＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 薔薇に愛を □オープニング■ 　 　その日、碧摩　蓮の元に届いたのは１つの小包だった。 　差出人不明のソレは、中味を見なくても大体の察しはついていた。 　何か曰くのついた物。 　「・・さて、中味は一体何なんだろうねぇ。」 　蓮はそう言うと、ペリペリとガムテープをはがし、箱をあけた。 　中に入っていたのは１本の薔薇の花だった。 　薄ピンクで、ほんの少し花弁の縁が紫色になっている。 　綺麗で可憐で可愛らしい・・・。 　『此処は何処？』 　鈴の音のように凛と響く不思議で可愛らしい声。 　蓮はそちらを振り返った。 　ピンクのフリフリドレスを着て、淡い金色の髪を頭の高い位置で２つに結び、それを薄いピンクのリボンで結んでいる。 　肌は透けるように白く、大きくパッチリとした瞳は緑かがった青色。 　淡い桃色に染まる頬にかかる睫毛の影、桜色の唇は不安そうに薄く開いている。 　美しい少女・・年の頃は１２か、そのくらい・・・。 　少女の周囲の空気はキラキラと輝いていた。 　それが本当に輝いているのか、それともあまりに美しい少女の姿に勝手にこちらの脳内が少女の周りだけを輝かせているのか・・・。 　それは分からなかった。 　「それで、何があったんだい？」 　蓮はそう言うと、少女に椅子を勧めた。 　ちょこりと、その上に乗ると少女は目を伏せて、ダンボールの中の薔薇の花を見つめた。 　『私・・・その、薔薇なんです。』 　「あぁ、それは知っているよ。」 　『私を育ててくれた方は、あまりにも私が綺麗に咲いたから、誰の目にも触れさせないように、暗い部屋にそっと隠しておいたんです。』 　「暗い部屋に？」 　『・・はい。大切な物って、どうしてだか暗い場所に隠してしまいたくなるでしょう？鍵のかかった引き出しとか・・・。』 　確かに、そうかも知れない。 　大切にすればするほど、人の目に付かない場所に隠してしまうものだ。 　『だから、私は・・・枯れるまで、誰の目にも触れず、誰からも愛されなかったんです。』 　仕舞い込んだ宝物は、その内その存在自体を忘れてしまう。 　目に付かないばかりに・・・。 　『私を愛してください・・でも、愛って感情の問題だから・・・私を、大切にしてください。どうか、陽のあたる場所で・・。』 　「まだ、なにかあるんだろう？」 　少女の表情を蓮が読み取る。 　何かをまだ言いたげな表情で、少女は薔薇の花を見つめていた。 　『私、一度で良いから外に出てみたいんです。喫茶店でお茶したり、公園を散歩したり、買い物をしたり・・・。』 　顔を上げる。 　一瞬だけドキリとしてしまうのは、少女の瞳があまりにも綺麗だから・・・。 　『一日だけで良いんです。今日だけで・・』 　途切れた言葉の先を、蓮は察していた。 　「誰か、此処にいれば来るだろうし・・来ないのなら、こちらから連絡を入れても構わないし・・それよりも、名前はなんて言うんだい？」 　少女の瞳が嬉しそうに輝く。それは大輪の花のような笑顔だった。 　『フェルティア』 ■草摩　色□ 　ふと、何故だか足が止った。 　顔を見上げた先、アンティークショップ・レン・・・・・。 　ふわりと感じるこれは・・・？言い知れぬ感情が湧き上がり、色はそっとその扉に手をかけていた。 　開いた先、一番最初に飛び込んで来たのは椅子にチョコリと座る美しい少女だった。 　人形か？色は刹那、そう思った。 　『お客様ですか？』 　そう声をかけられて、初めて少女が人形ではなく意思を持った“人”だと言う事を知る。 　けれども、人ではないと、色は直感で解った。 　人にしてはあまりにも美しすぎる―――ほとんど、異常と言っても良いほどだった。 　勿論、人が美しくないと言うわけではないのだけれども・・・・・。 　『あの・・・どうかしましたか？』 　固まる色を不審に思ったのか、少女はそう言って小首を傾げる。 　「―――っ・・・・。」 　なにかを言いかけて、色は言葉を飲み込んだ。 　あまりにも純粋なその瞳に、一種の恐怖を覚える。 　「おや？色じゃないかい。」 　そんな声と共に、奥からここの店主が姿を現した時、色は思わず安堵の溜息をついた。 　「丁度良かった。あんた、今日はなにか予定はあるのかい？」 　「別にないけど？？」 　「それじゃぁ、今日１日この子の面倒を見てやってくれないかねぇ？」 　そう言って、蓮は少女を指差した。 　「・・・何かあるの？」　 　『私、薔薇なんです。』 　色の問いに答えたのは、少女だった。部屋の隅に置かれているダンボール箱を指差し、はっきりとした口調でそう言うと、何か言いたげに色を見詰めた。 　ダンボールを覗き込む・・・花弁の縁が淡く紫に染まった、美しいピンクの薔薇が１輪、眠るようにダンボール箱の底に沈んでいた。 　『私を育ててくれた方は、私が綺麗に咲いたから、誰の目にも触れさせないように、私が枯れるまで暗い部屋にそっと隠しておいたんです。』 　寂しそうに俯いた後で、少女は縋るような瞳を向けた。 　『私を・・・・。・・・・私を大切にしてください。どうか、陽のあたる場所で・・・・・。』 　途切れた言葉の先、何が来るのか―――色には解っていた。 　歪んだ愛を受け取りながら育った少女・・・どこか自分に似ているその少女に、無意識のうちに自身を重ねる。 　しかし、思う。 　自分はこんなに純粋な瞳をしているのだろうかと・・・・・・。 　「駄目かねぇ？」 　「いや・・・。いーよ。今日１日・・・」 　言葉の先を飲み込む。 　少女が、今日１日“だけ”で良いと言った理由は、言わずとも知れた事だった。 　「今日１日、一緒に遊ぶか。」 　ニカっと、元気な微笑を浮かべると色は少女に手を差し出した。 　「俺は草摩　色。あんたは？」 　『フェルティア・・・』 　「そっか。んじゃ、ティアな。」 　呼びやすいように名前を縮める。 　フェルティアが恐る恐ると言った感じで色の手を取り―――ぴょんと、身軽に椅子から飛び降りた。 　可愛らしい動作に、思わずこちらの心が和む。 　―――なんだか、妹のようだった。 　その時、色の心を掠めたのは・・・“妹”ではなかったのだけれども・・・それは、口に出す事の出来ない、痛い真実。 　フェルティアと、色が願う事は一緒だった。 　けれども、色は“ソレ”を叶わないものだと思っていた。その想いを否定しながら、明るく、強く生きて行こうと・・・・・。 　『色さん？』 　固まってしまった色を不思議に思ったのか、フェルティアが心配そうに色の顔を見上げる。 　色の袖口を小さな手で掴み、色に体を寄せるようにしてピタリとくっついているフェルティア―――。 　その手を取ると、色は蓮に向かって声をかけた。 　「んじゃ、ティア借りてくね！」 　「あぁ、気をつけて行って来るんだよ。」 　蓮の声を背に、色とフェルティアはレンを飛び出して行った―――。 □外の世界■ 　『色さん、あれはなんですか？』 　「あれか？あれは信号機って言って・・・赤なら渡っちゃいけない、黄色は注意、青・・・まぁ、緑だけど・・は、渡って良しって意味だ。」 　『意味があるんですか？！』 　フェルティアはそう言うと、ただでさえも大きな瞳を更に大きく見開いた。 　目に映るもの全てが珍しいのか、フェルティアは色に一々その説明をねだった。 　フェルティアと歩くと、急に街中が色を変えた気がした。 　普段ならば目にも付かない事を、フェルティアは見つけ出し、色に報告がてら質問をする。 　いったん自分以外の視点に立つと、街中は珍しい物だらけだった。・・・いや、実際にはそうでもないのだろうが、フェルティアと歩いていると全てが珍しいものに思えてくるから不思議だった。 　『色さん、あれは・・・』 　言いかけて、フェルティアの表情が固まった。 　そして直ぐに色の背後に隠れて・・・ 　「どうした？」 　『なんだか、凄いスピードで走ってきます・・・。あれ・・・当たったら、痛いですよね？』 　そう言って指差す先には、車があった。 　大通りを疾走する車は、色にしたら見慣れたものであったが・・・初めて外に出たと言うフェルティアにとっては恐怖の対象だったらしい。 　先ほどまでの愛らしい笑顔は何処へ消えてしまったのか、今では顔が引きつっている。 　「まぁ確かに、当たったら痛いかも知れないけど、滅多に当たる事はないし・・・それに、ティアくらいだったら俺が護ってやれるからな。」 　そう言って微笑む色を見て安心したのか、やっとフェルティアに笑顔が戻った。 　万華鏡のように、キラキラと輝きながら変化するフェルティアの表情は、美しかった。容姿が元から綺麗だとかそう言うのではなくて、純粋にぶつけられる感情は透明で何の混じり気もない。 　『色さん、あれはなんですか？』 　「雀の事か？」 　『すずめ・・・さん・・・？』 　「んっと、鳥って言って、空を飛ぶ―――」 　『あれがお話に聞く鳥さんですか！？』 　パァっと瞳を輝かせると、フェルティアは雀に向かって走り出した。 　そんなに走ったら、雀が逃げる―――そんな心配は無用だったようだ。 　流石は薔薇とでも言うのだろうか？雀は逃げるどころか、フェルティアの差し出した手にチョコリと乗ると、その腕をトテトテと走った。 　くすぐったそうに笑うフェルティアを、少し離れた位置で見守る。 　きっと、色が近づいたならば雀は逃げてしまうだろう。 　道行く人々が、美しく可愛らしいフェルティアを見詰めては通り過ぎて行く。 　冷たい風が吹き、木々がザワザワと音を立てて揺れる・・・・・。 　色はふっと視線をフェルティアから外した。そして次に視線を戻した時、フェルティアの姿はそこにはなかった。 　どこかに行ってしまったのだろうか・・・！？ 　慌てて探そうと、走り出そうとした色の服を誰かが掴んだ。 　驚いて振り向いた先にはフェルティアの姿があった。 　いつの間にか色の隣に来ていたようだ。その手に、雀の姿はない。 　『色さん、この香り・・・なんですか？』 　フェルティアがキョロキョロと辺りを見渡す。 　・・・言われてみれば、どこからともなく甘い香りが漂ってきている。 　この香りは―――ふと目留めた先に、小洒落たクレープ屋がひっそりと立っていた。 　真っ白な丸いテーブルと小さな椅子が向かいの歩道に飛び出しており、さんさんと陽の光を浴びてまぶしく光っている。 　「あれだ・・・。」 　指し示された先を、フェルティアが小首を傾げながら見詰める。 　「ティア、クレープ食べるか？」 　『くれーぷ？』 　聞き慣れない言葉だからだろうか、フェルティアは言いにくそうにそう呟いた後に考えるように俯いた。 　そしてややあって・・・ 　『食べて・・・みたい・・です。』 　消え入りそうなほどに小さい声でフェルティアはそう言うと、じっと色の瞳を覗き込んだ。 　「んじゃ、食べるか。ティアは、なんのクレープが良いか？苺とか、チョコとかあるけど・・・」 　クレープ屋へ歩きがてら、フェルティアに訊く。 　『いちご・・・ちょこ・・・？えっと、色さんと同じのが良いです。』 　「そっか。」 　色は頷くと、先にフェルティアを外のテーブルに座らせて、クレープを２つ注文しに店内に向かった。 　苺のクレープを２つ―――それは、別に自分が食べたかったからではなく、フェルティアに合いそうな気がしたから・・・。 　クレープを持ってテーブルに着き、１つをフェルティアに差し出す。 　少し戸惑ったようにクレープを見詰めた後で、パクリと１口齧る。 　『甘い・・・美味しい・・・です。』 　そう言うと、フェルティアは急ぐようにクレープを食べ始めた。 　「ティア、急がなくても大丈夫だから・・・あ・・・ほら、クリームがついてる・・・。」 　苦笑しながらも、フェルティアの頬についたクリームを指先で拭う。 　一心不乱にクレープを食べるフェルティアは、色の心を少しだけ切なくさせた――― ■終わりの時□ 　『わぁ・・・綺麗です・・』 　そう言いながら、咲き乱れる薔薇の１輪１輪をそっと手で包んでいく。 　―――色とフェルティアは、色が昔通っていた中学の薔薇園まで来ていた。 　どうしても、フェルティアにここを見せてあげたかったのだ。 　「綺麗だろう？」 　『はいっ・・・！この薔薇達は、色んな方に見られて・・・きっと、愛されているのでしょうね・・・。』 　「・・・ティアはさ、独りで・・・寂しかっただろ？」 　『いいえ。寂しいと感じた事は１度もありませんでした。』 　フェルティアはそう言いきると、色の隣まで走ってきた。 　段差のところにチョコリと座り、じっと薔薇を見詰める。 　『寂しいって、何もないところからは生まれないんですよ。私が感じていたのは、愛されたい・・・その心だけでした。』 　「何もないところからは生まれない・・・？」 　『寂しいって、嬉しいとか、温かいとか、そう言う感情を持って初めて、それと反対の状況に置かれた時に感じるものでしょう？』 　確かに、言われてみればそうかも知れない。 　何もないところからは生まれない―――寂しいも、嬉しいも、楽しいも、何もない場所からは生まれる事が出来ないのだ。 　『私は、愛されたかったんです。確かに、愛されていたかも知れません。でも、私は―――愛されたかったんです。』 　フェルティアが色の瞳を覗き込む。 　先ほどまでとは打って変わって、どこか大人びた光を帯びる美しい瞳を、思わず見つめ返す。 　『私は、愛される方法が・・・解りました。』 　「愛される方法？」 　『自分が、誰かを愛する事なんです。愛されたいと願うだけではなく、愛したいと、思う事なんです。』 　フェルティアの言葉が、ツキリと胸に突き刺さる。 　愛したいと・・・思う事・・・。 　薔薇園の窓ガラス越しに、オレンジ色の光が差し込んでくる。 　徐々に光を失いながら、夕日が地平線へと沈んで行く・・・。 　何故だか感じる―――この夕日が沈みきってしまった時には・・・・・。 　『色さん、今日は色々と有難う御座いました。楽しかったです。』 　どこか無理をしているような笑顔が、心に痛い。 　『・・・大好きです。色さん。私に、誰かを愛する気持ちをくださって、有難う御座いました。』 　段々と、フェルティアの体が透けて行く―――色は思わずフェルティアの手に自分の手を重ねた。 　『―――愛してます・・・色さん・・・・』 　言わなくちゃ・・・今言わないと、もう２度と言えないかも知れない・・・！！ 　けれどそれを言うには、あまりにも勇気がいる・・・。 　それでも――― 　「俺も・・・っ―――愛してるよ・・・ティア・・・」 　消え行く瞬間、フェルティアの顔は笑顔だった。 　キラキラと、美しく輝く光を撒き散らしながら、フェルティアはふわりと消えた。 　掌に残った温度も、今まで話していた事も、全てはまだ残っているのに・・・。 　空はもう夜を引き連れていて、下弦の月がしっとりと輝いていた。 ―――アンティークショップ・レン 　ガサリと音がして、蓮は思わず席を立った。 　薔薇の入っていたダンボールをそっと覗く・・・・・。 　「やっぱり、枯れちまったかい。」 　茶色く枯れた薔薇は、静かにダンボールの底で永い眠りについていた。 　　―‐―−―後日―−ー−― 　「それにしても、薔薇のお墓なんて聞いた事ないねぇ。」 　少々呆れたような音を含んだ蓮の言葉に、色はニカっと元気良く微笑んだ。 　「いーんだって！それに蓮さん、これは薔薇の墓じゃなくて、ティアの墓だよ。」 　レンの直ぐ近くにある公園の片隅、一番日当たりの良い場所に、色と蓮は小さなお墓を作った。 　そっと土を盛り、綺麗な石をその上に置いた。 　色はポケットから袋を取り出すと、お墓の周りにパラパラと撒き、軽く土をかけた。 　「なんだい、今の小さな粒は。」 　「種だよ。さっき買って来たんだ。」 　「・・・何の種だい？」 　「薔薇の種。」 　「・・・・・・薔薇がこんな普通の公園に咲くかねぇ・・・・。」 　「いーんだって、気分気分。」 　明るくそう言うと、色は掌を合わせた。 　フェルティアに、この想いが届くかは分からないけれど・・・・・・。 　「それじゃぁ、ちょっとお茶でもして行くかい？」 　「いーの？んじゃ、遠慮なく〜！」 　蓮の後を追って、店に入る。 　公園の片隅に、薔薇の花が咲き乱れるようになるかどうかは、また別のお話―――。 　　　　　　　〈END〉 　□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ 　□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】 　　2675/草摩　色/男性/15歳/中学生 　□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ 　□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　　この度は『薔薇に愛を』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。 　　初めましてのご参加、まことに有難う御座います（ペコリ） 　 　　さて、如何でしたでしょうか？ 　　色様の口調が非常に気になりますが・・・許容範囲内でしたでしょうか？？ 　　今回は完全個別で執筆させていただきました。とは言え、最初と最後は同じ流れですけれども・・・。 　　色様にはお兄さんのようにフェルティアに接していただきました。最後の最後でフェルティアの愛されると言う事の考えを付け加えてみました。 　　愛って難しいですよね・・・。色々な感情の入り混じったものなだけに、一言で言い表せないですし・・・（苦笑） 　　それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。