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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


早朝花屋仕入れ隊

□Opening
 クリスマス・年末・年始。花屋にとって、一年で最も忙しい時期がやって来る。ツリー用の鉢植え・プレゼント用の花束・賀正の飾り花。一つの行事が終わる頃には次の花を求め客が押し寄せてくる時期なのだ。
 何が言いたいのかと言うと。
「はぁぁ、どうしましょう、と言うか、何故今になってなんでしょうか」
 鈴木エアは仕入れ用のトラックの前で呆然と立ち尽くしていた。その隣に立つ木曽原シュウも同様。
 この大切な時期に。
 仕入れ用のトラックが故障してしまったのだ。
「とにかく、今日の分の仕入れは何とかしますので、修理の方お願いします」
 そう。大行事に向け、トラックはすぐに治さなければならない。シュウは頷き、修理工場への段取りをはじめた。
 ところで、だ。
 勿論、花屋は本日も通常営業。
 何とかするとは言ったものの……さて、大量の切花・鉢植えの仕入れ、一体どうしたものか。
「薔薇五箱、かすみ草一箱、ポインセチア十五鉢、セントポーリア十鉢」
 最低でも、これだけは何とか仕入れない事には……。エアは、一人頭を抱えた。

■01
 早朝の爽やかな空気を背に、エンタイルは散歩を謳歌していた。朝露に濡れた葉の香り、小鳥の静かなさえずり。空気が気持ち良い。何とも、良い一日の始まりだった。
 住宅街を少し抜けた辺りで、見たことの無いシャッターを発見した。新しく出来た店舗だろうか? 興味深く店の前を通る事にする。
 丁度、店舗の前にさしかかった時だ、がらがらとシャッターが開いた。
「はぁぁ……」
 この爽やかな朝に似つかわしくない切ない溜息。大きく肩を落としながら、エプロンを身につけた女性――鈴木エアが店の奥から姿を現した。
「情けない声だ、朝の景色に真似つかわしくない」
 左の頭がエアをちらりと見て足を止めた。
「困ってるの、ばればれだぁ〜」
 右の頭もエアを見て笑った。
 ところで、大変だったのはエアの方だった。巨大な黒い狼。それが、平然と店の前を散歩していたのである。しかも、その狼は、何と言うか、頭が二つある。いや、それは自分の気のせいかもしれない。エアは、祈るような気持ちで何度か自分の眼をこすってみた。
「未だ完全なる目覚めでは無いのか」
 エンタイルの左の頭は、エアの様子に少々呆れかえっている。
「つまり、寝起きだね」
 右の頭も納得した様に頷いた。
「……っ!! しゃ、しゃべってる〜……」
 驚きと驚きと驚き。
 エアは、まじまじと目の前の生き物を眺めた。
 しかし、良く見ると大きくて頼り甲斐の有りそうな体つきだ。自我も確立していて、当然のように言葉も通じそう。何度か瞬き後、エアはにっこり微笑んだ。
「ねぇ、貴方達……アルバイトしてみませんか?」
「ふむ、我々に無償で奉仕しろとは言うまいな?」
 エアの申し出に、左の頭は考えるそぶりを見せた。
「て言うか、なんかチョーダイ♪」
 右の頭はそう言い、何度か前足をかいた。
「うーん、あ、冷蔵庫にミルクが有ります」
 狼には、一体何が喜ばれるのか。エアは考え考え提案する。
「ミルク!」
 ぴくりと左の頭が反応を返す。
「えっと、おやつ用にチョコレートケーキも有るけど……」
「ケーキ♪」
 冷蔵庫の様子を思い浮かべて呟いたエアに、右の頭も嬉しそう。
 ともあれ、交渉は成立した。エンタイルとエアは、そのまま朝市へと向かった。

□03
「良いリアカーを発見した」
 花の箱を積み上げているエアの元に、エンタイルがずるずると巨大なリアカーを引いて戻って来た。市場で花を運ぶのに使うのだろうか、エンタイルよりもやや大きめのリアカー。左の頭はエアを見上げた後、ちらりとリアカーの方へ視線を流す。
「これをくっ付けて運んであげる」
 エンタイルの右の頭は、機嫌よさげに胸(……?)を張った。
「ほう、貴様達も協力者か?」
 エアの隣で切花の箱と鉢を比べていた泰山府君は手を止めエンタイルに声をかけた。エンタイルの居ぬ間に、エアは泰山府君の協力も仰いでいた様だ。泰山府君も、エアに自分以外の協力者が居る事を知る。
「それが、我々の使命ならば」
 くん、と。
 エンタイルの左の頭が泰山府君を見詰めかえした。
「頑張るよぉ」
 かちりとリアカーのハンドルを地に置き、右の頭もそう返した。
「良いか? 我はこれを運ぶ花屋がどこにあるか知らぬ」
 エンタイルの様子に納得したのか、泰山府君は頷きエアに確認を取る。
「あ、はい、ええとどうしましょう」
 エンタイルは花屋前でのスカウトだったが、泰山府君にはそもそも花屋の場所を伝えるのを忘れていた。
「悪いが、地図を書いてくれぬか?」
「はい、分かりました、基本的に道路にそって進めば良いので……」
 エアは泰山府君の申し出に、頷き、切花の箱にマジックで地図を書いて見せた。危ないところだった。目的地も知らせぬままでは荷物も行方不明になってしまう。
「ふむ、鉢植えが痛む心配は無さそうだな」
 泰山府君は地図を確認しながら、切花の箱を二つ、抱え込んだ。
 エンタイルが居るのであれば、自分が運ばない鉢植えも大丈夫だろうと。つまり、泰山府君は切花の箱の運搬を選んだ。これならば、持ちやすく軽い。
「では、参る!」
 言うや否や、泰山府君はエア達の目の前から消えた。
 いや、本当は聖獣・白虎の力を使った韋駄天走りだったのだが、とてもエアにはそれを見ることは出来なかった。
「えっ……消え……」
 あっけに捕らわれ、きょろきょろと辺りを見まわすエア。
「否、正しい道程の疾走である」
 しかし、エンタイルには分かったようだ。道路の先を見つめ、左の頭が呟いた。
「うはぁ、凄いや」
 額の宝玉の色が変化した様を見、右の頭も満足そう。
「はぁ……」
 エアは、ただただ呆然と頷くしかなかった。
「えっと、貴方達はこのリアカーで運んでくれるのね?」
 しかし、呆然とばかりもしていられない。日の光を浴びた花は、どんどん成長して行くのだから。リアカーとエンタイルを交互に見つめ、エアはそう切り出した。
「さぁ、好きなだけ積み込むが良い」
 頷き、左の頭がエアを促す。
「あ、くっつけるのは優しくしてね♪」
 右の頭が、陽気に補足した。
 エアは慎重にリアカーのハンドルをエンタイルの身体に付けた。結びつけるのには、切花を縛る紐とベルトを使う。何重にも重ね、繊維が切れぬよう何度も確認した。
「はい、じゃあ、鉢植え達を頼みます」
 近くにあったダンボールに鉢を詰め、動かない様に固定してからリアカーに積み込む。がしゃがしゃと鉢のこするような音、しかし、きちんと固定されているのでどうやら割れる心配は無さそうだった。
「ふ……む」
 積荷が終わった事を確認すると、エンタイルは何歩か動き背中の荷物を確認した。
 がらがらと地面をタイヤが走る音、がしゃがしゃと鉢がこすれる音。普段の歩く具合とは少々勝手が違うが、それほど嫌悪する感じでもない。
「ねぇ、他にも運んでやるよ」
 ふと右の頭がそう提案した。左の頭が何も言い出さないと言う事は、双方の意見が一致していると言う事なのだろうか。どちらにせよ、エンタイルは機嫌が良さそうだった。何よりも、労働の後にはもてなしがあると言う事が励みになる。
「え? 良いんですか?」
 エアは、その言葉に跳ね上がり喜ぶ。
 リアカーの端にまだ少し隙間が有った。残った切花の箱を詰めるには狭く、気になっていたのだ。何より、ゴールドクレストの鉢植えや冬に強い花の苗など、買って帰りたい物はまだ沢山有る。
「じゃあ、もう少しだけ待っていてくださいねっ」
 早くしないと、市場が終わってしまう。エアは泰山府君の韋駄天走りに劣るとも勝らぬ速さで買い付けに走った。

■05
 ひゅん、と。
 前方からの風を感じたエンタイルは、器用にその風を避け走り続けた。
 後方でがらがらと車が回る音。それを上手く聞き分け、リアカーをコントロールする。馬車ならぬ犬車と言ったところか。
 すれ違った風には、覚えがあった。
 しかし、相手は、エアの元に残った箱を目指して走っているのだろう。だとすれば、声掛けは無用。
 エンタイルは、自分達も目的の場所へと急いだ。

□Ending
「皆さん、お疲れ様でした」
 エンタイルを送り出した直後に泰山府君が再び現れ残りの切花も運んでくれた。仕入れに満足して店に帰ってくると、皆がエアを待っている状態だった。
 慌てて駆け寄り、礼を述べるエア。手ぶらで身軽な自分が一番最後。エアは、そうなるのではと何となく分かっていたけれども、実際そうだと驚いた。
 店のほうは木曽原によってオープンのスタンバイが完了している。勿論、仕入れてきた花達も、きちんと並んでいた。
「あ、そうだちょっとお待ち下さいね」
 これで、今日からの店の運営も大丈夫。エアは笑顔で店の置くの冷蔵庫に向かった。
 スープ皿にミルクを注ぎ、ケーキを切り分ける。
 泰山府君と木曽原には暖かい紅茶。
 いつもは作業台に使う丸テーブルをセットすれば、簡単な休憩所の誕生だった。
「本当に、今日はありがとう」
 エアからのささやかなお礼だった。
「主は我々に努力とミルクとケーキをお与えになった!」
 目の前に差し出されたミルクを一舐めし、エンタイルの左の頭は満足そうに吼えた。
「努力の後の報酬は格別である! 最高である!」
 じ……んと。感慨深げな左の頭。その様子に、泰山府君も頷いた。
「ふむ、どうやら上手く事が運んだようだな」
 そう言って、優雅に紅茶を口に含む。
「ミルク♪ ケーキ♪ ついでにクッキーもあれば嬉しいなあ〜♪」
 エンタイルの右の頭も、それはそれは嬉しそう。
 しかし、何と言うか、浮かれ過ぎではなかろうか。
 何より、店の業務は実はこれからなわけなのだけれども……。木曽原はそう思ったのだが、それは黙っている事にした。
<end>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 3415/泰山府君/女性/999/退魔宝刀守護神 】
【 5015/エンタイル/男性/1/魔獣 】

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■         ライター通信          ■
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 早朝の花屋の仕入れにお付き合い下さいましてありがとうございます。かぎです。皆様のおかげで、予定以上の花を無事仕入れる事が出来ました。厚くお礼申し上げます。
 □部分が共通描写、■部分が個別描写になっております。

■エンタイル様
 こんにちは、はじめてのご参加ありがとうございます。左右の頭の違いや特徴を上手く表現できましたでしょうか? 何より、それに気をつけ描写させて頂きました。
 それでは、また機会がございましたらよろしくお願いします。