまいよ」
「どうかしらね」
 言って、木の幹に掌を叩きつける。
 手と幹の間には、馴染んだ紙の感触。
 そして翔子が手を離した瞬間、幹に貼り付けられた符が光を放った。
 釘の光とは違う、熱を持った橙の光。
 それが周囲の木、全てから発せられた。
 ソルが目を見開く。
 同時、酸素を焼く轟音を立て、白い炎が一瞬で木々を包み込んだ。
「符術、じゃと。お主、走り回っていたのはそのためか」
「そう、どんな術だとしても、媒体がなければ意味がないわよね」
 熱による気流が、翔子の長い髪を巻き上げる。
 状況を把握するためでもあったが、走っていたのは符を木々に貼り付けるためでもあった。
 触れられない結界の木々以外全てに、ソルからは見えない位置に符を貼り付けたのだ。
 そして今、発動した千度を軽く越す高熱の炎は瞬時に釘を溶かし、木々を灰にする。
 舐めるような熱は、しかし木と鉄以外は溶かさない。
 そう条件付けて発動した炎だ。
 数秒後には結界を構成していると思われる六本の木だけを残し、灰と溶けた鉄となり地に崩れていた。
 すると電気の弾けるような音が周囲で鳴り、紺の闇が薄れ始めた。
 結界を張っている木以外にも、空間を固定するための術を使用していたのだろう。
 それが消えたために、外との違いが薄れてきたのだろうと、翔子は判断する。
 ソルが小さく舌打ちをするのが聞こえた。
「人の楽しみを奪いおって――仕方ない、お主だけでも掌握させてもらおう」
「させないわ」
 踏み込み地を蹴り、翔子は正面からソルへ迫った。
 ソルは小ばかにしたように笑い、その手から釘が飛び襲いかかってくる。
 翔子が指に挟んでいた符から、炎が走った。
 軽く腕を振ると炎は鞭のようにしなり釘を溶かす。
「実態化もするのかっ、おのれ」
 ソルが歯噛みしたとき、翔子は彼の眼前に迫っていた。
 踏み込んだ足の踵を回して腹に力を込め、制動をかける。
 地面を靴底が滑って、体は止まる。
 そして消しきれない慣性を腕に乗せて炎の鞭を振るった。
 ソルが眉をしかめて跳び退ろうとするが、
(遅い)
 振るった炎は翔子の意のままに動き、ソルの体をコートの上から螺旋に縛り上げた。
 足先まで纏められたソルはバランスを崩し、跳び退ろうとした勢いのまま地に転がる。
 炎の鞭は翔子の意図した通りに何も燃え上がらせることなく、強く彼を戒めていた。
 翔子は緊張を解かないまま、静かに息をついた。
 予想通り、ソルの身体的な戦闘能力は高くないようだ。
「ここから出してもらえないかしら」
 縛られたままのソルは、顔だけを翔子に向ける。
 その顔には嘲るような笑みがあった。
「儂は、他人に命じられのが嫌いでな」
「お願いしているのよ」
「同じことじゃ」
 翔子は軽く溜め息をつく。
「こうしていても仕方ないでしょ? 私は出たい、貴方は嫌だ、それじゃ堂々巡りだわ。どうしても嫌だっていうなら」
 言って炎の鞭に意識を向ける。
 じわりと炎の熱が上がった。
「貴方も、釘と同じになる?」

 □□□

 森から出ると日差しはまだ天高く、迷い込んでからそれほど時間は経っていないようだった。
(時間の進みも違うのかしら)
 翔子は携帯で日付を確認し、数分も森の中にいなかったことを知る。
 そして振り向き、森を見る。
 翔子の脅しに降参したソルは、結界を解き姿を消した。
 今はもうあの奇妙な気配はどこにもない。
 しかし、と翔子は思う。
(あれでよかったのかしら)
 無闇な殺生は好きではない。
 だからソルの命を奪うまではしなかった。
 しかしおそらく、ソルはまたどこかで同じことを繰り返すだろう。
 人を誘い込む目的でないとはしても、また自分のように迷い込む者がいるかもしれない。
 その者がソルに対抗できなければ――
 翔子は拳を強く握った。
 俯き、唇を噛む。
(やるべきだったの?)
 わからない。
 迷い、考え、そして翔子は顔を上げた。
 強く森の向こうを見透かす。
(同じことがあったら――)
 魔に関する仕事をしている翔子は、奇怪な事件に触れることも、そういった情報を知ることも多い。
 ソルがなにか事を起こせば、耳に入る可能性もある。
 それから動けば後手に回るのかもしれない。
 だが自分は全能でもない。
(私は、私の出来る事をする)
 小さく頷き、翔子は森に背を向けた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女性/23歳/ハンター】

【NPC/ソル】

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■         ライター通信          ■
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初めてのご参加ありがとうございます、ライターの南屋しゅう です。
ソルとの邂逅と戦闘、いかがでしたでしょうか。
彼を阻止し、無事脱出いただけました。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

再びの邂逅もありえる事象です。
ですので、またお会いいただけましたら幸いです。