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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


聖夜の再会


 どこからかクリスマスソングが響いている。
 今の季節、街のどこを歩いていても、クリスマスということを思い出させてくれる。
 紫城・禾遊羅(しじょう・かゆら)は、銀色の長い髪に帽子を被り、ワンピースの上に温かそうなコートを纏って、町外れの公園へと足を踏み入れていた。
 凛とした雰囲気の、硝子細工のような美しい少女である。
 サファイアのような青い瞳で、彼女は公園を一瞥した。
 繁華街からあまり離れていない、とはいえ、普段はあまり人気もない静かで小さな公園の筈だった。
 しかし、今日は、週末のクリスマス。
 どこから集まったものやら、家族連れで楽しんでいる姿があちこちにあった。
「……」
 溜息のような小さな息が知らずこぼれる。
 クリスマス気分を味わいたくて、雑踏の中に出かけたのに、結局一人になりたくなって、飲み物を手に公園に向かっていた。
(……駄目ね)
 何が楽しいんだろう、クリスマスの。
 少し拗ねてそう思ってみたりする。むくれた表情で彼女は、手ごろなベンチを見つけてそこに腰掛ける。
 温くなりかけている缶コーヒーのプルトップを持ち上げながら、顔を上げると、父親と小学生のような少年がキャッチボールをしているのが、正面の広場に見えた。
「……」
 どうして子供ってあんなに無駄に笑えるんだろう。
 少年の表情を、ぼんやり見つめながら思う。
 自分は子供のときどうだったか……もう記憶になんか無い。
 親子のキャッチボールは長くは続かなかった。その二人を呼ぶ女性達の声が響いたからだ。クリスマスの買い物をしていたらしい年配の女性と若い女性。買い物袋をいっぱい下げた彼女達の声で、少年と父親はそちらへと駆けて行ってしまった。
 これから戻って、きっと家族でクリスマスの夕食を楽しむのだろうか。
(……もう)
 形良い瞼が伏せられる。
 禾遊羅らしくない。
 彼女は自分に言い聞かせるように、心の中で思って、小さく苦笑した。

「……これ、どうしたものかしら……」
 気分を変えようと、無理矢理他のことを思い出す。
 街をぶら歩きしていたときに、ふと立ち寄ったショップで手に入れたオルゴール。
アンティーク調で音色がとても綺麗だった。見つめていたら段々欲しくなり、店内で響くクリスマスソングに背中を押されるようにしてレジに運んだ。
 レジの女性が満面の笑顔で、「プレゼントになさいますか?」と言ったので、つい「ええ」と頷いてしまったのは……はずみというもの?
 赤と緑のリボンで丁寧に可愛らしく結ばれたそのBOXは、彼女の心を、幸せにも憂鬱にもさせていた。
「……むぅ」
 手に掲げたBOXを持ち、彼女が小さく唸ったその時だった。
 誰かが彼女を呼んだ。
 否。
 子犬が駆けてきて、禾遊羅が腰掛けているベンチへときゃんきゃん鳴きながら駆け上がってきたのである。
 驚いて身じろぎした指の間からプレゼントが落ちそうになる。
 慌てて捕まえようとしたが、そのまま地面に音をたてて落ちた。
「あーー!!」
「ごめんなさい!!」
 悲鳴をあげた禾遊羅に掛けられたのは、男性の声だった。
「……?」
 振り見ると、そこには剣道で使うような長い布袋を肩にかけた黒髪の少年が、困った顔をして立っていた。透き通るような白い肌に、印象的な赤の瞳……。
(……どこかで見たこと、ある?)
 禾遊羅は彼を見上げてそう直感した。
 ぐるぐると検索機能が頭の中を駆け巡る。そして、どうして一瞬でも忘れることができたであろうと自己嫌悪するほど、まざまざと記憶が蘇ってきた。
 その彼女の足元に、きゃん、きゃん、とまた鳴きながらさっきの子犬がゴムボールを咥えて戻ってくる。
 少年はそれを受け取り、禾遊羅に苦笑いを浮かべながら子犬の頭をなでていた。
「……それ、あなたの子犬?」
「そういう訳ではないのですが……懐かれてしまったみたいで」
 高校の帰り道に通りがかる家で生まれた子犬の一匹です、と少年は笑った。今日も何故かついてきたので、遊んであげたのだと。
「……もっと……人の迷惑にならないように遊べないの?」
 落ちたBOXを拾い上げながら禾遊羅は、彼を見つめた。
「ああ、それは本当にごめんなさい……弁償します」
「弁償……落ちたくらいで壊れるかしら……」
 BOXを両手に持って禾遊羅は、箱を見下ろした。丈夫そうな箱ではある。けれど、リボンは少し曲がって、包装紙には土がついている。
「プレゼントですよね? ……本当にごめんなさい」
 彼は誠実そうにもう一度謝った。気さくそうな雰囲気である。
 そんなに高価なものでもないし、なんとなく買ってしまっただけで、貰ったものでもない。店を出てからは何で買ってしまったんだろう、と考えてたくらいなので、許さないでもなかったが、しかしそれよりも禾遊羅は気になって、少年をまじまじと見つめた。
 やっぱり間違いない。土岐護・誠人(ときもり・まこと)だ。
 あれは……まだ初夏の頃だった。鮮明にまだ覚えている。
 ……まさか彼の方は忘れている?
 もしそうなら……とてもショックだ。
「……あなたお名前は?」
 ここはシラを切ってみよう。
「土岐護・誠人っていいます、お姉さん」
「お姉さんって何? ……同い年くらいのはずよ?」
「そうなんですか……大人っぽくて綺麗で美人だから、ついそう思ってしまいました」
「……」
 なんだか白々しい。
 しかし笑顔でさらっと誠人は語って、目を細めた。……彼のことだ。本当に初対面の人だとしてもそう言いそうだ。
(……何よ)
 禾遊羅の胸にちくりと痛みが走る。
(……今度逢ったら、絶対悔しがらせてあげようと……思っていたのに)
 相手にとってはたいしたことじゃなかったのか。
 簡単に忘れられるような出来事にしか過ぎなかった、それはとても寂しい真実だった。
 禾遊羅は少し顔を伏せ、表情を隠すようにして、彼に言った。
「もういいわ……帰ります」
 相手がそうというのなら、付き合うだけ時間の無駄というもの。きびすを返そうとした時、誠人の方から声がかかった。
「そういえば……どこかで逢ったこと、あります、よね?」
「!」
 足を止める禾遊羅。でも苦い表情のまま、彼を睨んで問い返す。
「……どこで?」
「どこでしたっけ……?」
「もう!」
「わ……怖い顔ですね」
「……そういうこと言う?」
「美人さんが台無しですよ?」
「……誰のせいだと思っているのよ」
 笑顔で言う誠人に、禾遊羅はしつこく睨んで口を尖らせる。
「この子のせいかな?」
 足元になつく子犬を拾い上げ、誠人が笑った。子犬ははっはっ、と息をきらせて、舌をぺろぺろ見せている。
「違うでしょ!?」
「……ともかく弁償しますよ。ご迷惑かけてすみません」
 ぺこり。
 誠人は一礼した。
「そ、そこまでしなくていいわよ! それにもうどうでもいいの。あなたのことなんて知らないし、もうかかわりたくないわ。早くどこか行って頂戴」
「……いいんですか?」
「いいの……別に貰ったものでもないし……いいわ。あなたにあげる。大事にしてちょうだいね」
 半ば無理矢理に誠人の手にBOXを渡す禾遊羅。
 誠人はびっくりした様子で、禾遊羅を見つめた。
「ど、どういうことです?」
「差し上げると言ってるの。クリスマスプレゼント」
「……それはどうも……」
 少し崩れたBOXを、両手で受け取り、誠人は「ふむ」と首を傾げた。
「それじゃお礼にお茶でもお誘いしましょうか?」
「お断りするわ」
 禾遊羅は、誠人から視線を逸らす。
 もう悲しくなってきた。
 早くこの人と別れて、家に帰るべきだと思う。
「……それはなんだか困るような気がしますね。俺の方が迷惑をかけてるのに、プレゼントを貰う道理がないです」
「あなたが汚したからいらないって言ってるのよ」
「……尚更、悪いじゃないですか、禾遊羅さん」
「!」
「相変わらずなんだから……むくれると可愛い顔が台無しですよ?」
 誠人は嬉しそうに微笑む。禾遊羅は頬を赤くして、誠人を睨むように見上げた。
「忘れた……訳じゃないのね!?」
「こんな美人を忘れるわけが無いじゃないですか。かゆらさん♪」
「誠人!!」
 誠人はにっこり笑って、禾遊羅の髪に優しく触れる。
「こんなところでまた出会えるとは思っていなかったけど……神様の思し召しですかね」
「!!」
 睨み返すその表情が……赤く上気している……それを自分でも感じて禾遊羅は言葉を飲み込んだ。悔しい……でも少しだけ……嬉しい。
「でも……本当に、プレゼントの箱は申し訳ないことをしました。お詫びに何か……あー、でも、今日は……」
 腕時計を見つめて、誠人はとても残念そうな顔をする。
 何か用事があるらしい。
「残念ですね……また逢えますか? 禾遊羅さん」
 誠人は時計から顔を上げると、禾遊羅を見つめた。
 せっかく逢えたのに……小さく感じた切なさに禾遊羅は髪に手をやり、視線を避けて、小さな声で答えた。
「逢えるかも……知れないわね」
「それは嬉しいですね」
 にっこり。
 赤い瞳を細めて、誠人は最後にもう一度微笑んだ。
「今度逢ったら……絶対悔しがらせてあげるんだから!」
「楽しみにしてますよ! それじゃまた逢いましょう!! メリークリスマス!!」
 手を振りながら、子犬と一緒に誠人は駆けていく。
 片手を肩まで挙げて、なんとなく手を振ってしまう自分に困惑しつつ、禾遊羅はそっと息を吸った。胸の中でとくん、とくん、と語っていた胸の鼓動に漸く気づきながら……。
「メリークリスマス……」
 また逢える、と約束した少年はそして、禾遊羅の視界から雑踏の中へと消えていってしまったのだった。

                 聖夜の再会  了


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【ライターより】
 納品遅くなってしまい申し訳ありません……。
 禾遊羅さんと誠人さんの素敵なノベルを書かせて頂き、とても幸せです。
 また機会がありましたら、よろしくお願いします。