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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 朱授の草

 濃霧に包まれた町並み、其の奥の奥。
 袋小路の様な、けれど周りには何一つ存在しない……。そんな虚無に等しい通りの其処に、其れは存在して居た。

『何だ、あんたか。――今日は何の用だ?』
 古めかしい家屋へ一歩足を踏み入れると、直ぐ目の前には帳場に肘を突き。名簿の様な物に目を通す少年――筵が、此方へ視線を寄せる事無く呟いて。
『えっと……、資金も底を突いて来たし。何か仕事が無いかと思って来たんだけど……』
 悪意の無い、けれど素っ気すらも感じられ無い筵の反応に、何処か腫れ物を触る様に応じれば。筵は読んで居た名簿を粗末に閉じ、漸く此方へと視線を合わせた。
『――一つ、有るけどな』
 一言、言葉を区切り。頬杖を突く筵の面持ちには、何事か微妙な笑みが添えられて居る。
『二人の依頼主からの、全く同じ依頼って奴だ。……或る意味で、あんたにゃちょっと厄介な仕事かも知れないぜ?』
『や、厄介……?そんな、今更だなぁ……』
 其の言葉に、内心怖気付き乍らも先を問えば。其の依頼とは、依頼主が使う護符を生成する際に使われる「朱授」と言う名の薬草を、町の外れの樹海から採取すると言う物で。

 僕は筵の笑みに、何処か嫌な胸騒ぎを感じ乍ら……。
 依頼を請け負った証、独特の印の刻まれた割符を受け取った。

 * * *


 ゆらり。

 ゆらり。


 雨霧の立ち籠める森の、其の奥地。
 何処か虚ろに漂う――存在が、一つ。

 其の者に嘗て宿って居た筈の、自身の意志等。――疾うに、潰えて仕舞った物であったとしても。
 今自身に於ける此の状況を、特に把握する事もせず。茂る草木に傷付く皮膚も構わずに、只緩々と森を進んで居た。

 人間で有り乍らに、今や悪魔としての魂を持つ者――恋は、元より高等な感情を其の身に持ち得ず。
 更に、他の悪魔とは少々成り立ちを異にする特殊な悪魔である恋は、只『生存』と言う本能に従う儘存在する。

 けれど、そんな希薄である者の身の内にも、唯一の絶対が一つ。


 ――――召還者。


 恋を召還する、主こそ。
 彼を辛うじて、意志を持つ形――存在する証として、繋ぎ止める鎖だった。

 しかし、今。
 恋の目の前に、其の者の姿は何処を見渡せども、映り得る事は無くて。
 だからこそ、失くした身体の一部を、手繰り寄せるかの様に……。
 恋は主を求め、彷徨い続ける。

 * * *

 そして、辺りが徐々に、日没の夕暉に呑み込まれて行く中。
 恋の掻き分けた茂みの下方から、ピン――と甲高い音が響き渡った。

 瞬間、足元より幾許かの土が舞い上がったかと思うと、硬質を思わせる糸が跳ね。
 次いで上方より、木の枝に括り付けられた石が撓りを伴い、恋の顔面を目掛けて振り下ろされる。
 ――しかし、そんな不意を打つ事態にも、恋は眉一つ動かさず。自身の纏う艶やかな花魁衣装さえ、全く意に介さぬ様に、ひらりと身を翻した。

 恋は、主の明確な命令が無ければ、只防衛を目的にする以外に進んで言葉を紡ぐ事も、動く事も無い。
 戦う為の悪魔では無く、飽く迄敵地での情報収集や、主を逃がす為の駒であるから。――と言う事も有るが、何故此処に此の様な罠が仕掛けられて居るのかすらも、所詮は恋の知る所では無くて。

「――……アンタ、其処で何してるの」

 一難が去り、幾分乱れた森の一角に、不意に少女の訝しげな声が響き渡る。
 恋から五十メートル程、離れた位置であろうか。見紛えば美しい少女の様な、更に此の場に似付かわしくも無い衣服に身を包む恋こそ、森の奥地等と言う其の場に既に異色では有るが。
 同様に、何処かの制服を纏い、其の手には刀を携えた少女――夏炉が。何か幻影を眼に留めて居るかの様な面持ちで、恋を凝視して居た。
 其の顰められた眼差しの意味は恐らく、何故此処に人が居るのか……。と言うよりも、恋の纏う衣服に因る所が多いのだろう。
 何時まで経てども、対象からの反応が無い事に一つ、軽く息を吐くと。
 夏炉は軈て合点がいった様に、緩慢に口を開いた。

「はぁ……。アンタも、此処に迷い込んだ口ね」

 其の言葉の意味を、推し量る事は出来得ないが。
 次いで紡がれる夏炉の言葉は、其の単語の浸透する頃には、恋を響かせるに充分な力を持って居た。

「心配しなくても平気よ。直ぐに出して上げるわ」

「――……主の、元へ」

 ぽつりと、抑揚無く呟かれた言葉を、夏炉は如何取ってか。
 幾分に表情を和らげると、心配する事は無いのだと殊更に恋を励ました。

「もう、こんな所に迷い込むんじゃ無いわよ」

 然う語り掛け、夏炉が手元の刀に手を添え何事か呟くと。其れは忽ち、激しい焔を纏って。
 声を発する暇さえ無く、恋の周囲を隙間無く取り巻いた。

 軈て、立ち籠めた焔と共に、舞い上がる煙火が空へと帰る頃には。
 ――既に恋の姿は、其の小さな世界から、跡形無く消え失せて居た。

 残る黒煙を姿宛らに見送り、ふと。自身の腰元に眼を寄せた夏炉が、何とも苦々しげに顔を渋める。

「折角取った薬草が、全部ぱあじゃないのよ……」

 夏炉の腰元の、元は籠か何かであった物だろうか――の中に摘まれて居たのは、朱授の草。
 元はと言えば、夏炉が此の森に態々と足を踏み入れたのも、其の薬草を採取する為であり。其の達成こそが、目的の筈だった。……のであるが。
 しかし、今。つい先程まで、夏炉の腰元で薬草と認識されて居た筈の物は。黒々と焦げた入れ物と共に、見るも無残な微塵へと、其の姿を変えて仕舞って居た。

「……ま、良いわ。筵が連れて来たアルバイト、死ぬ程扱き使えば済む話よ」

 暫しの沈黙の後、一言然う呟くと。
 何時しか空に融ける黒煙の下、夏炉は再び、元来た道を歩み始めた――。



【完】


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】

【5326 / 恋・― (れん・ー) / 男性 / 14歳 / ?】
【NPC / 夏炉 (かろ) / 女性 / 17歳 / 鬼火繰り(下し者)】


【ライター通信】

 恋・― 様

 今日は。此の度は、「朱授の草」へのご参加誠に有り難うございました、ライターのCHIROと申します。

 今回、恋様の人格、存在、プレイングを踏まえ、直接的に薬草採取に至るノベルとは為りませんでしたが、機会が有りましたら是非。又異なった物語や、当NPC達にお付き合い頂ければ幸いです。
 尚、プレイングにご明記頂いた二桁の数字より、登場NPCは夏炉、罠は古典的な対人、対獣等に扱う物と為りました。

 又余談では有りますが、当所有NPCには二人程、恋様と同い年の者が居り。
 其の二名共々、何時か何処かで恋様と相見える事が出来れば――。と、思います。^^

 それでは、再三と為りますが…。
 当ノベルへの御参加、誠に有り難うございました。