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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


満月の夜の魔物たち

 満月の日がやってくる。
(……また厄介な日だ……)
 如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)はまんまるのお月様を見上げて息をつく。
 今日の葛織家の別荘の庭は、またいちだんと豪華だ。かがり火を焚き、月の光を一ヶ月浴びせ続けたシルクの布地であたり一帯を飾りつけ。
 その中央に――静かにたたずむは、竜矢の主人たる若き娘。
 葛織紫鶴(くずおり・しづる)。
 今日は特別な、舞姫としての正式な衣装を着、
 その両の手に、精神力を具現化させた剣を持ち。
 ふう――と、少女が息を吸う音が、かがり火の燃える音とともに空気を震わせる。
 しゃらん……
 腕をゆっくりと横にすべらせる。
 少女の手首につけた鈴が、涼やかな音を奏でる。

 しゃらん

 始まる、剣舞。月に一度、満月に奉納するための。
 そして同時に、闘いの始まりを告げる鈴の音だった。
(――来る……!)
 紫鶴の精神力に、そして舞いの魅力に惹かれて、あらゆる『魔』が闇の中から襲いかかってくる。
 幽霊、悪魔、それとも他の何か――とにかく雑多なあらゆるものたち。
「魔の者たちよ、我が剣に散れ!」
 舞いながら、紫鶴がその真剣で『魔』を切り飛ばす。
 だが……それだけでは到底足りない。
(だから、この日は助っ人が不可欠なんだ)
 竜矢は、自身『鎖縛』を行うための『針』を生み出しながら、肩越しに後ろを見た。
 そこに、彼が今日のために集めた『助っ人』たちが、力強い笑みでもって闘いの構えをとっていた。

     **********

「微力ながらお手伝いさせていただきます」
 静かにそう言って、精神集中の呼吸法を始めたのは、櫻紫桜(さくら・しおう)。
「代々退魔の家系の者です。遅れはとりませんわ」
 巫女装束にたすきがけ、鉢巻の本式退魔装束ですうと息を吸ったのは、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)。
「魔物の数が半端ではないですね。僕も協力させていただきます」
 黒装束に白い長鉢巻を巻き、傍らに猫を連れた少年は空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)。
 三人の強力すぎるまでに強力な助っ人の姿に、竜矢はふと笑った。

 しゃらん しゃらしゃらん

 紫鶴の舞いが激しくなる。
 そして比例して魔物の数も。
「甚五郎、協力頼むよ。いいね」
 辰一が、猫型式神の甚五郎に囁いた。
 甚五郎の体からぴしっと力の波動が広がる。猫だったその存在が、徐々に巨大化し――やがて、銀獅子となった。
 本来の姿に戻った甚五郎に、辰一はすかさず符を一枚貼り付ける。
 ――青龍の符。
 きらめきが甚五郎を包むとともに、甚五郎は雷撃を放つ攻撃態勢に入った。
「では、魔物退治と行きましょう。いくよ、甚五郎……! 紫鶴さん、竜矢さん、撫子さん、紫桜さん……!」
 辰一のかけ声で、
 舞い続ける紫鶴を護るように、四人の人間がさっと身構えた。
 ――戦いの火ぶたが切っておとされる――


「まずは下級のものどもを一掃いたしましょう」
 撫子がその豊かな髪から妖斬鋼糸をするりと取り出す。
 何本もの鋼の糸。それをしなやかな指使いで操り、鋼の糸が踊る。
 やがて妖斬鋼糸は浄化陣をかたどった。
 結界の力を持つその鋼糸に、触れただけで下級の魔物の一部はあっさりと消えていく。
 それに合わせるように、辰一が「僕の符術、とくと見せてあげましょう!」と声を張り上げた。
「まずは東方守護獣、青龍!」
 ――青く輝く龍が一瞬その場に舞い降り、夜空が一変、雷雲で埋まった。
 すさまじい落雷。
 撫子の結界で、消滅はしないまでも弱った下級の魔物たちに、ことごとくとどめをさした。

「中級上級の魔は形がありますね――」
 紫桜がつぶやいた。「ならば俺にも戦いようがあります――!」
 彼は素手だった。魔物たちの群れに飛び込んでいき、次々と拳を打ち込み、投げ飛ばし、関節を極めていく。
 ただの武道ではもちろんない。
 彼の体には、『気』が満ちていた。それは退魔に似て、また闘気にも似て、浄化作用さえ持っているような。
 彼の拳が触っただけで、悪魔たちの皮膚が焼けただれた。
 しかし、群れに特攻しているのだ。無事で済むはずはない。
 得体の知れない魔物たちの体に素手で触れれば、熱に似た痛みが紫桜を襲う。
「くっ――」
 火傷するような熱さや、切り裂かれるような痛みを、ときに拳に、腕に、体中に感じながら、紫桜はそれでも直接対決をやめなかった。
 紫桜の背後をとって、一体の魔物が腕を振りかざす。
 銀獅子の姿となった甚五郎が、青龍の札の力によって雷撃を放った。
 紫桜の背後の一体が感電して消え去っていく。
「ありがとうございます」
 式神にも律儀に礼を返し、紫桜は再び構えを取った。

「西方守護獣、白虎!」
 辰一の声高な呼び声とともに、召喚されるは白い虎。
 風をつかさどる虎が、すさまじい突風を生み出し、魔物たちを吹き飛ばしていく。
「隙だらけでしてよ、あなた方――」
 撫子が神刀『神斬』を抜き放ち、風に動きを乱された魔物たちを斬り祓った。

 魔物たちがひたすらに目指す場所はひとつ。
 ――場の中央、舞を続ける紫鶴の元。
 雷撃も突風も、妖斬鋼糸も紫桜をもくぐりぬけたものたちが、紫鶴に殺到する。
「させませんわ」
 撫子は『神斬』をすらりと構えて紫鶴の舞へ駆けていく。
 彼女も舞姫だ。紫鶴の舞に合わせた舞の動きで、『神斬』をひらめかせ一刀の元に魔を斬り祓っていく。
 妖斬鋼糸も神斬も、『神気』が通っている。
 それらで断たれたものたちは、みな『神気』によって浄化された。
 紫鶴自身も負けてはいなかった。
 彼女の精神力で生み出された両手の剣は、そのまま退魔の力を持つ。
 『動』の紫鶴、『静』の撫子。
 二人の舞姫に近寄るものは、ことごとくその強力な剣に斬り祓われていった。

 場の中央から少し離れた場所は、辰一の独壇場だった。
「南方守護獣、朱雀!」
 真紅の鳥が召喚され、大きな紅蓮の翼を広げた。
 そしてその翼が大きくはためかされ――
 業火のごとくの炎が、魔物たちを焼き祓っていく。

 形のはっきりしている魔物たちは、紫桜の相手――
 かがり火の近くで、自分自身の体と『気』のみで戦っていた紫桜は、ふと敵の何体かが動きをとめていることに気づき、いぶかった。
 そしてよく見ると――
 かがり火で生まれた魔物たちの『影』を、数本の『針』が縫いとめていた。
 紫桜はつい振り返った。
 如月竜矢が片目をつぶって合図をし、生み出した『針』で次々と魔物の『影』を縫いとめていく。
 紫桜は少しだけ微笑むと、動けなくなった魔物たちに容赦なく拳を叩きこんでいった。

「最後は……北方守護獣、玄武!」
 辰一の声に現るるは巨大な亀。
 かっと口を開き、吐き出されたのは絶対零度の冷気だった。
 凍りついた魔物たち。すかさずそちらを向いた紫桜が、それらの魔物に次々と拳を叩きこんでいく。
 そして甚五郎が雷撃を放ってそれらの上に落とし――
 凍りついた魔物たちはすべて、砕け散った。

 即席のメンバー。しかしいいコンビネーション。
「ふぅ……数が多すぎると、四神を召喚するのに気を一気に消耗してしまいますね……」
 辰一が肩で息をしながら大きく深呼吸をし、
「とは言え、疲れたとは言っていられません!」
 気合を入れ直す。仲間たちに向かって、励ますように声を張り上げた。
「紫鶴さん、竜矢さん! 撫子さん、紫桜さん! 甚五郎……! 魔物を殲滅するまで頑張りましょう!」
「もちろんですわ」
 撫子が、神斬を優雅に一閃しながら微笑んだ。
「負けるものか……!」
 紫桜が一体の魔物と組み合い、そして『気』をためこんだ腕でもって投げ飛ばした。
 舞い続ける紫鶴の表情が、自然と笑みを刻む。
 竜矢は夜空を見上げた。

 丸い月の輝きが、いっそう彼らの勇気を湧き立たせた。

 ふと――
 巨大な影が、紫鶴の舞いの場に落ちた。
 人間の三倍はあろうかという大きさを誇る、人型の魔物――
「三体……!?」
 三方向からのし、のしとやってくるそれらに、仲間たちは無言のうちに役割を悟って配置を変える。

 一体は、辰一と甚五郎の役目――
 振りかざされた腕をすれすれでかわし、辰一は叫んだ。
「甚五郎!」
 銀獅子は一体の巨大魔に突進しながら雷撃を放った。
 いかずちが落ち、同時に甚五郎の巨体が巨大魔の体を打つ。
 巨大魔は黒焦げになり崩れ落ちた。

 撫子が紫鶴から離れ、巨大魔の一体と真正面から向き合う。
 ――背後は取れない。敵が巨大すぎる――
 紫桜も同様だった。
 素手が効かない可能性がある。巨大魔の体の表面が、いかにも「硬い」を表現するかのように黒光りしているのだ。
「く……っ」
 二人が奥歯を強くかんで、巨大魔の攻撃をかわし続けながらもそれ以上の攻撃を行えずにいると、

「二人とも! やつらをかがり火の傍へ……!」
 竜矢が叫んだ。
 反射的に撫子と紫桜は、言われるがまま巨大魔をかがり火の傍へと誘う動きに切り替える。

 すっ

 ――空気をほんの少し裂くような音とともに、撫子と紫桜の横を通り抜けたのは、『針』。
 かがり火によって生まれた巨大魔の『影』を、竜矢の針が縫いとめる。
 巨大魔は完全に動きを封じられた。

 撫子が微笑んだ。
「これで背後を取る必要は――ございませんわね……!」
 しゅらっ
 金属と金属がこすれあうような音。神斬に強力に宿った『神気』が一瞬きらりと輝く。

 ざん

 巨大魔は横薙ぎに、まっぷたつとなって斬り祓われた。

 紫桜は精神をさらに集中させた。すう、と息を吸う。
 そして――一気に走り出した。
 まるで垂直に立つ壁を駆けのぼるかのような動きで巨大魔の体をのぼっていき――
 そして肩にまでたどりつくと、その首筋に、
「はあああああっ!」
 『気』を込めた拳を、思い切り打ち込んだ。

 撫子の敵と、紫桜の敵が同時に崩れ落ち、浄化されていく。
「よかった……!」
 辰一が駆け寄ってきて、安堵のため息をついた。
「甚五郎もそろそろ限界だったんです。お二人がお強くてよかった……」

 しゃらん……

 夜闇を震わす鈴の音が、三人の耳に美しく響いた。
 紫鶴が地面に片膝をつき、両手の剣を胸の前で、刃を下にクロスさせるように構え、瞑目する。

 かがり火が揺れた。
「――舞が終わりました」
 竜矢の声。
「もう、大丈夫です。皆さん」
 ありがとうございます――
 竜矢が頭をさげる。
 しばしの間の後、
「――待たんか、竜矢!」
 紫鶴がぱっと立ち上がって怒鳴った。
「礼は私が言おうと思っていたのに! ぬけがけだ……!」
「ああ、それはすみません――ってちょっと姫! 剣を振りかざして追ってこないでください――!」
 始まったのは竜矢と紫鶴の追いかけっこ。
 それを眺めていた助っ人三名は、思わずふきだした。
「皆様」
 撫子がそっと神斬を鞘に収め、他の二人に笑いかけた。
「お疲れでしょうし。この後、お茶の一服でもいかがでしょうか?」
 実は葉を用意してきているのです――といたずらっぽく撫子は微笑む。
「いいんですか?」
 辰一が、猫の姿に戻った甚五郎を優しくなでながら、嬉しそうに目を細めた。
 紫桜は迷ったあげく、
「で、では俺も僭越ながら」
 ありがとうございます、と撫子に頭をさげる。
「まあ。お礼など、今のわたくしたちにはお互い必要ありませんでしょう」
 撫子は穏やかに微笑み、もっとも、と囁いた。
「――あちらの二人の追いかけっこが終わるのは、いつになるか分かりませんけれどね」
 紫鶴はいまだに顔を真っ赤にして竜矢を追いかけまわしている。彼女の足では到底竜矢に届くはずがないのだが、どうやら竜矢は適当に軽く走っているようだった。
 ……彼なりに、姫を気づかっているのだ。
 かがり火に照らし出された二人の姿は、とても滑稽で……そしてとても、微笑ましいものだった。


  ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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空木崎辰一様
こんにちは、笠城夢斗です。再びお会いできて光栄です。
今回は完全アクションのみのシナリオとなりましたが、いかがだったでしょうか。
少しでもかっこよく辰一さんを表現できているとよいのですが……
依頼に参加してくださり、本当にありがとうございました。
またお会いできる日を願って……