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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


危険な人形遊び


 昔々ではない現代、某所の某魔法薬店店内では、某竜娘が肘をついてボーっとしていた。
師匠として、あるいは面倒見の良い姉として彼女が慕っているシリューナ・リュクテイアが
所用で出かけるというので彼女が店番を買って出たのだ。
だが実際一人で店番をしていても大して賑わう店というわけではなく、
更にこの日は殊更人気が少なく、竜娘ことファルス・ティレイラが
カウンターに肘をつきボケッと覇気のない顔をしてしまうのも仕方のないことだった。
 暇。その一文字が常にティレイラの脳内を占領していて、その小さな口をふわぁと大きく開けると、
彼女は自分の意思に反し、カウンターの上に両腕を突っ伏して完全に居眠り体勢へと入ってしまった。
薄れ行く意識の中で、客が来たらどうしようだの、お姉さまに申し訳ないだの、
そういった相反する思考がぽつぽつと生まれ出ては消えていった。
つまり彼女が如何に責任感が強く真面目だと言っても、誰も見ていないという状況下において、
自らの暇度と眠気を振り払うことはできなかったということだ。








 だが彼女の可愛らしい居眠りは、本来ならば些細な出来事ではない。
魔法薬店に訪れた客なり、帰宅した店主なりが彼女の腕を軽く突付けば、
それで彼女はパッと起き上がり、自分の居眠りを詫びただろうから。
 だが彼女がカウンターに突っ伏してから店主が帰宅するまでの間、
誰一人として客は訪れず、そしてこの店の店主はすやすやと居眠りをしている彼女にとって、
決して安全とはいえない人物であったことが、この出来事を些細なことではなくしてしまった。

 店主でありティレイラと同じ竜族でもあるシリューナが颯爽と帰宅したとき、まず最初に店の様子を確認した。
棚に並べている魔法の薬が入った瓶。…問題なし。
店内に客の姿。…皆無。
予測可能な惨事。…今のところ目に映る部分では無し。
以上のデータから彼女は店内はほぼ自分が出かけた当初のままだということを確認し、
納得した上で長い黒髪をなびかせながら店内を闊歩した。
…つまるところ、要はさっと店内を一瞥しただけだったのだが。
 そして彼女は、店の奥にあるカウンターの上で突っ伏している妹分であり弟子を発見した。
すやすやと平和そうに眠りこけていて、耳をそばだてれば、ぐぅぐぅという擬音まで聞こえてきそうだ。
 シリューナはそんな彼女を見下ろし、ふむ、と腕を組んだ。
勿論、シリューナは頼んだ店番をきっちりこなしていなかったからといって、
すぐさまそれが怒りに変わるほど短絡的な女性ではない。
この時間帯に客の入りが少ないのは分かっていたことだし―…そもそも、
それだからこそこのティレイラに店番を任せたとも云うのだが―…、彼女が居眠りをこいてしまう気持ちも分かる。
なのでシリューナはこの可愛らしい寝顔を見せる弟子を責めるつもりはなかったのだが、
同時に、簡単に彼女を居眠りから起こしてしまうほど素直な性格も持ち合わせていなかった。
(…さて、どうしてくれようか)
 シリューナの名誉のために言っておくが、彼女はティレイラのことを憎らしく思っていたり、
嫌悪感などのマイナス感情があったりするわけでは決してない。
だがシリューナは好いている相手に対して何らかの特殊な愛情表現を行おうと考える―…
つまり世間一般で云うと”厄介な”性格の持ち主であるため、やはりこの場合は、
(どうしてくれようか)
 なのである。

 さて本日この時、シリューナお姉さまが選んだ”お仕置き”方法は、至極単純なものだった。
きっちり店番ができないならば、本人が望む望まないにしろ”出来てしまう”ようにすればいい。
彼女はそう考え、同時に実行した。
(―――……っ!?)
 少々は魔法への耐性も持っているティレイラは、意識まで縛り付けられるということは少ない。
そしてそんな彼女の特性を知っていたシリューナは、ニッコリと笑いながら”それ”に言った。
「おはよう。よく眠れたかな?」
 意識を覚醒させると同時に、パニック状態に陥っているティレイラの思考を
いとも簡単に読み取りながら尚且つシリューナは笑みを浮かべている。
―…つまりはそういう女性なのだ、この人は。
(おっ、おねっ、おねーさま!?)
 ティレイラは思わずばたばたする。―…ばたばたしたつもりである、自分では。
シリューナはこみ上げる笑いを堪えられず、くっくっと含み笑いを洩らした。
「今ティレに似合う服を選んであげてるから、少し待ちなさい。
あまり騒ぐと、疲れてしまうよ。今は外部に発散出来ないのだから」
 そんなことを言いながら、鼻歌まじりにあれでもないこれでもない、と多数の服を物色しているお姉さま。
身動きがとれない状態にあるティレイラは、勿論素直に彼女の忠告を聞ける状態でもなく、
未だばたばたを繰り返す。無論、意識の中で。
(おっ、お姉さまっ!今度は何です!?)
「何、そんなに堪え性がないのならば、自然に堪えられるようになってもらおうと、ね」
 ふふふ、と笑うシリューナに、ティレイラは何となく現在の自分の状態を察した。
何らかの魔法をかけられている。身動きが取れない。だが意識ははっきりしている。
―…イコール、シリューナの魔法である。
即ちこれからお仕置きという名の彼女独自の遊戯が始まるわけであり、
自分はそのメインディッシュ…材料というわけだ。
(お姉さまーっ!)
 彼女はさぁっと青ざめ―…勿論、実際にそんな表情が表に出るわけではないのだが―…
もう一度シリューナを呼んだ。
意識の中で呼ばれたシリューナは、同時に一着の服を手にする。
「うん、これがいい。店のアピールにもなるしな」
 と、ティレイラの叫びを全く気に掛ける素振りも見せず、いそいそと手にした服を”それ”に合わせようとする。
「サイズもぴったりだ。ふ、ふ、ふ」
(あ、あのあのっ、あの!)
 さぁこれから着せ替えだ、というシリューナを、ティレイラが先ほどとは違う声色で呼びかける。
(これだけは教えてください!私…何になっちゃってるんですか…?)
 おずおずとそう問いかけるティレイラに、シリューナはふむ、と首を傾げる。
そしてにやりと笑った。
「見てみれば分かるさ」
(見えないから聞いてるんですー!)
 見も蓋もない師匠の言葉に、またもやばたばたを再開するティレイラ。
シリューナはそんな弟子の反応に楽しそうな笑い声を上げながら、
器用な手つきで”それ”の服を脱がし、自分が選んだ服一式を着せてしまう。
そして少し離れて全体像を眺め、満足そうに頷いたりなんかする。
「…うん、なかなか…。満足な出来だ」
 ふふり。
師匠の笑みの理由が分からず、更に云うならば自分がどんな格好をしているのかも分からないティレイラは、
やはり意識の中でばたばたしていたけれど、ふいに体がふわっと宙に浮く感覚を感じ、
今までは違う意味であたふたした。
シリューナは弟子がまた何か騒ぎ出す前に、それを遮るかのように微笑みながら云う。
「大丈夫、いつもより小柄で小さくなっているだけだから」
(………!?え、えっ?)
 ティレイラは師匠の云う意味が分からず、意識の中で目を白黒させる。
シリューナは軽々と”それ”を担ぎ、そのまま店内を歩き、ある地点でとす、と優しくそれを下ろした。
「…さすがに外は寒いな」
 そんな言葉をぽろっと洩らしたものだから。
(そ、そそそ外っ!?)
 まさか、店頭ディスプレイになっているのでは―…!?
ティレイラのそんな内心の動揺がもろに伝わってきて、シリューナは思わず苦笑する。
そして”それ”の頭をぽんぽん、と優しく撫で、
「…”店番”、頑張ってくれ」
 と言った。


 無論ティレイラはまたもやばたばたを再開したのだが、
シリューナはそれに構わず、そうだあれもこれも、と自分的願望を叶えるべく、
ふんふん、と鼻歌を口ずさみながら店内に取って返してしまった。





 ―…結局店頭ディスプレイ兼店主の玩具、つまり可愛らしい人形へと姿を返させられてしまったティレイラが解放されたのは、夜も更け店の扉が固く閉められたあとのことで、元に戻ったティレイラは二度と店番中に居眠りはしないと心に誓ったのだという。


 だがそんな誓いを立ててみたところで、当のシリューナが己の性格を改めない限り、
またなんだかんだと玩具にされることは明白だったのだが。










              おわり。