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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 蒼を制す者

「ティレ。準備は良い?」
「は、はい。師匠……っ!」
 シリューナ・リュクテイアの構える魔法薬屋の或る一室。
 シリューナと、其の弟子であるファルス・ティレイラは、今。特殊な空間を作り出す事が出来ると言う、魔法の装飾品がノブに添えられた扉を前に、何処か静やかな緊張感を以って相対して居た。

 僅か乍らに漂う、けれど確かに張り詰めた其れの発端は、今朝。
 草木に露の掛かる冷ややかな暁の時に、ふと。凛とした立ち居振る舞いの中にも、矢張り女性の其れを際立たせる細い肩を、濃紫のショールで覆い。
 戸外へと足を運んだシリューナは、朝焼けと、暁光に漂う暁雲との極彩色を眼に。
 ――ティレイラに、新たな課題を与える事を考えた。

 其の課題内容とは、シリューナの放つ宙に浮遊する目標物に、同様に空中に飛翔した状態で何らかの、魔法と言う行為を直撃させる事。

 威勢の良い同意を得て、其の前向きな姿勢に胸中で微笑を漏らし乍らシリューナは、部屋の中にティレイラを招き入れる。
 部屋の内部は、丸で巨大な洞窟にでも迷い込んだかの様に、広大で。所々に魔法の明かりが灯り、其の空間全体を煌々と照らして居た。

「ティレ、一発でも良い。此れに、魔法を当ててご覧なさい」
「はいっ、頑張ります!――師匠も、ちゃんと私の勇姿、見てて下さいねっ?」
 シリューナは誰の眼にも映り得ぬ、魔力で成った翼を生やして上空へと舞い上がり。適当な位置に課題の目標物と為る水晶を浮遊させると、暇も無く課題を開始させる。
 次いで、翼と角、尻尾と言う、自身が飛翔可能な姿へと肢体を変化させると、ティレイラも又、水晶に対峙せんが為勢い良く上昇した。
「これで……っ!!」
 充分な間合いを取った上で、ティレイラが最も得手とする火の魔法を呼び起こす。

 ――――が。

 魔法発動の魔力を感知するや否や、水晶の周囲へ無数の魔法の矢が発現し。容赦無く、ティレイラへと襲い掛かった。
「きゃあぁ……っ?!」
 瞬時突拍子も無い声を上げるも、其処は過去、過酷な戦場に身を置いた者。咄嗟に空間を練り障壁を作り上げると、同時に不発に終わり、無残にも散って行く火の粉を横目にシリューナへと膨れっ面を向けた。
「師匠ぅっ、不意打ちは狡いですよぉ〜……」
「油断大敵。私の出す課題は、其処まで容易くは無いわ」
 暗黙の仕掛けの成功に、不敵な笑みを浮かべるシリューナを眼に留めティレイラが僅かに肩を落とすと、気を取り直して中々に曲者である水晶へと向き直る。

 魔力に反応して攻撃をして来る物なのであれば、其れは裏を返せば、魔力を使わなければ攻撃をして来ないと言う事。
 けれど、此の課題其の物が、魔法を対象へ直撃させると言う代物で。必然的に攻撃を仕掛けて来る矢を掻い潜るには、ティレイラ自身の作り出す障壁が必要不可欠と為る。
 しかし、其れ等の空間を意の儘にし得る絶大な能力は、其れ故に身体に掛かる負担も相応に大きい。

 ――――長期戦は不利。

 接続詞ばかりが巡る思考の中に、確かな事実だけを残し。軈てティレイラの双眸に、内なる熱が籠もる。
(おや。……如何やら、一気に方を付ける積もり――?)
 変化を遂げたティレイラの眼差しに何かを感じ取り、シリューナの眸も又、ティレイラの姿一点に注がれた。
「はあぁあ……っ!!!」
 有りっ丈の力を込め、ティレイラの翼が羽撃き、水晶へと急接近する。
 其の片手には見る見る内に火の玉が膨れ上がり、感知された魔力は水晶の周囲に先と同じくして、次々と魔法の矢を生み出して。
 あわやティレイラの肢体が矢に貫かれる――其の間際に、ティレイラは前方の空間より姿を晦ました。
「――――……!!」
 想定内であったとは言え、其の鮮やかとも言える手際に、シリューナが思わず息を呑む。
「いっけぇー!!!」
 そして甲高い掛け声と共に、空間移転に因り、水晶と矢の死角から躍り掛かったティレイラは。片手に携えた、充分に練り上げられた火球を、水晶へと渾身の力を以って叩き込んだ。

 ティレイラお得意の火の魔法を、諸に食らった水晶は間も無く、亀裂と共に砕け散り下方へと降り落ちて行く。
 其の様を眼に留めると、ティレイラは先の気迫の籠もる面持ちとは一点。何とも嬉々とした表情を浮かべ、宙に居乍らに身を燥がせた。
「やったぁ!師匠、私、遣りましたっ!!見て……――」
 ――と。ティレイラの言葉の紡ぎ終えられる其の前に、力無く尻窄まれた其れと比例して、ティレイラの飛翔する高度は徐々に落ちて行き。
 遂には、消え失せて仕舞った翼に因り重力に引かれる儘、其の華奢な身体は地面へと落下の一途を辿り始めた。
「――……っ。全く、仕様の無い子ね――」
 シリューナが其の異変を逸早く悟り、既の所でティレイラを受け止めると、先ず窺えた物は意識を失い、幸せそうな寝息を漏らすティレイラの表情で。
「むぅ……。し、しょぅ〜……、遣りましたよぉ〜……――」
 気を張り各々に力を使い過ぎたのだろうと、半ば呆れ乍らもティレイラを無闇に起こす事はせず。
 静かに地面に降り立ち、小さな頭を自身の膝元へと落ち着けると。ティレイラの眠り乍らも浮かべる、其の何処か誇らし気な笑みに、シリューナの頬も自然緩むのであった――。



【完】