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<東京怪談・PCゲームノベル>


阿鼻叫喚クッキング! 啓斗VS炊飯器!?

 守崎家には、魔法の炊飯器がある。

 米を入れなくても、水を入れなくても、電気が止まっていても。
 蓋を開ければ、炊飯器いっぱいのご飯が出てくる、不思議な不思議な炊飯器が。

 いつも家計のやりくりに苦しみ、特に膨大な食費をどう工面するかに悩まされ続けてきた啓斗たちにとって、この炊飯器はまさに救いの天使のような存在であった。
 この炊飯器が手に入って以来、米が尽きて腹を空かせることもなくなり、食費が家系を圧迫して大赤字になることもなくなったのだ。

 ……と、それだけなら、まさに万々歳なのだが。

 実は、この炊飯器にも、一つだけ困ったことがあった。

 時々、ご飯に混ぜものが入るのである。
 それも、一カ所だけが違ったものになる、というのではなく、ものの見事に混ぜ合わされた形で出てくるのだからたまらない。

 最初のうちは、「白米にわずかに赤飯や炊き込みご飯が混ざる」といった程度で、さして気にするほどのものでもなかったのだが、二人が気にせず食べ続けていると、炊飯器の方もだんだん無茶をするようになってきた。
 そしてとうとう、白米なしの「炊き込みご飯二種混合」という、恐ろしい奥義を繰り出してくるに至ったのである。

「……故障か?」
 そんなことを考えてもみたが、そもそもどういう仕組みになっているのかさっぱりわからないし、街の電気屋さんで直してもらえるようなものでもない。
 とはいえ、この怪しい混ぜご飯を消費してしまわないことには、いつまで待っても次は出てきてくれないし、今さらこの炊飯器の使用をやめるわけにもいかない。

 二人はこの予期せぬ事態に頭を抱えたが、やがて啓斗の方がある一つの結論に達した。
「全部元は米だ。そう考えれば食べられないことはない」

 そう。
 例え炊き込みご飯であろうと、何種類も混ざっていようと、元が米であることにかわりはない。
 だから、「ちょっと変わった炊き込みご飯」だと思えば、食べられないことはない。
 まあ、味の方は多少まずかったり、異様であったりするかも知れないが、そんなことは些細なことだ。
 そう割り切ってしまえば、少なくとも、食べられないものではなかった。





 こうして、啓斗と炊飯器との静かなる激闘の幕が切って落とされた。
 仕掛けるのはいつだって炊飯器。
 何日かに一度、啓斗が炊飯器を開けたところで、ミックスご飯の強烈な一撃を繰り出す。

 ある時は、赤飯+牡蠣飯。
 またある時は、栗ご飯+鯛めし。
 ひどい時には、茸ご飯+ドライカレーなどという強烈な組み合わせもある。

 しかし啓斗はそれを真っ向から受け止め、平然と茶碗によそって平らげる。
 そうやって、啓斗はこの傍目には「ただご飯をよそって食べているだけ」にしか見えない戦いに勝利を収め続けてきたが、炊飯器もいつまでもおとなしく負け続けていてはくれなかった。





 ある朝、啓斗は炊飯器を開けて、思わず我が目を疑った。
 白米にまぎれて、茶色っぽい何かが入っている。
 肉の類……では、なさそうだ。
 見たことはあるはずだが、とっさには思い浮かばない。
 そして、ほのかに漂う甘い香り。

 これは、一体何だろう?

 おそるおそる、啓斗はその「何か」をつまみ上げ、ひとかけら口に入れてみた。

 甘い。

 この味は……間違いなく、チョコレートケーキだ。

 と、いうことは。
 今、炊飯器いっぱいに入っているのは……チョコレートケーキご飯。

 見事にまんべんなく混ぜ合わせられてしまっているそれは、どう考えても、これまでのミックスご飯とはひと味もふた味も違う。

 食べるのか? やめるのか?

 いずれにしても、この不思議料理を炊飯器の中から取り出さないことには、次のご飯は出てきてはくれない。
 しかし、その「次に出てくるご飯」がまともであるという保証はどこにもないし、長年の貧乏生活で「MOTTAINAI」の精神が魂の奥まで染みついてしまっている啓斗に、「まだ食べられる食べ物を捨てる」などという罰当たりな真似はとてもできない。

 どうする? 食べるのか? やめるのか?

 その答えは、もちろん――!!





「……ごちそうさまでした」

 チョコレートケーキご飯は、異様ではあったが、ほんのり甘く、食べて食べられないものではなかった。
 そう言われてみれば、以前「ココア風味ピラフ」なるものが入ったお弁当が実際に売られていた、という話も聞いたことがあるような気がする。

 ともあれ。
 そんなこんなで、その日のところは、啓斗がかろうじて連勝を伸ばしたのだが。
 その日以降、啓斗と炊飯器との戦いはさらに激化の一途をたどっていった。

 ある時は、根菜の煮物+小豆あん+おこわ。
 またある時は、トマトソース+カステラ+鳥五目ご飯。
 ひどい時には、鯖の味噌煮+チーズケーキ+パエリアなどという強烈な組み合わせもある。

 予期せず繰り出されるそれらの怪しい混合料理を、啓斗はもはや意地だけで食べ続けた。

 こんな家電風情に負けてたまるか。
 空っぽの炊飯器の底を眺める生活に戻ってたまるか。

 その一念で、啓斗は形容しがたい味のミックス料理を平らげ続けた。





 だが。
 いかなる出来事にも、終わりというものがある。

 その日、啓斗が開いた炊飯器の中には――混沌があった。
 どうやら、業を煮やした炊飯器が「炊飯器で作れそうなもの全部」を一度にミックスして出してきたらしい。
 その名状しがたきものを一目見るなり、啓斗は自らの負けを悟って、静かに炊飯器の蓋を閉じたのだった。





 それ以来、魔法の炊飯器の蓋が開けられたことはない。
 守崎家の食糧事情は再び前と同様……どころか、一度なまじ贅沢をした分、前以上に大変なことになってしまっていたが、それでも、あの炊飯器の蓋を開ける勇気は、さすがの啓斗にもありはしなかったのである。

 それでも、一度は彼らを救ってくれた「恩人」だけに、やはり捨てるとなると忍びなく。
 魔法の炊飯器は、今も守崎家の片隅で、なにやら異様な威圧感など漂わせつつ、勝ち誇ったように輝いている――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0554 /  守崎・啓斗  / 男性 /  17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 いろいろ調べてみたのですが、炊飯器というのはずいぶんといろいろ作れるものなのですね。
 各種のご飯ものはもちろん、ケーキにカステラ、プリンに蒸し羊羹、カレーにシチューに甘酒に、ローストビーフやおでんまで作れるとは。
 まあ、炊飯器にもよるのでしょうし、「もともとそういう機能がある場合以外は、あまり使わない方がよい」という話も聞くのですが。

 ともあれ。
 最後のシーンに関しては、上記のような「炊飯器でできる料理」が全部混ざったような物体Xをご想像下さい。
 ただしできればお食事前は避けていただいた方が無難でしょう。食欲が失せます。